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愚者の目指したアーカディア  作者: 鷲野高山
1章 新大陸の守護者
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17話 すれ違い

 階段を上ってきた足音が、ピタリと止まった。

 同時に、蓮也のすぐ近くで荒い息遣いが聞こえる。

 蓮也の目にその姿は映らないが、夕真と舞の二択とすれば、恐らく舞であろう。そして、その舞がすぐそこにいる――。

 高まる緊張の中、必死で息を押し殺す。

 蓮也が隠れているのは、屋上の扉付近に並んでいる、掃除用具入れのロッカーの中だ。

 なんともありきたりで、それでいて非常に危うい隠れ場所。というのは一目瞭然で、開けられればそれで終わり。

 しかし焦りに焦っていた蓮也は、悠長に思考する余裕も時間もなく、咄嗟にこの中に身を隠していた。


「こ、この向こうに蓮也がいるのね――」

「話を聞いた限り、そういうことになるね」


 傍ら聞こえる、二人の会話。その声は間違いなく、夕真と舞のものだ。

 ……まさか、二人共だとは。片方でさえ、顔を合わせづらいというのに。

 身じろぎの一つでもすれば、一発でアウトだ。

 蓮也は、二人がこの場所から去るのを、ただひたすらに待った。


「よ……よし! じゃ、じゃあ、開けるよ!? 兄さん!」


 やがて、舞の声と共に、カチャッ、とドアノブを回す音が聞こえた。

 ただでさえ狭いロッカー。しかも掃除用具のせいで、さらにそのスペースが少なくなっており、いつ物音を立ててしまうか、蓮也は気が気ではなかった。

 故に、その言葉に安堵し、ホッとしかける。が、次の瞬間。


「まったく、たかだか一介の落ちこぼれのために、なんでそこまで慌てるのか。これっぽっちも理解できないねぇ」


 聞こえるのは、舞でも、ましてや夕真のものでもない、第三者の声。

 人を小馬鹿にしたような、嫌味を孕んだ口調。

 聞き違えることはない。なぜなら蓮也は、その声の主とは、さきほど遭遇したばかりだからだ。


「蓮也がここにいた、というのを教えてくれたのはありがたい。しかし何故、君までここに来るんだい、西浦?」

「別段大した理由などはない。が、強いて言うなら面白そう……だからだな。あの落ちこぼれがどんな反応をするのか、見物(みもの)だ。なに、心配せずとも口出しはしないさ。気にせずやってくれ……ククッ」


 そう、声の持ち主は――深緑色の髪をもつ特待者、西浦伯斗。

 自身の気持ちに変化をもたらした人物ではあるが、やはり好きになれない。

 少しでも感謝してしまった自分が馬鹿らしいほどだ。あっち(西浦)は、ただ単に面白がっていただけにすぎないのだから。


 ギィッ、と扉を開ける音が響く。


「蓮也!! ……あれ? 蓮也……いないの?」


 舞の勇んだ声が、不安気な声に変わっていく。

 それに罪悪感を覚えながらも、蓮也はただひたすらに耐えた。


「……とりあえず、入ってみようか」


 夕真の声と共に、すぐ横を通りすぎる足音。どうやら引き返さずに、屋上へ足を踏み入れたようだ。


「……フン、やはりつまらん奴だ……仕方ない、奴らの本音を聞くので我慢しよう」


 西浦も鼻をならしながら、蓮也の隠れるロッカーの横を通っていく。

 場に戻る静寂。

 本来なら、彼らが屋上から去ってから隠れ場所(ロッカー)から出るのが確実なのだろうが、蓮也はさすがに限界だった。

 ロッカーを開け、慎重に、しかし手早くそこから出ようと体を動かす。

 しかしその際、なにかに引っかかってゴンッ、という小さくない音がその場に響いてしまった。

 ドクン、と心臓が跳ね上がる。が、どうやらさすがに、扉を隔てた屋上にまでは聞こえなかったようだ。

 そのことに胸を撫で下ろしつつ、無事に脱出。そこですぐさま動けば問題ないのだが、しかし蓮也の視線は屋上へ続くドアに固定されていた。

 耳に残るのは、西浦の言葉。

 ――二人の本音。


 ゴクリ、と喉を鳴らす。

 二人は、本当のところどう思っているのだろうか。それが、無性に気になった。

 本当に自分を心配して探してくれているのか。そう考えた蓮也は、自嘲めいた笑みを浮かべる。

 我ながら、虫のいい発想をしてしまったものだ。

 二人とも内心では、自分に怒りを覚えているに違いない。きっとそうに決まっているのだ。

 そう自身に言い聞かせるものの、気づけば体は勝手に屋上へと出る扉に近づいていた。

 見れば、扉は完全に閉じられてはいない。その向こう、微かにだが、声が聞こえてくる。

 もはや鉢合わせしてしまう可能性など頭から吹っ飛んでしまい、蓮也は扉向こうの会話に耳をそばだてた。


「――そう……な……」


 だが声は聞こえるものの、遠く、途切れ途切れで聞こえづらい。

 つまりそれは、彼らが扉から離れた場所にいるということだ。

 もう少し扉を開けても大丈夫。バレやしない。

 そんな根拠のない自信。

 しかし大胆にも蓮也は、そっと扉に手を添え、音をたてないようにゆっくりと開けていった。



 ――――――――――



 舞の耳が、なにかの物音を捉えた気がした。

 確証はなく、とりあえず周囲を見回すが、特に変わりはない。

 そんなことよりも、と慌てて舞は視線を元に戻した。

 屋上の中央付近で対峙する、二人の人間。

 一人は、彼女の兄である夕真。そしてもう一人が、彼女が苦手意識をもつ男、西浦。

 その一触即発の雰囲気が、気が気でなかったのだ。

   

「だから、それは建前だろ? 俺が知りたいのはお前達の本心だ。それさえ聞ければ、俺はすぐにでも部屋に戻る」


 夕真を睨みながら、イライラしたように口を開く西浦。


「それが本音だと、さっきから言っているけどね?」


 対して、いつもの飄々とした態度は鳴りを潜め、力強い言葉で返す兄、夕真。

 そんな普段とは違う兄の姿が、舞の不安を増幅させる。


「テメェ、いい加減にしろよ! んな綺麗事ばかり言いやがって!」


 そんな夕真の態度に堪忍袋の緒が切れたのか、とうとう西浦が激昂した。

 声を荒げながら、罵詈雑言を放つ。だがその内容は、舞にも、そして当然夕真にも看過できないものだった。


「なぜあんな凡人を構う!? あんなのは所詮、ここにいなくてもいい存在なんだ! 俺の――俺達のような特待者に比べれば、あんな奴らの価値など――」

「友達だよ」


 ピシャリ、と夕真の声が遮った。

 西浦が、これ以上はないと言わんばかりの敵意を視線に込める。

 普段の舞であれば、確実に気後れしただろう。が、こればっかりは譲れなかった。

 夕真の隣に立ち、西浦と対峙する。


「それは絶対に変わらない……蓮也が望まない限りはね。それに、今も、そしてこれからも――」


 そこで一旦、夕真は言葉を区切った。

 それを見た西浦の表情が、憤怒のものから訝しげなそれへと変化していく。

 しかし舞には、その続きがなんとなく予想できていた。


「僕はいつだって蓮也の味方。いや――蓮也だけの味方だよ」


 夕真は、それが当然である、といわんばかりに宣言した。

 それを聞いた舞は、淋しげに笑う。

 そうだろうとは思っていた。

 兄が――宮月夕真という人間が、唯一全幅の信頼を寄せている人物。それが、実の両親でもなく、ましてや自分でもなく――幼馴染の伊塚蓮也であること。

 兄妹だから、といって完全な絆で繋がれているわけではないのだ。

 ――そもそも自分には、そんな資格などないのだから。


「わ、わたっ! 私だって!」


 だから舞は、そう言うのが精一杯だった。


「…………チッ」


 それを西浦は、さきほどとは打って変わり、毒気を抜かれたような表情で見ていた。

 だが、やがて忌々しげに舌打ちしたかと思うと、扉に向けて歩を進めていった。


「せめて蓮也と話ができれば、と思ったんだけどね……」

「……うん」


 舞は俯きながら、小さく呟いた。

 その内心に渦巻くのは、たった一つの疑問。

 ――なぜこうなってしまったのだろうか。

 召喚儀典を行うまでは、言葉を交わさない日などほとんどなかった。寮棟はバラバラであったものの、共に放課後を過ごしたり、フレットで連絡しあったり

 ここ(レラシオネス)に来る前だってそう。喧嘩をしたことは何度もあったけど、いつの間にか元通り、三人で笑いあっていて――。


「はぁ……」

 

 だから今日、西浦と佐々木の二人から蓮也の話を聞いた時は、今しかないと思った。

 いつものように三人で集まって、談笑して。蓮也と言葉を交わす。

 他にどうすればいいか分からないから。自分にはそれぐらいしかできないから。

 そうすれば、いつかきっと。また元のように――。


 そんな鬱々とした舞の思考は、この静けさにそぐわない轟音によって現実に引き戻された。

 バタンッ! という重く、鼓膜を震わせる低音。

 そんなものが発せられるのは、この場において内と外を繋ぐ扉しかない。

 西浦が出て行ったのだろう。それが当然の帰結だったが、舞の視線は無意識の内に、扉を追っていた。


「クッ……ククッ……」


 しかしそこで捉えた光景は、舞の考えが外れであることを示していた。

 さきほどの場所から数歩、といった距離で立ち止まっている西浦。なにやら俯いて、体を僅かに震わせている。そして、漏れてくる声を聞いた限り、懸命に笑いを堪えているようだ。

 西浦のそんな様子も、舞は気にならないわけではなかった。さきほどまでは不機嫌さが全面に押し出されていたのに、今はその面影が全くと言っていいほどにない。

 が、それよりも舞の気を引いたのは、彼がまだ屋上に、しかも扉から離れた位置にいるということ。つまり音の正体は、別の要因だということだ。

 風? 一瞬それが頭をよぎるが、ありえないとすぐに打ち消す。扉が全開だったならまだしも、風の影響では絶対にない。

 では――?

 隣の見れば、夕真は無言で、しかし真剣な眼差しで扉を見据えている。

 どうしたのか。そう夕真に訊ねようとした舞だったが、それを言葉にする前に答えが返された。


「ククッ……こいつは傑作だ。あの伊塚って野郎、こそこそと盗み聞きをしやがって……それで俺に気づかれた途端に逃亡か。ハッ!」


 ひとしきり笑った西浦は、舞と夕真に向き直ると嘲るように言葉を続けた。


「やはりアイツは、所詮あの程度だな。お前達の仮初の……いや、本心だったな? 悪い悪い。まあ要は、お前達の上っ面の関係はこれで証明されたな? え?」


 言いたいことだけ言うと、西浦はケタケタと笑いながら歩き去って行く。


「僕は蓮也を追いかける! 舞は空から探してくれ!」

「……う、うんっ!」


 それだけ言うと夕真は、西浦の言葉など歯牙にもかけず、建物の中へと姿を消した。

 西浦の言葉にムッとしていた舞だったが、夕真の言葉でハッと我に返ると、大きく頷く。

 目を閉じ、集中。自身の腕にあるフレットに、意識を向ける。

 呼び出すのは、己と契約するラール。


「……ねぇ、蓮也」


 舞は、一人残された屋上で、声の届かない相手に語りかける。


「私のラールは空を飛べるんだよ」


 思いはとめどなく溢れ、言葉が止まらない。


「私は蓮也のこと信じてる。……蓮也のラールも空を飛べるんだよね?」


 瞳を開け、空を見上げる。

 視界いっぱいに広がる、青い空。

 遠く、果てしない空は、とても綺麗で。どんな悩み事だって吸い込んでくれそうな気がした。


「一緒に……飛べたらいいなぁ」


 きっと飛べるよね?

 舞の唇が、微かな願望を紡ぐ。

 その呟きは誰の耳に入ることなく、空へと消えていった。

この小説の展望について少し。

1章は、ご覧いただいた通り、蓮也の心境に重点を置いています。

最初は、期待と不安を持たせ、期待させ、絶望させ、立ち直り……とこんな具合で来ています。バトルもまだあります。

2章からは、ちゃんと学園物になりますので、今しばしお付き合いをお願いします。

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