食べられないミリ
私は早くもへろへろとレイに愚痴を垂れていた。
「あ…足…。足が痛い…」
姫君たちは馬車で優雅に移動だが、私たち従者や王子の護衛以外はもちろん徒歩である。
始めのうちはあまりよく見たことのない町の様子を観察しながら歩いていたが、数キロでもう疲れが出てきた。
「もうすぐ一つ目の屋敷だ。そこで皆休憩と食事をとる手筈になっている。体力向上の為にもフィズもしっかり食べろよ」
「ふぁい…」
その後30分ほど歩き、やっと目的の屋敷に辿り着いた。
ここからは二手に分かれ後方は国境に向けて出発する。
それを見送っていると馬車の一つが目の前で止まった。
中からはまだ10歳前後の少女と6人の侍女が出てきた。
この少女も側室の一人だ。
ここで降りてきたということはこの屋敷の娘なのだろう。
後ろからオルフェ王子が近付いてきたかと思うと少女に手を差し伸べた。
「レシェイト。約束を守れなくなったことを心からお詫びする」
「18になるのを楽しみにしていましたのに、残念ですわ」
小さな姫は王子の手を取るとお上品に歩き出した。
…約束って何なのだろう。
少し気になったが列はまた動き始めている。
私は大人しく屋敷の中へと歩いた。
昼食はなんとも豪華に整えられていた。
巨大なシャンデリアの輝く大広間は、沢山の人を収容したがそれでもまだ余裕がある。
他の側室もいる中でここは力を抜くわけにはいかなかったのだろうが、それにしてもすごい。
音楽が演奏されると賑やかで煌びやかな食事会が始まった。
皆口々に屋敷をほめそやし笑顔で会話に興じたが、私にとってはこの空間は既に苦痛でしかなかった。
レイにちゃんと食べろと言われたが、私は隙を見てそっとバルコニーに逃げ出した。
特にすることもないのでぼんやりと町を見下ろす。
町ってやっぱり人が沢山いるなぁ。
あの時計塔、随分古いけど中々素敵なデザイン。
あ、あんな所に大きな帽子屋さんがある。
じんじんする足を代わる代わる浮かせながらどうでもいいことを考えていると、二つ隣のバルコニーから物音と話し声が聞こえてきた。
「王子、この度は大変なことになったようで…」
「大切なご息女を頂いたと言うのに、こんなことになり詫びの入れようもない」
「いや何、王族の側室に入ったことはレシェイトの輝かしい経歴になる。そのことはお気になさいますな」
話の内容と声から、オルフェ王子とこの屋敷の主だということはすぐに分かった。
盗み聞きをするのもなんなので私は部屋へ戻ろうと踵を返した。
「して、王子を陥れようとしているのは誰です?」
少し声を落としたようだが、その言葉ははっきり私に聞こえた。
出窓を開いていた私は思わずまた立ち止まった。
「それが分かれば苦労はしない」
「貴方様は王座などとんと無頓着ですのに…苦労の絶えないことです」
「そうだな…。だが今回ばかりは捨て置けん。シウレ姫にも、姫の国にも取り返しのつかないことになった」
「王宮は一刻も早く犯人を探すために動くのでしょうが、しかし…」
まだ話し声は続いていたが、私は気分が悪くなりそっと部屋の中へと戻った。
あのシウレ姫は、本当に殺されたのだ。
レイから聞いてはいたが今更ながらにそれを実感する。
それと同時に、襲われた時自分に向けられた弓矢を思い出してぞくりと身震いした。
がやがやと賑やかな会場をふらふら歩いていると、その中から名を呼ばれた。
「フィズ!!どこにいたんだ、探したぞ」
「レイ…」
「レオナルドだ」
「もう、似てるんだからどっちでもいいじゃない…」
力なく言うとレイは訝しげな顔をした。
「どうした。何かあったのか」
「ううん。別に…」
「お前、食事は終えたのか?」
「え…、あ、うん…」
全然食べてないけど、まぁいいか。
そのまままた人気のない場所を探してふらふらと歩きだそうとしたが、レイが前に立ちふさがった。
「絶対、食べてないだろ」
「…。だって、本当に食欲がわかないんだもん」
レイは私の手を掴むとつかつかとデザートコーナーへと連れて行った。
「せめて栄養価の高いフルーツでも食べろ。どれにする」
「んー…酸味があんまりないやつ」
「分かった」
レイは深皿を一枚手に取ると目ぼしい果物を次々と放り込んだ。
「行くぞ」
「え、どこへ?」
「人気のない場所がいいんだろ」
さすがレイ。
よく分かってくれてる。
レイは片手で皿を持ち片手で私の手を掴むとぐいぐい歩いた。
連れられたのはさっきと反対側にあるバルコニー。
こっちの方が広くてちゃんと椅子まである。
レイはそこに腰掛けるように私を促した。
「この後まだ二つも屋敷を回るんだ。ちゃんと食べろ」
「うん…」
フォークを手に取るとカットされたメロンを一つ口に入れる。
果肉の甘さが広がり、落ちていた気分が少しだけましになった気がした。
「今日夜はどこで泊まるのかな」
ゆっくり眠れる場所がいいなと思いながら何となく口にしたが、レイは微妙な顔になった。
「…三軒目のロヴェリオ公爵の館だ。レシェイト姫やマロンナ姫はまだ18歳を迎えていないから簡単な別れで済むが、ロヴェリオ家のユフェ姫はそうはいかないからな」
…ん?
話が見えない。
私は18というところにだけ反応した。
そういえばさっきレシェイト姫と王子も約束がどうとか言っていたな。
レイは少し悩んだが顔を上げるとはっきりと説明をし始めた。
「大貴族や他国がこのスアリザとより深く繋がる為に差し出した姫の大多数は15前後だ。だがオルフェ様は側室の中でも18未満の姫には一切手を出されていない」
確かにレシェイト姫ほどとはいかなくてもかなり年若い姫が大勢いたことを思い出す。
「いやでも、それって普通なんじゃ…?王子は確か二十歳はすぎてたはずだし」
レイはどこか冷たい笑みを浮かべた。
「お前は本当に世間知らずだな。七十過ぎの王が10歳過ぎの少女を何十番目かの側室として迎えることなんてよくある話だぞ。その場合、夜はすぐに王の寝室に呼ばれる」
「ななじゅう…」
何て元気な…。
皆さん聞いてください。
庶民の憧れ王族とやらは、実は揃いも揃って節操なしの破廉恥一族らしいですよ。
レイは素知らぬ顔で話を続けた。
「オルフェ様はご自分がいつどうなるか分からない立場をよく理解していらっしゃる。万一あらぬ汚名を被せられた時に幼い姫君には出来るだけ傷がつかないようにとの配慮だ」
なるほど。
それはスバラシイ配慮すね。
何となく胸がむかむかする。
また食欲が無くなってきた。
こんな話、別に聞きたくなんてないのに…。
「だが逆に18歳以上の姫君を側室と迎え入れたのに放置するわけにはいかない。
そんなことをすれば姫たちの不安を煽り、結びつきを強くするどころか下手をすれば貴族や他国との間に亀裂が入る。オルフェ様は常に上手に姫たちと適度に付き合いを交わされていた」
「…」
「この姫送りもその一環だ。ユフェ姫の屋敷で今晩一泊するのは、姫が最後の寵愛をオルフェ様から受けるためだ。
一般的にはそれが礼儀であり、オルフェ様の務めでもある」
…ってことは、何か?
18歳以上の姫を送り届けるたびに一泊ずつする感じですかね。
一体いつ終わるんでしょうかこの旅は。
いや、王子が側室を沢山構えているのは知ってたことだし。
側室というからにはそういう関係がもちろんあるのも分かっていたし。
…。
…。
…なんなの。
なんなのこの感じ。
別に私には何の関係もない話じゃない。
何もやもやしてるんだ私。
完全に無表情になりフォークを持ったまま固まった私から、レイは視線を逸らした。
長い沈黙の後、私は無意識に言葉を落としていた。
「元々、住んでる世界が違いすぎるんだし」
「…その通りだ。だからお前はあまりオルフェ様に深入りするな」
「…」
昨夜触れていた素肌が頭をよぎりかけたが、私は思い切り頭を振った。
あれは遠い人。
本当の私なら指一本触れないくらい遠い人。
落ち着け。
落ち着け、私。
何を今更動揺してる?
王子に相手が沢山いることは知っていただろうに。
「ミリ」
レイに呼ばれてはっと我に返る。
私は慌てて何でもないとでもいうように笑顔を取り繕った。
「え、あ、何?」
「…。いや…」
気まずい空気に耐えられなくなったのか、レイは私に背を向けた。
「もう少し、何か食べられそうな物持ってくる」
そう言い残すと部屋の中へ戻って行った。
「食べ物…」
そんな物、見たくもない。
私は手にしたお皿を手すりの外に出すと、下の庭に向けてフルーツを全て落とした。




