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終わり

 それから十数分後。



 竜神は部屋の外に出るべきか出ざるべきか悩んでいた。

 外から五人の声がしていたからだ。

 いわずとしれた未来、百合、美穂子、達樹、浅見の声だ。話の内容までは判らないが、ドアの前で揉めている。


 竜神は諸事情あって、未来との過剰な接触を控えている。


 ゲーム世界では控える必要が無かったから、ついつい未来と接触過剰になってしまった。

 未来は「お巡りさん」を目指していると思っているが、竜神が目標としているのは俗にSPと呼ばれる警備隊員だ。退役した祖父と、現役の父の後に竜神も続くつもりで幼い頃から勉強を続けている。心身ともに父と祖父に鍛えられてきたので、同世代の男よりは度胸も判断力もあると思っていたのだが、未来と行動するようになって少々自信が無くなっていた。


 ゲームの中で、チームテンプルナイトの連中に「オレを殺してくれ」と言った事も失敗だった。チームテンプルナイトの連中を驚かせ、立ち止まらせてしまった。あそこは、余計な混乱をさせないためにも「姫を守れ」と言うべきだった。狼狽しているにもほどがある。


 浅見に睨んでるみたいに見えるから気を付けろなんて偉そうに説教したのに、『リアの街』で、未来を取り囲み、胸や足を注視するチームポセイドンを睨んでしまった自覚もあった。感情さえ自制できてないなんてどうしようもない。


 達樹は数分前に「食い足りねーからまたなんか貰ってきますー」と部屋を出ていた。


 その途中に未来達と合流して戻ってきたのだろうが、なぜ部屋に入らず廊下で騒いでいるのか。いい加減確認するべきか。しかし、踏み込みすぎては駄目だ。ここはゲームの中ではない。未来が助けを求めてこない以上、手出しするべきではない。だけど、トラブルが巻き起こっているかもしれない。確認するべきだと結論付け竜神は座椅子から立ち上がりかけたのだが。


 タイミングを見計らっていたかのように引き戸が開き、未来が飛び込んできた。


「竜神――――もう、最悪だったんだよ聞いてくれよー!」

「……今度は何があったんだ?」

「あの変な奴が屋台を出してたんだ!!」

「変な奴?」


 漠然としすぎてて誰のことだか推測さえできない。


 竜神は見た目がごついのでヤクザだの犯罪者だの年少帰りだのと言われるけれども、警察官の祖父と警察官の父を持ち、専業主婦の母と祖母に育てられてきたのでごくごく普通の感性しか持ち合わせていない。

 変な奴といわれても、一般的な感性の竜神から見ると、未来の周りに集まる人間は大抵が変な奴なので誰だか判別ができなかった。



 竜神が殴っても蹴っても、「俺が勝ったら未来ちゃんをよこせー」と繰り返し挑みかかってくるラグビー部の先輩のことだろうか。(毎回蹴りの一撃で瞬殺している)

 「君のような乱暴者は未来には相応しくない」と遠くからねちねち絡んでくる生徒会長のことだろうか(だがこいつは直接未来には絡んで居なかったはずだ)

 徒党を組んで昼休みに呼び出しを掛けてくる、かつては未来の先輩だったサッカー部の先輩達という線も捨てがたい。(十数人単位で襲ってくるけど、毎回怪我をさせない程度の反撃で追い払っている。手加減の勉強には持ってこいの相手だ)(見かねた達樹が時々参戦してくる。正直邪魔だし、達樹と同じ部活の先輩でもあるので余り手出しさせたくないが、達樹自身が望んで参戦してくるので好きなようにさせている)


 いや、学校の先輩達が出店を開いているとは考えにくい。次に浮かんできた変人はここで知り合った連中――――キリと三月が真っ先に浮かんできた。


 キリはありえないだろう。キリは未来にとって「変人」程度の評価で住むはずも無いぐらいの恐怖の対象だ。それに、四、五時間は起きない程度のレバーブローを叩きこんでいる。まだ目を覚ますことはない。三月が屋台を開いていると言うのもいささか想像し辛い。


 となれば、電車内で執拗に未来を見詰めている汗掻きの小太りの男だろうか。もしくは同じく電車内で毎朝毎朝未来の顔を見ながら指をわきわきと動かしているサラリーマンだろうか。顔を思い浮かべはしたが即座に否定した。電車内で会う変人達に未来は気が付いていないはずだ。なにせ竜神が体で隠しているのだから。


 だとしたら誰だ。竜神は考えを巡らせた。改めて思うのだが未来の周りには変人が多すぎる。大穴で百合という可能性も捨てがたい。


「――――あいつだよ! 美穂子のバイト先の店主!!」


 あぁ、あれか。

 グロい店で嬉々として未来をからかってきた女の顔が脳裏に蘇る。


「出店一杯にグロお菓子が並んでたんだよ! 目玉とか内臓とか鼻とか指とか!! 俺まじで死ぬかと思ったあああ! 内臓渡されて、あの人に思いっきり投げ返しちゃったんだ!! 達樹に女に暴力振るったら軽蔑するとかいっといて、女の人に内臓投げつけるなんて最低な真似しちゃった……!!」


 ゆさゆさと未来に揺らされながら、竜神は答える。

「怖かったんなら仕方ないだろ。人間テンパったら変な行動すっし」

「ううう……。そうかなあ……。美穂子が袋一杯に目玉の飴持って歩くし、浅見も全然平気みたいで指の形のグミ食うし……。怖くて怖くて泣きそうになったよ……。おまけに、これ!!」


 未来がゴキブリの死体でも入っているかのように、指先で袋をつまんで持ち上げた。中に入っているのは紫色の唇の形をした棒付きキャンディだった。


「美穂子が味付けとデザインした飴らしくて、食べてって渡されたんだ……!! やっぱり美穂子に嫌われてるのかな!? 俺のせいで美穂子、暴力を振るう女だって噂立てられたし、怒ってんのかな!? 美穂子に――あんないい子に嫌われたら生きていけないよ! どう思う竜神!?」


「美穂子がお前嫌うわけねーだろ。お前が体育教師の辻に胸触られたとき、引き剥がすために顔面ぶん殴った女だぞ。嫌いなら嫌いで真っ向から嫌いって言ってくるに決まってる。遠まわしな手段なんか取らねーよ」

「そ、そうかな……」

「疑ってやるなよ」

「うう……。そうだよな。美穂子は善意で俺にこれ、くれたんだよな……。………………!」


 未来は袋から飴を取り出して、しばらく唇を凝視してふるふると震えていた。

 唇形の飴は実にリアルな形状をしていた。

 未来は飴を舐めるために小さな舌を突き出して硬く目を閉じた。目尻には涙が浮いていて――――。


 竜神は未来から飴を取り上げ、がり、と歯を立てた。

「ひいい! い、痛い! 砕くのやめてくれよ竜神!」

 喚く未来に構わず、竜神は口の中の飴を噛み砕く。

「普通に美味いな」

「え!? そなの!?」

「グレープ味だけど甘さ控えめだし、男ウケもするんじゃねーか?」

 ぱき、と飴を割って、唇の形を崩してから未来に差し出す。未来は大人しく竜神の指から飴を食べた。


「――ほんとだ! 美穂子、お菓子つくりの才能あるんだなー。形は最低だけど……」


 未来の唇に残る飴のカケラを指先で拭って、竜神は聞いた。

「会話の訓練は終わったのか?」と。

 未来と別行動してまだ二十分も経ってないけど。


「うん……。終わったというか……、グロ出店見て逃げてきちゃって……。いや、頑張って話はしたんだぞ! 三人連れの男子と! ……そんだけで、気力、使い果たしたんだけど……」

 未来は両手を座布団の上に付いてうな垂れた。


「人と話すの、やっぱ緊張して駄目みたいだ……。生前はこんなんじゃ無かったのに」

 未来の体が傾いて、竜神の腕に寄りかかってくる。


「…………お前の傍が一番安心するよ……。体デケーから隠してくれるし、何かあったら守ってくれるし」

 ゆっくり傾いてきた体が、力を無くしてぽふ、と竜神にぶつかってくる。

 相変わらず小さくて柔らかくて細い体だ。竜神が力を入れるだけで砕いてしまいそうなぐらいに。


「変な飴の味見してくれるしカニの解体もしてくれるし――――甘えてばっかりでごめんな」

 顔を見ないままに未来は続ける。


「…………いつも、傍に居てくれて」


 未来の小さな掌がぺしりと竜神の手を叩いた。


 柔らかくてふわふわした指と、ごつくて長い指が少しだけ絡む。



 未来が顔を上げた。視線を合わせて、眩しいぐらいの満面の笑顔を竜神に向けてきた。






「ありがとうな。竜神」

「…………あぁ」



 笑顔の未来に、竜神も笑顔を向けて答えた。

 重なった掌を少しだけ握って。












 高校生達がモニターとして活躍した、世界で始めてのバーチャルゲーム「ラスタナル戦記」は、爆発的な売れ行きを見せて長く販売されつづけた。



 ――――だが、この後、竜神強志と日向未来がこのバーチャルゲームをプレイすることは無かった。



 ゲーム設定上定められた「姫」と「バーサーカー」のように深い信頼関係で結ばれた男女がログインしてくることも無く――――。


 レアクラスキャラクター『姫』と同じくレアクラスキャラクター『バーサーカー』は、二度と、ゲームに姿を表すことはなかったのだった。



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