第28話 クロイキモチ(アオ視点)
その時の僕は機嫌が悪かった。
なぜかと言うと、せっかくフィレンツェアと楽しくお昼ご飯を食べていたのにあの白い髪をした嫌な奴のせいで台無しになってしまったからだ。
しかもあいつ、フィレンツェアに勝手に触って涙を舐めたんだ!それにフィレンツェアの匂いまで嗅いでた!ドラゴンだって番じゃない相手の匂いを勝手に嗅いだら怒られるのにと思ったら、あの白い髪の嫌な奴は僕の中でフィレンツェアの匂いを勝手に嗅いだとっても嫌な奴になった。
それから酷いこともたくさん言っていた。最初はフィレンツェアをこの世界の聖女と間違えていたみたいだったけど、それが違う人間だってわかった途端にフィレンツェアの事を「嫌われてる」とか「悪役令嬢」とか……それに、僕の事もかっこ悪いって言ってた。
でも僕の事は何を言われても平気なんだ。このトカゲの姿はフィレンツェアが褒めてくれたんだから僕はこのままでいい。でも、それでフィレンツェアが嫌な気持ちになるんだったらやっぱり許せなかった。
フィレンツェアを嫌な気持ちにさせる人間なんて今すぐ噛み殺してやりたい気分だった。
でも、フィレンツェアにはむやみに人間に噛み付いたらダメだって言われているから今日も我慢したんだ。特に他の人間が見ている時や、相手が“おーぞく”とか言う種類の人間だとフィレンツェアや公爵家がもしかしたら困ることになるかもしれないって言われたから……だって、フィレンツェアが困るのは嫌だから。
本当は僕がフィレンツェアの守護精霊だってみんなにわかれば、もう“加護無し”だなんて馬鹿にされずに済むんだろうけど……でもそうするとフィレンツェアは王子って奴と結婚させられちゃうんだ。フィレンツェアをイジメるフィレンツェアの婚約者……こいつも“おーぞく”だから結婚したくなくてフィレンツェアはとっても頑張ってるって言ってた。
フィレンツェアが結婚させられちゃうなんて、それはもっと嫌だった。だから僕がドラゴンで精霊で、フィレンツェアの守護精霊だってバレちゃいけない。威嚇しながら、どんなにムカついても必死に気配を誤魔化して普通のトカゲのフリをしていた。フィレンツェアも頑張ってるんだから僕だって頑張らなくちゃ!
だから、なんとか白い髪の嫌な奴から離れるまで噛み殺したい衝動を必死に抑えたんだ。やっとフィレンツェアの笑顔が見れて気持ちが落ち着いてきてたのに……
また違う嫌な奴が現れてうんざりした。
そいつは前にムカついて頭から飲み込んだ事がある筋肉の嫌な奴だったんだけど、フィレンツェアが優しい事につけ込んでペラペラとどうでもいいことをずっとしゃべってくるんだ。こんな奴、その辺に捨てとけばいいのに……そう思ったがフィレンツェアが話を聞きながら何か考えているみたいだったから僕はぐっと堪えていた。
せっかくフィレンツェアが僕にお菓子を食べようねって言ってくれていたのに、それを邪魔するなんてムカついたから思わず噛み付いてやったけど。
ここには他の人間はいないし、こいつは“おーぞく”じゃないって前に聞いたから噛み付くくらいならきっとフィレンツェアもダメって言わないと思ったんだ。
まぁ、本気で噛むのはダメみたいだったから……だから手加減してたけど、でもこいつがフィレンツェアと会話する度につい牙に力がこもってしまった。
それでも、フィレンツェアに酷いことをしないならそれで許してやるはずだったんだ。フィレンツェアも「ごめんなさいとありがとうが大切よ」って言っていた。こいつがちゃんと反省してフィレンツェアに「ごめんなさい」をするなら、もうフィレンツェアに悪い事を何もしないなら……でもこいつは反省なんかしてなかった。こいつはとんでもないことを言い出したんだ、絶対に許せるはずがないことを。
「……ありがとう、フィレンツェア・ブリュード嬢。俺はあなたを誤解していたようだ。────君は本当は俺に惚れていたんだな!!」
フィレンツェアがびっくりした顔で「はぁ?!」と叫んでいたが、僕だってびっくりした。何をどうしたらそんな話になったのか意味不明だ。きっとフィレンツェアも僕と同じ事を考えていたようで困った顔をしている。
それなのに、筋肉の奴は気持ち悪い顔をしてまたもやペラペラとしゃべり出したんだ。
「大丈夫だ、もうわかっている!君がルルをイジメていたのはルルが第二王子の女友達だったからではなく、ルルと俺が特別な関係だと思って嫉妬していたからだったんだな!」
勘違いもここまでくるとすごいなとは思ったけど、こいつがフィレンツェアを見る目は図書館の時の眼鏡の奴の時よりもさらにムカついて、さらにものすごく気持ち悪い目だったんだ。
フィレンツェアが、こいつの事を好きになるなんてあり得ないのに。
「俺は心が広いから、“加護無し”でも受け入れてみせよう!それにもう侯爵家は捨てた身だ、なんならブリュード公爵家に婿入りして爵位を継いでやることもでき────────」
その時、ブツン。と僕の中で我慢していた何かが切れた音が聞こえた気がした。
それでなくても許せないのに、こいつはフィレンツェアに触れようとしたんだ。しかも、フィレンツェアに好かれてるなんてとんでもない勘違いまでしている。
フィレンツェアに触れていいのは僕だけだ。本当なら誰にも触れさせたくないし誰にも触れて欲しくないのに。それなのに、どいつもこいつも気軽にフィレンツェアに触れ過ぎなんだよ。
でもそれが家族で、フィレンツェアが喜んでいるなら僕は我慢する。だってフィレンツェアの笑顔が見れるから。
それにフィレンツェアが触れることを許しているなら僕は我慢するし、フィレンツェアが噛み付いちゃダメって言うならもちろん噛み付くのも我慢する。その相手がフィレンツェアに好意を持っているかどうかなんて関係ない。フィレンツェアがどれだけ嫌がっているかが肝心なんだ。だってそれがわかれば、《《その場》》ではダメでも、後からどうとでも出来るから。
でも……こいつはフィレンツェアの事を自分より下だと思っていて、下衆な感情を含めた目で見ながらフィレンツェアの嫌がることをしようとしている。
こんな奴を絶対にフィレンツェアには触れさせやしない。この目障りな人間を今すぐフィレンツェアの目の前から消し去ってやる────。
それからの事は一瞬だったと思う。
僕はドラゴンの姿になっていた。もちろんトカゲの姿でも精霊魔法は使えるけど、どうしても威力が落ちてしまうんだ。実は、フィレンツェアの部屋であの黒髪の嫌な奴とのいざこざがあった時に一気に魔力が上がっていた。それにコントロールも上手く出来るようになっていたのには自分でも驚いたっけ。
ものすごくムカつくけど、結果的に黒髪の奴のおかげ……なんて絶対に口が裂けても言わないけど。あいつも大嫌いだし、今はまだあいつの力の方が少しだけ強いから勝てないだけだ。いつか絶対に秘密を暴いてこてんぱんにしてやるって決めているけど。
だからまずは、こいつからだ。
本当なら爪と牙でズタズタに切り裂いて原型がわからなくまで肉片にしてやりたい衝動に駆られたけど、フィレンツェアにそんな汚いモノを見せたくない。前世では大変な目に遭っていたフィレンツェアには、今世では綺麗なモノだけを見ていて欲しいんだ。
だから僕は、こいつを生きたまま氷漬けにした。ピキッと音がすればほんの一瞬で人間の氷像が出来上がる。血管の一本も残らず凍らせてやったから動いたり、ましてや氷から抜け出すなんて絶対に出来ないだろう。今この氷像を砕けば血の一滴も流さずにこいつを殺すことが出来る……でも僕は殺したりしない。
フィレンツェアが人間を殺しちゃダメって言ってたから、殺さないんだ。僕はちゃんと約束を守るドラゴンなんだから。
だから、意識もちゃんと残しておいた。ここまで魔力が上がっていなかったら難しかったかもしれないけど。今のこいつは意識はあるのに体は動かず、五感が少しづつ奪われていっているはずだ。その恐怖を感じながら……永遠に闇に沈めばいいと、地面の中に埋めてやったんだ。
────あれ?
そこまでしてから、僕は水の精霊魔法が使える精霊に生まれ変わったはずなのになんで違う精霊魔法が使えるようになっているんだろう?と、その時小さな疑問が生まれた。
氷は水の温度を変えるだけだったからすぐに使えるようになった。嫌なモノを跳ね返す結界も魔力のシャボン玉を応用して形や大きさを変えて力を込めたらすぐに使えたし、シャボン玉に込める魔力と強度を変えればフィレンツェアを運ぶことだって出来るようになった。
でも、今この氷像を地面に沈めたのは水でも氷でもない気がしたんだ。
フィレンツェアを守る為の魔法は全部の力を込めて一生懸命やったら今までも成功していたから、フィレンツェアの為ならなんでも出来るんだって自信にも繋がっていたけれど……。これはどんな精霊魔法なんだろう?土か、重力か……それとも。
その時。ちょっとだけ、心の中に“黒い気持ち”が渦巻いている気がして心がざわざわとした。その“黒い気持ち”は《《前世で》》よく知っているモノだったから。
でも、それに気付いちゃダメだ。だってきっと、それはフィレンツェアが嫌がることだってわかる。《《また》》あの時みたいなことになったら、《《また》》フィレンツェアを犠牲にしたら……。想像しただけで爪がカチカチと音を立てた。
もし僕が変わってしまったらどうなるんだろう?でも、フィレンツェアを大好きな気持ちだけは絶対に変わらない。フィレンツェアが大切で大好きで、フィレンツェアの為ならなんでもする。
でも、僕が変わっちゃったせいでフィレンツェアが僕の事を嫌いになっちゃったら?
そんな想像をしただけで僕の中にある“黒い気持ち”が急激に大きくなった気がした。そしてその“黒い気持ち”が、なぜ使えたのかわからない精霊魔法の源であることにも気付いてしまったんだ。
本当はわかってるんだ。なんでこんなにいっぱいムカつくのか。フィレンツェアを守りたいのはもちろんだけど、あいつもあいつもあいつも……フィレンツェアに近付くみんなにムカつく。
僕はフィレンツェアの特別で、フィレンツェアの守護精霊で、前世から知っていて……。誰よりもフィレンツェアに近いのに、誰よりも遠い。
フィレンツェアは人間で、僕は精霊だから。
僕がフィレンツェアに触れようとするあいつらに嫉妬しているんだとわかってしまったから、こんなに“黒い気持ち”が大きくなっているんだ。
そして、この“黒い気持ち”は前世でも感じていた。それどころか、前世の僕が“闇落ち”した原因でもあると思い出してしまった……。
そんな“黒い気持ち”から生まれただろう新たな精霊魔法を、フィレンツェアは受け入れてくれるのだろうか。もしも、怖がられてしまったら────。
そんな事を考えている間に、筋肉の氷像は僕とフィレンツェアの目の前で「とぷんっ」と音を立てて完全に消えてしまった。フィレンツェアはその様子を驚きながらも珍しそうに見ていたので、“今の僕”には気付いていないようだった。




