第92話 使命
鳴り響く二つの銃声。
カランカランと地面を転がる薬莢。
「…………」
アスカが放った銃弾は、俺たちには当たらなかった。一つは棚にあった瓶を割り、もう一つは使っていなかったモニターへ命中していた。
「魔法を使えなくたって、戦えるだったなってつい最近思い出したんだよ」
あの魔人のおかげで魔法だけでなく自分の身体もまた武器であると知った。
あの時の俺は強化魔法は使っていたが、でもかつての自分はそれすら思うように使えなかった。
レベルが低く魔法がろくに使えない頃は他の技術で他人との差を埋めようとしていた。
殺気に満ち、銃を構えたアスカを前に、極限まで追い込まれた俺は両手を伸ばし、アスカの銃を掴んでいた。
トリガーを引かれる前に、リナをはねのけて、俺は銃を掴みにいっていた。そして、人がいない場所へと銃口の向きを変えた。
「銃身を素手で掴むなんて……ば、バッカじゃないの…………?」
「ああ、バカかもな……」
たった一発放った銃だが、通常の銃とは異なるのか銃身は通常手では触れられないほど熱くなっていた。きっと手は火傷をしているだろう。
でも、誰も怪我をしていない。火傷ぐらいならすぐ治るからな。
「なぁ、アスカ」
「…………何?」
「認めるよ。その角は悪魔の角だ」
「ッ!!」
無表情だったアスカの瞳が見開く。
「あんた、何を言って…………」
「そうよ、アスカ! ネルは今までずっと嘘をついていたのよ!」
「…………ラクリア、悪魔女を黙らせていてくれ」
「了解だYO」
「中二病だったのは私じゃなくってね、ネルだったのよ。だから、私が悪魔じゃないって……って、ちょっと!! ラクリア何をするのよ! まだ喋ってるんだから、口を押さえな…………っ!!」
ラクリアにリコリスの口を押えてもらって静かになったところで、俺はリナを避け、角を拾い、アスカと向き合う。
「嘘ではないのよね?」
「ああ、嘘じゃない。お前がこれを悪魔の角だというのなら、そうなんだろう」
「……どういうこと?」
「俺はこの角がどんなものか知らなかったということだ」
「知らずに買ったってこと?」
「いいや、拾った。てっきり雲鹿の角と思っていたんだがな……」
「だから、悪魔の角ではないと否定してたわけ?」
「ああ」
アスカは顔を俯けると、深いため息をつき、肩を落とす。
「じゃあ、最初からそう言えばいいじゃない…………」
「最初から言ってただろ? リコリスにカチューシャを作ったって。まさか作った角が悪魔の物だったなんて……」
「もう!! こんな悪魔の身体の一部でカチューシャなんて作らないで!! 作っても人に見せないでッ!!」
こんなに怒ったアスカは珍しい。
リコリスが本来の姿を一度見ている。メミと和解する前、裏世界に行った時だ。
あの時のアスカたちは冗談だと、単なるコスチュームだと思っていた。
試合のリコリスを見て、生えた角が本物だと思った。リコリスが本物の悪魔だと思った。
――――まぁ、実際はその通りではある。
リコリスは本物の悪魔。
生えた角もきっと本物。
「あんな大勢が見てるところでくだらない遊びをするなんて……本当にリコリスが悪魔だと思ったじゃない……悪魔が学園にいるなんて知られた日には……本当に危なかったわ……」
でも、ここまで警戒されると、真実は話せない。
「…………」
リコリスもそれを理解したようで、いつの間にかラクリアから解放されていた悪魔女は珍しく墓穴を掘るようなことは言わなかった。
確かに魔王は敵だし、属する悪魔たちもまた敵だ。
だが、クローバーが現れた時のアスカはここまで警戒していなかったと思う。
だからこそ、そこまで警戒することに違和感を持つが……今は聞くべきではないような気がして、俺は謝罪として頭を下げる。
「ごめん、びっくりさせた。ちょっとしたサプライズというかいたずらというか、カチューシャを付けたリコリスは面白いだろうなと思ってやったんだ。悪かった」
「ふん、二度とあんな遊びはしないで。次やったら今回みたいに本気で殺しにいくから」
「ああ、本当に悪かったよ……ほらリコリスも謝れ」
「はぁ? なんで私まで謝らないといけないの? カチューシャを作ったネルだけが怒られるべきでしょ?」
「そりゃあ、あんなところでカチューシャを被るなんていう最悪のいたずらをしたんだ。みんなに見せなければ、こんな大事にはならなかったんだ。怒られるのが当然だろ。ほら、リコリスは正座をしてアスカのお説教を受けろ」
「はぁ? なんで私だけ!? プレゼントしてきたネルも同罪でしょ!」
嘘を誤魔化すためとはいえ、リコリスは自分一人犠牲になるつもりはなく、俺を引きずり込んでいくらしい。仕方ない、付き合うとしよう。
俺もリコリスの隣で正座をし、アスカを見上げる。普段は小さな彼女を見下ろすことが多く、珍しい光景だった。
ここまでしておけば、いたずらだと思ってくれる。
「「アスカ様、ごめんなさい!」」
「…………」
俺たちは地面に額をつけたまま、アスカの言葉を待つ。
「……許さないって言ったら?」
「「そこをなんとか!!」」
大声を揃え、俺とリコリスはアスカ大先生様に懇願する。ふざけているつもりは毛頭ない。本気で謝っていた。
「ふふっ」
頭上から笑い声が聞こえてくる。顔を上げると、アスカが口元を手で必死に隠していた。肩はふるわせて、時折「ふふっ」と声を漏らす。
「ふふっ……二人そろって土下座なんてバッカみたい、ふふっ」
アスカが笑い出すと緊張していた空気も柔らかくなり、ラクリアたちの表情も柔らかくなっていた。
「仕方ない…………いいわ、今回は許してあげる。でも、二度とこんなことはしないで」
「「はい!! アスカ様!!」」
「ふふっ、もうその演技はいいから。おふざけはその辺までしないと、またこの銃を向けるわよ。あたしの機嫌がいいうちにさっさと立ちさない」
アスカ様のいう通り立ち上がると、アスカは「ほんとあんたたちはバカね」と困ったような小さな笑みを漏らした。
「それにしても、こんなのどこで拾ったのよ。そうそう、悪魔の角なんて落ちてないわよ」
「ああ……それは魔王軍幹部ライナスを倒した時に城に落ちてた角を使ったんだ………それがまさか悪魔のものだったとは思わなかったが……」
全部デタラメだ。角はリコリスの頭からはぎ取っただけだ。
でも、この嘘を押し通すしか俺たちに道はない。
「ああ、ライナスの時の……だからこんなに魔力が蓄積されていたのね。これ、少し借りてもいいわよね?」
「いいぞ。どうせ捨てるつもりでいたからな。ああ、処分する時は注意してくれよ。また騒ぎになったらたまらないからな」
「分かってるわ。処分方法は任せてちょうだい」
そして、アスカは「じゃあ、あたしこの銃を片付けてくるから」とガラクタ置き場と化している物置部屋へと向かっていく。俺の横を通りぬけていく。
「ごめんね…………これもあたしの使命だから」
すれ違いざまにアスカから、消え入るような小さな声が聞こえた気がした。たぶん気のせいだろう。
「ああ……削除しないと……」
ふらっと体がふらつき、倒れゆくアスカの身体を受け止め支えた。
「おい、大丈夫か?」
「ああ……うん、大丈夫」
頬は赤くないが、アスカの身体が異様に熱い。特に頭からは熱を感じた。
考えすぎたのだろう。多分知恵熱だろうな…………天才って知恵熱を起こすんだな…………。
アスカはそのまま椅子に座り、角をまじまじと観察し始める。
「ふふっ、これで大丈夫。大丈夫よ……たとえ、リコリスが悪魔でも、今は……あんたたちは大丈夫よ……」
「お前、何を言って…………」
アスカはその後もひたすら「大丈夫、大丈夫」と繰り返していた。
いつもならローキックをしてくるほど元気なアスカが、あんなにふらつくのも珍しいし、自信なさげな姿も変だった。
悪魔への警戒で疲れているのかもな……アスカも疲れるんだな……。
俺もさっきの緊張から解放されてどっと疲れが来たな…………。
その後、メミも研究室にやって来て、メダイ先生に呼び出された理由を教えてくれた。
「メダイ先生から、兄様が勇者かどうか確かめてほしい、とお願いされまして……」
「それでお前はなんて答えたんだ?」
「兄様の裸を見たことはありますが、先生が思い描くような紋章は刻まれていなかったとお答えしました」
これで良かったのですよね!と言わんばかりに瞳をキラキラさせて見つめてくるメミ。
「ありがとう、メミ。助かったよ……でも、いつお前が俺の裸を見たんだ?」
「ああ、それは…………」
「それは…………?」
黙り込むメミ。少し考え込むと、再びニコッと笑顔を見せた。
「ふふっ、何でもないですわ。多分夢の中で見たんでしょうね。ふふっ、ともかく兄様は心配しないでくださいませ」
「えっ、お前誤魔化して……」
「兄様、そうご心配なさらずともご安心を。兄様の裸は私が守りますし、兄様の望む生活も私が守りますので。兄様が勇者でないというのなら、兄様は決して勇者ではありません。私はそれを全肯定いたします」
「いや、俺が心配してるのってそこじゃなくってさ……」
「心配は何一ついりませんよ、兄様……あら、アスカさん。随分と気分が悪そうですね。ソファでゆっくり休みましょうか。リナ、今日はお菓子を持ってきてます?」
「ああ、あるぞ。今日はエクレアだから冷蔵庫に置いている」
「では紅茶と共にいただきましょう。元気の源は食事から、ですからね。アスカさんは最近食事が進んでいないようでしたし……さぁ、兄様もそこに座ってくださいませ」
「お菓子も紅茶はいただきたいが、それよりも先にさっきの話を……」
「では私は紅茶の準備をして参りますので、少々お待ちくださいませ~」
と言ってメミはキッチンの方へと消えていく。
やっぱり誤魔化されているなと思いつつ、勇者のことは黙ってくれていたので仕方なく気にしないことにした。
★★★★★★★★
銀の月が浮かぶ静かな夜。
眠れぬ少女は体を起こし、ベッドに座り込んで窓の外を見つめていた。
「はぁ…………」
真夜中だというのに眠れずにいたアスカは、大きなため息をつく。
「ほんと今日は頭を働かせすぎたわ……」
放課後ではリコリスが悪魔かと思い、警戒して緊張し、その興奮で眠れなくなってしまった。
「もうこのことはさっさと忘れないとね……」
ぼふっとベッドに転がり込み、そっと目を閉じるが、やはり眠れない。
また窓の傍に行き、再び月を見上げる。
蒼銀の満月は寝静まった夜の世界を照らしていた。
「あたしも全部話せたらいいのかしら…………」
リナのように全て曝け出せたら。
リコリスのように思ったことをそのまま全て話せたら。
――――自分はどんなに楽だろう?
「でも、ネルたちに話す時にはもう…………」
アスカは窓枠に寄りかかり、じっと銀の月を仰ぐ。
少しだけ開けていた窓から冷たい風が差し込む。
だが、眠れぬ少女はブランケットを羽織ることもなく、翡翠の瞳はただただ月を見つめる。
皆が寝静まった暗く静かな夜。
孤独な月が眠れぬ少女をそっと照らしていた。




