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愚者の目指したアーカディア  作者: 鷲野高山
1章 新大陸の守護者
12/26

12話 召喚

「長いな……」


 舞が儀典の間に入ってからの時間。他の生徒よりも確実に長い。

 蓮也の脳裏に最悪の状況がよぎる。


 暴走状態。あの時、佐々木はそう言っていた。だが、それにしてはいくら防音の部屋にしても静かすぎる。

 待つことしかできない状態。それが大した時間でなくとも、蓮也には非常に長く感じられた。

 だが、時というのは唐突なものだ。

 音を立てずに、スッと開かれる扉。当然のことながらそれは、舞の終わりにして、蓮也の始まりを示していた。


「では、入りなさい」


 教師に促され、足を進める。

 無事に舞が終わったという安堵、そしてこれから自分の番だという不安。相反する気持ちを抱えながら、蓮也は意を決して部屋に足を踏み入れた。

 目に入ったのは巨大な空間。床には巨大な五芒星が描かれ、その線の及んでいない場所に、佐々木と夕真、そして西浦伯斗が立っている。


「では、五芒星の中心に移動しろ」


 佐々木の指示通りに、中央に移動。そこで改めて、ぐるりと部屋を見渡す。

 何もない部屋だった。特筆すべきは、床に描かれた五芒星のみ。

 夕真は、蓮也に向けて微笑みかけ、西浦は傲岸不遜に腕を組み、佇んでいる。


「そうだ。そこでフレットを床に……」


 屈んで、左腕のフレットを地面に接触させた瞬間。

 あたりに光が満ちた。


「……がんばってこい」


 あまりの眩しさに思わず目を閉じた時、佐々木のささやかな応援が聞こえた気がした。



 ――――――――


「……ここが」


 目を開けた時には、景色は様変わりしていた。

 三人の姿と無骨な部屋は消え、真っ暗闇の世界。もちろん蓮也が目を閉じているわけではない。

 かつて聞かされた通り、ここが五芒星の中らしい。


 そこでようやく蓮也は、自分の状態に気が付く。

 立っている感覚がない。座っているような……いや、何かに跨っている。


「なんだ?」


 とりあえず触ってみるも、分かったことは、固い物だということ。それ以外は暗くて見えない。

 どうすれば、と途方に暮れていた時、眼前に光が灯った。


 淡く、小さい光。それがどんどん肥大し、世界が塗り替えられていく。だが、不思議と眩しくはなかった。

 あっというまに世界に色が戻り、光はもとの小ささへと戻る。

 その光景をぼーっと眺めていた蓮也は、思い出したように現状を確認した。


「なっ……」


 空だった。

 大地など遥か下に見えるほどの、上空。すぐそばには雲らしきものもある。

 すぐさま蓮也は、自身を乗せている物体に視線を向けた。固いと思っていたそれは、無機物ではなく、巨大な生物。


 漆黒で、されど艶やかな光沢を放つ鱗。両足の近くで力強く羽ばたく、両翼。太く、頑丈な首と頭。振り返れば、長い尾が、ぶらぶらと宙に揺れている。


 全体を認識し、その正体に思い当った瞬間、蓮也は思わず目を見開いた。

 生物図鑑などなくとも分かる。というより、その幼少期を、自分はこの前森の中で見たのだ。

 竜。東洋に伝わる龍ではなく、西洋系の(ドラゴン)


 ノーマル(通常)レア(希少)エンシェント(古代)レジェンド(伝説)、という4つのクラス()で分類されるラール。

 竜がカテゴライズされるのは、レラシオネスでも滅多におめにかかれないレジェンドクラス。しかも間違いなく、その中でも最高ランク。

 先日遭遇した、琴葉の幼竜もレジェンドクラスだが、幼体のため、成体には劣る。


 元より、高望みなどしていなかった。いや、レジェンドクラスもあるいは、という微かな希望もあるにはあった。だが、期待するだけ無駄。せめて、レアがいい。そんな気持ちだった。

 過去、特待者以外でレジェンドクラスと契約したのは、数えるほどしかいないと聞いている。

 まさか、自分がそのひとりになるとは。


「ドラゴン……ほ、本物? や、やった! やった!」

 

 これで晴れて、夕真と舞と共にいることができる。相手は特待者だが、自分もレジェンドクラス。何も気後れすることはない。


 と、興奮していた蓮也の左手に、光の粒子が集まりだした。幸せを噛みしめるのを中断し、興味深々で経過を見つめる。

 やがて形成されたのは、一本の槍だった。余計な色など一切なく、端から端まで漆黒。そこそこの長さを有しているが、大して重くはない。

 蓮也には当然、槍の心得などない。ただそんな蓮也から見てもその槍は、美しく、見惚れるものだった。


「うわっ!」


 蓮也の関心は槍に向いていたため、何が起こったのか理解できなかった。

 突然体を襲った衝撃。槍を落としそうになり、慌てて両手で掴む。状況を把握しようとして顔を上げた蓮也は、驚愕に目を見開いた。

 目前に迫る、白き閃光。世界に色を与えたあの光だ。


 回避行動などとっている時間などない。

 切羽詰まった蓮也は、咄嗟に両手で持っていた槍を、光に向けて突き出す。

 しかし――。


 今まさに、光と槍が接触するか、というそのタイミングで、唐突に槍が消えた。

 蓮也が取り落としたわけではない。文字通り、蓮也の手中から、まるで最初から存在しなかったかのように消えた(・・・)のだ。


「うわぁぁぁあああ!!」


 光の奔流が蓮也へと襲いかかった。あまりの眩しさに目を開けていられない。

 それでもなお、必死で見開いた目に映ったのは。

 

 視界を埋め尽くすほどの、おびただしい白き閃光。そして、それに負けじと存在を主張する、漆黒。

 決して相容れない、二つの色彩だった。



「い……塚。お……伊塚」


 混濁する意識の中、誰かが自分の名前を呼んでいるのが聞こえる。が、頭がひどく痛い。


「……もう少し寝かせて」

「なに寝ぼけたことを言っている! 寝るのなら、ここを出てからにしろ!」


 大音量の怒鳴り声に、蓮也は慌てて飛び起きた。

 気づけば、床の上。目線を上げれば、鋭いまなざしを向ける佐々木。つまりは、あの部屋に戻っていた。


「寝ぼけてでてくるのは何人かいたが、お前は少し時間がかかりすぎだったな。……まぁそれはどうでもいい。で、どうだ。いたか?」

「は、はい!」


 これ以上怒られることのないよう、しっかりと返事をする。


「ハッ! どうせ、大したことないラールだろ。早くしてくれ、俺はさっさと帰りたいんだ」


 西浦が、見下したように嗤う。

 普段なら余計ないざこざはしない主義の蓮也であったが、見もしないで馬鹿にされたこと。そしてなにより、自らのラールが竜であるという事実に気分が高ぶり、いつになく好戦的になっていた。


「そんなことない。きっと驚くと思います」

「……へぇ、言うじゃないか。じゃ、さっさと見せてもらおうか、凡人くん?」


 今に見てろ。その余裕の笑みを驚愕に変えてやる。そう思いながら、蓮也は西浦を睨んだ。


「ではまず、陣の外に出て、私の隣に来い」


 佐々木の指示通り、ゆっくりと歩きながらも、夕真を見る。どこか、心配しているような、かといってそうでもないような眼差しを向ける夕真。

 ようやくその隣に立てる。夕真と、舞と同等の関係。これからは誰にも陰口を叩かれることはない。

 そんな未来を想像し、蓮也は立ち止まった。


「やり方は簡単だ。フレットをかざせ。そして願え。さすればきっと、ラールは呼びかけに応えるはずだ。いいな? ……では、聞こう。お前のラールはなんだ?」

「お、俺のラールは……」


 緊張で声が震える。

 思いだすのは、漆黒。無音の世界に呑み込まれることなく、ただひたすらに存在を主張し続けた頼もしい色。

 それを明確にイメージした時。体の中から力が溢れてくるような気がした。


「ドラゴンです!」


 乱れなど一切ない、はっきりとした宣言。隣で佐々木がほうっ、と息を呑んだような気がした。

 フレットから光が迸り、それに共鳴するように五芒星が光を帯び始める。

 そして、五芒星から立つ、光の柱。

 蓮也はゴクリ、と喉を鳴らし、その経過を見送った。


 いよいよだ。

 あの時、一部しか見れなかったその全容が姿を現す。

 そう……そのはずだった。


「……ふむ?」


 佐々木が疑念の声を漏らす。

 それより先に、蓮也はおかしいことに気が付いていた。あの大きさならば、とうに見えているはずなのだ。

 だが、光が収まってくるのに対し、何も見えてくる気配がない。


「……まさか」


 幻覚だったというのか。という言葉は続かなかった。

 瞬く間にカラカラになっていく喉。そんなのも気にならないほどに、蓮也は消沈していた。

 では、あの両翼も漆黒も。なによりあの頼もしい光景は――自分が作りだした、夢。


「そん……な……」


 結局、光が収まっても、そこにはなにもいなかった。

 誰もが動きを見せない中、出口の扉が無音のままスライドする。それが示すのは、召喚儀典が終了したという合図。


 要するに、蓮也の期待とこれからの未来は。

 あっけなくどん底に突き落とされたのだ。

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