第101話 再び、迷宮へ
「ネル様、魔法陣がよく迷宮にあると分かりましたね」
振り落とされないように、後ろから俺に抱き着くリコリス。胸が当たっているせいか、鼓動が聞こえてきた。
いつも冷静な過去のリコリス。
しかし、一定だと思っていた彼女の心音が少し早かった。
緊張してる……。
ちゃんと人間なんだな……。
俺とリコリスは、ゼルコバ全域を爆破させる魔術を展開した魔法陣を破壊するため、聖獣ノゼアンに乗り、迷宮へと向かっていた。
最初は転移で近くまで移動を試みた。
しかし、調子が悪いのか魔法が安定せず、変なところに転移するため、こうしてノゼアンに連れて行ってもらっている。
「アスカに聞いた話だが、あの迷宮はかなりトラップが仕掛けられていたようでな……古い魔法とか最新の魔法とか色々組み合わさっていて、しかも黒魔法まで使われていたらしいから奇妙だったんだよ。学園長の迷宮は大抵マークがされているんだが、それらしいものはなかったみたいだし……」
「アルビドゥスが加工したと判断したのですね」
「ああ、意外とコイツには能力あるんだな」
「意外というのはどういことだッ! 人間ッ!」
と甲高い声で訴えるアルビドゥス。
彼はノゼアンに気に入られ、口で咥えられていた。
最初は暴れていたのだが、小さき体では逃れることができず、今は諦めたのか咥えられたままでいる。
ノゼアンは聖獣だし、悪魔のアルビドゥスを嫌うと思っていたのだがそうでもないようだ。
リコリスにも懐いているみたいだし……。
出発前にノゼアンを召喚した直後、ノゼアンは真っ先にリコリスへと飛んで押し倒し、顔面ペロペロを食らわせていた。
他の面子にもノゼアンを見せたことがあるが、ここまで懐いたことはない。
激しく尻尾を揺らしてたし、よほど気に入ったらしい。ちょっと可愛い。
ノゼアンの上で揺られ、屋根から屋根へと飛び街を抜け、森を駆け抜けていくと、すぐに迷宮に到着した。
まだ他の面子が来ていなかったので、ノゼアンと遊びながら待っていると。
「ああ、お前たちも来たか」
カサカサと草むらが揺れ、現れた二人に俺は目を向ける。
ASETであるリナ、解析を得意とするアスカに残ってもらった。
状況によってはASETにも協力を依頼することになる。その点、リナは関係者だし、連絡しやすい。
また、魔法陣が外にもある場合には、アスカに解析をしてもらおうと思っていた。
そして、迷宮に来たのは――――。
「ここが例の迷宮ですか」
「何も変わってなくってよかったYO」
試験時入ったことで迷宮を知るラクリア。
時魔法『過去固定』など多くの魔法を知るメミ。
この二人に来てもらった。
俺は褒めとしてノゼアンの頭を撫で、そして指輪に戻ってもらう。
レンからもらった指輪はどうやらノゼアンが戻る神器、契環というものだったらしい。
契環――――精霊や妖精と契約する時に使う指輪。伝説の神器だと教えられ、童話の絵でしか見たことがない物。
まさかレンから渡された物がそれだとは思わなかった……。
ノゼアンが指輪に戻ると、翠玉の輝きが増した。
この中でノゼアンが眠っていると思うと、不思議だな……。
そうして、俺たち四人は迷宮の入口へと向かう。入口はコンコルド迷宮と違いはなかった。
「よくこんなところを見つけたな」
「最初は私たちも無視しようと思ったんだYO。でも、迷子になったのか走っても走ってもここに戻ってたから、入ることにしたんだYO」
「へぇ、お前らが迷子になるなんて奇妙なことがあるんだな」
「兄様ご安心を! 私、メミがいれば迷子になることはありません! 生まれてこの方迷ったことなどございませんので。マッピング能力はカンストです!」
「そ、そうか。それは良かった。頼りにしてるぞ」
「はい!」
なんかいつも以上にメミの気合が入ってるな……頼りになることは間違いないが。
時間もないので、俺たちは脱出スクロールなど最低限の所持品を確認し、迷宮へと入っていく。
第一~十九層はすごく普通というか、敵が弱かった。
四人だし、メミはいつも以上に気合が入っているし、遭遇した魔物に申し訳ないと思ってしまうほど、秒で消された。
ただ二十層目からは――――。
「何か音が聞こえないか? 地鳴りみたいな」
「確かに、何か聞こえたような……」
「おい、アスカ。街の様子はどうだ?」
『こっちは大丈夫よ。何にも起きてないわ』
左耳につけていた魔道具インカムから、アスカの返事が返ってくる。
この魔道具は最近アスカが開発した最新作だった。
連絡方法は魔法でもできなくはないが、トラップ対策と魔力温存のため、インカムを四人とも装着している。
魔力は皆あるものの、もしもの状況がある。温存しておくことに越したことはない。
本当に助かるぜ、アスカ……。
「地鳴りは気のせいか……?」
と、その瞬間。
背後からゴゴゴォ――と地鳴りのような音が響く。
後ろを見ると、先ほどまであった道はなく、壁が現れていた。
左右には先ほどまでなかった道が現れていた。
これは一体…………。
「どうやら道や部屋が変化する迷宮のようですね」
リコリスはどうやら魔法を知っているらしい。
冷静な彼女は周囲を見渡し、入念に確認していた。
「それってつまり、地図が変わるってことか?」
「はい。その認識で間違いないかと」
「あぁ――――ッ!! マッピングが! マッピングが――ッ! 私のマッピングは完璧だったのに――ッ! なんでそんなことをするんですか――ッ!?」
「おい、メミ落ち着けよ……ラクリア、お前らが来た時にも起きたのか?」
「ううん、部屋が動くことはなかったYO」
「なら、アルビドゥスの仕業か」
最初はリコリスが入りやすくするために、魔法は発動させていなかった。
リコリスの呪いの魔法が発動すると同時に仕組まれていたのだろう。
厄介な魔法を使うな……。
「アルビドゥス、この魔法の解除方法は?」
「俺が貴様に話すと思うか?」
「いや、思わねぇな。フォースコンフェッサーレ」
「貴様ら解除しようとしている魔法陣と同じ場所に仕掛けている……クソッ! 人間め! 姑息な手を使いおってェッ!」
「別に俺は姑息なことなんてしてねぇよ。お前みたいに禁忌魔法を使ってねぇよ」
山脈ができてしまうほど眉に皺を寄せ顔をしかめながらも、答えてくれたアルビドゥス。
しかし、これはまずいな。魔法陣のある最下層に行くまで、迷宮は地図を変え続ける。
「なぁ、リコリス。ここを……いや動く部屋と道だけを破壊することはできるか?」
「できますが……それでは上の階の部分が落ちてくるのではないでしょうか」
「それには考えがある。俺が合図を出すから、やってくれるか?」
「了解しました」
「人間、貴様何をするつもりだ」
「一気に最下層まで行く。アルビドゥス、どうせお前のことだ。最下層に魔法陣があるんだろう?」
なんとなくアルビドゥスのやることが分かってきた気がする。優秀な部下っぽさはあるけれど、きっと隊に命令を出していたのはリコリスか副隊長とかの別の奴だな。
「バリアは張るが、全員衝撃に備えてくれ」
そう言うと、メミとラクリアも構えの姿勢に入る。
「リコリス、頼む」
「了解です――――紅新星弾」
「星芒の守護」
リコリスの詠唱とともに、俺は自分と仲間の周囲にバリアを構築。
リコリスの指から解き放たれた複数の紅の弾。
弾は壁を床を天井を割って貫き。
「――――ッ!!」
ドガーンッとあらゆる方向から爆音が響き、鼓膜が裂けそうになる。一つの恒星が終焉を迎えるがごとく周囲の物を巻き込んで爆発し、爆風で煙や砂ぼこりが上がり、迷宮が壊れていく。
しかし、壊れていくのは二十層まで。
俺が頼んだ通り、指定した部分だけリコリスは壊してくれた。
これだけ派手な爆発をさせながら、動いていた部屋だけを壊すとは……調整の化け物だな。
「星芒の守護」
床が崩れ、下へと落ちていく中、俺はもう一度詠唱する。さっきよりも大きなバリアを構築していく。
崩れた上の階が落ちてこないように、バリアを形成し、十九層へと繋がる天井と、迷宮の一番端であったであろう壁を支える。
動いていた部屋や道だった場所は全て破壊。
それ以外の部分は崩れないようにバリアで支えた。天井が落ちてこないようにバリアで空間を作ったといってもいい。
「ハッ――――人間の貴様の考えが読めないとでも思ったか?」
アルビドゥスに鼻で笑われた直後、パリンパリンっと音が響く。
――――なぜだ?
張ったはずのバリアが割れていた。割れた破片が底へと落ち、散り散りになって闇の中へと消えていく。
同時に罅の入った天井も崩れ、そして、左右から、天井から、足元から、紫焔が現れる。
「あれは――――」
目を凝らし、それが紫焔の槍だと把握する。
数本どころではない。四方八方に埋め尽くすように槍が俺たちを狙い飛んでくる。
――――ゾーンに入ったせいだろうか。
認識する世界がゆっくり動いていた。崩れていく天井が少しずつ迫ってくる。暗闇の中、星のごとく遠くにあった紫焔も大きくなっていく。
壁から距離があったおかげか、まだ槍とは距離がある。
しかし、この数だ。バリア一つで対処できるものではない。
槍の強度によっては一発でバリアを破壊され、心臓を撃ち抜かれるかもしれない。
俺たちは爆破とともに崩れた床から落ちていく。
唯一羽を持つ悪魔妖精の男は俺を見て、不敵に笑う。
「ここで死ね、人間――――」
隣にはともに落ちていくリコリス。悪魔妖精を映す紅の瞳には、愕然と困惑が浮かんでいた。
――――ああ、アルビドゥス。お前はバカだ。
こんな事したって、お前の大事な大事な隊長を苦しめるだけなのに。




