第89話 中二病の悪魔さん
砂埃の中から右手を掲げる悪魔女。アイツはらしくなく格好よく、勇ましさにまるで別人かと錯覚するほどだった。
「…………アイツ!!!」
だが、悪魔女の頭を見て驚愕する。
表世界では目立つリコリスの角は、これまで俺の魔法で隠していた。そして、その魔法が解除されたのは裏世界にいる時だけ。表では俺が外した時以外はなかった。
そのためか、裏世界でアスカたちに見られることはあったが、コスプレだと勘違いされていた。
だから、完璧なはずなのに…………。
バレたら一大事なので、強固に魔法をかけてはいた。
だからこそ、学園長以外がリコリスが悪魔だと知ることはなかった。定期的に魔法の確認はしていたし、よほどの事がない限りは大丈夫と思っていた。
だが、今目の前には禍々しい二つの赤黒の角。
リコリスの頭からそれは立派な角が生えていた。
すると、観客席にいたメミがリコリスに問う。
「リコリスさん、その頭にあるのは何でしょうか?」
「頭? あー! 見れば分かるでしょ! 角よ、角!」
いや、『見れば分かるでしょ』ではないです。
角だと宣言しないでほしい。俺たちの逃げ道がなくなっていってしまう。
「リコリス! どういうことよッ!!」
観客席から響く怒声。アスカが観客席からバズーカを抱えてリコリスに照準を合わせていた。
「その角は悪魔でもある証。あんた、悪魔だったのッ!?」
「馬鹿はよせ、アスカ!! リコリスは悪魔じゃない! こんなポンコツ頭の悪魔がいれば、とっくに魔王軍なんて倒せてるはずだろ!」
「…………」
「でも、その女はさっき幹部を一人で倒したぞ!」
「そうだ! そうだ! こんなに力を持って角まで生えているなんて……悪魔しかいないじゃない!」
「幹部のクローバーとも知り合いみたいだったじゃないか!」
「あれは魔王軍の手下だ! 誰か取り押さえてくれ!!」
アスカに続き、四方八方から訴える声が聞こえてくる。その声は次第に大きくなり、俺たちを迫っていく。
みな怖いのだろう、魔王の手下である悪魔が。
さっきも魔王軍幹部のクローバーに圧倒されたばかりだ、心が不安定になっている。恐れないのも無理はない。
だけど…………。
俺はリコリスの前に立ち、そして。
「聞けェ――――――ッ!!」
腹の底から叫び、観衆の視線をすべて俺に集める。
同時に、闘技場は静まり返る。人間はおろか、一緒についてきていたペットまでもが黙っていた。
「この女についた角はな!! カチューシャだ――――ッ!!」
「「「「そんなわけあるかッ!!!!」」」」
見事に、観衆全員から一斉に総ツッコミを受ける。
もちろん、嘘だ。嘘に決まっている。
だが、今はこの嘘を押し通さなければならない。
「嘘なわけあるか!! そのカチューシャ、俺が作ったん……だっ!」
「あ゛ァ――ッ!! ったぁ――ッ!!!! なにすんのよ!! ネル!」
角を思いっきり引っこ抜き、即座に回復魔法をかけて、あらまぁなんとびっくりいつものリコリスの頭ではありませんか。
抜き取った二つの角を空に掲げ、俺は叫ぶ。
「ほら見ろ! カチューシャだろ!!」
「そんなカチューシャあるもんか!!」
「おい! そこのお前、俺が夜な夜な作った作品にいちゃもんつける気かッ!! 喧嘩なら受けて立つぞ!!」
「は? ネル? 今、ボキって音聞こえたんだけど? ボキって嫌な音が聞こえたのだけど?」
「そうだな。今俺がカチューシャを取ったからな。もう夢の時間は終わりだ。決勝戦が終わった今、真の力を出す必要はない」
「ネル、あんた何を言って………ッ!! うわっ、めちゃくちゃ痛いんだけど!! 痛いんだけど!! これ、絶対血が出てるじゃない! ドバドバ血がいっぱい出て……って出てない? あれ? ………いや、そうじゃなくって……ネル!!! なんでいきなり角を抜いたの!? 痛いじゃない!! やっとこんなに大きくなったっていうのに……酷い!! ポンコツ魔導士!! ネルのあほ!! 私の角を返してよ!!」
「ほらな。本気で角が生えてると思ってるんだ……可哀想なやつだろ…………」
遅延で痛みがやってきたのか、ジタバタと暴れまわる悪魔女。血は出ていないし、リコリスの頭はいつも通りに戻っていた。
「まぁ、あれだけ実力があればな……妄想しないはずがないよな……」
「思い込みの激しい子なら、ならなくはないか……」
「中二病なんだ……かわいそ……」
「ちょっと!! そこのあんたたち!! 私を中二病扱いしないでよ!!」
「ほらな、この子痛い子なんだよ……」
「あーあ、かわいそうに…………」
冷ややかな目で見られるリコリス。あまりにも哀れだと思ったのか泣き出す者まで出てくる。
しかし、ここばかりはリコリスを痛い子だと勘違いさせるほかない。
じゃないと、俺たちは即座に首ちょんぱ。表世界ではまず住めまい。
「この角はリコリスに似合うだろうなと思って作ったんだよ……ほら、コイツはは自分を本気で悪魔だと思ってるからさ……でも、それがあまりにもかわいそうだと思ってさ……少しだけでもいいから、夢を見させてやりたいと思って作ったんだ。いわゆるコスプレだ」
「はぁ?」
でまかせで言ってる。後先のことなんて考えてる暇がない。とりあえず今さえ乗り切れば。どうかリコリスは黙ってろ。
「はぁ? カチューシャなんて貰った覚えないんですけど? さっきのは本物の角よ! 正真正銘の悪魔の角!!」
うぉーい!!
「あ、えっと……そうだ、医者にもなコイツの妄想はもう治りませんって言われているんだ……こいつは本当に可哀想な奴なんだ……自分のことを本気で悪魔と思ってやがるんだよ……」
「はぁ!? 私は本当の本当の悪魔だし!!」
「中二病がここまでくるとな……どうしようもないんだ。日々苦労してるんだ……本当に不憫でならないんだよ……」
「ちょっ!! ネルまで中二病扱いして!!」
途端に観衆のリコリスを見る目が警戒から同情の目に変わる。
「コイツ、小さい頃にさ、頭を強くぶつけたらしくって……それ以来おかしなことを言うようになったんだ。自分を悪魔だと本気で信じ込んでいるんだ……今までは落ち着いていたんだけど、この祭りでまた再燃しちまったみたいだ……」
「リコリスさん、一度頭を冷やしましょう。きっと疲れているんですよ。兄様、リコリスさんのお薬とか持ってますか?」
「ああ、ここにある。これを飲ませておけば落ち着くはずだ」
俺はたまたまポケットに入れていたリナの飴を取り出し、リコリスの口に放り込む。
「こ、これはリナの飴……ネル、どういうつもり?」
「ここで倒れたフリをしてくれたら、お前の好きな菓子を何でも買ってやる。何でもだ」
「な、何でもッ!?」
「ああ、たとえ、1年待ちの名店でもだ」
「本当に何でもいいのね!? 3年待ちのドュルチスジェンマのメロンバウムクーヘンを買ってくれるのね!? 絶対よね!?」
「絶対だ。コネを使って買ってきてやる。さ、さっさ寝ろ」
「いいわ、ネルの言うことを聞いてあげる。絶対約束だからね」
リナの飴を舐めながら、リコリスはなぜか足をくねくねとひねらせ、全員に分かるようにふらついて見せて。
「ア~、ナンダカ、ネムタクナッテキタぁ~……ウ~ン~、オヤスミナシャ~イ~……」
ご丁寧に片言演技で床にぱたりと倒れた。大根役者ではあったが、無事寝てくれてよかったと思う。
…………いや、おい、リコリス。こっちをチラチラ見てんじゃねぇ。
全部バレてしまうだろうが。
「皆様、コイツのせいでお騒がせしました!! では失礼しますッ!!」
勢いのままに謝罪し、倒れたリコリスを回収して、俺は一目散に舞台から降りる。
危うくリコリスが悪魔だとバレるところだったが、これで事は収まった。
闘技場にいた全ての人が可哀想な子とリコリスに同情していた。「おお神よ、あの子にもう少しまともな思考を」と天に願っている爺さんまでいた。
その後、個人戦はリコリスが目覚めてから行うこととなっていたのだが……リコリスの戦闘を目撃した対戦相手が腰を抜かし、試合前から負けを認め、結果不戦勝でリコリスが個人戦優勝となった。




