第76話 ハンカチの紋章
休日を終えて大会4日目。今日は俺たちの参加競技があり、捜査は夜に行う約束をカトリーナとしている。カトリーナもカトリーナで出るらしい。どんな戦いをしてくれるか楽しみだ。
今日は俺以外にも出場する。ラクリアだ。
いつものサングラスに、ゼルコバ学園の紋章が入った白のユニフォーム。ゼルコバ学園の女子のユニフォームはポンチョアウターに、膝上のスカート。ブーツも真っ白だった。
なかなかに怪しい人物に仕上がっている。クルクルと踊り舞わなければ、軍人には見えた。だが、リコリスと同じくじっとはできない変人女。
ラクリアは階段を上る時でさえも踊り、情熱的なラップを歌っていた。
因みに俺たち男子は、ポンチョアウターは一緒でその下にはシャツ、白スーツパンツを穿いている。スーツパンツだが、運動用であり動きやすい。女子の中にも動きやすいからとパンツを穿いている者もいた。
中には特注で全身を隠すようなローブを着る子もいた。アスカはポンチョアウターも持っているが、今日はそちらのローブを着ている。本人曰く寒いらしい。
「ねぇ、あれどうしたのよ?」
「どうしたのよ、って言われてもな……俺にもわかんねぇよ」
観客席でラクリアを見守っていた俺とアスカは、フィールドに目をやる。他の観客もざわつき始めていた。だが、これと言ってフィールドでは何も起きていない。爆発はおろか魔法すら使われていない。
とっくに試合は始まっているのに、両者動かず、見合っているだけ。
遠くからだが、ラクリアの方はどこか困惑しているように見えた。さっきまでノリノリで踊っていたのに、相手が一向に仕掛けてこないと分かると、ラクリアもさすがに違和感に気づいたらしい。
一方、相手の目は本気だった。遠くでも分かるほどにラクリアを熱く見つめていた。
「ラクリアさん! あなたのことが以前から好きでした! 付き合ってください!」
おっと、なんと度胸のある男なのだろう。さっきから黙りこくっていた彼は、ラクリアに想いを全力で叫んだ。緊張でなかなか言い出せなかったのだろうか。
彼の勢いに、思わずラクリアは後ろへとたじろぐ。
「一目見た時からあなたを好きになりました! 私の胸にはあなたへの愛で溢れているんです………サングラスの奥に隠れた麗しい瞳、可憐に舞い戦う貴方にずっと夢中になってるんだ! ダンスも最高だよ! ぜひ僕と! 僕と結婚してください!!」
横を見ると、アスカが背もたれに体を預け腕を組み、ムスっとした顔で呆れた目を浮かべていた。
「何、あれ」
「分かんない」
「なんで求婚されてるの?」
「分かんない」
じろりと俺を見るアスカ。
いや、こっちを睨まれても困るのだが…………。
「本当に何なのよ、これ…………ラクリアったら変なのばかり引き付けるわね」
俺だって何が起こっているのか分からない。今は1対1の試合中。それなのに、男は、あのラクリアに求婚している。
リコリスの次に危険人物と言っても過言ではないラクリアだが、そんな彼女に惚れる人間がいるとは。随分といい趣味をなさっている。
ラクリアはサングラスを外して黙っていれば、美女の部類に入るだろう。前々からモテているし、何かと注目されてはいたが、そのほとんどが公爵令嬢という身分に引かれている所が多い。
しかし、彼はラクリアの地位ではなく、彼女の外見や行動に惚れている。かなりイかれている。
だが、ラクリア自身を好きになる奴はそういない。ここは確保するべきだ、変人女。貴重な婿候補だぞ。
俺は告白してきた変人男に目を細め凝視する。ラクリアに夢中なのか変人男はこちらの視線に気づかない。盲目になっている。
変人男は深緑のユニフォームを纏っていた。ピーヌス学園のものだ。
その時、ふとリコリスが教えてくれたことを思い出す。
『最近、ラクリアに変な人がついてるみたい。ストーカーみたいな……』
『見た目は普通だけど、変な人だったわ』
『特徴? ネルと同じ黒髪でパっとしなかったわよ・あれはモブね、モブ』
求婚している相手も黒髪でパッとしないモブ男。そして、変人男。
もしかして、ラクリアのストーカーってこの男だったのか?
「私には……好きな人がいるYO。ごめんYO」
ラクリアは頬をかきながら、そこには照れも隠れているようで彼女にしては珍しい反応だった。
「なら、この試合になったら、一度デートをしてもらえませんか!?」
だが、男も諦めない。勢いよく踏み出し、前へと出る。
「遠慮するYO……」
後ろに下がりながら、こちらに視線を向けてくるラクリア。
おい、なぜこっちを見る………こんな時ぐらい彼を見てやれよ。かわいそうだろ。
変人男の視線も俺に集まる。変人男はハッと息を飲むと、落胆したように肩を落とした。そして、弱々しくも右手を上げた。
「審判」
「はい」
「僕、棄権します。ありがとうございました」
「えっ……えっ?」
競技が始まってもいないのに、変人男は自ら壇上から降りていく。
体のコンディションが良くっても、メンタルはズタズタで試合に集中することもできなくなったんだろう。変人男は分かりやすく肩を落としていた。
特にデートを断られてとどめを刺されたんだろうな。最後の反応はよく分からなかったが、まぁ、どんまい。ピーヌスの変人男くん。
「相手が棄権しましたので、勝者はとなりました」
「さすがね、ラクリア。戦わずして勝つなんて、策士だわ」
「いやいやいや」
ラクリアに感心するアスカだが、これはどう見たってラクリアの作戦ではない。ラクリアだって見せたことのない動揺の仕方をしている。あんなロボットダンスは見たことがない。
てっきりラクリアのストーカーは、誘拐事件の犯人、もしくは共犯者なのではないかと思っていたが、杞憂だったらしい。
ただのストーカーはストーカーで怖いが、これでラクリアが誘拐される可能性がぐっと減っただろう。変人男も綺麗さっぱりフラれたのなら、ストーキングはしないはずだ。たぶん。
「ラクリアの次はあんたね」
「おう、行ってくる」
次の次は俺の試合。相手はもう誰か分かっている。正直関わりたくない相手だったが、決まった以上仕方がない。
俺はアスカに見送られ、待機室へと向かう。
「おう、ラクリア。お疲れさん」
「お、お疲れだYO………」
途中、廊下を歩いていると、勝者となったラクリアに遭遇。少し残念そうな雰囲気を漂わせていた。不完全燃焼だったためかご不満な様子だった。
「まぁ、災難だったが、勝てて良かったな」
「嬉しくない勝利だYO……こんなことなら、私から仕掛けておくんだったYO………」
と深い溜息をついてラクリアは肩を下ろす。練習の成果を出したかったんだろうな…………。
まぁ、相手は変人だから、ラクリアから仕掛けても喜ばれそうだ。
俺はラクリアと軽く次の試合について話していると、タッタッと軽い足音が聞こえた。徐々に大きくなり近づいてくる。見ると、奥から女の子が1人走ってきていた。
「うわぁ!!」
間を抜けようとした少女は、動いている人を避けようとしたが、反対側によろけてしまい、ラクリアにドンっと当たった。
当たった女の子の体格はそこまで大きくはない。が、ラクリアは少しふらつき、咄嗟に俺が身体を受け止める。
「ごめんね!! ゼルコバ学園の何年生か分からない人、ごめんなさーい!!」
少女は急いでいるのか、ラクリアに大声で謝罪をしながら走り去っていく。ユニフォームはピーヌス学園ものだった。
「ご、ごめんYO………」
ラクリアは小さく謝って、俺からすぐに離れる。
抱きとめたラクリアは意外と華奢だった。当たった感触で分かった。大きな双丘をお持ちだった。ラクリアは着やせするタイプなんだな。
「ラクリア、大丈夫か?」
「あ、うん、ありがとうだYO……」
ずれたサングラスをかけ直すラクリア。頬が少し赤く染まっていた。
俺はラクリアが少し静かで違和感を覚え、首を傾げる。しかし、ラクリアは普段はうるさいぐらいに変なのだ。今は不完全燃焼な試合だったために、落ち込んでいるのだろうと判断した。
「全く、さっきのやつ不注意なやつだな……急いでいても人が多いから気を付けて欲しいもんだな」
「そうだねー…………あ、あの子これ落としていってるYO」
ラクリアは屈むと、地面に落ちていた一つのハンカチを拾う。シンプルなハンカチだが、素材は絹で、端には紋章らしい刺繍が入っていた。
紋章は見たことがないが、いいところの令嬢かもしれない。走り去っていく姿はお転婆娘って感じだったが。
「これ、どうしYO?」
「ここの選手だろうし、いつかは会えるんじゃないか? 次見つけた時に渡せばいいし、会えなかったら、最終日にでもピーヌス学園の子に渡そうぜ」
「そうだねー、そうするYO」
そうして、ラクリアはそっとハンカチをしまった。




