開店準備04
「うんめぇ!」
「お口にあったみたいで良かったです」
ディータから川辺の動植物の生態について説明を受けたクリスは、ようやくお昼ご飯にありつけていた。冒険者4人プラスクリスの分という事で、用意したお弁当は相当の量だ。
ここに来るまでの間はダグノフが気を利かせて代わりに持ってくれていた。クリスがこれを持って丘を越えていたら、今頃倒れ込んでいたかもしれない。そう思いながらクリスはサンドイッチを口に運ぶ。
「このパンに挟んであるお肉、あまっ辛くて美味しいね」
「はい、オレンジのジャムを使っているんです」
「その調理方法は聞いたことがありませんね、今度詳しく聞いてもいいですか?」
「え?いいですけど…、もしかしてご実家に伝えるんですか?」
ここまで来る道のりでは鋭い目をしていたアルマンも、今は優しい普段の目つきに戻っていた。そんな彼はクリスの料理を気に入ったようだ。以前もケーキを食べたいと言っていた彼は、もしかしたら甘味好きなのかもしれない。
ディータはどうやらクリスの料理のレシピが気になるようだ。彼の実家はヴィレリーとその夫が立ち上げた商会で、今はディータの両親が後を継いでいる。クーリアの街の中でも知らない人がいないくらい大きな商会だ。クリスのレシピを欲しがる理由は、もしかしたら実家の商売に関わるのかもしれない。
「実家と言いますか、二番目の兄夫婦がレストランを経営しているんです。
珍しくて美味しい料理が提供できれば、評判になりますからね」
ダメですか?というようにクリスに笑顔を向けてくる。
「いえ、大丈夫ですよ。
今度紙に書いてお渡ししますね」
「ありがとうございます」
未来はクリスに様々な料理のアイデアや知識を伝えてくれる。だが、クリスは別に料理屋を営みたい訳ではないのだ。これを気に入った人がいれば、教えない理由などはない。
(レシピ売ればいいのに、お人好しだなクリスは)
未来はこの知識でお金を稼げると言うのだが、それよりも多くの人が美味しいものを食べれた方がいいと思うのは、クリスが教会でたくさんの兄弟達と食卓を囲んで来たせいか。
(クリスには欲ってものがないのかな?)
(欲が無いと言うか…。
この前ケーキのレシピ売ったお金がまだたくさんあるし、また同じようになったら私どうしたらいいか分からないよ)
(クリスは経営向きじゃ無いな。ま、私もそうだけど)
未来はあははっと大きな声で笑い、帰りも頑張って歩けよと一言残して引っ込んでいった。未来はよく気配を消す、と言うか、クリスに全く話しかけない時がある。この時未来はどこでなにをしているのだろうとクリスは疑問に思ってる。
「じゃ、お待ちかねのケーキだぁ!」
「エル、俺のリクエストなんだからあんまり食べ過ぎないで」
「み、みなさんの分ちゃんとありますから…」
メインの料理があっという間に片付き、クリスはアルマンがリクエストしていたケーキを取り出す。
これは未来からのアイデアを取り入れて、干したブドウを混ぜ込んで作ったものだ。彼らには甘すぎてしまうだろうか?食感を気に入ってくれるだろうか?など、ちょっと不安な気持ちも抱きつつ皆にケーキを配る。
「うんめぇ!」
「エルはそればっかりだな」
「しかたねぇだろ?美味いんだから」
「あ、ありがとうございます。
ダグノフさんは、いかがですか?」
エーミエルの少ない語彙力をアルマンが咎めているが、クリスはそれを苦笑しながら流す。そして先ほどから、と言うか、今日ほとんど喋っていないダグノフに話しを振ってみる。
今回のお願いは、クリスのわがままのようなものだ。そのわがままに、普段お世話になっているダグノフ達パーティを付き合わせている事になる。もしかしたら、教会の子供としては妹分に当たるクリスのこのわがままを、ダグノフはあまりよく思っていないのかもしれない。
「あぁ、美味しい」
一応否定的な意見はもらわなかったが、いつも通りの無表情っぷりは考えが読めない。クリスは不安な気持ちを拭えないまま、苦笑いしながら良かったですと伝える。
「ダグは嬉しいんですよ」
「へ?」
そんなクリスの心情を読んだのか、ディータがクリスにそっと耳打ちする。
「クリスさんは、あまり危険なことお好きじゃ無いじゃないですか?
それなのに冒険者登録したいと言って、しかも私たちを頼ってこうやって声をかけてくれて。
ダグは、漸くクリスさんに頼ってもらえるようになったって、それはもう嬉しそうに昨日もはしゃいでいたんですよ」
まだまだ子供ですよねと続くディータの話し声は、楽しげな声音だった。
「おい、何か言ったか?」
「いえ?ただ、クリスさんの心配を一つ消してあげていただけですよ」
「なんだ?それは…」
「ダグノフさん!
わ、私は、みなさんにこうして案内して貰えて、すごく嬉しいです!」
「っ!
…そ、そうか。またなんかあったら、言えよ」
ダグノフのその言葉が嬉しくて、クリスは満面の笑みではいと答える。
◇
「はぁ…はぁ…」
「着きましたけど、大丈夫ですか?」
「は…、はい…」
夕暮れ前の穏やかな空の下、クリスとダグノフ達パーティはクーリアの街の門の前に立っていた。クリスに限っては、ギリギリで立っていた、と言う表現が正しいか。
「みなさん、今日は本当にありがとうございました」
「大丈夫。俺たちも先輩になったみたいで楽しかったよ、クリスちゃん」
「ははっ、現に先輩ですけどね。
でも、本当に依頼にしなくて良かったんですか?報酬も出しますし、達成報告もしますよ?」
満身創痍のクリスは今日の案内について皆に礼を述べる。
本来なら、今回の事はギルドに指名依頼として依頼を出し、有料でダグノフ達のパーティに引き受けてもらう予定だったのだ。だが、それを彼らは断り、わざわざ1日予定を空けてクリスのお手伝いとして街の外を案内してくれたのだ。
「いいえ、それには及びませんよ。クリスさんには普段からお世話になっていますし、
これくらいの事はさせてください」
「でも…」
「だったら今度、また弁当作ってくれよ!」
「こら、エル!」
「いえ、いいですよ!それでみなさんのお役に立てるなら!」
「クリスさんも…、エルの冗談に乗らないでください」
「えー本気だったのに…
みんなもクリスちゃんの弁当食べたいだろ?
なぁダグ」
「あ?あぁ。食べたい」
「ダグノフさんも、食べてくれるんですか?
じゃあ頑張って作りますね!」
ディータはあくまでお礼などは必要ないと断ってくれるが、それは面倒見のいい彼だからこその発言だとクリスは感じていた。
だから素直な意見をくれるエーミエルの意見を参考にお弁当作りを引き受けてみたら、なんとダグノフも食べたいと言ってくれるではないか。クリスは絶対お弁当を作ろうと心に誓う。
「はぁ…、わかりました。クリスさん、無理のないようにしてくださいね?
本当は、お礼なんて必要ないんですからね?」
「え、はい。」
「クリスさんもお疲れでしょう?もう家に帰りますか?」
「そうですね、まっすぐ帰ります」
クリスはディータの問いに自身の足を見ながら答える。1日歩き続けてもうじき痙攣しそうな足をすぐにでもベッドに放り出したい気分だ。
「ふふっ、わかりました。
ではダグ、家まで送ってあげてください」
「…わかった」
「え?ダグノフさん、いいんですか?お疲れでは?」
「問題ない。行くぞ」
ディータの命を受けてダグノフが歩き出す。クリスは少し驚きながらも、ダグノフの後を追った。
「ダグ〜ちゃんと帰ってくるんだぞ〜」
後ろからエーミエルが声を上げているのが聞こえてくる。クリスははてと首をかしげる。ダグノフは以前相談に乗って以来、お酒の場は控えているはずだ。それが最近復活したのだろうか?
「ダグノフさん、最近また飲み始めたんですか?」
「はぁ?」
「エーミエルさんが、なんか言ってましたよ?」
「ちっ。
いや、今も酒は控えるようにしている。クリスには関係ない」
「そ、そうでしたか。すみません…」
舌打ちをするダグノフを横目に、クリスは出しゃばって怒らせてしまったかと身を竦める。
だがダグノフは怒った風ではなく、歩幅をクリスのそれに合わせてクリスに話しかける。
「疲れただろ?」
「は、はい。」
「あまり無理はするなよ。
次、外に出るときは必ず声をかけろ」
「え?」
「俺も付いていく。外で歩けなくなったら俺が連れて帰るから」
クリスはダグノフのその言葉に目を丸くし、少し目尻を滲ませる。
クリスには家族の記憶がないが、この街に来て10年、たくさんの人に出会ってきた。その中には、一方的ではあるが家族のように思える人たちもいる。そして今この目の前にいる青年も…。
「お兄ちゃんみたい…」
「へ?」
「ダグノフさん、お兄ちゃんみたいです」
クリスは嬉しさのあまり溢れでた涙をそのままにして、笑顔でダグノフにそう告げる。
「そ、そうか。
…日が暮れる、急いで帰るぞ」
無邪気なクリスの笑顔に当てられたダグノフは、なぜか少し肩を落としながらクリスを自宅へと送って行った。
その後、予想より早くパーティの家に帰ってきたダグノフを、他3人のメンバーは何も言わずに受け入れたのだった。
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