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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
王宮の陰謀
22/277

帰ってきたオルフェ王子

アリス姫は私をソファで休ませると、侍女に温かいスープを運ばせた。


「これなら飲めるかしら」


微笑みかける姫はあの日見た冷たさが嘘のように優しい。

そうなると元々際立って美しい顔が更に綺麗に見えた。


だいぶ休ませてもらった私は体を起こすと有難くスープを頂いた。

それは空腹と疲れで死にそうだった体の芯まで届く、癒される味だった。


「おいしい…」

「ふふ。まだあるので遠慮なさらずにおっしゃってね」


うっ。

メシア…救世主メシアが笑いかけている。

さっきまでの地獄のような逃走劇の後だけに、アリス姫の微笑みは冗談抜きに女神に見えた。

こんな時だが見惚れていると、急に胸元がもぞもぞと動きサクラが飛び出してきた。


「きゃっ…」

「姫様!!」


アリス姫は驚いて顔を伏せ、控えていた侍女が姫を守るように前へ出た。


「あ、さ、サクラ!!こら、こっちに来なさい!!ごめんなさい。あの子は何もしないので…」


慌ててサクラを呼び寄せると腕の中へ戻す。

どうやらスープのいい香りにサクラも我慢できずに飛び出してきたようだ。


「ごめんねサクラ。あなたもお腹がすいてるはずだもんね。…さっきは守ってくれてありがとう」


よしよしと頭を撫でていると、アリス姫は侍女につかまりながら目を丸くした。


「まぁ…、まさか、それが…ドラゴン…?」

「はい、驚かせてすみません」

「ということは貴方はオルフェ様の…」

「はい。アルゼラの、…フィスタンブレアと申します。この子はチビドラゴンのサクラです」


アリス姫と侍女は揃って顔を見合わせた。


「貴方が噂の少年だったのですね。サト、サクラさんにも何か食べられそうな物を持ってきて差し上げて」

「はい…」


侍女のサトさんは心配そうに姫とサクラを見たが、部屋の外へ出て行った。

アリス姫は私と二人になるとまじまじとサクラを見つめた。


「…今日は、なぜあのような場所に倒れてらしたのかしら」


姫にとっては当然の疑問だが、私はどう答えるべきか迷った。


「えと…、衛兵に捕まってしまって、逃げ出してあそこに行き着いたんです」


うん、我ながらかなりざっくりとした答えだ。

姫は案の定小首を傾げた。


「何故フィスタンブレア様が衛兵に捕まるのです?」

「そ、それは自分も聞きたいくらいで…」


しどろもどろ言っているとサトさんが部屋に戻ってきた。


「お待たせ致しました。これならばいかがでしょうか」


サトさんは厚いハムとナイフを手にしていた。

サクラはすぐに反応して飛びつこうとしたが、また驚かせてはいけないので私は手で押さえつけた。


「こらサクラ!!待てよ、待ーて。そうそう、良い子。すぐに切り分けてあげるから。えと、サトさん。そのハムとナイフ、こちらに頂けますか」

「は、はい…」


サトさんは恐る恐る私にハムとナイフを渡した。


「ありがとうございます」


サクラを落ち着けハムを切り分けようとした時、部屋の隅で深夜零時を知らせる時計の音が鳴り響いた。

私ははっとした。


「あ…、まずいっ…!!」


ハムとナイフ、それからサクラを両手に抱えたまま私は勝手にレストルームへと飛び込み扉を閉めた。


「フィスタンブレア様?どうかされましたか?」

「ご、ごめんなさい!!しばらく放っておいてください!!」


驚いた姫とサトさんが扉の外から声をかけてくるが、私は必死で鍵をかけた。

顔を上げるとそれに合わせてさらりと黒い髪が動く。

さっきまで短かった髪が、今は腰まで流れている。


危なかった…。

すっかりこんな現象が起こることなんて忘れていた。

っていうか牢屋でこんなことにならなくて本当に良かった。

私の足元では我慢できなくなったサクラが一生懸命太いハムに丸ごとかぶりついている。

私はその隣に落ちたナイフを取り上げた。


いいタイミングでナイフがあったものだ。

今日はついてるんだかないんだか…。

少し時間はかかったが、私は何とか長くなった黒髪をばさりと切り落とした。

無事さっきと同じショートヘアに戻った私は、そういえばいつの間にかなくなっていた帽子の存在に気が付いた。


「うぅ、会心の出来だったのに…。やっぱり今日はついてなんかない…」


悲しみに暮れているともう一度コンコンと控えめなノックが聞こえた。


「フィスタンブレア様…」

「あ、すみません。もう大丈夫です」


私は鍵と扉を開いた。

サトさんはすぐにタオルを差し出した。


「ご気分が優れぬようでしたらお水でも…」

「いえ、本当に大丈夫です」


アリス姫は安堵の顔になると優しく言った。


「フィスタンブレア様、よろしければそのままシャワーでもお使いください。さっきからひどい顔色ですわ。すぐに寝具の用意を整えます」

「いえ、あの…」

「わたくし、今日はもう休みますので何か必要でしたらこのサトに申しつけてください」


アリス姫は一方的に言うと背を向けて行ってしまった。

確かに今夜は王宮内では逃げ出したフィズを探して役人がうろついているだろう。

朝までは身を隠す必要がある。

私は少し迷ったが、この有難い申し出を受けることにした。

体を流し、サトさんが用意してくれた部屋着を着てから整えられたゲストルームのベッドに転がる。

柔らかな布団に包まれた瞬間、尋常じゃない眠気に襲われた。


「起きたら、家のベッドだったりして…」


うつらうつらしながら、現実逃避をする。

全てが夢で、一人であの暗い部屋で目が覚めるのだ。

私はただの帽子屋で…ただあの小さな店を守って生きる。

そうだったら、いいな。

そうだったら…

疲れ切ったサクラを抱えながら、私の意識は完全に闇に落ちた。


翌日。

目が覚めても辺りはまだ薄暗かった。

でも夜明け前にしては何かがおかしい。

外から感じる生き物の気配は、まるで昼間のように濃厚だ。

ベッドに座り込みながら何分もぼんやりしていると、音を立てて扉が開いた。


「ミリ、起きていたのか」


入ってきた人を見て、ぼけていた私の頭は急に覚めた。


「…な、お、お、オルフェ王子…!?どうしてここに…!?」

「それはこちらのセリフだ」


目の前にいるのは間違いなくオルフェ王子だった。

王子は左手に乗せたサクラを部屋に放つと私に手を伸ばした。

何の心の準備もしていなかった私は反射的に王子とは反対方向へ身体を反らせた。


「逃げるな」


ににに、逃げるよ!!

え、だって、え!?

何でいるの何でいるの何でいるの!?

王子に手を掴まれると私は悲鳴を上げた。


「…失礼な奴だな。わざわざ迎えに来てやったというのに」

「む、迎えに!?」

「お前その姿でこの後宮からどうやって出て行くつもりだ」

「あ…」


昨日のことが一気に蘇り私は蒼白になった。


「王子…、あの、これは…」

「話なら後で聞く。後宮で行き倒れていたフィスタンブレアを拾ったとすぐに連絡を寄こしたアリス姫に感謝するんだな」

「アリス姫…」


王子は私をベッドから引き抜くと軽々と横抱きにした。


「あ、ちょっ、王子!?」

「このまま連れて行く。騒ぐな」


王子はサクラを呼ぶと私の手に滑り込ませた。

それから大きなケープを掴むと私の頭からかぶせ、くるりと巻いた。


「アリス姫には他の姫を連れて後宮の奥の間で茶会を開いてもらっている。今のうちに出るぞ」

「う、は、はい…」


体に感じる王子の体温に、私はガチガチに固まった。

前は慣れてきたと思ったのに何日も離れているとやっぱり無理だ。

今すぐに暴れ出したい衝動を抑えながら、私はただサクラを握りしめていた。

王宮内には明々と明かりが灯り始め、人々は慌ただしく行き来していた。


あれ?

これってもしかして、もうすぐ朝じゃなくてもうすぐ夜なんじゃ…

え、私一体何時間寝てたんだ??


「どうした」


キョロキョロする私に王子が聞いてきた。


「いえ…あの。今はすっかり明け方だとばかり思っていたので…」

「お前な。昨夜連絡を受けた俺が明け方にここに着くわけがないだろうが」

「あ、そ、そっか…。王子はいつ王宮に戻ってきたんですか?」


王子はふと私を見下ろした。

え、な、何?


「ミリ」

「は、はい?」

「…いや、何でもない。王宮にはさっき戻ってきたばかりだ。本来なら三日後に帰る予定だったのだがな」


何故か機嫌よく笑いながら話す。

なんだなんだ。

別に変なこと言ってないぞ。


首を傾げていると黒薔薇の間に着いた。

中に入ると華やかな帽子が数個棚の上に並んでいるのが目に入る。

王子は私を下ろすと感心して言った。


「すごいな。これは全てミリが作ったのか?」

「はい。お陰様で新しいデザインを色々試させて頂きました」


一番会心の出来な帽子はなくしちゃったけれど!!

なくしちゃったけれど!!

うぅ、本当に残念。

私は部屋に一歩踏み入れたが、その途端足に力が入らずにへしゃりとその場に崩れ落ちた。


「何をしている」

「へ…?あれ、おかしいな」


もう一度ゆっくり立ち上がったが、生まれたての子鹿みたいに足が震えている。

ま、まさか昨日あれだけ走ったせいで…?

私はくいと顔を上げた。


「王子」

「なんだ」

「わざわざ迎えに来てくれてありがとうございました。部屋に帰ってください」


棒読みで言う私に、王子は呆れ返った。


「素直じゃないな」

「…」

「こういう時は手を貸してください、だろう?」


王子は必死で立つ私の肩を軽く押した。


「うひあぁあ!!いったぁい!!」


身体中が悲鳴をあげて私は叫んだ。

王子は驚いてすぐに私を支え直した。


「そんなにか?一体何をすれば体がこうなる?」

「は、走っただけです…」


必死でしがみつきながらも何とか離れようとする挙動不審な私を、王子は有無を言わせず抱え上げソファまで運んだ。

ゆっくり下ろすと私の短い髪をポンと撫でる。


「ミリ。何故危険だと分かっているのにフィズになり部屋の外へ出た」

「う…そ、それは…」


バカな理由すぎて何て言えばいいのかが分からない。


「ごめんなさい…」

「責めているわけではない。昨日、何があった?」


私の隣に腰掛けると、王子は真っ直ぐ見つめてきた。

温かい大きな手。

優しい声音。

二人だけの黒い空間。

後宮へ行く時から心のどこかで堪えていた何かが、ぼきりと音を立てて崩れた。

ぼろぼろと勝手に涙が溢れてくる。


「ミリ?どうした」

「ふうぅ…、しゅみましぇん…」


王子は少し躊躇ったが私を引き寄せると背を撫でた。

不思議なもので、さっきはあんなに触れられることに動揺したのに何故だか今はその温かさが心をほぐした。

オルフェ王子の前では何を偽る必要もない。

イザベラでもフィズでもなく、ただの私でいられることがこんなに安心できるだなんて…。


私は泣きながらも王子が不在だった時のことを話し始めた。

それは我ながら本当に話し下手で時には支離滅裂なことを言っていたが、王子は最後まで根気よく聞き続けてくれた。

全て話し終えると、また体から力が抜けた。

あんなにずっと寝ていたのにもう眠気に襲われる。


「眠いのか」

「ん…は、はい。おかしいなぁ…」

「心も体も疲れきったのだろう。いいから眠れ」


王子は私をベッドに横にすると掛け布をかけた。

ベッドの中の方が、なんだか寒い。


「王子…」


よく分からない不安に駆られて見上げると、オルフェ王子は安心させるように微笑んだ。


「心配するな。しばらくはミリのそばにいる」

「うん…。あの」

「うん?」

「…お、おかえりなさい」


王子が目を見張ったので私は何だか真っ赤になった。


「いえ。ちゃんと言っていなかったなと思いまして」


王子はふっと笑うと私の頬に口付けた。


「ただいま」

「ぶっ。そ、そういうんじゃないです!!社交辞令です、社交辞令!!」


王子は楽しそうに笑いながらも私の近くに腰掛けるとまた頭を撫でてきた。

何度も撫でられる癒しのリズムが心地よい。

私はまたすぐに眠気に襲われ目を閉じた。

王子は私が寝息に変わってからもしばらくそこを動かなかった。


「少し見ないうちに、何だか女らしくなってきたな」


囁くように言うと、眠れる瞼に口付けてからそっと部屋を出て行った。

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