第64話 またね、アルカイドの勇者さん
出発は翌日だというのに準備を忘れていたリコリスたち。
親切な所が取り柄な俺はできる所は手伝った。少しぐらい感謝されてもいいのに、リコリスは『あんた、下着でも見たかったんでしょ』と半眼で見てきた。衣服には触れていないというのに…全く大変失礼な物言いだ。
俺は下着を見る目的で手伝いをしていたなど断じてない。明日無事に出発できるようにとてつだっただけのこと。
だから、メミよ。兄に下着を見せるのは止めてくれ。その紐みたいなセクシーすぎる下着は兄としてどうかと思うぞ。見せないでくれ、お願いだ。
そうして、次の日には無事出発。ゼルコバ学園1年生代表として、七星祭会場となる王都へと向かった。
出場する選手の宿泊場所は決められており、俺たちは他学年代表とともにホテルへ到着。ラウンジに入ると、他の学園の生徒の姿で溢れかえっていた。
高級感溢れるVIP御用達のホテルだったが、入ってみると思っていた以上に混雑しており。
「人が多すぎじゃない!? 私押しつぶされちゃうわ!」
「リコリスはまだいいじゃない! あたしなんて踏みつぶされちゃいそうなのよ!」
と揉みくちゃにされていた。生徒だけでなく、祭りを観覧しにきた客もおりそのせいでこの人の多さとなっているらしい。全く運営はどうなっているのか。
溜息をついている暇もなく、必死に自分の場所を確保するので精一杯。
人が多すぎて空気も薄くなってきているような……。
「リコリス、もう少しあっちに行ってちょうだい!」
「無理よ! ネルがもう少し詰めてよ!」
「これ以上は無理だ、その狭さで諦めろ」
「Oh、試合の前に潰れちゃうYO……」
「そうだな……フライパンなんて持ってくるんじゃなかった」
おい、リナ。今フライパンって言ったか? 全く、料理にハマってるからって七星祭に何を持ってきているんだ……。
「ああ、もう嫌! 私の荷物、ネルに預けるわ! 浮遊魔法で外に行ってるから! 鍵を貰ったら、お迎えに来てね!」
「『預けるわ!』じゃねえよ。何お前だけ楽になろうとしてるんだ。逃がさねぇぞ」
「なぁっ!? ネル、手を離して! ここにいるもう耐えられない! 人間臭すぎる!」
一人先に楽になろうとしたリコリスの手を掴むと、リコリスはジタバタと暴れ出す。仕方ないのでリナ特製の飴ちゃんを口に突っ込むと、「美味しいわ! これMAID BY リナの飴ね!」と急に大人しくなった。
はぁ……単純すぎる悪魔だ。子どもを相手してるみたいだ。ほんとあの裏世界で一人暮らしをしてきたのが信じられないくらいに……。
しかし、ラウンジは変わらずバーゲンセール並みに押し詰めになっており、一旦外に出ようにも出られない。
「姫様! どこに行かれるのですか!」
「…………どこでもいいでしょ」
「よくありません! 我々はあなたの護衛の身。せめて一緒に行動を……」
「ついてこないで」
どこからかそんな声が聞こえてきた。どうやら一人の少女と護衛?らしき男たちが言い合っているようだ。
人込みに呑まれているせいで全く姿は見えないが、少女のことを「姫」と呼んでるあたり王族か?
王族となれば、ロザレス王国の王族、つまりティファニーかステファニーとなる。が、不愛想な声はその二人ではない。俺の知らない所に王族の女の子でもいるのだろうか。それとも親族?
辺りを見渡すも、人、人、人……お、あのお姉さんの胸随分と大きいな……あれで動くんだろ、すげぇな……おっとこれ以上は見てはいけない。お姉さんが熱い目で睨んでるな。ガン見して悪うございました。
結局、周りは人だらけでどの子があの少女なのか分からなかった。
「ネル! 何ぼっーとしてるの! 部屋のカードがもらえたら、さっさと部屋に行くわよ!」
「お、おう!」
アスカに呼ばれ、ようやく道が開けたことに気づく。
そうして、少女の姿を見ないまま、俺は部屋へと向かった。
★★★★★★★★
リコリスたち女子組と別れ、俺は男子フロアとなっている階へと向かい自室に行った。明日の準備をし、スケジュールもチェックし、布団に入ったのだが。
「…………寝れないな」
全く眠れられなかった。
いつもなら気絶したのかと誤解されるぐらい、数秒で眠れられるのだが、今日は目がガンガンに冴えまくっている。
それもこれもこの前の王女様の話のせいだろう。
王女自身が神であることを告白され、尚且つ死んだ後に神にならないかスカウトまでされた。王女様の冗談だと思いたいが、彼女の瞳を見ると嘘をついているようには到底思えなかった。
だからこそ厄介。俺はただ平穏に……少しスリルはあってもいいと思うが、窓から差し込む日光の温かみを感じ、椅子に揺られながら読書に浸るというご隠居生活を送りたい。
いつまで経っても眠れる気配がないので、俺はジャケットを取ると静かに外に出た。
静まった街を歩いていく。街灯は静かに石畳の道を照らしており、ゼルコバ学園よりも寒く感じた。
趣くままに歩いていると、公園を見つける。真夜中なので、人はいなかった。
白い月が出ており、あたりを月明かりで照らしてくれていた。
…………ここから、街を一望できるのか。いい景色だな。
見晴らしの良いベンチへと腰を掛けると、ふぅーと息をついた。やはり王都だけあって、ゼルコバ学園周辺よりも明るい。
「ここからの景色、いいよね」
突如聞こえてきた声。この声、どこかで聞いたことのあるような……。
横を向くと、子どものような小さな人が隣に座っていた。見知っている人なのだろうかと気になったが、フードコートを着ているせいで顔は見えなかった。
随分とぶかぶかコートを着ているが、袖から見える手は小さく幼子のよう。夜で暗く本来の色は分からないが、ちらりと見えた肌は雪よりも白く見えた。
「ああ、本当に綺麗だな」
王都はゼルコバ学園とそれほど離れていない。しかし、王が住まう場所はやはりゼルコバ学園周辺よりもずっと栄えている。
ほとんどの者が眠りについている時間だが、街の一部はまだ昼のように明るい場所があった。あそこはきっと飲み屋や、大人たちがにゃんにゃんする場所なのだろう。
多少興味はあるが、俺たち学生が行くことは禁じられていた。あと数年は表立っては通えない聖地だ。
「君、ネル・V・モナーだよね」
「俺の名前、知ってるのか」
「うん、ロザレス王国でネルを知らない人はいないもの」
「そういうあんたは誰なんだ?」
「……ただの学生だよ」
「へぇー、“ただの学生”ね……」
「……本当にただの学生だよ。私はしがないただの学生だから」
うーん……その回答はただの学生ではないことは確かだと思うのだが。
まぁ、ここは触れないであげておこう。
「それで? その”ただの学生さん”がなぜこんな寝静まった夜更けに、公園にいらっしゃるんですか?」
「それは……ちょっと1人になりたくなったから」
やはりこの子、ただの学生じゃないな。
どこかのお偉いさんの子女とかだろ。もしや令嬢か?
でも、1人に、か……そうだよな。
令嬢だったら、従者が常についているし、学校でも友人がずっとついているだろうしな。
「私、いつも人に囲まれてるから」
「ほぅ、自慢ですか」
「自慢じゃない……あの子たちがいっつも私にかまってくる……本当は静かに過ごしたいのに」
「あー、分かる」
勇者のことは誰か他にしたい人に任せて、俺は普通の学生生活を送りたい。
正直、今住んでいる場所の平和さえ守られれば、南部での魔王軍との戦争だってどうでもいい。
他の人には冷たいと言われようが。
「今日だって、お見合いを受けたら自由だって言ってくれたのに……大人しくお見合いを受けたのに……なのに約束通り離れてくれなかった。しかも相手はまたおじさんだった、最悪」
こんな幼女のような娘におっさんとは……そのおっさんは気色の悪いロリコンなのは確定だが、親御さんもヤバいやつだな。普通嫌がるだろうに。
「お見合いか……その年でお見合いなんて大変だな。婚約はまだってところか?」
「うん、婚約なんて全然興味ない。でも、お父様が永遠と話を持ってきて、さらに相手は全員おっさんで……もう、うんざり……」
「それは……お疲れさん」
少女は子どもには似つかない、深く長い溜息を零した。
興味のない、しかも親の方が年が近いかもしれない相手からの婚約話やお見合いなんて嫌だろうな。この子が長い溜息をつくのも分かる。
全くこんな小さな少女におっさんしか持ってこないなんて、親はどういう神経をしているんだ?
「本当は平穏に静かに暮らしたい。誰にも注目されずに、静かにそっと……ずっと人の目があって疲れる」
「あー、それは分かる。四六時中注目されてたら、何をしても疲れるよな。それで、あんたはここに来たと」
「うん、そう……さっきから、ネルが分かり切ったような返事をしてると思ったけど、ネルも有名人ってこと忘れかけてた。やっぱり、ネルも疲れてる?」
「最近はそうだな。妹がいるから、話しかけられはしないけど、視線は昔より感じるな」
「そっか、ネルも一緒だったんだ」
そう言って、少女は嬉しそうにニコリと笑う。
口元しか見えないその笑みは誰かに似ていた。
……この子、どこかで見たことがあるような。
誰かに似ているような。
「私ね、ネルのこともっと怖い人かと思ってた」
「え、俺が怖い人?」
「うん。だって、幹部の城に1人で乗り込んで倒した勇者だから。物騒な人になっちゃったのかと思ってた」
あー、そういえば、そうだった。
事情を知らない人からすれば、強くて物騒な勇者だもんな、俺。
「って、待て。俺あの時メラクの勇者って名乗ったはずだが?」
「? 私は……アルカイドの勇者が幹部を倒したって新聞で見た、よ?」
「…………」
そう言えば、メラクの勇者と名乗ったのは魔族相手。相手が死んでしまえば意味がない。噂を広めてくれることを願ったとて、相手はすでに口を持たぬ屍だ。
ならば、誰が広げるか。変態幹部ことライナスを倒した後、俺たちは学園と戻った。
『ねぇ、ラクリア聞いてちょうだい! 私たちね、魔王軍幹部を倒したの!』
どこぞの悪魔女が叫んだ。俺たちを出迎えてくれた生徒全員に聞こえる大音量で。
その後、俺の本当のレベルがバレて、例の新聞記事が作られた。これでもう分かっただろう。
ああ……どうかメラクの勇者に名前を借りたことがバレませんように。
「ほぼ単身の状況で魔王城に乗り込むなんて野蛮な勇者なんだなと思ってた……でも、今はネルとは仲良くなれそうな気がする…」
「そうか。それはよかった」
学生……街歩きに慣れているあたり王都のオブトゥサ学園の子か、それとも王都出身の他の学園の子か。
俺が勇者であることを知ったうえで話しかけている以上、少なくとも一般人ではなさそうだ。
「あんた、名前は?」
「さぁ、ね?」
「『さぁね』って……名前ぐらい教えてくれもいいじゃねぇか」
「ふふっ……大丈夫。今知らなくても、いつか分かると思う」
それって自分が有名人ってこと自覚しているじゃないか。
「またね、アルカイドの勇者さん」
「…………俺は別に勇者じゃない」
否定するが、相手は鈴なりのようにコロコロ笑っている。
「ふふっ、またね。ネル」
「ああ、またな」
少女は顔を見せることはなく、名前を口にすることもなく、小さく手を振り、去っていく。
月下で舞う彼女は精霊のようだった。
「不思議な子だな……」
こんな真夜中に突然話しかけられれば、普通なら警戒するところ。しかし、彼女に殺意などといった物騒なオーラを感じなかった。俺は不思議と警戒心を解いていた。
なぜだろう……そう遠くないうちにまた少女に会える気がした。




