リアハの受難 中編
その日は筆記試験が近いためか書庫で勉強をする生徒が多かった。
黙々と一人で勉強する者もいれば、二人で同じ本を開いて教え合う者もいる。そして、教え合いながら勉強をする者たちの中には距離が近い場合もある。
複数人が座れる広い机の端に椅子を寄せ合い、肩が触れるか触れないかの微妙な距離を保ちながら勉学に励む。
その様子を気にすることなくシュバルツは必要な本を集めていた。没落した家を復興するためには、騎士学校を主席で卒業して戦果をあげやすい戦地へ配属される必要がある。
そのため筆記試験は常に学年一位を維持しており、今回の筆記試験の勉強にも余念がなかった。
「とりあえず、今回の試験の範囲はこれぐらいか」
シュバルツが手にとった本を確認していると、同級生であるモブリールがススッと音もなく隣にやってきた。
「……なんだ? 何か用か?」
平々凡々でこれといった特徴のない青年、モブリール。名前とともに存在感もなく忘れられやすいのだが、シュバルツはちゃんと覚えていた。
そんなモブリールが周囲を気にしながら口元に手を当てて訊ねる。
「いや、その、おまえにちょっと聞きたいことがあって」
書庫なので自然と小声になる。
シュバルツは自分が手にした本に視線を落としながら訊ねた。
「今回の試験範囲の質問か?」
「いや、そうじゃなくて。あいつら最近、あんな感じで距離が近いんだが、どう思う?」
そう目線だけで指し示された先。
そこでは椅子を並べ、本を真ん中に置いて勉強をする二人組がいた。先輩と後輩らしく三~四年ほどの差があるが仲は良いらしい。
肩がしっかりと触れ合い、年上の方が年下のノートに数式を書き込みながら教えている。その距離は隙間を探す方が難しいほど。
それだけピッタリとくっついているのに暑苦しさもむさ苦しさもないのは、この二人が爽やかな好青年なのと兄弟のような雰囲気だからだろう。
シュバルツはその様子を確認して軽く頷いた。
「たしかに。同室じゃないのに、あの距離は近いな」
その回答にモブリールが裏手でツッコミを入れる。
「同室ならいいんかい」
書庫のため小声で指摘したモブリールに対してシュバルツが不思議そうに首を傾げた。
実際に同室であるヴェールへ勉強を教える時はあれぐらい体を寄せることもある。
「同室なら、あれぐらい普通だろ」
「いや、普通じゃないからな!」
思わず大きくなった声に他の生徒たちから何事かと視線が集まる。
そこにシュバルツが淡々と言葉を返した。
「書庫では静かにしろよ」
「誰のせいだ!」
モブリールは小声で怒鳴るという器用な返しをした。
~
また別の日。
この時は食堂だった。
シュバルツがトレイに昼食をのせて空いている席を探している時、後ろから同じように昼食をトレイにのせたモブリールがやってきた。
体が資本の騎士学生らしく肉を中心とした山盛りのおかずを皿にのせ、パンも皿に積み上げている。
その量にシュバルツは思わず声をかけた。
「それ、全部食べるのか?」
「これぐらい食べないと夕食まで持たないだろ」
「……そうか」
実戦に出れば食事がとれない日もある。そのことを見据えて食事量を調節しているシュバルツからしたら考えられない量。
だが、そこは個人の考え方次第だと切り替えて空席に腰をおろす。
すると、空いていた隣にモブリールも座り、そのままコソコソと話しかけてきた。
「なあ、あいつら距離が近いと思わないか?」
「あいつら?」
言われるまま視線を移すと、斜め前のテーブルに赤髪と茶髪の少年が座っていた。一つ下の学生で二人は寮で同室だと聞いたことがある。
ただ、その様子が……
赤髪の少年がトマトスープを豪快に食べているのだが、口のまわりにベッタリとスープの汁がつき、騎士というかそれ以前に貴族としての気品がない。
それを見た茶髪の少年がハンカチを取り出してため息を吐きながら拭き取った。
「もう少し落ち着いて食べろよ。家で食事の作法を習わなかったか?」
その忠告に赤髪の少年が口一杯に入れたパンを必死に咀嚼して飲み込みながら言った。
「あんなお上品に食べられるわけないだろ。とにかく腹が減ってるんだから」
「たしかにそうだけどさ……あ、肉だけじゃなくて野菜も食べろよ」
「それは……んぐっ!」
不満を漏らす赤茶の少年の口に茶髪の少年が強制的に野菜を突っ込む。
「四の五の文句を言わずに食べる。それと、パンくずが口の端についてるぞ」
そう言って茶髪の少年が赤髪の少年の口の端についていたパンくずを取った。
同じ年齢のはずなのに、まるでおかんのように赤髪の少年の世話を焼いている茶髪の少年。
その光景にシュバルツが軽く頷いた。
「同室でもあの距離はないな」
「だよな。けど、おまえらもあんな距離感だよな?」
「おまえら?」
シュバルツの疑問にモブリールが肉にかぶりつきながら話す。
「この前、おまえの同室がミルクスープを急いで食べて口のまわりが白くなっただろ? その時、おまえが同室の口を拭いたり、食べ終わった食器を同室の分まで一緒に運んだりして、いつも同室の世話を焼いてるだろ」
その話に黒い髪が不思議そうに揺れる。
「そんなことしていたか?」
そう言いながらシュバルツが平然とスープを口につけてゆっくりと飲みこむ。
その姿は本当に自覚がないようで……
「無意識か!」
モブリールの虚しい叫び声が食堂に響いた。
~
その日の午後。
さやさやと涼しい風が吹く騎士学校の校庭の端。
大木の木陰にある柔らかな芝生の上に寝っ転がり、穏やかに流れる白い雲を眺めながらシュバルツは言った。
「……っていうことを言われたんだが、オレはそんなヴェールの世話を焼いていたか?」
その問いに頭上から柔らかな声が返る。
「あー、たしかにあるかも。ボクってドジだから、シュバルツが自然に世話をしてくれることもあるし」
「たしかにドジを庇っていたから、自然とそうなったのかもな」
「そうそう。でも、同室だからって何でもかんでも距離が近いわけじゃないよね」
「だよな」
そう言って笑い合う二人。
ちなみにシュバルツはヴェールの膝に頭を乗せている。俗に言う膝枕状態。
訓練の自主練をしていたシュバルツが一休みしようとしたところ、ヴェールがそのまま寝たら頭が痛いだろうから、と膝を提供したのだが。
そして、そこにたまたま近くを通りかかったモブリールの耳に二人の会話が入り……
「おまえらが言うな!」
大声でツッコミを入れていた。




