第65話 多発だよ! 誘拐事件!
七星祭———ザ・セブンと呼ばれる七大学園合同に開催される祭りだ。それぞれ学園から代表者を選出し、王都を会場として試合が行われる。
対戦者は学年ごとに分かれ、各学園ごとで試合結果に応じて点数が加算されていく。試合の中にはチーム戦と個人戦があり、戦いだけでなく、頭脳戦や広大な敷地を使用したアドベンチャーレースもある。
もちろんアドベンチャーレースについては魔法使用が許可されており、むしろ魔法無しではクリアはできない試練もある。
という風に試合内容は様々で大会当日までどの競技が行われるかは分からないし、対戦相手も明かされないまま。今先ほどようやく内容が解禁されたところだった。
「なので、チーム戦では基本的には俺とアスカ、ラクリアで行こうと思う」
「そうだな。リコリスは止めておいた方がいい」
「ええ、リタイアする確率が上がってしまうわ」
「むぅ……みんなして口を揃えて言わなくてもいいじゃない」
俺たちにチーム戦には向いていないと言われ、すねるリコリスだが、「個人戦は一番最初に絶対出場するから! 異論はないでしょ!」と言って準備体操を始めていた。
『ここに宣言するワ~!』
あの男(?)って確か最近見つかったっていうアリオトの勇者だったよな……名前は……。
『エーサー学園デイヴィッド・モウチュカよ~ん!』
ああ、そんな名前だったな……やっぱり勇者なのか。
どこにいてもすぐに見つけれそうなビビットパープルの髪に、落ち着いた灰色の瞳、くっきりとした顎のライン、どこからどう見ても男なのだが、仕草と口調が女性的だった。
奇妙にくねくねと腰を動かしている。
独特な選手宣誓を見る限り、アッチの気がある人なのかもしれない。くねくねと体を動かしていた。体はムッキムキに鍛え上げられていた。表世界に戻ってから事故で変身したおっさんリコリスの姿を思い出す。
開会宣言をしたお偉いさんのかつらが飛んでいったことを忘れさせるほど、猛烈な印象を残していったモウチュカ先輩。
彼……いや、この場合は彼女と言った方がいいのか? ひとまず彼と呼ぶが、彼モウチュカは、一礼しくるりと回って元の場所に帰る途中、ちらりとこちらに視線を向けてきてウィンクをしてきた。
なるほど……相手も俺のことは把握済みってことか……そりゃそうだよな、新聞の一面に載ってしまったのだから。
開会式が終了し、早速試合が始まっていく。例年、初めの試合は2年生かららしく、ゼルコバ学園の先輩たちも壇上へと上がる。
「ネル、久しぶりやな!!」
「魔王を倒したんだってね。良かった、ようやく勇者として動き始めたんだね」
背後から声をかけてきたのは、橙髪の男子と青髪の男子だった。正反対の髪色だけど、顔立ちはそっくりな双子の勇者、カイ先輩とヨウ先輩だ。
「先輩方、お久しぶりですね」
「元気そうで何よりだな! ヨウの言う通りお前、勇者として仕事を受け始めたんやな! 1人で受けるとはえらかったなぁ!」
「いや、あれはたまたまというか、流れで倒すことになったというか……」
変態じじい幹部こと魔王軍幹部ライナス・ブレゼットを倒すことになったのは、リナの姉セス・ユウキを助けるためだった。
敵が魔王軍幹部なくとも、俺たちも酷い目にあったの殴りたくってあの時は流れるままに戦ったのだ。
相手がたまたま魔王軍幹部であっただけ。俺は勇者としての自覚などないし、これからも勇者として動くことは余程のことがない限りしないだろう。
「まぁ、同じ勇者同士、試合も気張ろうな! 対戦相手になったら本気でかかってこいや!」
「手加減はいらないからね。ネルの健闘を祈ってるよ」
そうして、嵐のように騒がしいカイ先輩と凪のように落ち着いているヨウ先輩と別れ、ゼルコバ学園生徒専用の観客席へと向かおうと、人の間を抜けながら廊下を歩いていく。
俺とは逆の方向へ歩いていく人たちは、これから出場する選手だ。学園ごとにデザインが異なるユニフォームを着ていた。
今日の試合で俺の出場はなかった。出場する生徒は待機室で準備を行うことになっているが、今日1日は観客席で過ごすことになるだろう。
「フィー先生、なぜこんな所にいらっしゃるのですか? 本来のお仕事はよろしいので?」
フィー先生ことステファニー王女殿下は、本来に座って観覧することになる。陛下や后たちはすでに着席済みだ。
なのに、彼女がここにいるということは……。
「君に用があってきたんだよ」
「…………」
てっきり生徒たちのサポートをすると思っていたのだが、先生としてではなくASET司令官としていらしたらしい。
また面倒事に巻き込まれるのでは……。
俺は即座にフィー先生に背を向け歩き始める。
が、すぐに手を掴まれ引き戻された。
「それ、俺じゃないといけませんか? ここには俺よりもずっと優秀なわんさか勇者さんがいらっしゃいますが」
内容が内容なのでぐっと音量を抑えて話す。
「うん、君じゃないとダメだね。ASETを知る人間じゃないとダメだから」
「それだったらリナはどうですか? てか、今日のスタッフにASETらしい人いますよね? 絶対いますよね」
「あの人たちはあの人たちで仕事をしてるから」
「俺も選手ですることがあるんですけど」
「今日は出場予定ないでしょ? 暇でしょ?」
ああ、この人全く引く気がないな……何が何でも俺を巻き込もうとしてくる。こちらのスケジュールは完全に把握しているらしい。
手を離してくれる気配もないので、渋々諦め先生の方へ向き直る。
「……それで先生が何用ですか?」
「ここでは話せないから、場所を移動しよう」
というわけで、人気のない会場外へと移動。さらに遮断魔法をかけ声を聴かれないように念入りに対策をした。
「簡潔に伝えるわ。今回の七星祭で行方不明者が出ている」
「行方不明者?」
まだ開会式があったばかりなのに?
「ええ、開会前からフェグタ学園から1名、アリーカ学園から1名、そして今日の午前中だけで3名の行方不明者が出ているわ。幸い我が校からの行方不明者はいないのだけれど……」
「つまり行方不明者を探し、その犯人を捕まえろ、と?」
「そうよ、理解が早くて助かるわ」
「…………」
目的を即座に理解した俺に、フィー先生は満足したかのようにコクコクと頷く。
そんな先生に、俺は目を細める。
「フィー先生」
「なあに?」
「そういうのは! 俺じゃなくって! 警備警察に言えばいいでしょうが!」
絶対俺がすべきではない案件だ。あまりにも事が大きすぎる。
「警備警察には連絡済みだけど、観客、選手の不安を煽って試合中止なんてことにはしたくないし、犯人はそれが本当の目的かもしれない。だから、中止はさせずに捜査を隠密に行ってもらっているわ」
「なら、何で俺に……」
「私の直感ではあるけど、どこかおかしいのよ」
フィー先生曰く直感的にただの誘拐事件と思っているものではないらしく、今上げられる理由としては、狙われている相手が決して弱い相手ではないこと。
行方不明となった者は全員選手であり、各学園での戦いに勝ってきた強者ばかりだ。なのに、その子たちが静かに誘拐されているのには違和感を持つらしい。
「中には実践経験のある子もいるの。どう見てもただの魔導士による誘拐事件だとは思いにくいわ」
「犯人も1人じゃない可能性もありますね」
「ええ。そこで優秀で静かに立ち回れそうで今日は暇そうなネルくんに捜査に協力して欲しいのよ」
「…………」
いつもならすぐに断るところだが、今回は人の命がかかっている。場合によっては、今行方不明者が苦しんでいる、最悪の場合死んでいる可能性がある。それを無視できるほど無情な人間ではない。
「なるほど、それで私も呼んだのですね」
見知った声が聞こえ振り返ると、リナが立っていた。滑らかな水色の髪を後ろでひとまとめで結い、ポニーテールで試合服の上に白のパーカーを着ていた。随分とラフな格好だった。
「お前、試合は終わったのか。早いな」
「ああ、無事勝ったぞ」
「そうか。おめでとさん……それで、お前がここに来たってことは……」
「私も捜査に協力する。休みを貰っていたが、今は緊急を要するから一時的にASET復帰だ」
さすがに俺1人では何かあっても責任は取れないしな。リナがいれば司令官様との連絡も取れやすい。
「分かりましたよ、フィー司令官様。協力しますよ。さすがに試合の時は捜査はできませんが」
俺は両手を上げ、降参したように手をひらひらと振る。これ以上トラブル事はごめんだが、人殺しを無視するほど冷血な人間じゃない。さっさと問題事は片付けてしまおう。
俺の単独行動でもいいが、リナと一緒に行動した方がいいだろう。場合によっては、彼女も攫われることになる。今回はツーマンセルの方がいい。
「なら、私も手伝う」
「え?」
振り返るといたその少女。
雪で作られた精巧な人形のような白皙白髪の少女。朝露に濡れ、太陽の光に照らされた葉のように鮮やかな緑の瞳。触れれば折れそうな細い手足。
「昨日ぶりだね、ネル」
彼女の声は昨日の夜出会ったあの少女の声と同じもの。氷が解けるようにふにゃりと笑う彼女は天使のよう。天使様は俺のことを覚えているようだった。
ユニフォームからするにオブトゥサ学園の子。こんな幼い少女が学生なのだろうかと思うが、飛び級したアスカがいることだし、在籍していてもおかしくはない。
少女は淑女のようにスカートの裾を持ち軽く上げるような仕草をし、頭を下げ名乗った。
「オブトゥサ学園1年カトリーナ・モーレンス——ドゥーベの勇者として捜査に協力させて」




