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はめられて強制退学をくらった俺 ~迷い込んだ(地獄の)裏世界で魔物を倒しまくったら、表世界で最強魔導士になっていました~  作者: せんぽー
第5章 迷宮攻略編

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第97話 兵器の少女

 朝早い保健室に差し込む柔らかな朝日。

 逆に冷たい風はカーテンを大きく揺らす。窓近くにいた俺の前で揺れる白のカーテン。その先にいた深紅の瞳の少女は微動だにせず、じっと俺を見ていた。

 

「失礼ながら、あなたの名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 冷淡で、無機質で、他人行儀でまるで別人だった。


「…………お前、何言ってんだ? 何の冗談だ?」

「大変申し訳ございませんが、冗談ではありません。私はあなたの名前が分からないようです」

「…………」

「あなたは兄様の新しい部下になる方でしょうか?」

「いいや、違う……俺の名前はネル・V・モナー。お前とチームを組んでいるとだけ言っておく」

「チームというのはどういう………」


 その瞬間、バーンッと勢いよくドアが開く。

 現れたのは頬を膨らませ真っ赤になっていた憤怒のメミだった。彼女はドスドスと力強く歩き、リコリスに近づく。


「聞きましたよ!! リコリスさん!! あなた、兄様にキスをしたって!」

「キスですか?」

「とぼけても無駄です! 兄様の神聖な唇は私が一生守るつもりだったのに……なんであなたのような人が兄様とキスを……」


 すると、リコリスはベッドから降り、メミの前で膝をつく。

 そして――――。


「大変申し訳ございません」


 地面に頭をつけ、土下座した。

 まるで何度もやっていたかのような、慣れた丁寧な土下座だった。


「あなたのことは存じ上げませんが、不快にさせたことは申し訳ございません」

「リ、リコリスさん? あなた、正気ですか?」

「はい。正気です。体に異常などはございません」

「なっ……」


 礼儀正しすぎるリコリスに絶句するメミ。思わず後ずさっていた。

 メミ、今の気持ちは分かるぞ……。

 あのリコリスが土下座なんて思うだろ? 


 リコリスは立ち上がると、俺に向き合い、メイドのように前で両手をクロスさせ、指示を待つかように待機の姿勢を見せる。


「それでネル様。兄様の次の命令はなんでしょうか?」

「え? 命令?」

「はい。部下であるあなたが私のところに来たということは、兄様からの命令があったとお見受けしますが、違いましたか? 次の標的を教えていただければすぐさま行動いたしますが?」

「標的って……お前は兄様の命令なら何でも聞くのか?」


 標的という言葉に俺は恐る恐る尋ねると、リコリスはこくりとうなずく。


「はい。もちろんです。兄様の命令は絶対です」

「…………」


 コイツはメミの進化版だろうか?

 本来のリコリスとは真逆で、自分の意思よりも兄の命令を絶対視している。自分の意思など存在するのかと思うほどだ。


 発言から察するに、リコリスは過去の状態に戻っている。

 どんな原理かは知らないが、リコリスだけがタイムスリップしているようなイメージだ。


「お前の名前は?」

「私は魔王直属部隊隊長リコリス・ラジアータと申します」

「なっ…………」


 リコリスの二つ名から魔王に絡んでいるとは思っていた。

 だが、まさか直属部隊隊長だったとは…………下っ端とか言っていたが、全然高位じゃねぇか。

 ますますリコリスが出会った時に一人暮らしをしていた意味が分からなくなる。


「リコリス、ここはお前がいた世界ではないことを伝えておく」

「つまり私はすでに死に、天の世界に来たと?」

「いや違う。お前がいた世界は俺たちにとって裏世界と言われる場所で、今いるのは表世界。お前の上司である魔王の弟がいる世界だ」

「なるほど、兄様が話していた人間たちが支配する世界ですか。では、私は人間の捕虜となったのでしょうか?」

「それも違う。お前はお前の意思でこっちの世界に来た」

「兄様の命令ではなく?」

「ああ、少なくともお前が望んでやって来た。あと、今のお前は記憶を失って、過去の自分に戻っていると俺の考えを伝えておく」

「…………なるほど。では、あなたは兄様との面識もなく、魔王軍支配下におかれた人間でもないと」

「ああ」

「あなたたちのいう裏世界に戻ることはできますか?」

「できるが、それは俺が許さない」


 普段のリコリスは頭がおまぬけなせいで、人間の脅威にはならなかったが、本来の姿であろう状態に戻ったとなると、人間側にどんなことを仕掛けてくるのか分からない。

 野放しなどできるか。


「裏世界に送れるのは俺だけで、自力で戻るのなら魔石オラクルが必要だ」

「では、魔石オラクルはどこにありますか?」

「教えると思うか?」

「…………自力で探します」

「それを許すと思うか?」


 途端に黙り込むリコリス。視線は俺から逸らすことはなく、表情筋も一切動かなかったが、彼女は少し考え込み、再び口を開いた。


「…………なるほど、私はあなたの捕虜のようですね。分かりました。あなたの命令を全て受け入れましょう」

「別に捕虜とかではねぇよ。ただ俺らが知っているお前なら、一時的な帰宅はあっても裏世界に戻ろうとはしないと思ってな」

「戻ろうとしない? 私が、ですか?」


 意外だったのか、深紅の瞳が大きく見開かれる。


「ああ、魔王の下っ端はつまらないとか言ってたぞ」

「それは……本当に私でしょうか?」

「ああ」

「兄様は嘘をつきませんので」


 誇らしげにメミが変なフォローを入れてくる。

 リコリス本人は信じられないとでも言いたげな顔を浮かべ、固まっていた。

 

 全く表情がないと思っていたが、驚くことはできるんだな……。

 ひとまず、コイツには一つお願いをしておかなければならないな。


「リコリス、お前はこの世界で悪魔と名乗るな」

「分かりました」


 うわ…………リコリスってこんなに丁寧語を使えるんだ。

 いっつも子どもみたいに泣きわめくことの方が多かったし、何かと反抗してきたから、今のリコリスが素直すぎて逆に気持ちが悪い。


「それで、こいつはメミ、俺の妹だ。お前は女子寮で過ごすことになるが、分からないことがあれば、メミか俺に聞いてくれ」

「了解いたしました。メミ様もよろしくお願いいたします」

「あ、はい、よろしくお願いいたします……」


 深々と頭を下げるリコリスに、メミも慌てて頭を下げる。

 本当に別人だ。昔のリコリスはこんな感じだったのだろうか……?

 どうやってあんなちゃらんぽらんな悪魔になったのか不思議でたまらない。


「あの……兄様。本当にこの人がリコリスさんなのでしょうか? とても本人には思えないのですが……」

「リコリスで間違いはないと思うが、こんな調子だと狂うのは確かだな」

「ええ。というか、リコリスさんって本当に悪魔だったんですね。七星祭のことはてっきりご冗談かと思っていました」

「俺も冗談だったら良かったなと思ったよ」


 アスカの一件のことを考えると、リコリスに口封じを命じたとはいえ、胃に穴が開きそうになる。

 リコリスが口を滑らせて、魔王直属部隊なんて名乗らないことを祈ろう。


「そうですよね……ですが、いくら非常識な方でも魔王直属部隊隊長なんて冗談でも名乗れないと思いますから、本物では間違いありませんね。やはり兄様は知っていたのですか?」

「ああ……魔王直属部隊隊長というのは知らなかったがな……でも、リコリスは裏世界から来た正真正銘の悪魔だ。このことは口外するなよ。何が起きるか分からん」

 

 ひどい場合には暴動が起こりかねない。俺も表世界で住めなくなってしまう。


「メミ、俺の胃を守ってくれ」


 すると、メミは胸に手を当て、二コリと笑みを見せる。


「承知しました。このメミ、兄様の胃を全力でお守りいたしましょう」

「助かる。本当にありがとうな」

「ふふっ、お気になさらず。兄様のお願いとあらば何なりとお申し付けくださいませ。それに……兄様との秘密を話す気はございませんので。むしろ、今の状況は兄様との秘密ができて……私……うふふっ」


 なぜか頬を赤らめニヤつき、奇妙な声を漏らすメミ。

 

 まぁ、リコリスが悪魔であることは何とかなりそうだとして、このままリコリスを保健室に寝かせているわけにもいかない。だが、自室に一人で過ごしてもらうのでは監視ができない。


「リコリス」

「はい、なんでしょうか? ネル様」


 ぐるぐるぅ~と地鳴りのような音が響く。リコリスの腹から聞こえてきた。

 リコリスがお腹を空かせた時の腹の音だった。


「失礼いたしました。ネル様、命令を」


 その瞬間、少し緊張していた空気が一気に壊れ、俺は思わず笑ってしまい、つられてメミを笑い出す。

 なぜ笑っているその理由も分からないのかリコリスはきょとんと首をかしげていた。


 ああ……コイツは本当にリコリスなんだな。

 そりゃそうだ。悪魔も腹が減るよな。

 昨日から何にも食べてないもんな。


「よし、リコリス。お前も授業に行くぞ。まぁ、その前に食堂に行くから、さっさと準備してくれ」

「承知いたしました」




 ★★★★★★★★




「ようやく戻りましたか、隊長」


 久しぶりに見た主人の姿に、フード姿の男は小さくつぶやく。

 自分の主人とは思えない奇行をして昨日までしていた彼女だが、ようやくいつも通りの姿に戻り、男は安堵していた。


 でも、その安堵はまだ少しで、完全に安心するまでには至らない。

 本来ならば、『悪魔の兵器』と呼ばれた少女の隣に、男は立っているはずだった。しかし、主人は校舎内で、男がいる場所は一キロ離れた木の上。


「うまくいくとは思っていませんでしたが、正気に戻ってよかったです」

 

 あまりにも遠く主人に届くことはない男の言葉。

 それでも、男は優しく話しかける。本調子であれば、彼の主人は地獄耳、一キロ離れていようとも聞こえていた。


「隊長、もう大丈夫ですよ。オレが助けにきましたから」


 ふと、窓際に立っていた黒髪の男子学生が目に入る。

 彼がこれまで隊長と一緒にいた人間だと悪魔の男は認識する。


 悪魔の男はその男子学生を見て目を細め、

 

「さぁ、リコリス隊長。オレと一緒に戻りましょう」


 そして、主人の姿を見て優しく微笑んでいた。

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