リアハの受難 前編
数年前にナーシュ国の軍師を引退したリアハ・モナルクは執務室で唸っていた。
「軍から引退して相談役になったはずなんだけどねぇ」
特徴的なくすんだ銀髪をかきながら愚痴の先にある書類の山を見つめる。
書類の内容は軍に関係することから政務、国交に関する相談まで多種多様。一応、相談役という役職には合っているが、それでも量が酷い。
「いい加減、こんなオジサンをこき使うのはやめてほしいんだけど」
年齢を重ねた色気と渋みを含んだため息とともに灰色の瞳がこじんまりとしながらも立派な個室を映す。
ここはナーシュ国の王城にあるリアハ専用の執務室……というか軍師はとっくに引退して相談役となったのに、なぜか未だに王城内にリアハ専用の執務室と机がある。
そもそも相談役とはフラッと城を訪れたときに立ち話程度で相談をされ、それに軽いアドバイスを返すという程度に考えていた。
だが、実際は執務室を準備された上に机は常に書類の山。
こうなると毎日登城しないわけにもいかず……
「悠々自適な暮らしをするために相談役になったのに、これでは永遠に仕事をすることになってしまう」
書類仕事に嫌気がさしたリアハはサボ……いや、気分転換のため、使用人に見つからないようにこっそりと執務室を抜け出した。
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「で、サボって王城の離れにきたんですか?」
書類の山から逃げ出したリアハが行きついた先は、王城の端にある離れだった。
季節の花が咲き乱れ、緑にあふれながらも綺麗に手入れが行き届いた庭。
そこにテーブルと椅子を置き、漂うお茶の湯気とともに亜麻色の髪を揺らしながら出迎えたのは翡翠の瞳を持つ青年だった。
整った柔らかな顔立ちながらも、治癒魔法や医学の知識は深く、ナーシュ国民たちから一目も二目も置かれる存在。
現在、同盟国となったベガイスター国の第六王子だが、第二性がΩというだけで酷い扱いを受けていた不遇の王子でもあった。
だが、今は護衛の騎士から隙あらば襲われ……いや、仲良く落ち着いた日々を過ごしている。
「だからサボりじゃなくて、気分転換だよ。ヴェール君」
リアハは慣れた様子で気軽に名を呼んだが、それだけでヴェールの背後に立つ青年が殺気を放った。
漆黒の髪に黒曜石のように鋭い瞳。眉目秀麗な顔立ちながらも、鍛えられた体躯。家は没落しかけたが、それを立て直した優秀なαで、騎士学校では常に首席だった。
しかし、護衛の対象であり主でもあるヴェールが関わると頭のネジが外れることが度々あり……
そんな護衛騎士が殺気とともにリアハを睨んでいると、ふわふわな亜麻色の髪がサッと振り返った。
「シュバルツ、あまりリアハさんを威嚇しないの」
軽く叱るような声に鋭い気配が少しだけ緩み、険しかった表情が少しだけ穏やかになる。
そして、上半身を屈めると亜麻色の髪から覗く耳へ口元を近づけ、低い声で宣言した。
「そうは言ってもオレはヴェールの護衛だ。おまえを守るためだったら、オレは何だってする」
男前な発言にヴェールの胸がトゥクンと甘く高鳴り、翡翠の瞳がうっとりと……しかけたところで慌てて現実に戻った。
「で、でも、ここでは威嚇しなくていいから。それに、毎回そんなに警戒していたらシュバルツが疲れちゃうよ」
気遣いと思いやりに溢れた言葉をかけられ、先程まで狂犬のようは気配を発していたシュバルツが眉目秀麗な顔をトロンと崩した。
そして、椅子に座っているヴェールを背後から抱きしめ、大型犬が甘えるように鼻を亜麻色の髪へとすりつける。なんなら左右に激しく尻尾を振る幻影まで見えるほど。
「あぁ、もう、ヴェールはいつも優しくて可愛いな。本当に女神か天使のようだ」
「一応言っておくけど、ボクは男だし人だからね」
ヴェールの返答にシュバルツが薄い唇の端をニヤリとあげる。
「それは、わかってるし……十分、知ってる」
知ってるという言葉を強調しながら鼻の先でヴェールの白いうなじを辿った。
何度も暴いた体はどう触れれば、どう反応するか知り尽くしている。だが、どれだけ暴き尽くしても足りない。もっともっと深く強く己を刻み込みたくなる。
全身を密着させようとするシュバルツに対して、何度も感じた快楽を嫌でも思い出す動きに翡翠の瞳を潤ませながらヴェールが抗議の声をあげた。
「ちょっ、シュバルツ……んぅ!」
シュバルツの冷えた鼻先がうなじの弱いところを撫でる。
それだけでゾクリと体の芯が震え、白い頬が朱に染まると同時に甘い声が漏れるヴェールに対して、黒い瞳が意地悪そうに細くなり、愉悦を含んだ声で訊ねた。
「どうした? くすぐったいのか?」
「そ、その……ここじゃ、ダメだって」
ダメと言いながらも強請るような甘さを含んだ声音に黒い瞳が猛獣のように煌めく。
一方で、自分の存在を忘れられ、このままおっぱじめそうな二人にリアハが呆れたように声をかけた。
「離れとはいえ、昼間の王城の庭でこれ以上のことはしないでよ」
その言葉に蕩けかけていたヴェールがハッとした顔になり、シュバルツの厚い胸板を両手で押した。
「そ、そうだよ! こんなところで昼間っからなんて……」
白い手に押されて少しだけ体を離したシュバルツが意地悪な声音で問いかける。
「じゃあ、昼間じゃなかったらいいのか?」
「ふぇっ!?」
ヴェールが顔を赤くして振り返る。
そこに耳を舐めるような低い声が囁いた。
「夜だったら、ここでシテもいいか?」
「んっ!?」
衝撃的な内容に、ふわふわな亜麻色の髪がボンッと逆立つ。
一方でしっかりと聞こえてしまったリアハはため息を吐きながらお茶が入ったカップを口にした。
「夜でも外でするのはやめようね。見回りの兵もいるから」
そこでシュバルツが体を起こして顎に手をあてた。
「誰かに見られているかも、という緊張と羞恥に震えるヴェールを抱くのも捨てがたい……が、乱れたヴェールの姿を他人に見られたくないな。というか、見た奴の記憶の目をくり抜いて記憶を消さないと気が済まない……そうか、そうすればいいのか」
一人で納得してうんうんと黒い髪を揺らす護衛にヴェールが叫ぶ。
「絶対にしないで! 国際問題になるから! あと、その欲望は捨てて! ボクは絶対、そんな姿は見られたくないから!」
「……わかった」
必死に訴えるヴェールに対して男前の笑みを浮かべて頷くシュバルツ。だが、その黒い瞳には怪しい光が見え隠れしており……
そんな二人のやりとりにリアハは思わず苦笑いを浮かべた。
「なんか相変わらずだね。そういえば、二人は騎士学校の寮にいたんだよね? あの頃からこんな感じだったの?」
その問いにヴェールが慌てて両手を左右に振る。
「そんなことはありません! ちゃんと学生をしてました! なのに、どうして……」
亜麻色の髪を抱えて沈む。
その様子に少しだけ同情しながらリアハはヴェールの後ろに立つシュバルツへ視線を移した。
「本当に学生をしてたの?」
「どうせそこらへんも細かく調べているくせに聞くな。白々しい」
そう言って黒い瞳が不服混じりに睨む。
だが、リアハは首を傾げて軽く受け流した。
「たしかにシュバルツ君は騎士学校へ入学してからずっと首席を維持している優等生って報告だったけど、今の姿を見ると……ねぇ。ちょっと信じにくいかなぁと」
そこにヴェールが言葉を挟んだ。
「ですが、シュバルツは入学してからずっと首席を維持していたのは本当ですし、距離もここまで近くなかったんですよ」
「そうなのかい?」
ヴェールの補足説明にもどこか半信半疑なリアハにシュバルツが顎に手をあてて思い出すように考えた。
「まあ、騎士学校で寮生活だったから同室との距離は近くなりやすかったが……そういえば、同室との距離についてアレコレ聞かれたことがあったな」
「へぇ、どんな風に?」
「あれは……」
ジュバルツは騎士学校時代にあったことを語り始めた。




