第67話 安心するの
転移魔法で東口に移動した俺とカトリーナ。
勢いのままに男たちを撒いてしまったが、本当にこれで良かったのだろうか。逆に大事になっていないだろうか。
大騒ぎの当人であるカトリーナ。俺が地面に下ろすと、彼女はふぅと息をつくと、額をぬぐう。よほどあの男たちが嫌だったらしい。
「なぁ、さっきのあれはなんだったんだ?」
「あれ? ……ああ、あの人たちのこと? 私のファンみたいな……信者みたいな……デリアがそんな風に呼んでた………どっちにしても嫌い」
「…………」
さすが勇者様。有名な姫君勇者となると、ファンクラブもできる。アイドル活動をしている勇者ならまだ分かるが、そんな活動を一切していないカトリーナもとは。
カトリーナは可愛いらしいし、天使のようにも思えるだろう。
しかし、当人はよほど嫌なようで、愛らしい天使のような顔を歪めていた。眉間に山脈のように皺が寄っている。お見合い相手以上に嫌っているらしい。
「私の従者……デリアって子もいるけど、あんな真似はしてこない。たぶんあれは義姉さんの仕業」
「義姉さん?」
「ともかくあの人たちのことは気にしなくていいよ………ネル、調査を始めよう」
「ああ、そうだな」
何やらカトリーナにも家庭事情があるようだ。気になるが、深く突っ込まれたくない様子。今聞くのは止めておこう。
そうして、俺たちは捜査のため街を歩いていく。目立たぬように地味な服に着替え、街を散策する観光客のようにふるまっていた。
「ネル、手を繋いで」
「え? なんで?」
「いいから」
カトリーナにそう言われ、真っ白な手を取り握る。その手は細く小さく力を入れてしまうとぽきっと折れてしまいそうだった。
「うん、やっぱりネルってすごいね」
「そうか?」
「うん、はっきりしてる」
もしかして、こいつ…………。
「なぁ、お前って…………」
「カトリーナ………ネルはカトリーナって呼んで。そっちがいい」
カトリーナは顔を近づけ、緑の双眼で見つめてくる。ねだるように迫ってくる。雪のように白い頬がほんのりと赤く染まっていた。
「お、おう、分かった………その、カトリーナは魔眼とかを持ってるのか?」
「魔眼じゃない。魂の形が見えるのもあるけど、声がメインだから……固有魔法を持っているって言った方が正しい。私の家系は私みたいな人が多い、よ」
「カトリーナの家…………モーレンス侯爵家か」
「そう」
カトリーナの生家、モーレンス侯爵家。
その家の者は全員何かに秀でて誕生すると言われている名の知れた名家だ。侯爵家なのでもちろん地位も権力もあるわけだが、それだけでなく軍や大学など優秀な人材を排出している。
何かに秀でているというのは恐らく固有魔法のことを指しているのだろう。中には持たない者もいるらしいが、その人はその人で世間ではかなり評価されている。天才、秀才家族だ。
カトリーナもまた勇者であり、固有魔法を持っている点も実にモーレンス家らしい。
「カトリーナは将来有望だな……あ、姫って呼ばれているのって家のことがあるからか?」
「そう。とっても嫌……ネルは普通に『カトリーナ』って呼んで欲しい」
「分かったよ」
カトリーナの名を呼ぶと、満足そうに笑うカトリーナ。黙っていれば人形のようだが、笑うと彼女も人間なのだと実感する。
「なぁ、カトリーナ。魂も見えるって話だけど、どこまでが見えるんだ?」
「その場に残存している魂が見える。生きている人はもちろん死んでいる人もね……」
「…………」
「怖がらないで。その場に魂があるだけで、基本は地に縛られてるから……体を乗っ取ったりはしない……と思う……うん」
「最後ので一層怖くなったな」
カトリーナの話によると、生きている人が強く感情を揺さぶられている時や、大きな願いや目的を持っている時などに魂の片鱗がその場に残存するらしい。ただし、時間が経てば経つほど薄れていく。
それがカトリーナにはオーラとして見えてる。強く残っていれば、魂の主の形すらも再現され見える場合もあるんだとか。基本的には声しか聞こえない。
心を読む魔法は存在するが、カトリーナの固有魔法はその比じゃない。過去と現在の魂の声も聞こえる。
故に人が多い場所では厄介な物へと変わる。
王都となると人も多く、魂も残存しやすい。かなり意識を集中させないと、オーラすらも他の物で入り混じって見える。カトリーナにとっては騒音になるのだとか。
俺がいればそれが解決できるようで、目をかっぴらいていて常にそうしておかないといけないのかと思うと、辛そうに見えるが、あたりを見渡すカトリーナの瞳はキラキラとハイライトが輝いていた。緑の瞳に色彩豊かな景色が映っている。
瞳孔が花形なのって変わってるよな……モーレンス家の人は皆こんな感じなんだろうか。
「ふふっ……ネルに触れてるとすごくコントロールがしやすい……なぜか全く分からないけど、嫌な悲鳴も聞こえないし、悪口も何も聞かずにすむ……すごく心地がいい」
「そうか」
いつもは騒音で苛まれているのだろう。無表情だったさっきとは異なり、笑顔がこぼれていた。俺と手を繋ぐだけで、カトリーナの助けになるのなら、いくらでも握ってあげていたい。
そうして、街を歩いていると、カトリーナが突然立ち止まった。
「ネル、ここに行方不明になった子の話をしてる人がいる……見えるよ」
「ここ……?」
カトリーナが指した場所は、大通りのど真ん中。何もない。地面に落ちてる新聞の切れ端しか見えない。それ以外に落とし物らしいものも一切なかった。
「分かんないよね……意識を同期できたらな……」
意識を同期、か。五感を同期させるそんな魔法があったような……ああ、思い出した。
「使ったことがないけど、試しに使ってみるか」
「え?」
視覚だけでも共有できればいい。それができれば、カトリーナの「見えているもの」が分かる。
『この子がエーサー学園のディアンナ?』
『ああ、要望通りかっさらってきたぜ』
男のような姿が見えるような………見えないような…………。
はっきりとは見えず、顔を判別できない。見た目からは男か女かも判別できない。
『こいつはかなり上物らしいからなぁ』
『へぇ……でも、意外と簡単に捕まえられたぜ? やっぱり、いいところのお嬢様は騙しやすいな』
ぼやっとしたシルエットの二人はくくっと厭らしく笑っている。分かりやすい悪党だ。
声質からは男だと思われるが……。
すると、カトリーナが横に首を傾げていることに気づく。
「もしかして、ネル、音も聞こえてる? 共有してる?」
「そうかも」
視覚だけ共有したと思ったのだが、聴覚も共有していたらしい。つくづく俺の魔法は調整が難しい。
「なら、試しに他の音も聞いてみる?」
好奇心を煌めかせる緑の双眼。じっと見つめるその目は、他の音を聞いた俺の反応が気になるらしい。カトリーナに問われ俺が頷くと、彼女の握る手がぎゅっと強くなった。
「いくよ……嫌だったら、私の手を離して」
「ああ」
繋ぐ手に意識を集中させる。その瞬間、音がどっと波のように押し寄せてきた。
『あの女なんて死んでしまえばいいのに』
『アハハ! あんなの噂に決まってるじゃない! あの子がギャンブルにハマるなんてあるわけないでしょ!』
『明日のご飯どうしようかな。やっぱりチキン南蛮かな……』
『あれ? なんで俺死んだんだっけ?』
『うぉぉ~~!! あれ、ネル・モナーだ! はぁ~、やっぱりいい男だ……俺の好みの子だ……よし、アイツを今日の夜のおかずに……』
おい! 最後のは誰だ! 俺をオカズにしようとしているやつはどこの馬鹿だ!
今すぐ出てこい! お前の息子を握りつぶしてやる!
おば様たちの陰口話から、しょうもない独り言まで聞こえてくる。話していたことだけでなく、その人たちの思いや死人らしき発言までもが耳に入ってくる。
過去から現在に至るまでの記憶と魂の片鱗が転がっていた。
さらに……。
『死ね』
『愛してる』
『消えろ』
『好きよ』
『殺してやる』
『消えないで』
————。
物騒な言葉と好意的な言葉が同時に押し寄せ、ぐわんぐわんと頭の中に響く。
「っ……!!」
「…………ごめん! 強くし過ぎた」
ツッコミをする暇もなく、全ての声が頭に絶え間なく響く。酔って吐気が襲い、俺はその場に座り込んだ。
カトリーナもすぐに魂の声を調整して音量を下げ、俺の背中をさする。申し訳なそうな顔を浮かべていた。
「ごめんね………大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
最後のは完全にホラーだった。絶対ヤンデレっ子の魂の声だ……女の声だったから、彼氏にでも逃げられて狂人ストーカーと化したのだろう。こんな広場で考えてるなんて恐ろしい……。
「……いつもこんな風に聞こえてるのか?」
「ううん、最近は調整もできるようになってきたから、今ほどではないけど……昔はこのくらい聞こえてた。だから、街は嫌いだった」
「大変だな……」
「そうだね。でも、ネルがいるとね————」
途端に何も聞こえなくなった。驚きで俺は顔を上げると、カトリーナがふにゃりと柔らかい笑みを浮かべていた。
「このくらいは調整できるよ」
無音だった。すれ違っている人はいるのに、少し離れた場所では中年の男女が大声でケンカしているのも見えるのに、その声すら聞こえない。音のない世界だった。
「魂の音もリアルの音も簡単に調整できる。だから、ネルと手を繋いでると安心するの」
「…………」
ただカトリーナの声だけは聞こえる。他に音がない分鮮明に聞こえた。
カトリーナの固有魔法をまとめると。
1、過去、現在に至るまでの魂の声が聞こえる
2、過去、現在に至るまでの魂の形が見える(強い魂のみ)
3、リアルの声も調整できる
3は厳密には別の魔法かもしれないが、カトリーナが声に関する固有魔法を保有すると考えていいだろう。
ただし、俺の魂は例外だ。声も形も分からない。
距離が近ければ近いほど、カトリーナは相手の心を読むことができる。それが彼女の生活へ影響を与えていた。できる限り外出はしない。学校も声が調整できるまではまともに行けなかったという。
もちろん、友人はおろか恋人もできない。きっとお見合いをしたおっさんの魂の声も聞こえていただろう。
ただ俺だけは、隣にいても何も聞こえてこないらしい。それはそれで怖くないかと聞いたのだが…………。
「ううん、全然。むしろ安心する………ネルは私を襲うなんてことないでしょ?」
だそうだ。随分と信頼されていた。
そうして、聞こえた魂を起点に男たちの痕を追っていたのだが…………。
「ここで消えてる……」
「ああ、何も聞こえないな……」
最初こそ見えた魂の片鱗。だが、途中から薄まったのか見えなくなり、音だけになり、遂にここで消えていた。他の人物に女生徒を預けたのか、はたまた転移スクロールでも使ったのか。
カトリーナが認知できないということは、かなり離れたのだろう。後者の可能性が高い。
「街から出たとなると……」
「うん、魔王領域は難しいと思うから、王都周辺にいると思う。犯人たちが転移で大移動ができても、誘拐した子たちがいるし、大きくは動けないと思う」
「だよな」
その後も日が暮れるまで調査を行ったが、痕跡は見つからない。
結局、俺たちはその日の調査を諦めた。
★★★★★★★★
「ふふっ」
俺と向かいに座り、蕩けるような笑みを浮かべているカトリーナ。彼女は頬に手を添え、幸せそうにもぐもぐ口を動かしていた。
今日の調査を終え、帰ろうとした俺だったが、カトリーナに「今日は疲れたから食堂に生きたくない」と言い出した。
調査を終えたのに手を離さないカトリーナ。彼女の言葉からくみ取り、個室のあるレストランへと入っていった。
できる限り顔を隠し、見られないように注意するカトリーナ。勇者として知られている以上、かなり用心していた。
幸い誰にもバレることなく、個室へと入りご飯を食べている。
「ネルとのご飯は美味しいね」
「そうか?」
メミも同じようなことを話す。確かに一人で食べるよりも、誰かと食べた方が楽しく、不思議と美味しく感じる。
「何にも考えなくてもいいから、凄く気が楽」
「…………」
調整できるようになったとはいえ、時折相手の本心が聞こえてくることがあるのだろう。変な気でも起こされていたら、食事も確かにまずくなる…………相手が下心しかないおっさんなら特に。
「やっぱりいつもは楽しくないのか?」
「うん、あんまり楽しくない……家でのご飯は特に…………でも、今はすごく楽しい」
「それは良かった」
「ネルもいっぱい食べてね。私が払うから」
「いや、ここは俺だろ?」
「いいから、いいから。たくさん食べ、て………?」
カトリーナはサイコロステーキ一つをフォークで刺すと、俺の口元へと近づける。どうすればいいのか悩んでいると、カトリーナから無言の圧を感じた。食べろと言うことらしい。
俺は正直に口を開け、いただこうとしたのだが。
「残念、時間切れ」
サイコロステーキは逃げていき、カトリーナの口へと放り込まれる。意外と意地悪だ。
もぐもぐとサイコロステーキを堪能し、ぱぁと笑うカトリーナ。花を咲いてる……眩しいな。可愛い子が楽しそうにご飯を食べてくれるのってこんなに嬉しいんだな。
モーレンス家がどういう家なのかは知らない。その特性を知っているだけだ。だが、彼女の様子から察するに、固有魔法だけではない複雑なものもあるのだろう。
家は複雑、外では『姫』と呼ばれ、距離を置かれる。近づく者は見た目は普通でも、中身は厭らしい。固有魔法のこともあって、きっと孤独であったに違いない。
彼女と会うのはこの大会期間だけだ。せめて、いい時間が過ごせるようにしよう。
食事を終え、俺たちはできる限り身を隠しながら店を出る。他愛のない話をしながら公園を歩く。学生たちがホテルに戻る時間から少しずらすためだった。
女子のフロアの階で止まり、カトリーナだけが降りる。男子は違うフロアに部屋があり、俺はエレベーターに留まり、カトリーナに小さく手を振った。
「明日も頑張ろうな、カトリーナ」
「うん。おやすみ、ネル」
「ああ、おやすみ」
扉が閉まる瞬間まで、カトリーナは嬉しそうに、だけど少し名残惜しそうに手を振っていた。




