第27話 俺の女神(ノーランド視点 )
俺の名前はノーランド・スラング。スラング侯爵家の息子だ。将来は騎士になりたいと夢見て日々鍛錬に励んでいる。本当なら侯爵家の跡取りとして生まれた俺が騎士になりたいなどと口に出来るはずがないのだが……諦めたらそこで試合は終了なんだ!俺は決して夢を諦めたりしない!何度だって両親を説得してやるつもりだ。
そんな俺には、実は好きな人がいる。友達以上恋人未満といったような曖昧な関係ではあったが、俺の心はすでに彼女に夢中だった。たぶん彼女も……だが敢えて追求しないのが本当のいい男なのだ。
ルル・ハンダーソン嬢は貞淑で優しく、とても可愛らしくてか弱く庇護欲をそそる女性だ。……そして正義感を持ち合わせた素晴らしい女性でもあった。いつも俺を支えようと優しい言葉をかけてくれるのだ。
彼女との出会いはいつだったか……そう、学園に通い出してすぐの頃だ。あれは、俺がいつもの街中探検パトロールに出向いていた時の事だった。
学生なのになぜ街をパトロールなんてしているのかって?そんなの決まっている。俺は未来の騎士なのだから、今から街の平和を守るのは当然の事だ。それに、俺に守られて街の平民達もたいそう喜んでいるらしい。その証拠に俺が店に行くといつもプレゼントをくれるんだ。そして俺の手を煩わせてはいけないから早く次に行ってくれと促されてしまう。ふっ、人気者はツラいな。まぁ、最近はちょっと行けていないのだが……とにかくその頃はほとんど毎日出向いていたんだ。
そんな時だ、噴水広場に人集りがあるのを見つけて何事かと駆け寄ると……その人集りの中心にピンク色の美しい髪をした乙女を見つけたのである。
乙女は鬼の形相をしていて地面に倒れている男と荷物を押し付け……いや、奪い合っているように見えた。もしやひったくりでは?と思って急いで近付こうとしたのだが人集りが多すぎてなかなか前に進めない。なぜこいつらはあの乙女を助けずに傍観しているのか?こいつらは正義ではない……そう思ったら急激な怒りが湧いてきたんだ。
人をかき分け、少し近付くとやっと声が聞こえてきた。
「ほらほら、この荷物が欲しいんでしょぉっ?!誰か偉い人に頼まれてあたしの荷物を盗もうとしてるんでしょ?!正直に言いなさいよ!」
「だから違うって!ぶつかったのは悪かったけど、あんたのカバンにボタンが引っかかっただけで盗みなんか……!」
「悪い人はみんなそう言うのよ!ちゃんとあたしのカバンを引ったくって逃げたら許してあげるから、白状しなさいよ!どっかの令嬢に金を握らされたんでしょぅがぁぁあ?!」
「ひいぃぃ!なんだよそれ?!荷物なんかいらないって……だ、誰か助けてくれぇ~っ!」
………………ん?!
「よくわからんが、か弱い乙女から荷物を引ったくろうなどとは……そんなこと神が許しても俺が許さあぁぁぁん!!」
現状を目の当たりにして数秒固まってしまったが、俺は俺の正義を信じるしか無い。なぜなら正義がすべてだからだ。
そうして俺が飛び出すと、ピンク髪の乙女は鬼の形相から一変して大きな瞳を涙で潤ませて俺に抱き着いてくるではないか。俺の正義は正しかった。
「……っ!やったわ、最新きろ────ゲフンゲフン!こ、怖かったぁ~!お願い、助けてくださぁい!」
どうやらそうとう怯えていたらしい。だいぶ混乱しているようだった。あぁ、こんなに声と体を震わせて……たったひとりで暴漢と戦っていたなんて、なんて勇気がある女性なんだ。と、感動したのをよく覚えている。結局引ったくりは逃がしてしまったが、荷物は無事だったし俺の功績は上がったし万々歳だ!
その時にどこからか神の祝福のような歌が聞こえた気がした。その歌はとても気持ちよくてまるで夢見心地な気分になり……これが俺とハンダーソン嬢の運命的な出会いなのだと確信したのだ。
それから俺とハンダーソン嬢の仲は急激に近づいていった。だが、ハンダーソン嬢は可愛いから他の男達ともすぐ仲良くなってしまっていたのでもちろん嫉妬もしたが……ハンダーソン嬢は俺の事が一番気になっていると誰かに言っているのを聞いて安心もした。ハンダーソン嬢は人気者だから独占するわけにはいかないな。と、大人の対応もしてみせたものだ。
そんな時だ、ハンダーソン嬢の男友達の中にあの第二王子がいることを知ってしまったんだ。そのせいであの“加護無し”で有名な悪役令嬢にイジメられているとも……。しかもなんとこの悪役令嬢ときたら、守護精霊がいない分を筋肉で補おうとしているらしい。その実力は素手で熊を退治出来る程なのだとか。ハンダーソン嬢が言うのだから間違いないだろう。あんな細い見た目なのに人は見た目ではわからないとはこの事か。
そして、あんなにか弱いハンダーソン嬢がそんな恐ろしい相手に日々イジメられていたのかと思うと俺は居ても立ってもいられなかった。
きっとまだ何か企んでいるに決まっている。ハンダーソン嬢がこれ以上危険な目に遭うのを黙って見ていられるはずがない!……そうか、上腕二頭筋のマイケルも同意してくれるか!なんと、右大胸筋のロドリゲスまで……!みんなありがとう!!例え相手が公爵令嬢だろうと……俺は負けない!
こうして俺は、愛の為に悪役令嬢フィレンツェア・ブリュードに戦いを挑んだのだが────。
結果は惨敗だった。
と言うか、途中からの記憶が無いのだ。負けたと言う事実はわかっているのだが、どうやって負けたのか……なぜ俺はこんな謎の液体でべっちょりと濡れているのか……。思い出そうとするとなぜか体が震えてしまいどうしても思い出せないでいた。これも理由はわからないが、暗くて狭い場所にも恐怖を感じてしまう。生暖かくてしっとりしているのものが苦手になってしまった。一体俺の身に何があったのか……知りたいのに知りたくないと言う矛盾した感情が俺を襲っていた。
なので、その時に俺の側にいたであろう守護精霊に真実を語ってもらおうと考えたのだ。きっとフィレンツェア・ブリュードが何か卑怯な事をしたのだと真相を話してくれるはずだ。そう期待したのだが、俺の守護精霊であるスイギュウはなんと俺の姿を見た途端に真っ青になって泣きながらゲロリと何かを吐くだけ吐いて消えてしまった。あの時の恐怖の目が未だに忘れられない。スイギュウは……俺を見てなぜ怯えていたんだ?
結局、俺が濡れていた原因は俺の守護精霊のせいになってしまった。そのせいでせっかく築き上げてきた俺の評判はガタ落ちだった。強くてかっこいい俺はもういないのだ。
しかし!なぜ守護精霊が俺を裏切ったのかわからなかったが、それでも俺は諦めなかった。諦めたら、そこで試合は終了してしまうんだからな!それからも真実を暴くために訴え続けた。
だが悪いことは続くもので、噂は悪い方に尾ひれをつけてしまった。なんと「加護無しの公爵令嬢に無理矢理迫ってフラレた男」だと、なんとも不名誉な事を言われてしまったのだ。
学園での視線が痛い。そのせいでハンダーソン嬢にも会いに行く事が出来なかった。きっとハンダーソン嬢は噂を聞いて不安に思っているだろうが……まずはなんとか名誉を挽回しなくては。それまで俺に愛しい女性と会う資格はない!
ツラかったが、だが俺にはまだ騎士になるという夢がある。騎士になればきっと誤解も解けるはずだ。なぜなら騎士とは強くてかっこいいからだ!だから俺は再び父と母を説得しようとしたのだが……なんと父と母の方から「侯爵家の事なら親戚から養子をもらうから心配などするな。なんならスラング家から出ていってもいいぞ。その方が騎士になることに集中出来るだろう!よし、そうしよう!」と俺の夢を後押ししてくれたのだ。
父は青ざめ、母は泣いていたが……その時父の手にはどこからか送られてきたであろう手紙が握られていたようだった。もしかしたら学園長あたりが俺には騎士になる才能があると父を説得してくれたのかもしれないと思った。
剣術はてんで苦手だが、その分体を鍛えていたかいがあったな……筋肉は俺を裏切らない!おぉ、そうか。励ましてくれてありがとう左大腿四頭筋のフランソワ!
やはり筋肉は正義なのだ。これで堂々とハンダーソン嬢に会いに行けると俺は嬉しくて仕方がなかった。
こうして俺はスラング侯爵家と縁を切った。父が何度も「絶対に戻ってくるなよ!今この瞬間から赤の他人だからな!」と念を押してくる。たぶん、俺が騎士団での生活に音を上げないように叱咤激励してくれているつもりなのだろう。ふふ、不器用な父だ。父の気持ちはちゃんとわかっているつもりだ。
なんとも晴れやかな気分だった。きっとこの青空は俺の門出を祝ってくれているのだろう。騎士団に入れば……さすがに学園生活との両立は難しいか。なぁに、ハンダーソン嬢が側にいてくれればそれだけで俺は幸せだ。
これからハンダーソン嬢に……いや、ルルに会いに行ってプロポーズするんだ。そうしたらすぐに騎士団に入団させてもらって……学園長の推薦状があれば採用は確実だろう。そうだ、せっかくだから幼馴染みのあいつにも挨拶しておくかな────さぁ、新しい俺の始まりだ!
「……全部、うまくいくと思っていたのに……」
地面に突っ伏していた俺がずっと呟いていた独り言を、近くで黙ったまま全部聞いてくれていた《《そいつ》》は「……それで?」と先を促してくれた。
「……ルルは、俺に会ってくれなかった。探し回ってやっと見つけたと思ったら逃げられて……。そしたら第二王子が俺に警告だと言って剣を向けてきて……。だから、きっとまだあの噂を信じて俺がルルを裏切ったんだと思っているんじゃないかと……」
その時の事を思い出し、なぜルルは俺の言葉を信じてくれないのかと思ったら涙と鼻水が同時な垂れ出てきて地面を濡らした。しかし、抑揚の無い声が「それで?」と上から振ってくるとなぜか少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。
「さ、先に学園長に会いに行ったんだ。きっと、推薦状をもらってきたら信じてくれるだろうと思ったから。でも、学園長にもあっさり断られてしまった……。騎士団に推薦どころか、侯爵家からはすでに除籍したと連絡が来ているから退学手続きの書類にサインをしろと……。
しかも……俺の守護精霊があれから返事をしてくれなくて……今までは呼んだらすぐに出てきてくれて、一緒に筋トレもしてくれていたのに……全然……と思ったら不安になってきて……」
「それから?」
「────だから幼馴染みの、グラヴィス・シュヴァリエにこれまでの経緯をすべて説明して相談したんだ。あいつはいつも冷静で頭がいいから、なんとかしてくれるかもって……そしたらなぜかボッコボコにされてしまった……。どんな理由であれ女生徒に暴力を振るうなど言語道断だと、そんな男が騎士団になど入れるはずがないだろう。と言われてしまって……。しかも騎士団へ入団するには必ず試験を受けなくてはいけなくて、推薦だと受け付けないんだそうだ。昔、それで不正があったからと……実力や考え方、それに人格など様々な面で試されて決まるんだと……。調べたらすぐにわかることだった。俺はあんなに騎士になりたかったのに、調べることすらしなかったと初めて気付いたんだ……。だから、俺には騎士になる資格はない。それが、わかった……。こんなに情けなかったら、ルルも守護精霊も離れて当然だろうなと、わかったんだ……」
「────そうですか」
ルルに嫌がられ、王子に罵倒され、学園長には呆れられ、守護精霊には見捨てられ、幼馴染みにも殴られた。そんな俺の話を唯一黙って聞いてくれている《《そいつ》》の優しさが身に染みて、止まりかけていた涙が再び地面を濡らし始める。自分の馬鹿さ加減と情けなさに余計悲しくなった。
「な、なんで……こんな話を聞いてくれるんだ……。お前こそ、こんな情けない俺を嘲笑うなり罵倒でもすればいいものを……それとも、同情でもしているつもりなのか……。お前は悪役令嬢のはずだろう、フィレンツェア・ブリュード!」
俺がそれまで地面と向き合っていた顔を上に上げると、《《そいつ》》がため息混じりに肩を竦めていた。その反応にまたもや驚いてしまう。
「いえ、同情なんてしませんけど。まぁ、不可抗力とは言え踏んづけてしまったのは私が悪かったですし……それに急にブツブツ語り出すんですもの。立ち去るタイミングもわからなかったですし、下手に遮るのも悪いかなって思ってしまって。ついでに人の不幸を笑うつもりもありません(私に関わらないでいてくれるならなんでもいいし)」
「そうか……。と、ところで……」
それから俺は首を後ろに向けて、とある痛みの箇所を確認した。実はさっきからかなり痛かったのだが……、そのとある箇所にはフィレンツェア・ブリュードが連れ歩いていたペットが飼い主とは真逆の表情で牙を剥いていたのだ。『ぎゃうぎゃう!』と何か言っているようで言葉はわからないがこちらには罵倒されている気がする。それに、なぜかこのトカゲを見ると寒気がしてくるのだ。目を合わすのが怖くて視線を戻すと、フィレンツェア・ブリュードと目が合ってしまった。
俺をずっと見ていたのか……。そう思ったら妙に胸が高鳴った。
「……あの、さっきからそこのトカゲがジャンニーニに噛み付いているんだが……」
「ジャンニーニって誰ですか?「大臀筋の名前だ」えっ、あぁ、筋肉の名前……そういえばそう言う設定だったっけ……。いえ、えーと、その子は最近噛みつき癖が発覚してしまっていて。でも賢い子なのでさすがに噛み千切ったりはしないと思うので安心してください」
素っ気なくそう言われたが、興味無さげにしながらもトカゲに「本気で噛んじゃダメよ」と注意をしてくれたのだ。
あの悪役令嬢が、俺に優しい……?噂とはまったく違うその姿に不思議な気持ちになった。(でも尻の痛みは増した)
しかも俺が筋肉に名前をつけている事を知っても反応が薄い。マイケル達の事を聞いて戸惑わなかったのはルル以来だ。いや、ルルは過剰なくらい筋肉を褒めてくれたが。
しかしそれでも、こんな反応をする女性がいたなんて……。
その姿を見て、俺は本当に人を見る目がないと思い知ったのだ。こんな状況になってやっと彼女の本心に気付けるだなんて、今までの俺はなんと愚かだったのか。
「……ありがとう、フィレンツェア・ブリュード嬢。俺はあなたを誤解していたようだ。────君は本当は俺に惚れていたんだな!!」
「はぁ?!」
「大丈夫だ、もうわかっている!君がルルをイジメていたのはルルが第二王子の女友達だったからではなく、ルルと俺が特別な関係だと思って嫉妬していたからだったんだな!」
真実がわかればこれまでの憂いが一気に晴れた気がした。つまり、婚約者がいながら俺を愛してしまったが故の暴走……それが悪役令嬢の正体だったんだ。
「俺は心が広いから、“加護無し”でも受け入れてみせよう!それにもう侯爵家は捨てた身だ、なんならブリュード公爵家に婿入りして爵位を継いでやることもでき────────」
俺はジャンニーニの痛みも忘れて立ち上がると、フィレンツェアに向かって腕を伸ばした。
侯爵家からは除籍されてしまったし、このまま平民になるしかないと思っていたが神は俺を見捨てなかったのだ。フィレンツェア・ブリュードは俺にとってまさに幸運の女神なのだと、アドレナリンが溢れ出た気がした。そして────。
ブツン。と、どこかで何かが切れる音がしたと思った瞬間。
俺の視界は真っ暗になった。意識はあるのに、呼吸をする事も体を動かす事も出来ない。だんだんと感覚を奪われていく事だけがわかっていて……身も凍るような冷たい闇の世界に囚われたのだった。
***
「……沈んじゃったわ。これもアオの精霊魔法なの?」
頬を紅潮させ鼻息を荒くしたノーランドがフィレンツェアに襲いかかろうとしたその時、アオの怒りが限界を超えた。一瞬にして氷漬けにされたノーランドはそのまま地面へと飲み込まれるように沈んでしまったのである。完全にその姿が沈み切ると、ノーランドの消えてしまった地面には何事も無かったように青々とした芝生が生えていた。
その時、ドラゴンの姿となったアオの瞳が《《闇落ちしたあの時》》と同じ瞳をしていた事に…フィレンツェアは気付いていなかったのだった。




