15話 リベンジマッチ
幸いにも、一階には誰もおらず、蓮也の行動を咎める者はなかった。
今のうちに、と素早く地下一階への階段を下りる。
当然といえば当然だが、フロアは消灯していた。だが、若干薄暗くはあるものの、まったく見えないわけではない。
複雑な設計ではなかったため、蓮也は簡単に儀典の間の扉まで辿りつくことができた。
「……あれ?」
なぜだか、開け放たれている扉。あの時は閉じられていたが、普段は開いているのか。
いずれにせよ、好都合だ。
召喚の間に入ると、蓮也は体勢を低くして、五芒星の線を探す。暗がりのために見えづらくはあるものの、なんとか五芒星の中心部を探し出すことに成功した。
一度立って、大きく深呼吸。
なにが出てくるにしても、前回のように、なにもしないまま終わるわけにはいかない。
「よしっ!」
声を上げ、勢いのままにフレットを地に押し付ける。
線から湧き出る光。
やがて増幅したそれに全身を包まれ、蓮也は目を瞑った。
――――――――――――
目を開けば、すべてがあのときと同じだった。
漆黒の闇。一筋の光によって色づく世界。
自らが乗る、黒竜。左手に形成される、漆黒の槍。
――同じ轍は踏まない。絶対に変わってみせる。
そう心に決め、眼前に揺蕩う光から目を離さない。
だが、どうすればいいのか。自身が跨る、黒竜をチラッと見下す。
光との距離が近い。
もう少し距離をとらなければ、この前と同じ結末を辿る可能性が大だ。
が、そんな蓮也の思考に反応したのか。不意に黒竜が、羽ばたきながら後方へ下がりはじめた。
「……俺の思い通りに動くのか? ……なら」
ひとまず右に旋回するようにイメージする。思ったとおり、黒竜は蓮也の思考に反応するようだ。ならば、と上昇して、高度を上げながら様子を窺う。
視線の先にあるのは、現れた時となんら変わらない、霞のような光。
だが、その状態でいたのは、それまでだった。
不意に、より一層チカッと煌めいたかと思うと、蓮也の見ている前でそれは形を変えていく。
球体を形成しながら、瞬く間に膨れ上がり、そして遂には――ひとつの巨大な発光体となった。
ゴクリ、と喉を鳴らす。
前と同じならば、だ。あれは、こちらに襲いかかってくるはず――。
「……きたっ!」
躊躇なく、一直線に迫りくる光。その動きは決して鈍くなく――むしろ、速い。
すぐさま逃げるように、飛行する。もちろん、馬鹿みたいに一直線に逃げるだけではない。上昇や急旋回などを使い、発光体の様子を見ながら距離をとる。
「……凄いな」
飛行を続けながら、ポツリと呟く。
確かにあの発光体を素早いが、この黒竜もスピードは負けていない。
発光体の追随を許さず、蓮也の思うように飛んでくれる。なぜだか、風圧もまるで気にならない。そして、この前同様なら命の危険もなく、まるでリアルなゲームのよう。
その事実があったからか、蓮也は狼狽することなく、冷静でいることができた。
そしてここは、遮るものがなにもない大空。拙い飛行でも問題はない。
だが――。
蓮也は、首だけを回して後ろを見た。
こちらと同じ高度を維持し、猛追する光。逃げているだけでは終わりそうもなく、このままではじり貧だ。
ならば、と蓮也は速度を緩めて反転すると、迫りくる光をじっと見ながら頭を働かせる。
逃げながら様子を見ていたが、この発行体は、さきほどから追いかけくるだけだ。そして、おそらく小回りがきかない。事実、こちらが大幅に旋回をしたりすると、あれは必ず一旦止まってから動き出していた。
思考の末の決断。
結果は、蓮也の予想通りだった。
光に捕まらないよう、接触するか否か、というところでの急上昇。光はそれに対応できなかったようで、蓮也が直前までいた空間を突き進むと、ややあって止まる。
思った通りだ。してやったり、とほくそえむ。いやに生物染みた反応だったな、と考える余裕すらあった。
しかし、それもそこまでだった。
再び仕掛けようと距離を離し、さきほどと同じ要領で、反転する。
刹那、蓮也の目がくわっと見開かれた。
「……げっ!?」
目に映ったのは、複数の光弾。発光体の本体ではなく、小さい光の塊だ。
それが、振り向いたばかりの蓮也の目前にまで迫ってきていた。
距離が近すぎる。回避は間に合わない。
直感的にそう感じた蓮也は、半ば反射的に、手にあった黒槍で叩き落とそうと振るった。
そう、前回のことも忘れて、無意識に振ってしまったのだ。
光弾を前に、突如として消える槍。あのときのように忽然と、まるで最初から無かったと言わんばかりに。
「ぐっ!」
光弾はそのまま突き進み、蓮也の肩に着弾した。
被弾したことで思わず苦悶の声を漏らしはしたが、さほどの痛みは感じない。
そして、なにごともなかったかのように再び手中に現れる、黒槍。あまりにも意味もないそれに、手を放してしまおうか、と考えるも、思いとどまる。こんなのでも、なにか意味はあるはずだ。
しかし、このよくわからない武器に頼ることはできない。それはすなわち、防御手段がないに等しい。 すぐさま急降下して、光弾の雨が進むコースから外れる。
しかし思わぬ攻撃で慌てていたせいか、本体の居場所を見失ってしまった。
「何処だ!?」
すぐさま場所を特定しなければ、また光の奔流に飲まれて、儀典の間に戻ってしまう。
再度挑戦できればいい。だが、次もこうなるとは限らないのだ。
だが、いくら四方に目を凝らしても、一向に発行体が見つからない。
それに気のせいか、なにやら上方が眩しく――。
――上かっ!
久しぶりに冴えてる直感が、その正体を看破する。
あの発光体が今までこちらと同じ高度をとっていたために、その可能性を失念していた。
翼を一際大きく羽ばたかせ、すぐさま後退する黒竜。
一拍遅れ、まさにそのすぐ眼前を、眩い光が降り注いでいく。
「……今のは」
すぐさま対応をしなければならない、という状況の中。その姿を間近で見ていた蓮也は、呆然としていた。
刹那の攻防の中、その視線が注視していたのは、本体のとある一点。
まさに目と鼻の先といった距離。
そこで蓮也の目が捉えたものは――光の中、僅かに見えた、生物のような輪郭。
なに、とは言えない。しかし、光の本体の中になにかがいた、というのは確実に言える。
あの生物をどうにかすることができれば、あるいは――。
グッと拳を握る。
ひとつの希望が見えた。
急上昇してくる光を避けながら、落ち着いて考える。確かに、可能性はあるかもしれない。
だが――と蓮也は、左手に収まる黒槍を見やった。
それには、倒すための方法があることが大前提だ。今はこうして姿を現している槍でも、実際に使う時には、なぜか消える。感触はあるから幻ではないのだが――。
黒槍から目を離し、戦場を見据える。
そしてここは、大空。見渡す限り、なにもない。
――取れる手は限られている。
「……突っ込むしかないよなぁ」
気乗りしなくとも、それしか手はない。
覚悟を決めて、蓮也は発光体へと向かった。
正面衝突では駄目だ。それこそ、この前と状況が変わらない。横合いからぶつかるのも難しい。
――ならば、光の突進をギリギリで回避した直後の奇襲。
それしかない。
「オオォォッ!」
己を奮い立てながら、発光体に向けて猛スピードで吶喊。当然、発光体も蓮也を迎え撃つかのように迫ってくる。ぐんぐんと縮まる、両者の距離。
そして、接敵するまであと僅か、というところで。蓮也は、黒竜の巨体を発光体の下方へと潜り込ませた。
作戦と呼べるか怪しいものだが、小回りができない相手だからこそとれるこの行動。
そして予想通り、蓮也を見失った発光体が急停止する。
それこそが、この発光体に一撃を叩き込める隙にして、最大のチャンス。
発光体の下から突き上げるように、急上昇して突っ込む。
目指すは、光の中心。無駄だとは思いながらも、槍を振りかぶる。
「行っけえぇぇ!!」
眩い光に、視界が塗りつぶされる。
だが、逃げない。ここまでやったのだ。絶対に退くわけにはいなかい。
すでになにも見えない状況だったが、がむしゃらに前だけに進む。
再び消えるものだと思っていたが、未だ手の中にあると主張する、槍の感触。それも、蓮也の心の支えになっていた。
「おおおぉぉおお!!」
そして――。
ドンッ、と体全体に衝撃が走った。
遠のいていく感覚。せめて、なにが起こったのかを見届けようと、必死に意識を繋ぎとめる。
そして決死の覚悟で開いた、その瞳に映ったのは。
眩い白光ではなく、宝石のごとき輝き。
それはまるで、蓮也を見定めるかのように覗き込む――黄金の隻眼だった。




