眠れるミリ
会議を終え部屋から出てきたオルフェ王子の隣にすぐにレイが姿を現した。
強張った顔から察するにどこかで話を聞いていたようだ。
「オルフェ様…」
「やられたな。まさかここまで思い切ったことをしてくるとは想定外だった」
「…」
レイは表情を消すと押し殺した声で言った。
「王子。ミリを、捨てましょう」
「…」
「どう考えてもあれは厄介の種です。王子が王宮を追い出されてまで守る価値があるとは思えません」
王子は前を見たまま苦笑した。
「それではミリをイザベラ姫に仕立てた者の思う壺ではないのか?」
「…」
「ミリは手放さない。それはきっと俺自身のためでもあるはずだ」
レイはぐっと黙り込むと俯いた。
しばらくそのまま歩いていると、誰かが血相を変えて走り寄ってきた。
「オルフェ様!!」
王子は意外な人物に軽く目を見張った。
「ユセ…」
「王子、フィズは、フィズは人を殺すような人ではありません!!」
王子の前で跪いたユセは真っ赤な顔で懸命に訴えてきた。
「僕はバッカトがフィズを捕まえる時に側にいました。あんなに理不尽に投獄されることの方がどう考えてもおかしいです!!」
「ユセはその場にいたのか?」
「はい、僕はフィズを解放する為にすぐに父上に掛け合ったのですが…」
ユセは苦い顔で俯いた。
「父は…アルゼラやドラゴンなんて怪しい者に関わるなと、僕を屋敷に閉じ込めました。出してもらえたのは、つい先程です…」
「ユセはフィズと関わりがあるのか」
「少し話をした程度ですがそれでもフィズの人柄くらいは分かります。姫暗殺の容疑者だなんて…!!バッカト隊長に抗議するならば僕は何らかの証言をします」
真っ直ぐに見上げてくる真摯な顔に、オルフェは王子は微笑した。
「あれを気遣ってくれて感謝する。もしものときはユセに証言を頼もう。だがしばらくは俺が王宮を離れることになった」
「え…」
「心配せずとも姫君たちを国に送り届けてくるだけだ」
王子は片膝をつくとユセの耳元で囁いた。
「ユセ、王宮内では俺やフィズを庇う発言は控えろ。無関心なふりを貫くんだ」
「王子…!!」
「お前の父上は実に周りが見えている。騒ぎ立てるとまた閉じ込められるぞ」
ユセは何か言いたそうだったが、王子と目が合うとうなだれた。
自分が未熟なことはユセ自身が痛感している。
王子はふっと笑った。
「ユセの気持ちは俺にとっては有難いものだ。お前がこの先も心強い味方であることは俺の胸に残しておく」
「オルフェ様…」
王子は立ち上がるとレイを連れてその場を去った。
残されたユセは歯がゆい思いに拳を握りながらしばらくその場に立ちつくしていた。
王子は再びレイと二人になると小さく笑った。
「ユセの気質は根から真っ直ぐだな。確かにあれならミリと相性が良かっただろう」
「そうですね」
「あれでは貴族社会では生き辛いだろうに」
「人のことを心配している場合ではありませんよ」
レイはごそごそと鍵を取り出した。
それで黒薔薇の間の扉を開こうとしたが、その手はぴたりと止まった。
「オルフェ様…!!」
鍵穴には明らかに無理やりこじ開けようとした傷がいくつかついていた。
さっきまでは確かになかったし、どう見ても新しい傷だ。
二人の間に緊張が走った。
レイはさっと扉に身を寄せると極力音を立てないように鍵を開けた。
少しだけ扉を開くと中を覗く。
真っ暗な部屋に人の気配はなかった。
レイが頷くのを見るとオルフェ王子は部屋に飛び込んだ。
「ミリ…!!」
降ろされていた天蓋をどけると、ベッドではサクラを抱えたまますやすやと眠るミリがいた。
王子はとりあえずほっとしたが、レイが部屋に明かりを灯すとぎょっとした。
ミリの顔色は、まるで死体のように真っ白だった。
「これは…」
触れればちゃんと温かいし呼吸も安定している。
ただ生気だけが全くない。
「ミリ…、ミリ、起きろ!!」
王子の声に反応したのはサクラだった。
くいと顔を上げたがミリにすり寄るとまた目を閉じる。
王子ははっとしてサクラを掴むとミリから離した。
暴れるサクラをひっくり返し傷口を見ると、もうどこにあるのか分からないくらい塞がっている。
「お前か、サクラ!!」
レイはわけが分からず首を傾げた。
「サクラがどうかしましたか」
「サクラはミリの魔力を吸い上げながら成長している。つまり、サクラはミリを食べながら育っているということだ。ここの所ミリの調子が下がるわけだ…」
「魔力…」
ミリが放った黒い風を思い出すとレイの眉が寄った。
王子はサクラを離すとミリを抱え上げた。
「恐らく傷付いたサクラはその回復の為に更に今ミリから力を吸い取っている。…ミリは俺の部屋に連れて行く」
レイはよたよたと飛ぶサクラを捕獲すると籠の中に放り込んだ。
「かしこまりました。それでは私はこれで」
さっさと踵を返すレイに、王子は後ろから声をかけた。
「あまり深追いはするなよ」
「はい」
短く返事をするとレイはさっさと部屋を出て行った。
無理やり鍵をこじ開けようとした者の手がかりを探しに行ったのだろう。
王子は繋ぎの間を通りミリを抱いたまま自室へ戻った。
ベッドの上にそっと下ろすと自分は簡単に体を流しに行く。
くつろぐ間もなくさっさと出ると着替えながら窓の外を見つめた。
考えなければならないことは、山ほどある。
とりあえず明日はシウレ姫の葬儀の為に奔走することになるだろう。
姫の母国に真っ先に連絡は行ったはずだから、朝一番で使者を迎え入れる準備を整えなければならない。
それが済めば不安にさらされている側室たちに顔を見せに行くべきだろう。
それから犯人の手掛かりを追わせながら王宮を出るための様々な手配をして…
「う…ん…」
ベッドからミリの声がして、王子は思案の渦から意識が戻った。
「ミリ」
ベッドに腰掛けミリの顔を覗き込む。
どうやら起きたわけではなさそうだ。
王子はミリの長い髪を撫でると綺麗に整え直した。
不思議とその寝顔を見ていると、さっきまで殺伐としていた心が落ち着いていく。
「気まぐれで乱すな、か…」
確かにそう言われれば否定はできない。
ミリを気に入ってはいるが、今はそれだけだ。
何より自分には果たさなければならないことがある。
そう思いながらも、オルフェ王子はミリの冷たく小さな手を両手で包み込み、長い時間握りしめ続けていた。




