第77話 アイドル勇者の叫び
「君が相手とはね」
「…………」
勇者でアイドルというこれでもかと属性を重ねているイケメン男。オッドアイの瞳に吸い込まれそうになる。彼が髪を払うたびにキラキラが舞っている。
黄金の髪は絹のように艶やかで、肌は傷一つないきめ細かい。足は子どもが通り抜けてしまえそうなほど長く、俺よりもずっと背丈がある。
今は遠く離れているが、近くにいれば、長身な彼の顔を見るのに一苦労するだろう。首が痛くなると思う。
性別など関係なく美貌で落としにかかってくるこの男は、別世界の人間のような美しさを持っていた。さぁーと髪がなびくだけで、観客席の女子たちがドタバタと倒れている。
普通なら俺でもこの場で卒倒し、さっきの変人モブ男くんのように棄権退場していただろう。
————普通なら。
「君と試合ができるなんて光栄だよ、アルカイドの勇者ネル・モナーくん」
「俺、勇者じゃないから」
ニコリと微笑む目の前の美男子だが、目は一つも笑ってはいない。さっきから睨まれているばかりだった。俺を見定めるようなオッドアイの瞳だった。
七星勇者の1人、フェグダの勇者。
そして、ロザレス王国の一のイケメンアイドル———タウノ・ハーララ。
俺と同い年のビローヴァ学園1年生、今から始まる試合の対戦相手だった。
「君にずっと言いたいことがあったんだ」
「なんだ?」
「なぜ君は勇者と認めない? 勇者の立場は君の望みを叶えるのに十分に利用できるというのに」
眉を顰めて睨みつけてくるアイドル勇者タウノ。その眼光はギラギラと光っている。
「あんたが何を考えているのかは知らないが、俺は平穏な生活を送りたいだけなんだよ」
モナー家は伯爵家だ。親父が何かやらかさない限りは安泰であり、メミが家督を継ぐとしても、妹をそっと支えながら過ごすつもりでいた。
わざわざ勇者などする必要が俺にはない。
「勇者なんて立場は邪魔なだけだ。正直、勇者なんてくそくらえなんだよ」
勇者相手に言うのもなんだが、本音であることに間違いはない。
勇者になったら、どんな風に扱われるかぐらい分かっている。カトリーナがいい例だろう。他人にいいように使われるぐらいなら、勇者でない方がいい。
能力はあると度々言われるが、いくら能力があっても、魔王を倒せる確証はない。そこに絶対はない。
タウノはアイドルであり、知名度を上げるのに勇者というポストは利用価値があるだろうが、俺は勇者となって、これ以上面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
勇者なんてポストは俺には必要ないし、勇者になりたいやつがなればいい。そっちの方が何倍もの人を救える、物理的にも精神的にも。国民のヒーローになる。
勇者が存在するだけで人々の救いになることは分かっている。災いが起これば、勇者が救ってくれると信じているからだ。
だが、俺のようなやる気のない人間がなっても、それができるかどうかは怪しい。ある人はなんでこんなやる気も自覚もないやつが選ばれたんだと批判する者も現れるだろう。
たとえ、神の子レンに選ばれて生まれた時から勇者だったとしても、俺はそれを否定しよう。
「本当に分からない……理解できない………君の考えはッ!!」
夕日に照らされた穂のように輝く金の髪。タウノが走り出したと同時に大きくなびく。
「そうか。なら、別に分からなくてもいいぞ」
瞬間移動と小さく唱え、転移しタウノの背後を取る。だが、彼の反射神経は良かった。青空を埋め込んだような透き通った碧眼には、雷光の眼光。アイドルとは思えない殺気だった。
「清水の宝石」
タウノの詠唱、それは初級の氷魔法。初等部で習う簡単な魔法。拳ほどの大きさの氷塊が現れた。だが、一つや二つじゃない。
数えきれないほどの氷塊がタウノの周りでびゅんびゅんと風をきりながら回っている。
氷の先は鋭利だ。あんなものが飛んできて当たったら、足や手が一本吹き飛ぶ。アイドル勇者の殺意、強すぎる。
だが、審判が動く様子はない。勝利条件が、「相手を戦闘不能、もしくは降参させること」なのだから、怪我は当たり前。死ぬかもしれないと判断されない限り邪魔はしてこない。
「キャ——!! タウノ様——!!」
「あんな男なんてやっちまえ!!」
アイドル勇者の魔法に、熱狂する観客たち。俺は完全にアウェーだな。
タウノが形成した氷塊は先を光らせ、俺に狙い四方八方から飛んでくる。俺は土魔法で全方位土壁で覆い、かまくらを作る。壁は簡単に壊されないよう、強度を上げる。
かまくらを壊さず、その中でタウノの背後へと転移。空いた腹を思いっきり横から蹴りを入れる。
次はタウノの反応は間に合わない。アイドルが派手に吹き飛び、地面を転がった。
「タウノ様になんてことを!!」
「酷いわ!! あんなに蹴るなんて!! あぁ、痛々しい!!」
ブーイングが響くが知らん。顔を蹴らないだけマシだろう。
それにアイドル自身が本気で戦ってきているのだ。たとえ、傷一つ付けたくない端正な顔の持ち主であっても、手を抜いて相手をするなど失礼にも程がある。
「勝たせてもらうからな」
俺は勇者であることは認めない。が、勝利は求めている。普通に優勝杯が欲しい。
チームとして優勝を目指して頑張ってきた。何より、あのリコリスが頑張ったのだ。論理的思考力が皆無な鳥頭よりも小さなあの頭で。
『優勝したら、ロザレス王国内ならどこでも行ける旅行券がもらえるんでしょ!! 絶対欲しい! ネル、夢境ビローヴァに行くわよ!』
優勝の副賞につられてやる気を出したリコリス。やる気を出すこと自体稀なのに、特訓までも頑張っていた。その頑張りに応えてやらないと可哀そうだろう。
「勝ちは求めるのに、なぜ…………」
タウノから聞こえたその声は、理解しがたいという思いで溢れている。タウノはもちろん、世間は学生の大会の優勝は求めるのに、勇者の地位を捨てるなど愚かだと思うだろう。
「お前はお前、俺は俺だからな」
だが、この人生は俺のものだ。他の誰のものでもない。選択は自分でする。できるだけ後悔がないように生きていく。
「その力は勇者そのもの……なのに、捨てるなんて責任放棄も甚だしい」
タウノは立ち上がる。転がった時にできたのか顔に傷が少し入っている。だが、本人が気にするようなはない。黄金の前髪から、獰猛な碧眼が覗いていた。
「責任放棄だなんて、俺は最初から勇者なんかじゃない。責任なんてないんだよ」
「しらばっくれるな!!」
タウノは叫びとともに、右手を横へと振る。地面が氷の世界へと変えていく。氷の波が足を巻き込みそうになり、後ろへと下がる。
その勢いのまま後ろ跳びから宙返り。俺は地には戻らず、風魔法を応用して、宙へと飛ぶ。
「紋章など見えなくとも分かる! 君は能力があり、勇者としての資格もある! 活かせば、僕よりも魔王を確実に倒せる! この世界を平和へと導けるッ! なのに君はッ!」
…………ああ、分かった。
タウノがこんなにもうるさく訴えてくるのか。
コイツはきっと理想の勇者像を俺に当てている。レベルは確かに勇者の中でも一番、というか魔導士の中で一番だからだ。
だが、お前だって勇者だろうに。レベルなんて関係ない。その理想とやらに、自分でなればいいじゃないか。
氷の波は諦めず空中に浮く俺を追いかけてくる。その奥から氷上を走るタウノが見えた。新たに形成した氷塊とともに、氷の坂を駆け上がる。氷塊は先ほどよりも剣らしい形をしていた。
「炎の森」
向こうが氷系魔法でくるのなら、炎魔法で対処する。俺の詠唱で氷の坂に舞い上がる炎。氷の波と炎の波がぶつかり、蒸気が舞い上がった。観客席から悲鳴が上がる。
「水鞠!」
氷の次は水。タウノは炎の波から逃げながら、水の塊が空中を流動させ、こちらに導いていく。俺を溺れさせるつもりなのか、はたまた濡れさせて凍らせるつもりなのか。
「火竜の吐息」
だが、水は俺に届かない。
杖先から勢いよく炎を吹き出し、水の球を全て蒸発させた。
そして、炎の波を強めていく。均衡を保っていた氷と炎の領域が崩れていく。氷の波が小さくなっていく。
波の合間から見えるタウノの顔は苦しそうだった。彫刻のような完璧な顔が崩れていた。タウノは歯を食いしばり、額から頬へと汗が流していた。炎の暑さにもやられ、波の均衡を保つ力も徐々に無くなっていく。苦しいに違いない。
これで終わりだな。
俺は浮遊魔法を解除し、炎の波へと飛び込んでいく。重力とともに炎の波を通り抜けた先に、目を見開く美青年がいた。
俺の右手には一つの拳。その拳で落ちていく勢いのまま彼の頬を殴る。ファンの気持ちなんて知らない。これはただの試合。
「ぶはっ」と吹き出し、横へと吹き飛んでいくアイドル勇者。地に着くと、氷上を滑っていく。
俺は地面に着地すると、タウノの元へとゆっくり歩いていく。
地面に這いつくばるタウノ。こんな無様なアイドル勇者はそうそう見れない。
タウノの手に杖はなかった。少し離れたところに杖が落ちていた。タウノは震えた手で杖を取ろうとするが、指先が届くことはない。
ひょいっと横取りするように杖を奪う。そして、その杖先を彼に向けた。
「…………仮に、もし俺がアルカイドの勇者だったとしても、俺は勇者とは名乗らない」
歯を食いしばり、悔しさと怒りをにじませた瞳を向けるタウノ。彼の口端は切れて、血を流していた。滑らかだった肌は、傷や埃でボロボロになっていた。
無詠唱でも杖なしでも魔法を使える人間はいる。だが、杖を持っていた方が魔力の流れを集中させることができる。速さでいえば、杖ありとなしとでは天と地の差が出る。
つまり、杖なしとなったタウノは何もできないのも同然。
「勝者、ネル・V・モナー!」
審判が高らかに宣言する。同時に観客席からはブーイングの嵐が巻き起こった。だが、今はそれが雑音に聞こえた。いや、聞こえていないのも同然だったのかもしれない。
「なぜ君ほどの人間が……」
タウノの顔は見えない。声は震えていた。あの輝かしいアイドル勇者には似合わない弱々しい声だった。
「君ならきっと…………」
気のせいかもしれない。でも、その声がタウノが助けを求めているように感じた。
「期待なんてするもんじゃないな…………クソっ」
タウノはバンッと拳で氷の地を叩く。切れてしまったのか、骨張った手から鮮紅の血が垂れた。唇よりも酷い流血だった。
「おい! お前、その手……」
立ち上がったタウノは、気にせず片手からぽたぽたと氷上に血を落とす。吸い込まれそうな碧空の瞳は俺を睨んでいた。
「やはり、君は僕の敵だな」
タウノは黙って俺から杖を奪い取ると、背を向けて去っていった。




