第84話 氷の檻と計画
…………何度目だろう。目覚めるシチュエーションは。
瞼の向こう側から光を感じ、そっと目を開ける。
「…………」
重い瞼を何とか動かす。見えた先には氷。目の前の景色が氷の壁に覆われていた。全身は冷たく、身体が重い。いや、動かない。
息はできるけど、自由に声を出すことはできない。
………これは、まさかの俺も氷漬けか?
でも、氷漬けにされているだけはないようだ。体がすごくだるい。まるで魔力を吸われているような…………。
透明度の高い氷のおかげか外の景色は見えた。隣の台座には同じく氷漬けにされたカトリーナがいる。眉をひそめて眠っていた。体を動かそうと試みているのか、それとも夢の中なのか。
そして、その氷の前には、先ほど俺の思考に侵入してきた男、キト・ファントムがカトリーナを見上げていた。
…………あいつは一体何をしているのだろうか。
まさかカトリーナの脳内に入ろうとしているのか?
キト・ファントムがカトリーナの氷に手を伸ばしかけた瞬間、コツコツと複数の足音が聞こえた。
氷の灯りに照らされ、姿を現したのは1人の大男と、小柄な女。大男はすぐに魔人だと分かった。
灰色の肌の人など、人間には灰色の粉を塗ったやつぐらいしかいない。
小柄な女も魔人の雰囲気を感じる……が特徴的な外見がなく、人間にも見える。
くくっと喉を鳴らして笑う不気味さを持つ女。彼女の肌は茶色で、瞳孔は白、目じりには白のアイラインがある。
多分あのまつ毛の長さは付けまつ毛だ、たぶん…………ギャルみたいな女だな。
そんなド派手なメイクにおさげにした紫紺の髪は、毛先に行くほど、桃色に染まっている。髪は大人しめにセットされていた。
まぁ、その大人しさは服で破壊されているが……。
彼女の服はほぼビキニで、その上に白衣を着ている。
白衣を着て研究者らしさを見せているが、それ以外が派手。大男の従者にしては派手だった。大男の趣味かもしれないが……そうだとしたら、随分と変わった趣味だ。
正直に言おう――――大変趣味がいい。白衣ビキニ素晴らしい。
魔人は前髪が長く邪魔なのか、首を横に振って白髪の髪を避ける。間から見えた瞳は、キトをじろりとねめつけた。
まぁ、キトはへらへらした態度で変わることはなかったが。
「へぇ、君も来たんだね」
「当たり前だ。ここは我らの管理域。貴様こそ、ここに何をしにきた」
「挨拶をしに来たんだよ」
「挨拶?」
「うん、勇者が来たんだから、折角だと思ってね。彼、やっぱり奇妙だね」
そう言って、キトは俺を見る。薄ら笑いを浮かべるコイツの目は見据えていた。
その視線がまた気持ちが悪い。腹の底が見えない。
「奇妙とはどういうことだ。勇者であるからか?」
「いや、そういう意味じゃなくってね。彼は人間なのか、それとも魔族なのか………本当に奇妙だなって」
…………一体、こいつは何を言っているのだろうか。
その二択で迷う必要はないだろ、人間だぞ。
それよりも、だ。
この魔人は誰だ? 見たことがない。
それに、俺や他の生徒を捕えてどうするつもりなのか。いや、どのみち早く氷の拘束から逃れなければ――――。
「ところでこれは何をしているんだい? 捕まえた人から魔力を集めているようだけど……」
「テストだ。本番に備えてのな」
「へぇ」
『テスト』、『魔力を集めている』…………。
なるほど、さっきから体はだるいのは、魔力を吸い取られているせいなのか。魔力がある方だとはいえ、早く氷を壊した方がよいのは間違いないな。
すると、魔人の部下たちは指示を受けると、他の人たちが眠っている氷を確認していく。
「一人一人氷漬けにして魔力を吸い取るなんて非効率じゃないかい? 準備に時間がかかるよ」
「人間たちがしていることよりも効率的だろう。我らの実験は生かしたまま吸収できるんだからな。人間のあれとは比較にならん」
「へぇ……何をしているのかと思ったら……なるほど……君はあの都市のマネをしてるんだね」
キトがそう言うと、真顔だった魔人はほんの少しだけ口角を上げる。その笑みに背筋が寒くなる。
「目には目を歯には歯を、というだろう。人間にも痛い目を見てもらわねばならぬ」
…………コイツらは一体何を計画しているのか。
人間に対する復讐心を持っているようだが、『あの都市』とは? どこの都市だ? 人間と魔族が戦っている以上、魔族も復讐心を持つのは分かるが、なぜこんなことを?
考えれば考えるほど、次々に疑問が浮かんでいく。
だが、考えていても仕方がない。
まずはこの氷から脱出しなければ。
うまくいくか分からないが、こいつらが離れた瞬間に、俺はこの氷をぶち壊そう————。
キトと大男たちは話しながら、徐々に離れていく。
敵の気配が消えたことを確認した俺は、全身に魔力を駆け巡らせ、炎魔法を纏う。肌に触れていた冷たい氷がぬるい水へと変わり、指先を動かせるようになっていく。
ぴきぴきっと氷にひびが入っていく。制限されていた手足が少しだけ動くようになり、全身を精一杯動かし、身体の熱を回して————。
「っ!!!」
そして、氷の拘束をぶち壊した。地面に落ちていく俺の体とともに、破片も宙に散らばっていく。幸いにも音は最小限にできた。
早いところ、みんなを解放しなければやつらが戻ってくるかもしれない。
俺は隣のカトリーナの氷へと駆け寄り、炎魔法で溶かし、組み込まれた術式を壊していく。最後の方には力づくで氷を割り、
「おっと!!」
氷の拘束から解放され、力なく台座から落ちていくカトリーナを俺は抱き留めた。
「ね、る……?」
ぐったりしたカトリーナがゆっくり目を開ける。少し朦朧としているが、俺のことは分かるようだ。
「大丈夫か、カトリーナ」
「うん……ありがと……さっきの男の人は?」
「今は離れてる。でも、いつ戻ってくるか分からないんだ。魔力を吸われて力がないとは思うが、少しだけ手を貸してほしい」
「分かった。私にできることなら………なんでもする。魔力だって全部あげる」
「ありがとう。でも、無理はしないでくれよ」
しんどいとは思うが、カトリーナにも炎魔法を使ってもらい、氷を溶かしていく。音を鳴らさないよう、捕まっていた全員を助け出す。
「え、なんで、私………さっきまで買い物に出て………」
「混乱していると思うが聞いてくれ。実はあんたは————」
パニックになっていた人もいたが、状況を端的に説明し、ひとまず落ち着いてもらった。先に助けた人にも手伝ってもらい、みんなを街へと転移させる。
また、台座にはセンサーらしきものもあったので、無効化しながら氷を壊していった。
「ネル、こっちは全員逃げたよ」
「こっちもだ」
「じゃあ、逃げよ。もうここにいたくな、い……すごくうるさい……早く逃げよう」
「ああ」
逃げ遅れた人がいないか、確認しつつ逃げる。
カトリーナと手をつなぎ、出口を目指した。
――一歩踏み出した、その瞬間。
「随分と派手なことをしてくれたもんだな、勇者よ」
背後から聞こえたドスのきいた声。
身体の芯へと恐怖を植えつける覇気が、俺たちの背中を襲った。




