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愚者の目指したアーカディア  作者: 鷲野高山
1章 新大陸の守護者
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13話 終止符

 室内には未だ、一切の音がなかった。

 未だに理解できずに呆然としている蓮也は当然のこととして、佐々木と夕真、そして意外なことに西浦までもが沈黙を保っている。


「……はっ! 大層なこと言って、しかもドラゴンだなどと、大法螺までふいて。まさか<ノーカウント>だとはな」


 だが、それも長くは続かなかった。

 開口一番に口を開いたのは、西浦。内容は当然、蓮也を馬鹿したもの。

 それを西浦は、禁句(・・)と共に、吐き捨てた。


「西浦! 口を慎め!」


 佐々木が鋭い声を飛ばすが、西浦は態度を改めようとはしない。

 だが、蓮也は言葉が返せずにいた。

 それはそうだ。西浦の言っていることは、一つとして間違っていないのだから。たとえ、蓮也がドラゴンだと言い張っても、実際に現れなければ、それは嘘としか捉えられない。


 ノーカウント。契約するラールのいない無所属(落ちこぼれ)の生徒を揶揄する、謂わば蔑称。意味はそのままに、数えない(・・・・)、ということ。つまりは、反応者として認めない、と宣言されているようなもの。ゆえに、禁句。

 召喚儀典の後に決定される学科は、ラールと契約していることが大前提であり、ラールのいない生徒は強制的に無所属へと振り分けられるのが、この学園のシステム。

 すなわち、今この時をもって蓮也は、レラシオネスの最底辺であるノーカウントとなったのだ。


「…………なんで」


 あの時、確かに見たはずなのに。漆黒の竜の姿を。

 確かに存在を感じ、そして触れていたはずなのに。


 ――裏切られた気分だった。


 やはりあれは、妄想だったのか。

 うすうすと感じてはいた。結局のところ、自分では不可能なのだと。彼ら(夕真と舞)の隣に立つことなど……未来永劫に。


 気づけば蓮也の足は、出口に向かって歩き始めていた。

 部屋から出る扉。それはすでに開け放たれている。


「…………」


 夕真は、最後まで声を上げることはなかった。読めない表情。もしかすると、自分のことを見放したのかもしれない。

 いや、きっとそうだ。蓮也は、そう結論づけた。

 それならこれで、よかったのかもしれない。

 ずっと前から考えていた。このまま、二人の側にいていいいのか、と。

 所詮は、天才と凡人。それだけでも周囲の視線は痛かった。それが今、天才と落ちこぼれに変わった。ただそれだけの話。

 室内から聞こえる、西浦の哄笑。逃げるように早足で、蓮也は部屋を出た。 


 扉から出たすぐの場所には、舞と、そして蓮也よりも先に召喚を済ませたいくばくかの生徒の姿があった。

 そしてその視線が、儀典の間から出てきたばかりの蓮也に向けられる。


「――おい、聞いたか? ノーカウントだってよ」

「ああ。しかもアイツってあれだろ? あの(・・)宮月兄妹の幼馴染っていう……」

「伊塚でしょ? 宮月さんも可哀想(かわいそう)よね、あんなのにまとわりつかれてるなんて」


 当人達はヒソヒソ、と会話しているつもりなのかもしれないが、その言葉は欠けることなく蓮也の耳に届いた。

 それだけではない。その場にいる、舞を除いた全ての生徒が侮蔑の視線を隠さずに蓮也を見ていた。

 ラールの価値が反応者の価値、と見られるこのレラシオネスにおいて、ラールがいない、というのは価値云々以前の問題。つまりは、問題外なのだ。

 なにも言うことができず、ギュッと唇を噛みしめ、蓮也は俯いた。 

 そんな蓮也に近づく、ひとつの影。


「あ、あのね、蓮也……」


 胸の前で手を組み、蓮也の前に立つ舞。その表情は、心配しているようで、それでいて憐れんでいるように、蓮也の目には映った。


 ――ちくしょう!


 蓮也は舞を押しのけて走り出すと、一気に階段を駆け上がった。


「あ……ねえ、待って! 待ってよ、蓮也!!」


 後ろから響く、舞の足音と、叫び。一切耳を貸さず、全速力で走る。

 一緒にいたくなかった。そしてなにより、話したくなかった。


 舞は決して悪くない。ただのやつあたりだと、そんなことは分かっていた。

 だが、そうでもしなければ、自分がどうしようもなく惨めに思えて。

 ただひたすらに、走った。


 いつの間に寮の自室に戻ったか、というのは覚えていない。ただ言えるのは、人目を気にせず、がむしゃらに走っていた姿は、さぞ滑稽であっただろう。


 ベッドの上に寝転んで、どのくらい時間が経ったことだろうか。

 ドンドン! と、もの凄い勢いで、扉が叩かれた。


「蓮也! ねえ、いるんでしょ!? 出てきて、お願い!」


 舞の声。なんで男子寮に、と思いはしたが、考えれば不可能ではない。

 しかし扉の認証キーは、蓮也のフレット。いくら強く叩こうが、開くことはない。


「蓮也だけじゃない、私だって! 私だって契約できなかったんだから! 蓮也と一緒だよ……」


 一瞬、思考が止まった。舞が契約できなかった? それはどういうことだ。危うく、そう聞き返しそうになった蓮也は、慌てて口を押えた。

 よく考えれば、別におかしいことではない。確かに、契約できなかったというのは嘘ではないかもしれない。しかし、それが蓮也と舞では、意味が大きく違う。


 特待者のラールは強力。ゆえに、ラール自身が強い意志をもつ。そう聞いたことがある。

 特待者が契約できていないというのはつまり、ラールに認められていないこと。契約するラールがいなかったわけではない。しかし、ただの反応者であれば、そうではない。ただ単に、契約の失敗。ラールもいない。

 そう、決して同じなどではないのだ。


「そうだ、街へ行こうよ。ね? ほら、約束……」


 これ以上聞きたくない、と枕で耳を塞ごうとした時だった。


「蓮也、扉を開けてくれないか? 少し話をしよう」


 聞こえたのは、夕真の声。聞き間違いでは、絶対にない。

 かっ、と頭に血が上った。


「うるさいっ! もう関わらないでくれ!」


 気が付いた時には、怒涛のごとく感情が溢れだし、叫んでいた。


「俺は! ラールのいない、落ちこぼれなんだよ! お前らに話すことなんて、なにもない!」


 ぴたり、とドアを叩く音が止んだ。

 言ってしまった。二人は悪くないのに。ただ心配して来てくれただけなのに。


「……最低だ」


 それっきり、二人の声が聞こえることも、扉が叩かれることもなかった。

 

 ――この日。

 蓮也は、ラールと契約できなかっただけでなく、長年の付き合いの幼馴染との関係も、失ってしまったのである。  

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