第79話 裏切りの一族
「えっ? えっ?」
困惑の声とともに、ラクリアのサングラスがずれ落ちる。琥珀の瞳は見開いていた。ラクリアはらしくもなく口を開け、分かりやすく動揺していた。
「…………ネルくん、私の部屋は女子のフロアにあるYO? 分かってるのかい?」
「そんなこと分かってるよ。ともかく、そっちで寝させて欲しいんだ」
「寝させて欲しいって………」
俺はポンとラクリアの肩に手を置く。
「だから、お前は俺の部屋で寝てくれ」
「……………………」
「安心しろ。バレないように転移魔法を使うからさ」
「…………要するに部屋を入れ替えるってことかい?」
「そうだ」
個室とはいえ、女子フロアに入ることになる。先生に俺の目的を説明するわけにもいかないので、見つかればお説教を食らう。
移動は転移魔法があるから、ラクリアの部屋を事前に聞いておけば問題はない。
すると、ラクリアはがっくりと肩を落としはぁと深い溜息をつく。サングラスをかけ直して目は綺麗な目は見えなくなったが、直感的に半眼で見られているような気がした。
なんでそんなに呆れた顔をするんだ……? そんなに自分の部屋が気に入っていたのか?
「はぁあ……全くネルくんは困った人だYO」
「お前には言われたくないぞ」
突然叫び出しラップを始めるからな。お前の方が何倍も困った人だ。
「なぁ、ラクリア。あの拾ったハンカチを見せてくれないか」
「ああ、これかい?」
ラクリアはハンカチを差し出す。この前ぶつかった女の子が落としていったハンカチだ。素材以外は何も変哲のない。シンプルな分、角に付けられた刺繍の紋章が輝いていた。
「これ、預かってもいいか?」
「いいけど……私の物じゃないから大切にしてYO」
「ああ」
カトリーナとの調査中、何度か共犯者らしき人物の魂を発見した。だが、そこには共犯者の声が聞こえるのとオーラが少し見えるだけだった。
カトリーナはこう話していた。
『たとえ、眠っていても、ほんの少し魂の片鱗が残るよ。誰かがいたってことぐらいは分かる、よ?』
殺された可能性も考えたが、戦った痕跡はなく連れされられている。恐らく何らかの方法で意識を奪った。
しかし、街で見つけた魂の中に、行方不明者の魂はなかった。
俺の予感が当たっていれば、今日犯人を捕まえられるかもしれない…………。
————そして、その日の夜。
俺はラクリアの部屋に行った。ラクリアを俺の部屋に送り、俺はラクリアの部屋へと向かい、パジャマへと着替え、布団に入る。
ラクリアの方は一応護衛としてリナについてもらった。もしもの時のためだ。
「俺の予想が当たっていればいいがな………」
ラクリアのベッドに寝て、布団の中へ潜り込んだ俺は、ぼそりと呟く。いつもの黒髪ではなく燃えるような赤の髪に変え、パジャマも女子らしく可愛い薄ピンクにしていた。
クオリティは低いが、暗闇の中ではラクリアに見えることだろう。布団を深く被って頭だけ出せば完璧だ。
やっぱり女子の部屋だからだろうか。いい香りがする……ラクリアもやっぱり女子なんだなと改めて実感する。
普段が突然踊り出したり叫び出したりと、リコリスと同等の変人っぷりなので、女子であることをついつい忘れてしまう。
ああ、いい花の香りだ…………眠りたくなる。
睡魔が襲ってくる。
だが、寝るわけにはいかない。
寝たら、それこそ俺が連れ去られてしまう。
例のハンカチはベッド横のサイドテーブルの上に置いた。窓から差し込む月光に照らされ紋章が輝いていた。
俺がベッドに入って2時間後、人の気配がした。部屋の鍵は閉めている。窓もだ。
では、どこから入ってきたのか?
その瞬間、俺の首に何かが触れた。詠唱し始めた訪問者。一瞬意識が飛びそうになったが、俺は自身に魔法解除をかける。
そして、大胆な訪問者を蹴り飛ばし、毛布を投げた。
「っ!?」
ドンっと壁に背中を打つ侵入者。鈍い音が響く。隣の部屋に聞こえたかもしれないが、知ったこっちゃない。俺はベッド上に立ち、ようやくそこで侵入者の姿を確認した。
侵入者は少年だった。少年はかろうじてアスカよりも身長があった。こんなやつがラクリアを運ぶ気でいたのだろうか。
小さな侵入者は、痛みを堪えながらも、視線は左右上下に動き回っている。何かを探していた。
俺はベッドから下り、サイドテーブルに置いていたそれを取る。
「お前が探しているのはこれか?」
俺はハンカチをひらひらと揺らして見せる。少年は「はっ!?」と息を漏らす。
ハンカチにある紋章には、紫の糸でアザミの花が描かれている。この紋章を持つ家は、今はもうない。ラクリアがハンカチを拾ったあの日に調べて知ったことだった。
家はファントム家。先代勇者の時代にはいた一族だった。だが、貴族の座を奪われ、ロザレス王国に追放された家。勇者を裏切り、魔王側につき謀反を起こしたためだった。
なぜそんな家の紋章が入ったハンカチを、ラクリアに衝突した女子生徒が持っていたのか。
思えば、あの女の子の顔をはっきり見たはずなのに、俺は覚えていない。
思い出そうとしても、靄がかかって思い出せない。ラクリアにぶつかった女の子がいた、ということしか覚えていない。
ファントム家の特徴————それは気配を消し、奇襲を得意とすること。いわゆる諜報員に長けた一族だった。
このハンカチを転移スクロールとして使い、偶然を装って目標がハンカチを受け取るように仕向ける。仕向けた相手は、目標に自分のことを覚えさせないために、気配を消した。
逆にラクリアやリコリスに見つかっていたストーカー男やラクリアに声をかけた男は、俺たちの注意を逸らせるただの囮だったということだ。
ピーヌス学園の子が多かったが、それも犯人が利用してのこと。
どういう方法を取ったのか知らないが、きっと彼らは何も知らない。何か言われて誘導されていたのだとしても、相手を覚えていない。
恐らく彼らはピーヌス学園を中心に活動していた。利用されたとはいえ、ほんと疑って申し訳ない。ピーヌス学園の皆さん、ごめんなさい。
「まさかこんな方法で誘拐していたとはな。街中をずっと歩き回っていたのが馬鹿らしいな」
ハンカチで目標まで難なく転移して、相手を昏睡状態にさせ、誘拐。誰にもバレない、時間も取らない単純な方法。
どうりで街中をいくら探し回っても、行方不明者の魂を見つけれないわけだ。攫われたのはホテル内部が多かったのだから。
もちろん、他の場所で最後に目撃されたものもいたが、ほとんどがホテルに侵入し攫ったのだろう。
ホテルの調査はフィー先生に任せていた。もう少しホテル内を、俺たち自身で行方不明者を重点的に調べるべきだった。
俺は引き出しにしまっていた小刀を取ると、ハンカチを2つに切った。紋章も真っ二つに切れた。
「…………っ!!」
「これがないと帰れないんだもんな。残念だったな」
はらりと床に落ちるハンカチ。それを睨みつける少年は口を歪ませ、眉間に皺を寄せた。
「主犯は誰だ? お前じゃないだろ?」
俺は腰にしまっていた杖を取り出し、少年に向ける。しかし、少年は口をつぐんだまま。
答えるつもりがないのなら、別にそれでもいい。こちらには“無理矢理告白”がある
どこに隠し持っていたのだろう。少年が赤色の石を投げ捨てると、その宝石が強い光を放つ。眩しさのあまり、俺は腕で目元を隠す。
目を開いた頃には、少年は窓へと駆けだしていた。足を止めることなく窓へと突っ込み、豪快な音を鳴らして窓ガラスを壊し、外に身を投げ落ちて行った。
俺も追いかけ、窓から飛び降りる。しかし、少年の姿はもうそこになかった。ただ道を必死に駆ける男が1人発見。
パリン————と背後から窓ガラスが壊れる音が響く。振り向けば、別の部屋から白銀髪の少女が飛び降りていた。
「ネル!!」
「カトリーナ!?」
足元を崩さぬよう綺麗に地へ着地をすると、後から落ちてきたカトリーナも受け止める。やはり彼女の身体は軽い。
「なんでカトリーナがここに来てるんだ?」
「……ネルの部屋に行ったけど、ネルの友達とリナさんしかいなくって、ガラスが割れる音が聞こえて、それでネルを追いかけてきた」
「相変わらず豪快だな……また忍び込んでいたのか」
「うん、おかげでリナさんに怒られた」
それは自業自得だ。
俺からも注意したいところだが、今は時間がない。俺はカトリーナを地面に下すと、状況を簡単に説明した。
「というわけなんだが………カトリーナ。さっきのやつの魂は聞こえるか?」
「分かった。さっきの男の子……男だね。うん、大丈夫。焦ってる声が聞こえる。街の端に別の転移スクロールがあるみたい」
「案内を任せてもいいか?」
「もちろん」
そうして、逃げ出した犯人を追いかけ、俺とカトリーナは手を繋ぎ夜の街を走り出した。




