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愚者の目指したアーカディア  作者: 鷲野高山
1章 新大陸の守護者
16/26

16話 選択肢

「……やっぱ、ダメだったかぁ」


 緋色の隻眼を見てからの記憶がない。

 が、気づけば冷たい床の上に横たわっていた蓮也は、すぐさま召喚を試みた。

 ――来い、来い。

 ただそれだけを思った。

 しかし願えど願えど、ただ五芒星は光を発するだけで、なにも起こらなかったのだ。

 溜め息をつく。 

 だが、やはり心のどこかでは、こうなるのではないか、とは思っていたのかもしれない。

 落胆はしたものの、吹っ切れ、以前に比べれば気持ちもどこか軽くなっていた。


「少しだけ、西浦に感謝しなきゃな」


 嫌な性格をしているが、それに感化されたのもまた事実。実際、屋上で会わなければこうすることはなかっただろう。

 やれるべきことは、充分やれたはずだ。これでもう――。


「誰かと思ったが……伊塚だったか」


 思考が、凍りつく。

 背後から聞こえた言葉。低く、それでいて鋭い声。

 姿を見ずとも分かってはいたが、ゆっくりと振り返る。

 部屋の扉に佇む人影。五芒星から立ち上る、淡い光に映し出されたその顔は――。


「……佐々木先生」


 どうしてここに? そう続けようとした言葉は、他ならぬ佐々木によって妨げられた。

 カツン、カツンと靴音を響かせ、未だ立ち尽くしている蓮也へと、佐々木が近づく。そしてそのまま佐々木は、いつにも増して能面のような無表情で、蓮也をじっと見下した。

 

「ここでなにをしている?」

「……召喚を――」


 正直に言いかけて、閉口する。

 脳内にちらつくのは、「退学」の二文字。

 以前、夕真から聞いた話。確か、規則を破って勝手に召喚をしようとした生徒が、退学にさせられたとか。

 自分も、そうなるかもしれない。

 そんな考えから、蓮也は思わず逡巡してしまったのだ。


「…………」


 佐々木はなにも言わない。その冷徹な瞳は、ただ無言で蓮也を貫くのみ。

 今ならまだ間に合うかもしれない。適当にでっちあげろ。

 そんな思いが、蓮也の中で鎌首をもたげた。

 ――しかし。

 拳をギュッと握る。


「召喚を……していました」


 偽ることなく、佐々木の瞳に真っ向から向かい合う。

 そんな蓮也を見て、佐々木は僅かに目を見開く。


「なぜだ」

「なぜ……とは?」

「召喚儀典まで待ちきれない、という奴は今までに何人もいた。事実、先走って勝手に召喚をしようとした者もいた。……しかしな、伊塚。お前のように無所属になってなお、二度目の召喚を試みた奴を、私は知らない」

「それは……」


 思い返すのは、この前までの自分。

 なにひとつ真っ向から対峙しようとしなかった、そんな自分。


「きっと……最後くらい、足掻いてみたかったんだと思います」

「ほう?」


 先程とは違い、どこか感情が伴っているような佐々木の声。

 そんな佐々木に、蓮也は、もしも召喚に失敗した場合の考えを告げた。


「俺……この島を――レラシオネスを出ることにします。無所属になった俺がここにいてもしょうがないですし……それに、夕真と舞の邪魔にもなりそうですから」


 明るく、そして笑顔で。

 最初の理由もあったが、なにより、あの二人の足枷にはなりたくなかった。自分があの二人と関わることによって、迷惑にしかなりえないことなど、とうに悟っていた。

 ならば、離れたほうがよいに決まっている。

 それが、蓮也の下した決断だった。

 佐々木はなにも言わない。見上げ、見下され、ただ時間だけがすぎる。

 再度部屋に訪れる静寂。

 沈黙を破ったのは佐々木だったが、その光景は蓮也を驚かせた。


「……ふふっ」


 なんと佐々木が、微かに笑い声を上げたのだ。

 今まで彼女が笑ったのを見たことがあるか、と生徒達に聞けば、大多数が首を捻り、否定するだろう。

 そのくらい佐々木が笑うというのは、珍しく、驚きなのだ。

 そして表情もさきほどまでとは一変し、僅かに相好を崩している。


「なるほど……どんな変化があったか知らんが、あの時より随分とましな顔をするようになった」


 あの時――召喚儀典の時だろうか。

 となると、自分はよっぽどな顔をしてたんだな、と蓮也は苦笑した。


「この後、特に予定はないな? ……ならば、少しばかり付き合え」


 蓮也が頷いたことを確認すると、佐々木は踵を返して、儀典の間を出ていった。

 特に反抗することなく、蓮也は佐々木の後を追い、階段を上る。

 規則を破ったことを咎められるのだろう。

 そう思っていた。……が、佐々木が歩を進めた先にあったのは、屋上へ一直線に通ずる階段。

 そこでようやく、どうにも自分の考えが誤っているのでは、という疑問が生じた。

 それに、今更になって考えてみれば、罰則を言い渡されるとするならさきほどの言い回しはおかしい。

 一体なんだろうか。考えども、一向に答えが見つからない。


「そう身構えるな。先に言っておくと、さっきのお前の行動は、規則を破ったことにはならない。召喚前の入室は禁止されているが、その後は禁止されていないのでな。ただ少し、話をしたいだけだ」


 そんな蓮也を振り返った佐々木は、そう言うと、後ろ手に扉を開けた。

 ギィッ、と重い音を立てて開く扉。広がるのはやはり、屋上であった。

 外を吹いていた風が、行き場ができたことにより、凄まじい勢いで建物の内部に押し寄せる。蓮也はそれに思わずよろけて、傍らにある掃除用具の入ったロッカーに肩をぶつけた。

 しかし佐々木は、吹き抜ける強風をものともせずに屋上へ足を踏み入れると、そのまま歩き、柵に身を預ける。

 両腕で顔を庇いながら、蓮也もその後に続いた。


「ふむ、なかなかに心地がいいな」


 佐々木が屋上からの景色へと視線を向けながら、その美しい黒髪をかきあげて、呟く。

 その横顔はいつもの凛々しいものと違い、どこか穏やかで、安らかな雰囲気を伴っている。


「そ、それで、話とは……」


 そんな佐々木の姿に見入っていたことに気づいた蓮也は、慌てて声をかける。


「そんなに固くならなくてもいいぞ。今はプライベートな時間だからな」

「は、はぁ……」


 いまいち、話の要領がつかめない。

 そもそも、これがあの佐々木なのか。

 普段からは考えられないその姿に、蓮也は動揺を隠そうと必死だった。

 だが、そんなこと佐々木にはお見通しだったようだ。

 佐々木は蓮也の顔へ向き直ると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「ん? 不思議そうな顔をしているな、伊塚」

「い、いえ! そんなことはっ!」

「なに、冗談だ。だが、私だって四六時中難しい顔をしているわけではないぞ? ……あー、いらんことを言ったな。では、本題に入ろう」


 そう言った佐々木の声に、いつもの真剣さが戻った。


「伊塚。この場所(レラシオネス)から去る、というのがお前の出した結論か?」

「……はい」


 その話か。

 気乗りせず、渋々と返事をするも、蓮也の表情は硬い。


「それは、ここにいてもしょうがないから、そして、宮月の兄弟の邪魔になるから……と?」

「はい」

「もう戻ることはできないぞ?」

「はい!」

「本当にそれでいいのか?」

「だってそうでしょう!?」


 しつこく聞き返す佐々木に、蓮也は思わず声を荒げた。

 蓮也としては、出来る限りこの話はしたくなかったのだ。

 せっかく決めた覚悟が、脆くなってしまいそうだったから。

 これ以上考えたくない、という無意識な意思表示でもあった。


「ふむ、それはいささか早計ではないか?」

「なんでですか!? 無所属の俺には、ここに居場所なんてない! 特待者の二人とは違って、俺はラールすらいない、無所属(落ちこぼれ)なんだ! これの何処が――」

「だから、それが早計だと言っているんだ」


 蓮也の叫びは、静かでありながらも威圧を伴った佐々木の声に押しとめられた。


「例え無所属であろうと、ラールを召喚できる可能性が絶たれたわけではない。それに、伊塚。お前は儀典の間で、己のラールをドラゴンだと言ったな? いや、それが真にドラゴンだったかなどは分かるまいが、確かになにかを見たはずだ。ならば、それをお前自身が信じないでどうする?」

「……そんなこと言ったって、実際になにもいなかったじゃないですか。それが現実だったんですよ」


 言葉は止まることなく、つい言ってしまった。


「……だいたい、先生に無所属の生徒の気持ちなんてわかるはずが――」


 そう、分かるはずないのだ。

 今まで、佐々木の契約したラールは見たことがない。しかしその年で、レラシオネスに教師として身を置いているのだ。落ちこぼれの自分と違い、さぞ優秀なのだろう。


「まぁ、確かに分からんな」


 そら見ろ。どうせ無所属になった生徒の気持ちなんて――。

 内心で僅かな敵意を覚えながらも、自嘲めいた笑みを浮かべる。

 だが、それも一瞬のことだった。

 なにせ次に佐々木が放ったのは、予想外にもほどがある、意外な事実だったからだ。


「だいたい私は、無所属云々よりも――そもそも反応者ですらないからな」

「……え?」

「だから私は反応者ではないと言ったのだ」

「え……で、でも! ここにいて、先生もしてて――」

「あぁ、確かに教師ではあるが、私が教えているのは座学のみ。担当も、召喚前の一般生だけだ」


 うろたえる蓮也をよそに、佐々木は特に気にした様子もなく口を開く。


「どうだ? 反応者ですらない私がここにいるんだ。お前がここにいてはいけないなどという道理はないぞ?」


 無言になる蓮也。しかし、佐々木は返事を待たずに、話し続ける。


「私には、ラールと契約できる可能性などこれっぽっちもない。しかし、お前にはある。諦めるのはまだ早いんじゃないか?」

「……仮にそうなったとしても、二人の側には――」


 確かに、居場所がない、というのも懸念事項の一つではあった。しかし蓮也にしてみれば、重要なのは後者。二人との関係だった。


「ふむ……宮月の妹の方は知らんがな。一足先にこちら(レラシオネス)へ来た、兄の夕真はよく知っている。偶然にも、アイツとは見知った間柄でな。口を開けば、やれ友達も今度ここに来るだとか、やれその時が楽しみだとか、まあいつも以上に微笑んでいたな。お前とて、アイツの人柄を知らんわけではないだろう?」

「でも……」


 しかし、状況が状況だ。夕真と舞の本心など、蓮也には分かるはずもない。

 そんなうじうじした蓮也を見た佐々木は、ハァと溜め息をついた。


「いいか? 一番大事なのは、当人同士がどう思っているかだ。周囲の評価など二の次に考えろ。私も他人事ではないからな」

「……というと?」

「あぁ、ここには私の弟もいるんだ。でそいつは、そこそこのラールと契約した反応者。だが実際、私と弟は不仲ではない」

「…………」

「とまぁ、私が言えるのはそんなとこだ。その考えを止めはしないが、改めて考え直すというのも手だぞ」


 佐々木はそう言って柵から離れると、扉へと歩いていく。


「せいぜい後悔しないようにな」


 最後にそれだけ言うと、佐々木は建物の中に姿を消した。


「……後悔しない……か」


 閉じられた扉を見つめたまま、呟く。

 もう少しここで風に当たっていたかったが、時間が時間だ。

 そろそろ自室に戻ろうと、蓮也は屋上の扉を開け、階段を下りはじめた。


「おぉ、どうした? そんなに慌てて?」


 しかし、階下から響いてきた佐々木の声に、思わず足を止める。

 近くにいるわけではないが、どうにも中央棟が静かすぎるのと、よく通る佐々木の声というのもあり、明確に聞こえてきた。

 相手の声はよく聞こえないが、だからといって問題はない。

 そう思って、再び階段を下り始めようとした時だった。


「ん? 伊塚か? それならきっと屋上にいるはずだぞ――宮月(・・)


 聞こえてきた名前に、ギョッとして足を止める。

 あの二人が、自分をどう思っているかは分からない。だが、あれだけ無視をしたのだ。

 なぜこの場所が分かったのかは知らないが、どの面下げて会えば――。


「……どうしよう」


 階段を駆け上がる足音が、段々と近づいてくる。その数は、一人ではない。

 今から急いで降りても、鉢合わせ。屋上に隠れる場所はない。

 まさに、絶体絶命だった。 

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