第63話 殺人料理
「はぁ? 神様?」
「ええ。別に今すぐにってわけじゃない。いつか君が死んだ時、その後に神様となって世界を見守っていてほしいの」
「死んだ後に神になるってことか?」
「そうよ」
これは……何かの冗談か?
しかし、ティファニーの瞳はあまりにも真っすぐでからかっているようには見えない。口元は変わらず笑っているが、どちらかというと本気の目だ。
「別に今すぐに決めなくてもいいわよ。君が死んだ後にもう一度聞くから」
「いや、俺は神になんてなる気ないし……」
「焦って答えを出さなくてもいいわ。ちゃんと考えてもらって、死んだ時に返事を貰うわ。私がこうして、生きている人間にスカウトするのは珍しいことだから。誇っていいわよ」
「はぁ……」
肩をすくめ思わず深い息をつく。
ティファニーはどこか期待するような瞳でこちらを見てくるが、期待されても死後のことなど今すぐには考えられない。
どんな奴だってそうだと思うが、神になるなんて、そんな現実味のない話を急に振られても、「はい、なります!」「もちのろん!」「OK! 死んだらなりまっせ!」と元気よくは答えられない。返答できるやつは、よほど先を見越してる人間か、何も考えていないバカぐらいだ。
ちゃらんぽらんなリコリスなら即答しそうなものだが……アイツのことだ。『はぁ? 悪魔が神になんかなるわけないでしょ? 変な事聞かないでよ!』となぜかキレるのがオチだな。
勇者の件といい、この死後の神就職といい、なんでこんな面倒事がくるのやら……。
結局その日の俺は「はい」とも「いいえ」とも答えずに、神様(仮)王女様と別れたのだった。
★★★★★★★★
「ネル先輩! ようやく見つけましたよ!」
学園に戻るなり、そんな声が聞こえてきた。吸い込まれそうなライムグリーンの瞳をキラキラと輝かせ、校舎から全力ダッシュで走ってくる女子。彼女は大きく手を振っている。
彼女の一歩一歩は他の誰よりも大きく、男子よりもずっと広い。それもそう、190㎝を超える高身長女子だった。
「先輩! マッチャ・メガネ先生の新作が出ましたよ!」
高身長女子こと、ブレアは最近できた後輩ちゃんだ。後輩と言っても学年は同じだが、年齢的には下。いわゆる飛び級だ。
読書好きな俺は図書館に出入りするのだが、その時に会い、本の趣味も似ていることもあって、意気投合。以来、会った話す仲になっていた。
俺たちのブームは、最近はやっているマッチャ・メガネ先生の作品だ。
異世界を舞台にした話が多く、ほのぼのとする日常系の話からスリル感満載のアクション話まで幅広いジャンルを書く先生だった。
先生の作品の中で好きなとあるシリーズがあるのだが、俺とブレアはその新刊が出るのを、今か今かと待っていたのだが、それがようやく発売されたらしい。
「ブレア、嬉しいのは分かるが、まずは落ち着け」
後輩とはいえこんなに女子に近寄られたら、ドギマギしてしまう。俺はブレアの肩を掴むと、そっと体を離した。体格も大きく、力もあるので強く押さないと、離れるどころか押し倒されそうになっていた。
絹糸のような白銀の髪は長く、後ろで軽く一つに結っているブレア。胸は慎ましく、楽しさのあまりついつい忘れてしまいがちだが、彼女は女子だ。適度な距離を保たなければ、リコリスたちにセクハラ疑いをされてしまう。全くもって面倒だ。
でも、付き合うのならこういう元気があって、趣味も合うような子がいいなとふと思う。
「これが落ちていられますか! 先輩の分も買ってきました! 一緒に読みましょう! 読み終えたらぜひ語り合いましょう!」
ブレアは純粋無垢な瞳でこちらを見つめ、もう一冊の本を押し付けてくる。勢いで倒れそうになったが、受け取るとブレアは離れ、ふにゃりと柔らかい笑みを零した。
ああ、天使がここにいる。
俺よりも体格のいい天使だけど————。
「ありがとうな、ブレア。でも、悪いな。明日は学園を出発するんだ」
「ああ、そうでした……先輩は代表でしたね」
「そんな落ち込むなよ。本を読む時間ぐらいはあるからさ、俺が戻ったら疲れるまで話そうぜ」
子犬のようにしゅんとしたブレアだが、大会終わりの語り合いを約束するとパァと顔を輝かせた。眩しい、眩しすぎる。うん、天使よりも可愛いわんこだな。撫でたくなる。
反応が分かりやすすぎて、見えないはずの尻尾が見える。ぶんぶんと横に振っていた。
リコリスたちにもこのくらいピュアな所があったらな……。
「先輩、頑張ってください!」
「おう!」
残念ながら彼女とはクラスは違うし、今回の大会の代表でもない。彼女と会う機会は限られているが、大会が終わるまでには本を読み終え、語り合いたいと思った。
★★★★★★★★
自称女神の王女様と現実味のないお茶会を終え、大型犬後輩ブレアと別れた後、俺はいつものようにアスカの研究室に向かっていた。
「ただいま……ってあれ?」
珍しくキッチンが騒がしい。無人の研究室の奥へと進み、キッチンをそっと覗いてみた。
見ると、いつものメンバー、リコリス、アスカ、ラクリア、メミにリナがいた。甘い香りがしているので、きっとお菓子でも作っていたのだろう。
リコリスとアスカ、ラクリア、メミは普段通り制服姿だったが、リナはエプロン姿で立っていた。調理したのはリナのようだ。
覗いているとこちらに気づいたのか、リナが振り返った。
「ネル、帰っていたのか」
「ああ。王女様を相手にするなんて本当に疲れる。もう王城はこりごりだな」
そう言うと、リナはフッと笑みを漏らす。彼女もまた俺と王女たちの関係を知る者。普段から第1王女に振り回されているリナもこちらの苦労を理解したのだろう、彼女はさっと俺の前に籠に入ったマドレーヌを差し出した。
「ネルのために作ってみたんだ。どうだ、食べてみないか?」
「おう、いただこう」
最近のリナはお菓子や料理を作っては俺にくれるようになった。ことあるごとにお菓子を作り、俺に餌付けさせる。
もしかして、俺食いしん坊とか思われてる? そこまで食い意地はないんだけどな……美味しいからいいんだがな。
リナの菓子は絶品であり、普通にお店を出してもいいぐらいのものだった。俺に渡してないでお姉さんと出店でもしたらがっぽり稼げそうなもんだ。今度そういう提案でもしてみようか。
アイランドキッチンには香ばしく甘い匂いが広がっていた。流しに使用済みのボールや器はなく、机の上には花柄のお皿だけ。随分とリナは手際がよくなったと思う。
因みに、このキッチン部屋は最近アスカが増設した部屋だった。話を聞くに、リナから所望したらしく、珍しいお願いだったので叶えてあげたらしい。友人のお願い一つで部屋を作ってしまうアスカもアスカでやはりとんでもないやつだ。
「やっぱりリナのお菓子は美味しいわね。キッチンを作らせて正解だったわ」
「ありがとう、アスカ。おかげで料理は上達しそうだ」
「本当に上手くなったわ……前は何か分からない化け物が生み出した謎の液体ばかり作ってたものね」
「そうなのか?」
アスカは遠く昔のことを思い出すかのように、目を閉じながらこぼす。
「ええ、正直料理は全く上手とは言えなかったわ。むしろ化け物を生み出せそうな不気味な色をした物体だったわよ」
それは意外だ。少なくとも俺が見てきたものは、しっかりと菓子の形をしたものだった。化け物を生み出せそうなって余程酷いものだったのだろうな……。
「臭いだけで人を殺せそうだったし……現にセスは倒れてたし……あたしがいなかったら、殺人料理のままだったでしょうね」
「ア、アスカ。それ以上は……」
「でも、リナったら、練習は諦めないと一点張りでね。『ネルに食べさせたい』とか何とか言って練習を止めなかったの」
「…………リナさん、今のどういう意味です?」
静かにマドレーヌを頬張っていたメミがぎろりとリナを睨む。
「あ、えっと、これはな、日頃ネルには世話になってるし、ね、姉さんの件もあったし……ほら、恩返しだ! 日頃の感謝の気持ちを込めて作ってるんだ!」
「なるほど、そうですか。それは安心しました。てっきりリナさんが兄様のことを……」
「そ、それは違う! 断じて違う!」
何を否定しているのかさっぱり分からないが、こうもはっきりと断言されるとなんかショックだな……リナ、俺たち友達、だよな?
打ち上げパーティーの時には約束したし、契約上の関係とか言わないよな?
「へぇ~~、そうなんだ。あたしはてっきりネルのことを————」
「アスカは黙ってくれ!」
「FOOO!! やっぱりリナのお菓子は絶品だYO!!!!」
茶化すアスカに、目を細め睨むリナ。さっきまで黙ってむしゃむしゃとマドレーヌを食べてたのに、突然人間であることを思い出したかのように、感想を叫ぶ変人令嬢ラクリア。
ああ……今日も今日とて騒がしいな。ここは。
それにしても、こいつら随分と呑気にしているが……。
「お前ら、明日の準備はできたのか? 明日王都へ行くの分かってるよな?」
「「「「「あ」」」」」
おい、忘れてたのかい。




