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愚者の目指したアーカディア  作者: 鷲野高山
1章 新大陸の守護者
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14話 変わる心

 召喚儀典を終えてから、数日が経った。

 外に出る気にもなれず、寮の自室に籠っていた毎日。

 無所属となったことで、学園からの連絡事項も来なくなった。

 しかし夕真と舞は、蓮也を見放したわけではなかったようだ。その証拠に、何度も接触を図ろうとしてきた。

 フレットに幾度となく連絡を入れてきたり、部屋の前まで直接来ていたこともある。

 だが、蓮也はそれに応じなかった。誰とも話したくない、というのもあったが、怖かったのだ。とにかく、自分がどうすればいいのか分からないでいた。

 そんな蓮也の態度に、夕真と舞もとうとう諦めたのだろう。ある日を境に、フレットへの連絡も、扉の前で呼びかけることも、パタリと途絶えた。


「召喚儀典を終えた生徒は、夏休みが終了するまでに、レラシオネスに留まるか、去るかのどちらかを選ばなければならない」という規律がある。


 その2択しかないのは自明の理だが、より詳しくいうと、蓮也がこれから無所属の生徒として低待遇でレラシオネスで生活するか、家族の元に戻って普通の生活を送るかということだ。

 つまり召喚儀典を終えたばかりの生徒にとって夏休みというものは、様々な可能性を熟考し、進むべき道を絞る期間といっても過言ではない。


 無所属となった生徒のほとんどは、レラシオネスを去るという選択肢を取るらしい。しかし中には、契約ができるようになるかもしれないと、一縷の望みをかけて留まる生徒もいるという。

 だが、その可能性は薄い。仮に契約をできたとしても、そのラールは低ランクという事例が多いと聞く。


「……どうすればいい」


 登校時間からすでに数分が経過し、がらんとした寮の中で、蓮也は頭を抱えていた。

 すでに夏休みとなったが、契約したての一般生は、数日の間学校に行く必要がある。それが、各学科の内容を詳しく説明するためのオリエンテーション。


 契約に成功した一般生は今頃、それを受けていることだろう。その内容を基に、どの学科に入るか、というのを楽しく、真剣に考えているはずだ。

 だが、蓮也はそれに参加していない。参加できない。

 無所属の生徒には、それを受ける権利が与えられないのだ。

 だが、仮に出席が可能だったとしても、蓮也は行かなかっただろう。

 契約するラールが反応者のステータス、というレラシオネスの風潮。低ランクのラールと契約した反応者ですら馬鹿にされるものだというのに、その下に位置する無所属の生徒など問題外だ。

 無所属(ノーカウント)は、決して多くはない。発覚した瞬間に侮蔑の目で見られるのは間違いないだろう。


「……少し外に出よう」


 今なら、他の生徒と鉢合わせになることもない。そう思った蓮也は、頭をすっきりさせようと、寮の外へ出た。

 さすがに部屋に籠っていては、更に気が滅入ってしまう。

 行先はどこがいいか。そこまで考えてようやく、選択肢があまりにも少ない事に気が付く。

 行ったことがあるのは、森、一般棟、中央棟だけ。あてもなくふらふらするのも一興だが、それでは迷いかねない。

 街の近くまで行ってみようか。


「街……ね」


 その選択肢が思い浮かんだ瞬間、無意識に言葉が紡がれる。

 脳裏をよぎるのは、召喚儀典の前、三人で交わした約束。決して果たされることのない約束。


「……中央棟に行くか」


 あの屋上から、街が見える。ふと、舞がそう言っていたのを思い出す。

 それに、あまり人と会いたくない蓮也にとって、利用する者の少ない中央棟は格好の場所でもあった。


 のろのろと、足を運び、中央棟を目指す。

 なにも考える事はせず、ただひたすらに歩いていたからか。昨日歩いた時よりも、距離が短く感じられた。

 階段を上がり、屋上の扉を開く。

 ごうっ、と一気に吹き抜けていく風。それがどこか心地よくて、蓮也はふらふらと屋上に出た。

 柵に体重をかけ、少しだけ身を乗り出す。視線の先にあるもの。それが目に入った瞬間、蓮也は思わず息を呑んだ。

 ベージュで統一された、大小様々な建物。遠すぎるために、どれほどの人がいるかは把握できない。

 それでも、たくさんの人で賑わっているような雰囲気が、この屋上にまで伝わってきた。


「あれが街か……」


 もし自分が、ラールとの契約に成功していたら。

 そんなありえない想像が、頭の中に映し出される。

 三人で様々な場所を見物したり、ショッピングや食事をしていて。

 舞がはしゃぎ、自分は興味津々に見回して、夕真がそれをにこやかに眺めている。そんな、楽しそうな光景。

 ――だが、それはもう叶うことがない。

 留まるか、レラシオネスを出るか。それを決めなければならない。

 もう自分は、ふたりと関わることはできないけど。ここに残って、ふたりの成長を見届ける。それもいいかもしれない。

 そうして蓮也は、なんの気なしに空を見上げた。

 雲一つない快晴の空。それは、どんよりとした蓮也の心とは対照的に晴れやかで、いつも以上に高く、遠くに感じた。

 

「ダメだなぁ……」


 考えないようにしていたはずなのに、いつの間にか二人のことが頭の中にある。そう思って呟いた言葉。しかし単なる独り言であったはずなのだが、思わぬ返答があった。


「そうだな。まったくの駄目駄目だ」


 バッ、と慌てて振り返る。が、屋上には誰の姿もない。しかし、あんなにはっきり聞こえたのに、空耳のわけがなかった。

 と、そこで地面の一点に、不自然な色があるのに気づく。

 影だ。瞬時にそう判断した蓮也は、顔を上にあげた。


 目に入ったのは、大きく羽ばたく翼。次いで、鳥のような顔に、嘴。そして、獣のような下半身。

 なんとなくだが、蓮也はこの生物の正体がわかった。だが、自信はない。なにせ、その体は全て――深い緑色だったからだ。


「……グリ……フォン?」

「正解だ。落ちこぼれにしてはよく分かったじゃないか」


 その背でこちらを見下しているのは、あの西浦だった。


「……なんの用?」

「なに、たまたまこの上を通りかかったら、この前の法螺吹きがいたんでな。気まぐれで降りてきただけだ」

「そうですか……じゃ、俺はこれで」


 相手になどしたくないため、すぐさま屋上から出ようと、扉を目指す。


「ククッ、まあそう言うな。少し面白い情報を教えてやる。お前が擦り寄っていた宮月の妹の話だ」

「……別に擦り寄ってなんか」


 西浦に顔を見られないように背を向ける。自分がどんなひどい顔をしているか分からないからだ。


「あいつがさっき契約に成功したぞ」

「えっ……」


 動いてしまった口を、慌てて塞ぐ。これ以上勝手な言葉を紡がないように。

 脳裏によみがえるのは、舞の言葉。


『蓮也と一緒だよ』


 ほら、やっぱり違うんだ。関わるべきじゃないんだ。

 再び、蓮也は西浦から逃げるように、歩き出した。これ以上話すことはない。そう思っていた。

 ――次の言葉を聞くまでは。


「無様だな」


 思わずカッとなって西浦に振り向く。


「実に無様だ。反吐がでるくらいに」

「じゃあどうしろってんだよ!!」

「そんなの俺の知ったことか。が、ただこれだけは聞いておこう。貴様、どうしてあの時逃げ出した?」


 あの時、とは召喚儀典の時だろうか。


「あの場所にいたくなかったから」

「ふむ。では質問を変えよう。なぜ、もう一度試さなかった?」

「そんなの……そっちのほうが無様じゃないか」


 実際、あの時は考える余裕がなかった。

 でも、幾度も幾度も繰り返して挑戦する。それで結果が変わらなかったらそっちのほうが嫌だと思う。

 なら、逃げ出したほうが、よかったんだ。


「確かにそうだな。だが、俺としてはそっちのほうが面白いし、見る価値があるというものだ」

「そんな勝手な……」

「ま、せいぜい無様に足掻いてでもみるんだな」


 そう言って、西浦は飛び去って行った。


「誰がお前の言うとおりになんか……」


 文句を言いながら、ベンチに寝転ぶ。

 だが、頭の中は、西浦の残した言葉でいっぱいだった。

 確かに、今の自分はとてつもなく無様だ。勝手にひとりで一喜一憂して、逃げ出しただけ。なにもしていない。


「……足掻く……か」


ふと、ピピッと腕のフレットが音を鳴らした。

 差出人は、レラシオネス通信。その内容は――。


『今年入学の特待者、契約に成功!!』


 舞のことだった。ただ、詳しい情報は載っていなく、続報を待て、と書いてあるだけだったが。


「きっと凄いのと契約したんだろうな……」


 昔から舞はそうだった。兄が、特待者であるという事実。

 特待者の妹と見られようが、舞はなにごとにも努力して、それを乗り越えてきた。そして遂には自分も特待者となった。

 それに比べて俺は。


「そうだ、俺は――」


 ――まだなにもしていない。


「……やるだけ、やってみるか」


 ベンチから身を起こし、決意する。

 向かうは地下の、召喚儀典を行った部屋。

 蓮也は、勇んで階段を駆け下りた。


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