第66話 ドゥーベの勇者
「オブトゥサ学園1年カトリーナ・モーレンス——ドゥーベの勇者として捜査に協力させて」
音声遮断魔法をかけている中、突然現れた天使の少女。
風に吹かれたら今にも飛んでいきそうなその少女は、勇者と名乗った。
さらに、隠密に行われようとしていた捜査に参加したいと申し出てきた。
魔法を使っていたのにも関わらず、内容を完全に把握している。彼女にハッタリである様子はない。真っすぐにこちらを見つめる緑の双眼は何もかも知っていてそうだった。
どうやってこちらの話を聞いていたのか気になる所だが…………。
「お前、ドゥーベの勇者だったの?」
あの夜に出会った少女が勇者だったとは、迂闊だった。
俺はトラブル事はできる限り避けたい。トラブル事を運んでくる勇者との接触も回避したかった。
双子の勇者こと、ヨウ先輩とカイ先輩はどうしようもなかった。あまりにも突然で戦うしかなかった。
だが、今回は勇者も集まる祭りだ。それを忘れて完全に油断していた。
新聞に掲載されたこともあり、他の勇者から接触を図ってくることも予測できたはずなのに………本当に迂闊だった。
「うん、名乗り遅れてごめんね、ネル」
「いや、それはいいんだけどさ……」
それにしても、なぜ彼女がここにいるのだろう。
「ネルが行方不明者を探すのなら、私も手伝いたい………ダメ?」
これはドゥーベの勇者カトリーナに全てを聞かれていたな。遮断魔法をどうやって解いたのかは全く持って分からないが、ASETのことを知られたのは非常に危険だ。
一応のため、フィー先生に確認で視線を向けるが、彼女は小さくかぶりを振った。どうやらこの子にはASETのことは伝えていないようだ。完全に部外者であることが確定する。
ASETは諜報集団であるため、たとえ勇者であっても教えないことがほとんどだ。俺が例外中の例外ってだけだ。
「お前、先生のこと知ってるのか?」
「ううん、どんな人かはあまり知らない。さっきの話からはゼルコバ学園の先生のふりをしてるってこととASETっていう機関の偉い人ってことだけしか分からなかった」
それだけで十分だよ……。
恐らくフィー先生は勇者に言うつもりなんてなかっただろうに。
「カトリーナさんの申し入れは大変ありがたいのだけど、さすがにあなたを巻き込むわけにはいかないわ」
「でも、ネルには頼んでる……責任問題なら気にしないで。勇者の私の独断、オブトゥサ学園は関係ない」
「うーん……」
悩んでいるのか目を閉じ眉間に皺を寄せるフィー先生。詳細を明かしていないとはいえ、ASETの存在がバレた。
普通なら捕捉し記憶消去するところだ。だが、相手は勇者。抵抗しないとは言い切れないし、彼らなら記憶を消されたフリぐらい容易だろう。高位魔導士であるフィー先生でも侮れない。
かといって、このまま放置するわけにも巻き込むわけにもいかない。それゆえ、先生は苦悩しているのだろう。こんなに悩み苦しむ総司令官は珍しい。この姿は実に面白い。
魔王軍が今王都に仕掛けてきても、ここまで悩むことはないだろうに。
現に誘拐事件を話している時はかなり余裕があった。俺を巻き込むには容赦なく、地獄の果てまでも巻き込んでいきそうな勢いでお願いをしてくるのに、本物の勇者となると違うらしい。
それもそうか………カトリーナたちは国で一番大切な人材だ。魔王軍との関わりが確実に持てないこの事件に巻き込んで、事故でも起こしたら国中が大騒ぎだ。
それこそASETの存在を世間に知られてしまう。
「フィー先生…………いえ、王女殿下とお呼びしましょうか」
「!?」
宝石を埋め込んだかのような緑の双眼は、フィー先生へと向く。その目にはフィー先生の本来の姿が映っているようにも思えた。
「王女殿下、殿下のご命令とあらば、私ドゥーベの勇者カトリーナはどこへでも向かいます。何なりとご命令を。どんな命令でも受けます」
「…………」
「もし今回の大会で優勝しろというのならば、勝ちましょう。ええ、優勝杯を捧げましょう———教員姿の王女殿下に」
口調をがらりと変えた小さな勇者。微動だにしないフィー先生は笑顔を保っているが、汗がタラタラと垂れている。
もう諦めろ、先生。
「せ、折角の勇者様からの申し入れだものね! 緊急事態ではあるし、頼りましょ! カトリーナさん、よろしくね」
「はい、フィー先生」
カトリーナはフィー先生を脅した。
————『私を入れなければ、表で王女殿下と呼ぶぞ』と。
王女を脅すとはさすが勇者様だ。こき使われている俺とは全然違う。
「カトリーナはいいのか? お前も選手なんだろ?」
「うん。私も今日は出場競技はないから、大丈夫」
そうして、カトリーナの協力も決定し、俺たちは情報を共有していく。
大会前日にフェグタ学園から1名、アリーカ学園から1名、そして今日の午前中でピーヌス学園2名、エーサー学園1名の行方不明者の報告が上がっている。
学園の教員には伝達済みだが、選手たちを不安にさせないように秘匿としている。
「行方不明者の最後の目撃場所はどこなんだ?」
「大会前日の子は、街へ少し出掛けていたみたい。でも、宿泊場所からそう遠い場所には行ってないわ。他の3人は今日は出場予定はなかったから、観客席にいたけど、休憩で席を外してそのまま帰ってこなかったのよ」
「トイレに行ったりしている所を目撃した人間はいたのか?」
「ええ、エーサー学園の子はトイレに入る所を目撃されたのが最後よ」
その時トイレに入った人はおらず、廊下に設置されていたカメラも確認したが、行方不明者らしい人物や犯人らしい姿は確認できなかった。
と淡々とフィー先生から現在把握している情報が伝えられる。
「学園内は警備警察に任せてるわ」
「じゃあ、俺たちがするのは……」
「街での捜査だな」
リナの言葉にフィー先生はコクリと頷く。
「街って結構広いと思うが……本当に俺たちだけで足りるのか?」
「人員を多くし過ぎたら、勘ぐられてしまうでしょう? それは避けたいの」
カトリーナは指輪を握り祈ると、彼女の前に長い杖が現れる。杖にはオーロラ色の正八角体が先にあり、白をベースとした上品な杖だった。
「それなら、私の魔法が役に立つ」
「というと?」
「記憶と魂が見えるし聞こえる」
「?」
説明されてもいまいちピンとこない。
風が吹きあがり、緑の双眼が見開かれ、
「今もなんとなくわかる……リナさんたちが私に何か隠してる……この先生のこと、かな? ううん、違う…それはもう分かっていることだし、焦ることもない…………ああ、分かった。恋だ」
「え、リナって恋してんの? 誰に?」
「…………黙れ」
表情一つ変えないリナだが、耳は真っ赤だ。ポーカーフェイスと思いきや、こんなに分かりやすい反応をするとは。恋しているのは図星のようだ。乙女らしい一面もあるんだな。
カトリーナはリナを気にすることなく、話を続ける。
「でも、隠してるわけじゃないものも、ある……見えない記憶がある……」
「…………」
「ネルがいるせいで見えずらい……何だろう、これ………」
リナの思考を読んでいるらしいが、リナ本人は恋の話題から変わったためか、少しほっとしている。と同時に、カトリーナの発言は理解できない、「何を言っているのだ、こいつは」とでも言いたげな怪訝な顔を浮かべていた。
好きな人ぐらい押してくれてたっていいのにな。気になるじゃんかよ。
カトリーナの反応からするに、記憶を読むにあたって俺の存在が邪魔をしているようだ。因みに俺は何もしていない。魔法は使っていない。
「私の魔法は人や場所の記憶や魂を読むことができる。強ければ強いほど魂は残存する……それを追えば追跡できる。追跡魔法を対策されている場合にはこれが使えると思う……先生、追跡魔法での捜査はした?」
「したわ。でも、使えなかった」
相手には追跡魔法の対策がされていたらしく、フィー先生ははぁと深く溜息をつく。現在の時点で犯人の目途は全く立っていない状況。分かることは、犯人がASET以上の隠密能力があることぐらいだ。
「私なら犯人を終えると思う。この人の多さだと時間がかかるかもしれないけど」
捜査が行き詰っている状況で勇者からの、しかも問題がいち早く解決しそうな方法を提示してくる。
「あなたの魔法は分かったわ、カトリーナさん。あなたにも街での捜査をお願いするわ」
「うん、よろしく」
これまで総司令官としてきたステファニー王女はこのチャンスを逃す人ではない。カトリーナの固有魔法が使えると判断したフィー先生は彼女に右手を差し出した。
そして、小さな勇者もその手を取った。
「姫様ぁ————!! どちらにいらっしゃいますかぁ————!!」
会場入り口から響いてきた声。同時にカトリーナは「あ」と単音だけ発す。
深夜の公園話したのがカトリーナのことなら、姫様はきっとカトリーナのことを指しているのだろう。
姫様を必死に探して叫んでいる男たちは、こちらに気づいていない。丁度木の影になっていた。
しかし、気づかれるのも問題。俺たちは別に困ったことがないが、困るのはさっきから俺の服を引っ張っているカトリーナだろう。
彼女は男たちを嫌そうな顔でちらりと見て確認すると、俺の手を取った。
「私とネルで探すから。そっちは2人でよろしく」
「えっ?」
「ちょっと待ってくれ、私も————」
リナの返事を最後まで聞かないまま、カトリーナは走り出す。カトリーナに引っ張られるままに俺は付いていく。思った以上に握力は強く、手を振り払えそうにない。
変な問題に巻き込まれそうな予感がする。
「ネル、転移魔法使える?」
「ああ、使えるけど?」
「なら、私を今すぐ抱っこして転移魔法で東口に飛んで。あの人たちは捜査の邪魔になるから、ここで撒こう」
「え? 分かった?」
訳の分からないまま、俺は小さなカトリーナを横抱きにすると、彼女は首に腕を回しぎゅっと抱きしめられ、ふわりと花の香りが漂う。女の子らしいいい香りが鼻をくすぐる。
そうして、俺たちは瞬間移動をし、「姫様゛ぁ————!!」と泣きじゃくって叫ぶ追手の男たちを撒いた。




