第78話 胸騒ぎ
タウノに勝ったその後、俺は女子たちに死ぬほど睨まれた。熱烈なファンには睨まれ、陰口を言われる始末だ。
ただ俺は試合をしただけというのに、こんな目に会うなんて…………殴るんじゃなかった。
早速後悔していた俺だが、悔やんで部屋に引きこもっている暇もなく、その日もカトリーナと調査をした。試合が終わった夕暮れ時に街を歩いていると、直近の行方不明者の名前が聞こえてきた。
『“これ”さえあれば、捕らえて連れて行くのなんてすぐにできちまうな』
その声があったのは、直近の行方不明者が最後に目撃された場所とは、かなり距離があった。王都の東側で声が聞こえたが、最後に行方不明者が確認されたのは西側。
「この人たちが言ってる“これ”って何だろう」
カトリーナは首を傾げ、俺に問いかける。今日は初めて会った時のフードコートを着ていた。
「俺にも分からないな…………」
男たちが指している“これ”が見えればいいのだが、残った魂の濃度が薄く姿までは見えない。
「カトリーナ、こいつらを見ることはできないか?」
「ううん、無理。残ってる魂が少ない。私が頑張っても見えない」
以前からあった違和感。それは残存する魂の量。
人が多いから、転移スクロールを使っているから、その場に残る魂が少なくなると思っていたのだが。
「なぁ、カトリーナ。これだけ大きな仕事をしてるのに、記憶の残りが少ないとは思わないか?」
「確かに…………」
誘拐を実行する時は誰しも緊張する。何事もないように演じていても、鼓動の音はうるさいぐらいに鳴り響く。
この大会の警備は普段以上に厳しく、目標も優秀な選手ばかりだ。見つかれば処刑もありえる。普通は緊張する。
「でも、ベテランにとっては日常だから、魂が残りづらいのかも」
「人攫いベテランか………」
それなりに経験を積んでいるんだろうな………そんなやつが相手なんて嫌だなぁ。
でも、ここまで時間を奪われたんだ。本当ならマッチャ・メガネ先生の新刊をすでに読み終えていてもおかしくなかった。
今更ギブアップするつもりなんてない。絶対に犯人の尻尾を掴んでやる。
「にしても、話していた“これ”って何だろう…………」
それ以降、カトリーナは頬杖をついて黙り込んでいた。
★★★★★★★★
————大会5日目。
「ぅ、くっ」
競技場にいたのは2人の男女。1人は体格のいい男子、もう1人は俺よりも少し小さい女子。
「息が、っ……ぐ、ぁ」
男のうめき声が聞こえた。
紺色髪の女子———メミはガッと片手で相手の首を掴んでいた。爪が刺さるほど握っている。先ほどまで不敵な笑みを浮かべていた相手は、余裕もなくもがき苦しんでいた。目には涙がにじんでいる。
今日はメミの個人戦の日だった。
「兄様との記憶に………勝手に触れないでくださいッ!!」
メミの声が響く。メミは眠っているはずだった。相手が夢魔法を使ってきたので、メミは夢の世界に落ちていたと思っていた。
「あなたのような人間が触れていいものではありません」
だが、対戦相手はメミの地雷を踏んだようだ。夢は本人の記憶から形成されるもの。俺の記憶から夢を作り出そうとして、それがメミにバレた。
そして、眠ったままメミは相手の首を掴んでいたのだ。
「あなたを燃やし尽くします、地獄で後悔してください」
メミのあれはマジだった。目覚めたメミは対戦相手を殺す勢いで睨みつけている。首を締める手に力がこもり、血管が浮きあがっている。
メミは宣言通り、掴む手に炎を宿すと男の首を焼き始める。紺の髪が大きく揺れ、メミの眉間には山脈ができていた。暴走リコリスよりも凶悪な立ち姿だった。
「っ…………く、あ゛……っう……く、っ」
対戦相手は男だ。メミよりも体格はある。だが、男の身体は宙に浮いていた。メミは片手でその男の首を掴み、持つ手を上げていた。
カイ先輩、ヨウ先輩がメミを怖がる理由も分かるかもしれない。正直これは怖い。
そして、遂に対戦相手の男は泡を吹き出し、メミはゴミでも捨てるかのように手放す。虫けらを見るような目で、相手を見下していた。
その目を見た俺の前に座る男子生徒がひぃと小さな悲鳴が上がっていた。
汚らわしいものを触れて嫌だったのか、パンパンと手を払うメミ。会場の全員が唖然としていた。
メミはコツコツと足音を鳴らしながら審判へと近づき、声をかける。
「審判さん、ルールでは相手を気絶させたら勝利、でしたよね?」
「え、ええ……」
正しくは「敵が戦闘不能となれば勝利」だが、気絶でも同じこと。瞬きもしないメミに、審判は狼狽えていた。
「ならば、勝敗は決まりましたね?」
「は、はい……」
メミは審判に笑顔でじりじりと詰め寄っていく。何にも動じてはならないはずの審判も、人間であり、動揺もする。メミが近づく度に、目を泳がせていた。
ああ、それ以上は止めてくれ。
脅しになって違反で負けになるからさ……。
「メミ、ステイ」
「はい、兄様!」
メミはきらきらと目を輝かせて俺を見る。その姿は従順なわんこで、撫でたくなる衝動に駆られる。
メミは本当に俺に懐いているな……小さい頃から変わらないけどさ。兄様少しメミの将来が心配になるよ。
「メミ、勝敗はついたんだろ? だったら、大人しくして審判の判定を待ちなさい」
「はい! 兄様!」
まぁ、俺もメミとの思い出をいじられるなんて絶対嫌だからメミの気持ちも分かる。にしても、メミの怒りっぷりは凄かった。
殺す勢いだったもんな……メミを怒らせると怖いもんだな……気をつけよう。
無様にも地面に這いつくばって泡を吹いている対戦相手くん。俺は彼の服の胸にあったそれが目に入った。
ああ…………。
こう何度も同じ校章を見ると、偶然なのだろうかとつい疑ってしまう。
対戦相手くんの胸にあった校章。それはプロポーズ男やハンカチを落としていったお転婆娘と同じピーヌス学園のものだった。
★★★★★★★★
「さっき変な男の人に突然声をかけられたんだYO」
「変な男?」
メミの試合終了後、隣に座っていたラクリアが話しかけてきた。
「そうだYO。急に『また会おうな』とだけ言われたんだYO」
「なんだそりゃ。そいつは知り合い……じゃなかったのか?」
「うん。初めましての人だYO。訳が分からなかったYO」
「…………」
今朝フィー先生から報告があった。4日目に行方不明になった子が、消える前日に「突然知らない男の人に声をかけられた」と聞いたと彼の友人が話していた、と。
てっきりストーカーはあのプロポーズ男かと思っていたが、また他の奴がラクリアも狙われているのだろうか。
どうにも嫌な予感がする…………。
俺が別件で動いていることに気づいているラクリアのことだ。彼女自身もおかしいと思って俺に教えてきたのだろう。
どうしようか悩んだ末、俺は一つの案を思いつく。
「なぁ、ラクリア」
「どうしたんだYO? 改まって」
「いや、大したことじゃないんだがな」
「うん」
ラクリアを真っすぐに見る。この案は場合によっては抵抗があるし、断られるかもしれない。それでもこの胸騒ぎは無視できなかった。
サングラスの奥には真剣な琥珀の瞳があった。ラクリアは静かに俺の言葉を待つ。
「今日、お前の部屋に行ってもいいか? 今日の夜はお前のベッドで寝たいんだ」
「————え?」




