第104話 穏やかな朝
「ふふっ……おはようございます、兄様」
窓から差し込む朝日。遠くから聞こえる小鳥のさえずり。そして、近くから聞こえた甘い声。
目を閉じていても声の主は分かる。
自分を「兄様」と呼ぶ人は一人しかいない。
「ん。おはよう…朝早いなメミ」
「はい! だって今日は兄様の誕生日ですから! お誕生日おめでとうございます、兄様!」
さぞ当たり前のように一緒に布団に入っているメミ。彼女はニコニコの笑顔を浮かべていた。
…………さすがメミ。
朝から祝ってくれるとは抜かりがない。
今日は俺の誕生日。祝日で学校も休みなので、俺たちは帰省していた。そのため、こうしてメミが俺の部屋にいるというわけである。
まぁ、メミなら男子寮であっても、俺の部屋に来そうなものだが……。
幼い頃はメミとよく一緒に眠っていた時のことを思い出す。雷が鳴っていると怖くて眠れないって言って俺の布団に入ってきていたな。
あの頃は可愛らしい妹だった。
今はラスボスを一人で倒してしまうような頼りがいのあるゴリラ魔導士になりつつあるが。
「ありがとう…朝から祝ってくれるのは嬉しいんだが、ちょっと布団から出てもらってもいいか?」
「私が入っていた方が温かいと思いますよ。せっかくなので今日は兄様の部屋でゴロゴロしませんか? あ、朝ごはんはもう持ってきていますので、一緒に食べましょう」
「朝ごはんはここで食べてもいいし、俺的にはゴロゴロといいかなぁとは思ってるけどさ……」
「では!」
「でも、親父が張り切ってパーティーの準備をしてるからな……一日中ゴロゴロは無理だぞ」
「む~」
カトリーナのことがあってからか、メミはやたらと俺といたがる。
何かあれば、『兄様!』だ。
この前はずっとリコリスに付き添っていたためか、さらにメミの甘えが大きくなってきているように思う。
笑顔で駆け寄ってくるところは愛らしいが、俺ばかりに構っているとメミの交友関係も気になってくる。
まさか、いじめとか……あってるわけではないよな?
「メミ。お前、いじめとか――――」
「兄様、大丈夫ですよ。いじめなんてありませんよ。嫌がらせしてくる人たちは十倍にして返しておりますので」
「……そ、そうか。それなら良かったよ」
そうだ、メミは妹の前に強い女だった。
いじめの心配はいらなかった。
「それよりも兄様」
「なんだ?」
メミの声が妙に色っぽい。
頬が赤く染まった彼女の顔が近づいてくる。
「兄様と私は兄妹ではありますが、血は繋がっていませんよね」
「ああ。でも、お前は俺の家族だ。血縁でなくとも、お前は俺の大切な家族だからな」
「ええ、分かっていますとも……ですが、私はその関係では嫌なのです」
「え」
蜂蜜色の瞳が俺を捕える。
覆いかぶさったメミの髪がしだれ桜のように垂れる。
恍惚とした表情に、桃色の潤った唇。
あれ、メミってこんなに…………。
「兄様、私は妹としてではなく、別の形で兄様と繋がって……」
「よ、よ、よぉーしッ! パーティーのこともあるし、さっさと朝ごはんを食べるとするか!」
「あ、兄様!」
メミを押しのけ、勢いよくベッドから出て素早く着替える。
あの流れに乗ってはダメな気がした。
兄としてダメな気がした。
そう、メミは妹。
たとえ血が繋がっていなくとも、妹であることには変わりない。
だから、こんなドキドキなどと兄が感じていいはずもなく……。
ソワソワした感情を隠しながら、部屋にメイドを呼ぶ。
背後からは「全く兄様は仕方がありませんね……また次の機会にしましょうか……」とメミの声が聞こえた気がするが気のせいだ。そう、気のせい。
気づけば、メミもいつの間にか着替え、席に着いた。
朝日が差し込む窓際の席。以前の俺なら、こうして妹と向かい合って朝食を取ることなんて考えられなかった。
朝日に照らされ輝く紺色の髪。
金色の瞳を輝かせる妹が俺に微笑む。
ことんことんと机に置かれていく朝食。テキパキと準備していく侍女の顔も柔らかい。
ピザトーストに、新鮮な野菜が使われたサラダ、焼き立ての目玉焼きとウインナー、果物がふんだんに入ったヨーグルト。
それだけでなく、白ご飯や味噌スープまで……。
「あれ、いつものと違うな」
「はい! 今日は兄様の好きな物をたくさん用意しました! たくさん食べてくださいね! 兄様!」
「ああ、ありがとう。じゃあ、いただきます」
メミとともに手を合わせ、挨拶をして、お茶を一杯飲む。黒豆茶だった。香ばしく、癖も少ないこのお茶は俺のお気に入り。
昨日から準備していたのだろう。ありがたい。
俺は一口一口味わっていく。夢中になって食べていると、ふと視線に気づく。
「メミ、お前も食べないのか?」
「もうちょっと兄様を見ていたくって」
「なんだそれ。冷めてしまうから早いうちに食べるんだぞ」
「はーい」
ただただ妹と朝食を食べる穏やかな時間。
いつもなら食堂で食べたり、寮の自室で食べることが多かった俺にとって、たまには妹と二人で食べるのも悪くないなと思った。
★★★★★★★★
「おはよう、二人とも」
「おはよう、母さん」
「おはようございます、お母様」
部屋を出るとちょうどそこにはおふくろがいた。大きな箱を数個抱えていた。
「お父様よりも一足先にこれを渡したくって。はい、私からのプレゼントよ。ネル、誕生日おめでとう」
箱を受け取り開けると、そこには男性物の正装が入っていた。コートや靴まで入っている。
「パーティーに参加するのは久しぶりのことだったでしょう? あなたも成長してるし、新調しなきゃと思って買ってたのよ」
「ありがとう、母さん」
ステファニー王女に呼ばれた時以外、俺がパーティーや会に参加することは少なかった。本当に稀で、正装も買わずにいた。
なので、すっかり服の準備を忘れていた。
本当にありがたい。
「お父様ね、今日まで頑張って準備したのよ」
「親父が?」
親父が張り切ってパーティーの準備をするところなど、想像できない。
いつもなら、母さんに任せていることが多かったのに。
「ええ、七星祭の時はかなり心配していたし……あなたが帰ってきた時には平気そうにしていたけどね、本当は心配で心配でお酒も増えていたのよ」
そうだったのか。
家に帰ってきても、「女はいるのか? リコリスちゃんとはどうだ?」などヘラヘラしながら聞いてくるものだから、心配などかけていないと思ってたのだがな……。
「お父様も私もあなたがこうして誕生日を迎えられること嬉しく思うわ。お誕生日おめでとう、ネル」
「ありがとう、母さん」
にこりと微笑む母さん。その微笑みはメミと似ていた。
母さんも顔には出さなかったけれど、かなり心配してくれていたんだろうな。
もうこれからは心配かけないようにしないとな……。
「ふふっ。じゃあ、ネルは部屋でゆっくりしててちょうだいね。書庫には行ってもいいけど、中庭はまだダメよ」
「分かったよ」
時間があることだし、せっかくなので七星祭の時に見た彼岸花について調べたい。そう思い、俺は書庫に向かった。
しかし、関連しそうな本はどこにも見当たらない。
植物図鑑には確かに彼岸花について記載がある。
でも、なぜ俺の記憶の中に彼岸花の絵が描かれていたのか、その手掛かりは見つからなかった。
ゼルコバ学園周辺にある図書館は回ったし、あとは王立図書館か、大学の図書館ぐらいだ。地道に探すしかないのか……。
もちろん、アスカにも聞いてみた。しかし、返ってきた回答は、
『うーん、あたしも専門外だわ。一応姉さんにも聞いてみるわ』
だった。物知りな彼女ですら検討がつかないのなら、俺にも分からない可能性が高い。
何もなければいい。
でも、直感がどうしても騒ぐのだ。
もしかしたら、裏世界の開かずの部屋に、関連する本があるかもしれない。
裏世界まで行くのに時間はかからない。
だが、これから誕生日パーティーがある。
俺がいなくなったと騒がれてもいけない。
行くのは今度にしよう。
「この前使ってたリコリスの魔法も調べておきたいな……見たことのない魔法だったし、古代魔法関連かもな……古代魔法に関連する本はあったかな……あ、あるじゃん。すげぇな、親父」
そうして、俺は数冊本を借り、自室へと戻った。




