12話 召喚
「長いな……」
舞が儀典の間に入ってからの時間。他の生徒よりも確実に長い。
蓮也の脳裏に最悪の状況がよぎる。
暴走状態。あの時、佐々木はそう言っていた。だが、それにしてはいくら防音の部屋にしても静かすぎる。
待つことしかできない状態。それが大した時間でなくとも、蓮也には非常に長く感じられた。
だが、時というのは唐突なものだ。
音を立てずに、スッと開かれる扉。当然のことながらそれは、舞の終わりにして、蓮也の始まりを示していた。
「では、入りなさい」
教師に促され、足を進める。
無事に舞が終わったという安堵、そしてこれから自分の番だという不安。相反する気持ちを抱えながら、蓮也は意を決して部屋に足を踏み入れた。
目に入ったのは巨大な空間。床には巨大な五芒星が描かれ、その線の及んでいない場所に、佐々木と夕真、そして西浦伯斗が立っている。
「では、五芒星の中心に移動しろ」
佐々木の指示通りに、中央に移動。そこで改めて、ぐるりと部屋を見渡す。
何もない部屋だった。特筆すべきは、床に描かれた五芒星のみ。
夕真は、蓮也に向けて微笑みかけ、西浦は傲岸不遜に腕を組み、佇んでいる。
「そうだ。そこでフレットを床に……」
屈んで、左腕のフレットを地面に接触させた瞬間。
あたりに光が満ちた。
「……がんばってこい」
あまりの眩しさに思わず目を閉じた時、佐々木のささやかな応援が聞こえた気がした。
――――――――
「……ここが」
目を開けた時には、景色は様変わりしていた。
三人の姿と無骨な部屋は消え、真っ暗闇の世界。もちろん蓮也が目を閉じているわけではない。
かつて聞かされた通り、ここが五芒星の中らしい。
そこでようやく蓮也は、自分の状態に気が付く。
立っている感覚がない。座っているような……いや、何かに跨っている。
「なんだ?」
とりあえず触ってみるも、分かったことは、固い物だということ。それ以外は暗くて見えない。
どうすれば、と途方に暮れていた時、眼前に光が灯った。
淡く、小さい光。それがどんどん肥大し、世界が塗り替えられていく。だが、不思議と眩しくはなかった。
あっというまに世界に色が戻り、光はもとの小ささへと戻る。
その光景をぼーっと眺めていた蓮也は、思い出したように現状を確認した。
「なっ……」
空だった。
大地など遥か下に見えるほどの、上空。すぐそばには雲らしきものもある。
すぐさま蓮也は、自身を乗せている物体に視線を向けた。固いと思っていたそれは、無機物ではなく、巨大な生物。
漆黒で、されど艶やかな光沢を放つ鱗。両足の近くで力強く羽ばたく、両翼。太く、頑丈な首と頭。振り返れば、長い尾が、ぶらぶらと宙に揺れている。
全体を認識し、その正体に思い当った瞬間、蓮也は思わず目を見開いた。
生物図鑑などなくとも分かる。というより、その幼少期を、自分はこの前森の中で見たのだ。
竜。東洋に伝わる龍ではなく、西洋系の竜。
ノーマル、レア、エンシェント、レジェンド、という4つのクラスで分類されるラール。
竜がカテゴライズされるのは、レラシオネスでも滅多におめにかかれないレジェンドクラス。しかも間違いなく、その中でも最高ランク。
先日遭遇した、琴葉の幼竜もレジェンドクラスだが、幼体のため、成体には劣る。
元より、高望みなどしていなかった。いや、レジェンドクラスもあるいは、という微かな希望もあるにはあった。だが、期待するだけ無駄。せめて、レアがいい。そんな気持ちだった。
過去、特待者以外でレジェンドクラスと契約したのは、数えるほどしかいないと聞いている。
まさか、自分がそのひとりになるとは。
「ドラゴン……ほ、本物? や、やった! やった!」
これで晴れて、夕真と舞と共にいることができる。相手は特待者だが、自分もレジェンドクラス。何も気後れすることはない。
と、興奮していた蓮也の左手に、光の粒子が集まりだした。幸せを噛みしめるのを中断し、興味深々で経過を見つめる。
やがて形成されたのは、一本の槍だった。余計な色など一切なく、端から端まで漆黒。そこそこの長さを有しているが、大して重くはない。
蓮也には当然、槍の心得などない。ただそんな蓮也から見てもその槍は、美しく、見惚れるものだった。
「うわっ!」
蓮也の関心は槍に向いていたため、何が起こったのか理解できなかった。
突然体を襲った衝撃。槍を落としそうになり、慌てて両手で掴む。状況を把握しようとして顔を上げた蓮也は、驚愕に目を見開いた。
目前に迫る、白き閃光。世界に色を与えたあの光だ。
回避行動などとっている時間などない。
切羽詰まった蓮也は、咄嗟に両手で持っていた槍を、光に向けて突き出す。
しかし――。
今まさに、光と槍が接触するか、というそのタイミングで、唐突に槍が消えた。
蓮也が取り落としたわけではない。文字通り、蓮也の手中から、まるで最初から存在しなかったかのように消えたのだ。
「うわぁぁぁあああ!!」
光の奔流が蓮也へと襲いかかった。あまりの眩しさに目を開けていられない。
それでもなお、必死で見開いた目に映ったのは。
視界を埋め尽くすほどの、おびただしい白き閃光。そして、それに負けじと存在を主張する、漆黒。
決して相容れない、二つの色彩だった。
「い……塚。お……伊塚」
混濁する意識の中、誰かが自分の名前を呼んでいるのが聞こえる。が、頭がひどく痛い。
「……もう少し寝かせて」
「なに寝ぼけたことを言っている! 寝るのなら、ここを出てからにしろ!」
大音量の怒鳴り声に、蓮也は慌てて飛び起きた。
気づけば、床の上。目線を上げれば、鋭いまなざしを向ける佐々木。つまりは、あの部屋に戻っていた。
「寝ぼけてでてくるのは何人かいたが、お前は少し時間がかかりすぎだったな。……まぁそれはどうでもいい。で、どうだ。いたか?」
「は、はい!」
これ以上怒られることのないよう、しっかりと返事をする。
「ハッ! どうせ、大したことないラールだろ。早くしてくれ、俺はさっさと帰りたいんだ」
西浦が、見下したように嗤う。
普段なら余計ないざこざはしない主義の蓮也であったが、見もしないで馬鹿にされたこと。そしてなにより、自らのラールが竜であるという事実に気分が高ぶり、いつになく好戦的になっていた。
「そんなことない。きっと驚くと思います」
「……へぇ、言うじゃないか。じゃ、さっさと見せてもらおうか、凡人くん?」
今に見てろ。その余裕の笑みを驚愕に変えてやる。そう思いながら、蓮也は西浦を睨んだ。
「ではまず、陣の外に出て、私の隣に来い」
佐々木の指示通り、ゆっくりと歩きながらも、夕真を見る。どこか、心配しているような、かといってそうでもないような眼差しを向ける夕真。
ようやくその隣に立てる。夕真と、舞と同等の関係。これからは誰にも陰口を叩かれることはない。
そんな未来を想像し、蓮也は立ち止まった。
「やり方は簡単だ。フレットをかざせ。そして願え。さすればきっと、ラールは呼びかけに応えるはずだ。いいな? ……では、聞こう。お前のラールはなんだ?」
「お、俺のラールは……」
緊張で声が震える。
思いだすのは、漆黒。無音の世界に呑み込まれることなく、ただひたすらに存在を主張し続けた頼もしい色。
それを明確にイメージした時。体の中から力が溢れてくるような気がした。
「ドラゴンです!」
乱れなど一切ない、はっきりとした宣言。隣で佐々木がほうっ、と息を呑んだような気がした。
フレットから光が迸り、それに共鳴するように五芒星が光を帯び始める。
そして、五芒星から立つ、光の柱。
蓮也はゴクリ、と喉を鳴らし、その経過を見送った。
いよいよだ。
あの時、一部しか見れなかったその全容が姿を現す。
そう……そのはずだった。
「……ふむ?」
佐々木が疑念の声を漏らす。
それより先に、蓮也はおかしいことに気が付いていた。あの大きさならば、とうに見えているはずなのだ。
だが、光が収まってくるのに対し、何も見えてくる気配がない。
「……まさか」
幻覚だったというのか。という言葉は続かなかった。
瞬く間にカラカラになっていく喉。そんなのも気にならないほどに、蓮也は消沈していた。
では、あの両翼も漆黒も。なによりあの頼もしい光景は――自分が作りだした、夢。
「そん……な……」
結局、光が収まっても、そこにはなにもいなかった。
誰もが動きを見せない中、出口の扉が無音のままスライドする。それが示すのは、召喚儀典が終了したという合図。
要するに、蓮也の期待とこれからの未来は。
あっけなくどん底に突き落とされたのだ。




