第99話 JKのフリをしたミイラ
リコリスの人格が変わって一週間。
なぜ記憶喪失になってしまったのか、アスカとともに調べていたのだが。
「もしかしたら、魔力切れが原因じゃなくって、記憶喪失が原因で魔力切れになっていたのかもしれないわ」
「どういうことだ?」
研究室を歩き回りながら話すアスカに、俺は理解できずに尋ねる。
「記憶喪失させられる何らかの魔法をかけられて、その魔力コストをリコリス自身に背負わされて、魔力切れになったってことよ。まあ、推測だけど」
「なるほど……それで、その何らかの魔法ってなんだ?」
「分からないわ。けど、迷宮で起きたからあそこにトラップを仕掛けられていた可能性はある。あそこに仕掛ける理由は全く見当もつかないわね」
とアスカは肩をすくめて両手を上げて見せる。
確かに迷宮に仕掛けられていた可能性は高い。
「呪いをかけられたとかもありそうだな……」
一通りリコリスの身体はアスカや先生に確認してもらったが、これといった異常は見つからなかった。
ただ魔力量が大幅に増えていた。レベルは上がってないのにも関わらずだ。
今のリコリスは戦闘をする気もなさそうなので、魔法を封じてないが、警戒はしなければならないだろう。
記憶喪失になった原因の魔法はアスカと探しつつ、俺は休日もリコリスと過ごすことにした。この状況下で放置なんてできないからな。
「よし、リコリス。遊びに行くぞ」
「なぜです?」
「暇だからだ。それに、お前はその様子だと自由に遊んだことなさそうだからな。適度に遊ぶことは必要だぞ」
見ている限り昔のリコリスは仕事人間だ。
兄の命令は絶対遵守で、私的な時間など睡眠、食事以外なしといったところだろう。
リコリスは素直に俺についてきて、スタスタと隣を歩いく。
表情一つ変わらない彼女は凛々しく、歩く姿はモデルのようで、人々がリコリスを惚れる理由が少し……ほーんの少しだけわかるような気もした。
部隊の隊長らしく、少し高圧的なところもあり、クローバー・スノードロップが嫉妬というか、イラつく理由も分かる気がした。
「…………」
「どうかされましたか?」
じっと見つめられていたことに気づいたのか、リコリスが首を傾げてくる。
これほどまでに従順だと違和感しかない。いつも振り回されていたリコリスに慣れていたからこそ、今のリコリスはなんというか…………。
「人形みたいだな」
兵器の少女と言われる所以、それは彼女の性格にも由来していたのかもしれない。
兵器のごとく、兄の命令には従い、一人で一舞台を殲滅する姿を想像するのは難しくなかった。
今の姿なら悪魔に作られた兵器と言われても、信じてしまう。
だが、俺が出会った時はこんな心ない悪魔ではなかった。なぜこの機械的な少女が、横暴で我儘な女の子になってしまったのか不思議に思う。
「リコリス、今の年齢はいくつだ?」
「800歳です」
「…………」
ババアどころではない。
ミイラだ。リコリスはすでにミイラだったんだ。
ピッチピチのJKのフリをしたミイラだったんだ。
魔導士ならば800歳以上生きる者もいるが、多くはない。
リコリスが我儘になったのは確実に思春期のせいではないな。
もしかすると、悪魔は違うのかもしれないが…………。800歳で思春期が来るとかしんどすぎる。
「リコリス、お前ってしたいことはあるのか?」
「特にございません」
「本当に? 興味のあるものは?」
「ありません」
うわぁ……したいことがないなんて。
以前のリコリスはこれだと考えると、兄の命令で耐えられなくなったから部隊を抜けて家出をして我儘になったのだろうか。
だとすれば、リコリスがわがまま娘になったのは、ほぼリコリス兄貴のせいだな。リコリスの兄貴がどんな奴か気になる。
「なぁ、リコリス。普段お前は兄様からどんな命令を受けてるんだ?」
「兄様から多い命令は敵の殲滅でしょうか」
「…………」
忘れてた。コイツ、悪魔界隈では『悪魔の兵器』とか呼ばれているんだった。
「お前昔魔王には会ったことがないって言っていたけど、あれは嘘か?」
「はい、それは嘘になりますね。私の兄と魔王は旧知の仲ということもあり、よくしていただいております」
「…………」
兄と魔王は仲がよく、魔王直属部隊隊長で、『悪魔の兵器』と言われ恐れられる存在…………。
裏世界にいたリコリスって結構お偉いさんか、お嬢様だったんじゃないのか?
それなら勉強ができた説明がつく。
「これは何でしょうか、見たことがありません」
ある店の前で立ち止まったリコリス。
視線の先にはショーケースに入ったケーキがあり、無表情だが目だけは輝いていた。
キィーキィー猿のようにうるさい悪魔女ならば、「ネルの奢りね!」と一方的に告げられ、次々に買われていき、決済は全て俺。有無を言わさず俺。
だが、目の前にいる彼女はどうだろうか?
この悪魔女がこれほどまでに無垢な瞳をしたことがあるのだろうか?
奇跡のような光景に、目が潤みそうになる。
「食べたいのか?」
「いえ。少し気になっただけです。ネル様の目的地に向かいましょう」
「特に目的地なんてないから、入ろうぜ。食べたいんだろ?」
「そういうわけでは……ネル様、お待ちを。散財はよろしくないかと」
遠慮するリコリスの手を引き、店の扉を開く。ちょうど客足も落ち着いてきたのか、店内にはあまり人がいなかった。
カフェスペースとなっている席に座り、いくつかケーキと紅茶を頼む。
リコリスは宝石の様に目を輝かせ、ケーキをまじまじと見つめると口にした。
「美味しい……」
小さくこぼしたリコリスは、次から次にケーキを食べていく。
「これも美味しい……こっちも美味しいです……」
本当は純粋無垢な少女で、命令を守るあまり、本当の思いを出す機会がなかったのかもしれない。
こう見るとリコリスは普通の女の子だな。
「ネル様、ありがとうございます」
「…………」
こう素直に感謝を述べられると、どうも落ち着かない。
こんなに爽やかな笑みで『ありがとう』という言葉を口にするリコリスを見ると、ソワソワする。
「少し気になったのですが、未来の私、ネル様にとっては今の私はどんな人でしょうか?」
「うーん、そうだな……変人、おバカ、問題児?」
「そうですか。大変ご迷惑をおかけしました……しかしながら、そんな私を気遣ってくださるとは、ネル様は意外とお世話好きなのですね」
「俺が世話好き? そんなわけねぇよ」
「あなたの様子から見るに文句を言いつつも、面倒を見てくれていたのでしょう。もしかしたら、未来の私はそういうところに惹かれたのかもしれません」
と、リコリスは柔和な笑みを浮かべる。
……ほんと調子が狂うな。
「話が変わるんだがな、少し気になったことがある」
「はい、なんでしょう?」
「お前は俺たち人間をおもちゃにしたいって度々話すんだ。裏世界での人間の扱いってどうなってんだ?」
まさか本当におもちゃという名の奴隷扱いされているとか……。
「結論から述べますと、裏世界に置いて人間をおもちゃ扱いする習慣はございません。ですが、兄様は人間を飼っていました」
「飼ってた?」
「はい、その人間をおもちゃと呼んでいました。実際におもちゃのように遊ぶことはありませんでしたが、夜は兄様が人間たちのおもちゃになっていました。兄様の部屋から『俺はあなたのおもちゃです』と嬉しそうな興奮したような声と怒鳴り散らかす相手の声が聞こえてくることがありました」
「うわぁ……」
リコリスの兄さん、とんでもない癖を持っていやがる。
絶対鞭でしばかれてるやつじゃないか。もしくは裸で相手の椅子になってるとか……。
「その影響でしょうか、未来の私が人間を『おもちゃ』と呼ぶのは」
「とんでもない影響だな。お前も人間とか飼って──」
その瞬間、ガタンと椅子が倒れる。
リコリスに急に立ち上がっていた。
「ネル様、敵です──」
そう告げたリコリスに抱きつかれ、そのまま地面に伏せさせられる。
その直後、窓ガラスが派手な音を上げて割れ、破片が散らばる。
「なんだ?」
「襲撃です。おそらく、敵はネル様を狙っています」
「お前は俺がいない方がいいんじゃないか?」
「貴方がいなくなると、帰る手段がなりますので。それに今の私はきっと──」
再び窓が割られ、カフェに客やスタッフの悲鳴が響く。
なんでこんな時に俺が狙われている──?
「他の者を巻き込んでしまいます。一旦外に出ましょう」
「ああ」
俺はバリアを張り、リコリスとともに外へと飛び出す。敵はしつこく魔法を放ってきて、周囲にいた人たちが悲鳴を上げながら走り出していた。
敵は屋上か──。
黒のフードコートを靡かせる1人の男。フードを深く被られているため顔は見えないが、男は人差し指を俺に向け、ひたすら攻撃してきた。
なんで俺にばかり……クソっ、どこかで反感を買ってしまった相手か?
それとも──。
「ルベルカウェア」
紅の蝶が目の前を通り過ぎる。一匹だけではない。リコリスの周囲から何匹もの蝶が生まれ、敵へと飛び、取り囲む。初めて見る魔法だった。
蝶の光の残像は無数の赤紫のラインを生み出し、彼岸花が開花していく様を見ているようだ。
赤紫の蝶は敵を取り囲み、煌めきながら檻を作る。敵は抵抗する間も無く、捉えられていた。
「綺麗な魔法だな」
「ありがとうございます」
リコリスの魔法はとにかくド派手で、爆発も多かった。だが、今の魔法はお淑やかで品がある真逆の魔法だった。
リコリスと手を繋ぎ、風魔法で屋上へと上がる。
「消えろ人間、隊長に触るな」
俺たちが檻の前に着いた途端、男に唾を吐かれた。
「隊長、俺ですよ。あなたを助けにきました。なので、ここから出してください」
「俺俺詐欺か?」
「俺は隊長と話しているんだ。人間は黙ってろ……ペッ」
また男は俺に唾を吐く。
俺を人間と呼び、リコリスを隊長と呼ぶことの男。
まさか……もしかして……。
男は顔を隠していたフードをそっと外す。
彼の頭についていたのは、この前生えたリコリスと同じ黒の角。
「貴方は……まさか、アルビドゥス?」
リコリスの問いに、男は優しく笑う。
「はい、あなたの下僕のアルビドゥスです。お久しぶりです、隊長」




