第88話 自由を手に入れて
「あーあ、もう朝じゃねぇか」
ブランヴィリを倒し、転移魔法で王都へと戻った俺とカトリーナ。
ホテルの部屋を飛び出した時には、真っ暗だった街には朝日が差し込んでいた。
「あらあら、どこに行ったと思ったらァ~♡ 無事だったのネ。ネルくんもカトリーナちゃんも心配してたのヨ~」
背筋がぞわっとするような艶めかしい声が聞こえ、振り向くとモウチュカ先輩が手を振っていた。彼の背後には何人かのロザレス王国兵もいた。
「あなたたち、ボロボロじゃなーい。さぁ、休みましょ。王国が部屋を用意してくれてるワ」
「俺は大丈夫。俺のチームの人間が出るから、決勝戦を見に行かないといけないから、休むのはそれを見てからにする。気持ちだけありがたく受け取っておくな」
「そうは言ってもねェ~、そんなボロボロじゃあ………」
「モウチュ、カ……私も大丈夫」
「う~ん、かなり無理したんでしょ~? ネル君はまだ元気そうだからいいとして、カトリーナ。あなたは休みましょ。七星祭は来年もあるワ♡」
「私もちゃんと決勝戦を見たい……今年の七星祭、ちゃんと見れてない……」
そう言って、カトリーナは俺の服を掴み離れない。
もうクタクタだろうに…………。
「それに……ネルも休むべきだと思、う……ネルが休まないのなら、私も休まない」
「あーあ、もう分かったよ。二人で行こう」
「ふふっ、でもまだ決勝戦まで時間があるワ。他の人から大雑把に話を聞いているけど、あなたたちからも少し話を聞かせてちょうだ~い♡ 話を聞きながら、休みなさいナ♡」
俺たちは国が管理する屋敷の部屋に移動し、先ほどの魔王軍幹部戦について説明した。
途中でやってきたフィー先生からは「君、また魔王軍幹部を倒したのね……もういい加減勇者って認めたらどう?」などと言われたが、絶対に認めないと首を横に振った。
そうして、フィー先生たちに解放された頃には個人戦最終戦の時間になっていた。
ともに屋敷を出たカトリーナは、突然同じく屋敷を出たモウチュカ先輩の服を引っ張る。
「ねぇ、モウチュカ」
「ハーイ?」
「あの、アイラ、アイラ・フェルメレンってい、る……?」
すると、カトリーナの呼吸が荒くなっていく。顔色も青ざめている。
やっぱりカトリーナは休んだ方がいいのでは……。
「今回の七星祭には参加してないみたいなのヨ~。もしかして……」
「うん、呪いをかけられ、た……おかげで声がうるさい……」
「いや、やっぱりお前休むべきじゃ……」
しかし、カトリーナは横に首を振る。加えて「さっきはネルがいたからあまり声が聞こえなかった、んだ」と話した。
そんな頑なカトリーナに、モウチュカ先輩は呆れたようにため息をついた。
「そんな我慢をするなんてプリティじゃないワ、カトリーナ。でも、よくがんばったワ。呪いがどんなものかちょっと見せてちょうだ~い♡」
「うん」
モウチュカ先輩はカトリーナの身体に手をかざし、静かに目をつぶる。
「厄介そうだけど、何とかなるワ♡」
そう零すと、モウチュカ先輩は再度目を閉じ、魔法を展開させる。
「ここで……術式を組みなおしてっと……」
今、この人無詠唱でしなかったか?
できる人はいるだろうし、勇者だからできてもおかしくはないが……解呪の魔法ってなかなか高難易度なもんだが……それをサラッと無詠唱で行うのは次元が違う……。
やっぱり勇者なんだな、モウチュカ先輩は。
「ありがとう。モウチュカ」
「いいえ。このくらいどうってことないワ♡」
さて、カトリーナの呪いも解けたことだし、アイツの戦いを見に行こうか。
そうして、俺たちはカトリーナたちとともに闘技場へと向かった。
★★★★★★★★
「いよいよ個人戦も決勝となりました。リコリス・ラジアータ選手です!」
背伸びをして、すーっと息を吸い込む。
いよいよ来た決勝戦。
私は一歩一歩踏み出し、壇上へと上がる。
歓声が響く闘技場。その観客席は全て今か今かと戦いを待つ人々で埋まっていた。だが、観客席にネルの姿はない。朝から見かけていなかった。
でも、ネルが今いなくたって、ここで優勝しちゃえば、問題児呼ばわりされることはない!
副賞も豪華って聞くし、相手をけちょんけちょんにして勝ってやる!
と意気込んでいたのだが…………。
旋風が巻き起こり、私の前髪を大きく揺らす。砂嵐が襲い、思わず顔を腕で隠した。
「おはよう、リコリス。元気にしてたー?」
そんな呑気な声とともに現れた少女の悪魔。初等部の子のような体系の小さな悪魔は、邪悪な笑みを浮かべていた。
この子の覇気には慣れてしまったけれど、観客は突然の魔王軍幹部の出現に同様の声を上げていた。
「クローバー!! なんであんたがここにいるのよ!!」
「それは前のお返しに来たからに決まってるじゃなーい?」
私だけが目立つ時間だったのに、このポンコツクローバーのせいで!
「どっか行ってよ! 私の邪魔をしないでよ!」
「一緒に遊ぼぉー!! リコリス!!」
クローバーは両手に闇魔法を宿し、好き勝手に黒く染まった光線を解き放つ。
体をしならせ、くるりと回って回避するも、クローバーはしつこく光線を向け続ける。
逃げ回っていても、埒が明かない。
私は腰をかがめ、地面すれすれでクローバーへと駆け出す。
ネルに習った光魔法を両手両足に宿し、パンチと蹴りを敵へとかます。
クローバーは魔法で良く飛んで逃げるから、足元を召還した光の鎖で拘束。
「やらせません」
突如現れた陰に、鎖を切断される。
クローバーの背後には執事のじじいこと、リンデンがいた。
「アハハッ!! ねぇ、何で前みたいに戦わないのぉ~?! 冷酷にィ! 残酷にィ! 敵を蟻のようにつぶしていくのがあんた悪魔の兵器じゃーん!!」
「悪魔の兵器…………」
確かにそう呼ばれていた。
でも…………。
「クローバー。私、兵器は卒業したの、兄さ…兄の駒もやめたわ」
言いなりだった。兄様の考えに疑問を抱くことすらなかった。
でも、今は自由でいたい。誰の指示も受けず、ありのままで生きていきたい。
それに、私のおもちゃであるネルを手放すつもりなんてない。ネルがどんなに文句を言おうと、ネルは私のおもちゃ。他の人のおもちゃになるなんて許さない。
だから、クローバーの言う“兵器”になって裏世界に戻るつもりはない。
なによりも、ネルとラクリアたちと過ごす毎日が楽しい。
裏世界にいた時よりも……ずっと何倍も。
『おバカなリコリス。大丈夫だよ、僕の言うことを聞いていればいいんだよ』
ごめんなさい、兄様。私はもう兵器にならない。
兄様は優しいし嫌いじゃないけれど、でも、もう……兄様の駒にも戻らない。
この世界で生きると決めた。
悪魔だけど人間らしく、おもちゃのネルたちともに。
すぅーと息を深く吸い込む。気持ちは不思議と落ち着いている。
裏世界でのような荒ぶる感情はない。
「リコリス!」
おもちゃの声が聞こえた。
昨夜何かあったらしく、ずっと姿を見ていなかった。
おもちゃは舞台入口にいた。私のおもちゃであるその男は随分とボロボロになっていた。
その男は呆れたように笑う。
「またお前ケンカしてるのか……」
「違うわよ! この子がまた襲いに来たの! あんまりにもしつこいから、一回倒そうと思ってるの! ネルは邪魔しないでよ!」
「しねぇよ! 俺は疲れたから、観戦させてもらうぞ!」
床の破片が飛んできてもおかしくない場所なのに、ネルは地面に腰を下ろす。隣にはカトリーナがちょこんと座っていた。彼女の服もまたボロボロだった。髪までぼさぼさだ。ほんと、二人で何をしていたのやら。
観客席の前に構築されていた障壁。観客を守るためにネルが作ったのだろう。
見ると、ネルは笑っていた。
「もうこの際だ。お前の好きにしてくれ」
「言われなくても!」
これで思う存分戦える。裏世界にいた時のように、でも、自分の判断で自由に戦える。
全力を、全ての魔力を使う。
制限なんてしない。限界を壊す。
駆け巡る体の魔力をかき集め、人差し指から解き放つ赤き光線。
光線は放たれた瞬間、複数に分かれ曲線を描き、花咲くように、クローバーとリンデンへと伸びていく。
その光景は紅の彼岸花が開花していくよう――――勝手に名付けて『スタート・トゥ・リコリス』にしちゃおう。
その『スタート・トゥ・リコリス』を連発し、咲いた魔法の花を爆散させて、クローバーを追い込んでいく。もはや舞台の床はバキバキに割れ、跡形もない状態だった。
「私はこの祭りを楽しみにきたのよ! 一番になってみんなにちやほやされて、それでおもちゃの人間を増やすつもりなの!」
昔の私を知っているクローバーはかつての姿を望んでいるのだろうが、今はもうあの頃とは違う。
今は自分の意思を持って戦う。自分の望みのためにこの拳を使う。
追い込まれていくクローバーにも意地はあるのか、闇の光線を放ってくるし、リンデンも息を合わせて真っ黒な風攻撃を仕掛けてくるもんだから、非常に厄介。
あんなの食らったら目が痛くなるじゃない!
「あんたもいつまでも私に構ってるんじゃないわよ!! この寂しがり屋が!!」
「ハァ!? あたしがあんたに構う!? そんなわけないでしょ!? あんたがいると魔王様の邪魔になるから、倒しに来ただけよ! 寂しくなんかない!!」
「どぅーせ魔王に構ってもらえてないんでしょ!! だーから、相手にしてもらえそうな私の所に来たんでしょ!! おバカさんね!! 生憎私も忙しいの! 引きこもりのあんたと違って暇じゃないの!!」
命令通りに動く自分はもうやめた。自分の夢を叶える。自分の欲のために動く。
クローバーに邪魔される暇なんてない。
一歩駆け出す。その一歩でクローバーの目の前へと飛ぶ。
「じゃあね!!」
過去の敵は世界の果てへさようなら。
クローバーも、リンデンも、兄様も、悪魔の兵器も――――さようなら。
音でさえも置いていく高速打撃を二人の腹へと入れ込み、力をすべて拳に込め、空へと吹き飛ばす。
遠く彼方へと飛ぶ過去の敵。見上げると、雲が覆っていた空が晴れ、二つの星が輝いていた。
★★★★★★★★
乱入者が吹き飛ばされた今。
「さぁ! 試合の続きしましょ!!」
舞台に立つのは一人の少女。
黒髪をなびかせ、拳を天高く上げる少女。
彼女の笑みは太陽よりも眩しく、普段の様子を知らない人間が見れば、きっと惚れ込むことだろう。彼女の背中を見たものはその勇ましさに惚れただろう。
だが、会場にいた人間は違った。
ある者は信じがたい光景に目を見開き、
ある者は体を震わせて涙をこぼし、
ある者は化け物を見たかのように顔を青ざめさせていた。
――――それもそう。
「悪魔って……冗談じゃなかったの?」
アスカは会場中央に立つ少女を見て、声を震わせる。
ニコリと笑う少女の頭には、禍々しい二本の角が生えていた。




