第100話 リコリスの選択
「あなたの下僕のアルビドゥスです。お久しぶりです、隊長」
リコリスの角と似た角を持つ褐色の男。黄金の金髪に、アメジストの瞳を持つ彼は、胸に手を当てリコリスの前で跪く。
コイツ、見た目は紳士的だけど……。
「危険だな、コイツ」
というわけで、直観的に判断した俺は即座に魔法を放った。
撃ったのは最近見つけた妖精騙しと言われた魔法。
囚われた金髪紳士男に抵抗する間もなく。
「フェアリーペール」
と、魔法は綺麗に命中する。
「おい、貴様! 出会い頭に魔法を撃ってくるとはッ!」
「奇襲をかけてきたのはお前だろ」
「このッ……貴様ァ、何をしたッ!」
「かわいい魔法をかけてやったんだよ、予想以上に小さくなっちまったけど……ぷっ」
魔法を受けたアルビドゥスの身体は青年の姿から、童話に登場する可愛い妖精のサイズへと縮まる。背中からは羽まで生えていた。
俺は小さくできればいいと思っていたが、羽までつくと本当に妖精のよう。
だが、彼には立派な禍々しい角がついているわけだが。
「おいッ!! 人間、俺を見て笑うなッ! 説明をしろッ!」
「ぷっ……やめてくれっ、そんな声で喋るなよ……ぷっ」
凛々しく勇ましかった彼の声は高音の声に変わっていた。ヘリウムガスを吸った時のような虫のようなか弱い声で、妖精さんアルビドゥスはぷんすか怒ってくる。
ぽこすか叩いてくるけど、痛くも痒くもない。
「人間め、舐めた真似をッ!」
「いやぁ、舐めてませんよ~。舐めてたら、魔法なんて使ってませんて~」
本当に舐めたつもりなんてない。
直観的にまずいなと思ったからこそ、魔法を使った。
あとは……少しイケメンレベルが高い事にムカついた。
ただそれだけだ。
「それで……? リコリスに魔法をかけたのはお前か?」
「ふん、それがどうした?」
「じゃあ、簡単だな。さっさともとに戻せ」
分かりやすくこちらの要望を伝えたのだが、アルビドゥスは鼻で笑った。
「ハッ、戻すものか。今の隊長が本来の姿であり、最高の姿だ。貴様の手によって汚れてしまった隊長に戻すものか」
すると、複数の足音が聞こえ、振り返ると。
「騒がしいと思ったら、ネルだったのね」
「なんか可愛い妖精さんもいるYO」
「リコリスも一緒なんだな」
「戦っていたようですが……兄様、何かあったのですか? まさか敵襲が?」
と聞き出そうとしていたところに、メミ、ラクリア、アスカ、リナがやってきた。随分と大量の手提げ袋を持ってるな……服でも買いに行っていたのだろう。
「ちょっといろいろあってな……今は大丈夫だ。それよりも、リコリスを元に戻す手がかりが掴めそうなところなんだ」
「手がかり? どんな魔法か分かったの?」
「いや、まだだ」
アルビドゥスをもっと脅さないと話してくれなさそうだが……。
先ほどから黙っていたリコリスに気づく。
彼女の緋色の瞳はずっと揺れていた。
「なぁ、リコリス。お前は戻りたい?」
「分かりません……ネル様は戻ってほしいですか?」
「そうだなぁ……ぶっちゃけ言うと、今のお前の方が楽だ」
「楽ですか」
今のリコリスはすごくいい。
楽だし、いい人だし、心を押し殺している事を除けばずっといたい。
そのくらい面倒事が起きない俺の心の平穏を保ってくれるやつだ。
「本当はずっとそのままでいてほしい。この小さな妖精に俺は賛同だ」
「妖精とはなんだ。調子に乗るな、人間」
妖精さんがぽこすか殴ってくるが、痛みなどなく、俺は容赦なく妖精さんを振り払う。うまく飛べないのか、旋回していた。
「兄様、それでいいのですか?」
「そうよ、今のリコリスはおかしいのよ。いくら今のリコリスが問題を起こさないからと言ってね、戻さないのは元々のリコリスの意思は……」
と、心配したメミとアスカが強く訴えてくる。
「本音はそうってだけだよ。リコリスの意思に任せるつもりだ」
「そうなの……って、そいつは誰? 小さくなった悪魔? 悪魔なら殺さないと――」
アスカはアルビドゥスを見つけ、角に気づいたのか、ロケットランチャーを取り出す。いや、待って。今スカートのポケットから出さなかったか?
うわぁ……。
めちゃくちゃあの収納魔道具が気になるけど、今は……。
「安心してくれ、アスカ。これも中二病患者なんだ。まぁ……色々察してくれ」
「分かったわ」
全て察してくれたアスカはコクリと頷き、構えていたロケットランチャーをしまってもらう。
アスカはあの一件以降、非常に話が早くて助かる。
「それで、アルビドゥス。お前はリコリスにどんな魔法をかけたんだ?」
「人間ごときが俺の名前を呼ぶなッ!!」
「リコリスにどんな魔法をかけたんだ?」
「貴様らに話すものかッ!」
「フォースコンフェッサーレ」
「っ……魔法ではない。呪いの一種だ」
「呪いの名前は? 呪文は?」
「ハッ、人間に話すわけないだろう?」
「ほぉ……抗うのかよ。まぁいいや。もう一回、フォースコンフェッサーレ」
「っ……厳密にいえば時魔法だ。術式は長文になる。俺は魔法陣を描いて仕掛けていた」
うわ、分からないかも。
時魔法ってそもそも禁忌指定されているものが多いから、馴染みがないんだよな……。
すると、メミが。
「時魔法……過去固定でしょうか」
と考え込みながら、小さく呟いた。
「メミ、知ってるのか?」
「思い当たるのは『過去固定』と呼ばれる過去の状態に戻され縛り付けるものですね。呪いにも分類される時魔法で、禁忌指定されていたと思います。通常呪いにかかると赤ちゃんにされてしまいますが、なぜかリコリスさんは別人になってますね……」
…………なるほど。
リコリスはミイラだから、時間を戻して縛り付けたところで、見た目は変わらない。しかし、性格だけ戻ってしまったから、別人になったように感じると。
「呪いを上司にかけたのか? 悪い奴だな……」
「俺は貴様ら人間とは違い、呪いであろうとどんな魔法であろうと管理できる。俺は隊長を助けるためにやったんだ。貴様らにとやかく言われる筋合いはない」
「リコリスが隊長? どういことなの?」
「いや、コイツもリコリスと一緒で中二病でさ……リコリスを魔王直属部隊の隊長、自分をその部下だと思い込んでいるみたいで、だいぶ頭がやられているやつなんだ」
「分かったわ。それの頭は後で保健室に行って治してもらいましょ」
「保健室で治るか分からないが、治療はしてもらわねぇとな。このままだと本当に狂人になっちまうからな」
「オイィ! 中二病ってものは知らないが、貴様ら我ら悪魔を侮辱しているだろ! 今の言葉撤回しろッ! 俺らは貴様ら人間より優れた種族だッ! 侮辱など許さないッ!」
甲高い声で小さな体を精一杯動かして、お手本のようなツッコむ悪魔妖精アルビドゥス。
意外とマジトーンで話す彼に、アスカたちは眉を顰め、信じられないとでも言いたげな顔を浮かべていた。
「な? ヤバいだろ?」
「重症だYO」
「リコリスもおかしくなっているのに、さらにおかしな奴が増えるなんて……はぁ……リナ、連絡しておいて」
「了解した。私からフィー先生に連絡しておく」
変人ラクリアに重症と呼ばれるなんて……アルビドゥス、お前本当に狂人として見られているぞ。どんまい。
「…………」
リコリスは悪魔であることを知っているメミは『私は知りませんよ、兄様』と言いたげに黙っていた。
目をそらしてるな……もしかして、嘘が下手なのかお前は。
「まぁ、いい。今の隊長は本来の姿に戻っている。俺の計画の一部は達成している」
「一部?」
「ハッ、まさかお前たち、俺が仕掛けたのが呪いだけだと思っていないよな?」
にひっと煽るような笑みを浮かべるアルビドゥス。
「他の魔法も仕掛けたのか?」
「当たり前だろう? 隊長を戻して『はい、おしまい』というわけにはいかないからな」
「……何をした?」
ごくりと息を飲む。嫌な予感しかしない。
焦る俺に、悪魔妖精アルビドゥスはさらに口角を上げた。
「人間、交渉だ。俺の姿を元に戻し、俺と隊長を元の世界に戻せ。でないと、この都市は今から48時間後に爆破させる」
「は!?」
ゼルコバの街を爆破って……そんなことできるのか?
てか、コイツ。
俺に捕まることが分かって、魔法を仕掛けていたのか?
「アルビドゥス、正気ですか?」
「はい、俺はあなたをお迎えするためにこの世界にやってきました。みんな待ってます。帰りましょう、隊長」
「ですが……」
「魔王様も心配しています」
ととっとアスカが俺に近寄ってきて、何か聞きたそうだったので耳を寄せる。
「ネル、コイツらが言ってるのはほんとなの? 魔法は嘘?」
「魔法のことは合っている。あとはデタラメだ。さっきも少し話したが、コイツら本当に重症でな……リコリスよりも酷いらしくって、どんな医者がついても三日で諦めてるらしいんだ。最近は入院していたらしいんだが、今回は脱走したらしい・あとリコリスの知り合いだ」
「それってかなりまずいじゃない……魔法がかなり使えるのも厄介だわ」
「ああ、お前らには悪いが少し手を貸してくれ」
現時点で、アルビドゥスの仕掛けた魔法展開範囲が分かっていない。
場合によっては俺一人で対処できるとも限らない。
アスカ達に手伝ってもらえるのなら、非常に助かる。
すると、リコリスが自分の手のひらにアルビドゥスを乗せて。
「アルビドゥス、私は戻りません」
と自分の意思をはっきり告げた。
「なぜですか、隊長。皆、待っているんですよ?」
「今の私は本来のリコリス・ラジアータではありません」
「いえ、今のあなたは本来の姿です。最近までおかしな言動に走っていたのはこの男に操られていたからでしょう」
「いいえ、ネル様には操られていません。どうやら、私はこの世界に自分の意思できたようですから。どういう心境の変化があったのか分かりませんが、未来の私の意思を尊重します」
「ですが、魔王様も……」
「どのみち、今の私は仮初めの姿。呪いが解ければ、元の姿に戻るのです。それでは陛下に迷惑をかけるでしょう」
「…………」
リコリスの言葉にそっと目を閉じるアルビドゥス。
一呼吸置くと、もう一度瞼を開き、リコリスをじっと見つめる。
「俺は魔王様、キラン様の命令で参りました」
「――――」
命令。しかも魔王からの命令。
目を見開き固まるリコリスに、初めて動揺の色が見えた。
「陛下と、兄様の……命令……陛下と兄様の……」
リコリスは小さく零し、何度も繰り返す。
兄様ってことは、リコリスの兄ちゃんって「キラン」っていう名前なのか。
キラン・ラジアータか……向こうの世界だから、やっぱり聞いたことがねぇな。
「…………」
また黙り込むリコリス。
…………そうだよな。
今のお前なら迷うよな。
昔のリコリスにとって、上官の『命令』は絶対であり、最優先事項だ。
昔のリコリス隊長ならば、即座にアルビドゥスとともに戻っているだろう。
ただ昔のリコリスでは本来の姿ではない。
俺らが知っているリコリスなら、逆に「そんなの知らないわよ。というか、あんた誰よ?」と一蹴して、さっさと家に帰っている。
「皆、待っています。帰りましょう」
「でも……」
さらに訴えるアルビドゥスの言葉に、機械的だったリコリスの目が揺れる。
そして、俺はリコリスと目が合う。
リコリスはまるで意見を求めているようで、どうしたらいいのか教えてほしそうな顔だった。
普段のリコリスになら、絶対に言わない。
でも――――。
「リコリス、俺は――――」
「あたし、リコリスがいないと退屈だわ。あんたがトラブル起こすたびに迷惑被ってるけど、それでも開発には協力してくれるし助かってるわ。だから、いて頂戴。というか、さっさと正気に戻って頂戴」
「私もだYO。私のことを『令嬢様よ~!! 見てらっしゃっい寄ってらっしゃい』と見世物にされるのは嫌だけどね、リコリスさんといると楽しんだYO!! FOOOO!!」
「リコリスさん、私待っているんですよ? ほら、兄様のグッズの新作のことですよ。できれば、兄様の入浴ブロマイドとか欲しいので。正気に戻ってさっさと作ってください。お金はいくらでも出します。言い値で構いません」
「お前はよく私の試作した菓子を食べてくれる。消費してもらう人がいないと困るんだ。だから、この世界にいてくれどうかいてくれ」
リナが王子様ムーブをかまし、優しくリコリスの手を取る。
なんでみんな全部言っちゃうの? ねぇ?
一人は奇妙な要望しか言ってなかったけどさ……。
今のは俺がカッコよく引き留めるところじゃないですか?
最後のリナはなんなんだよ……かっこよすぎるじゃねぇか、クソッ。
妖精さんアルビドゥスの服を掴み、顔を寄せる。
「というわけだ。悪いな、アルビドゥス。俺たちはリコリスを返す気はないし、この街を爆破させるつもりもない。リコリスもそれでいいな?」
「はい、構いません」
返事はそれだけだった。
でも、浮かべた笑みは柔らかく、安堵の色があった。
「それで、アルビドゥスくん。街の爆破もリコリスたちが入った迷宮に仕組んだんだろ? なら、その魔法を解除してやるよ」
「なっ――」
ゼルコバ全域という広範囲の爆破となると、複雑な魔法陣を作らないとできない。
そして、それが迷宮の底にある。最下層か分からないが、近場には仕掛けていないはずだ。
「二日もいらねぇな。いや、一日もいらねぇ――――半日で迷宮攻略してやるよ」
さぁ、今度は全員で完全迷宮攻略だ――――。
はめ俺はようやく100話を迎えました。
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!
まだまだネルたちの話は続いていきますので、これからもよろしくお願いします!(ちなみにまだ折り返し地点にもついてません笑)
2~3日ごとに更新していく予定です。多忙の場合は遅れます。
それでは次話をお楽しみに~。




