開店準備05
南向きの窓から差し込む日差しのおかげで、日中はランプなしで読書をする事ができる。クリスは自身の借りている部屋を見渡しながらそう嬉しく感じていた。教会でもランプは必要なかったのだが、どこか薄暗く感じていたのを記憶している。
今クリスが手元に広げているのはディータから貰い受けた学院で使用していたと言う魔法についての教科書だ。
「この前図書館で読んだ、古代語の本の内容に似てるね」
「あぁ、むしろあの手の本を参考に教科書が作られているんじゃないか?
私の受けた印象だと、古代語の方が内容が詳しかったし」
「そうなんだ。でもこっちの方が読みやすいし、もう古代語の本は手に取る事が出来ないから、
ディータさんからこの本貰えて良かった」
未来はどことなく不満げだが、クリスは満足げに微笑んでいる。
古代語の本は要所要所メモを取ったのだが、クリス自身では正しくメモが取れているか確認できない上、要点だけをメモしている為そこに至るまでの論理やら過程やらがさっぱりなのだ。
未来は「私がきちんと教えてやるよ!」となんとも頼もしい事を言ってくれているのだが、こうして自分で読める本があると言うことは、一度で理解出来なかった場合に未来に何度も確認せずに済むし、自分で気になった時に気軽に復習出来るのでクリスにとってはありがたいものなのだ。
「魔法陣に使われる象徴についての記載があるね」
「あぁ、“魔石インクを使用した場合、魔法陣に使える象徴の数には限度がある。ただし、外部から魔力を取り入れた場合にはその限りではない”か…
で、外部から魔力を取り入れる場合には、魔法陣にこの象徴を加えるのか」
未来がそう言うと、クリスは教科書に目を向けてその象徴を確認する。魔法陣を囲む円の内側にもう一つの円を描き、その円と円の隙間に文字を記すようだ。その文字は古代語だろうか。まだ単語を覚えきっていないクリスにはなんと書いてあるのかさっぱり分からない。
「ちょっとこれ使ってライトの魔法陣作ってみないか?」
「未来ならそう言うと思ったよ…
これって、魔法インクを使用しなくていいって事だよね?普通のペンで魔法陣を描いて、魔力を込めて発動させるのかな…」
クリスはそう言うと教科書を確認し、クリスの疑問に該当する箇所がないかを探す。
疑問が全て解消したわけではないが、魔力の込め方は魔石への魔力供給と同じだと記載されているのを確認すると、クリスはいそいそと書き慣れたライトの魔法陣を書き始める。
「待機の象徴はいらないんじゃないか?」
「そっか、あれは魔力タンク代わりだったもんね」
そんなやりとりをしながらも、魔石インクではなく普通のペンで描く魔法陣はあっという間に完成した。
「魔法インクじゃ無いならインクの伸びがいいね、描きやすいや。
じゃあ、いっきまーす!」
クリスは魔法陣に対して魔力を込める。未来は「ちょっとでいいからな」と一言クリスに伝えてきたが、クリスはもちろん分かっていると頷き、魔力供給の時のように手元に魔力を集める。
「「ッ!」」
それはもう、爆発の瞬間を捉えたかの様な濃厚な白い光が部屋中に広がった。クリスは眩しすぎて目を開ける事が出来ないし、なんなら目を閉じているのに明るさを感じた。瞼の血潮を感じたのはいつぶりだろうか、もしかしたら初めてかもしれない。
やがてその光は落ち着き、目を開けられないほどではなくなったので、クリスはゆっくりと目を開けた。すると頭上にライトがポワリと浮いているのを確認した。
初めは先ほどの強い光量で目がおかしくなったのかと思い、目をこすったり何度か瞬きしてみたのだが、どうやらそうでは無いらしい。
「クリス、やりすぎだ」
「ごめん」
「クリスは、普通の人が数日かけて行う魔力供給を一瞬で終わらせるんだ。
その意味がわかっているか?」
「…分かっていませんでした。すみません」
クリスは先ほどの光により目や精神にダメージを負った様で、力なく未来の言葉に返事をする。
「まぁ、安易にやってみようと提案した私にも責任がある。
が、それにしても思いっきり行ったな、クリス」
「…はい、すみません」
あまりにも意気消沈しているクリスにこれ以上何かを言う気にはなれない未来であはあったが、これだけは言っておうとクリスに声を掛ける。
「それ、いつになったら消えるんだろうな?」
未来のその言葉にクリスは驚愕し、ワナワナと震えながら頭の上のライトを見つめるのだった。
◇
「あっはっはっはっは…
クリスさん、いつかすごい事やらかすとは思ってたけど、
まさかそんな状態で出勤してくるだなんて…」
次の日、魔導具屋に出勤したクリスを見てヴィレリーは腹を抱えて笑った。クリスの頭の上には、昨日魔法の実験で発生させたライトがポワポワと浮いている。
「ヴィレリーさん!笑い事じゃないですよ!
このせいで昨日は家から出られなくて、夕飯はじゃかいもの炒め物と人参と干し肉のスープだけだったんですよ?パン買いに行けなかったんです!」
ヴィレリーは目尻に滲んだ涙をぬぐいながら、「本当食い意地が張ってるね」と受け流す。こっそり未来は「昨日眠れなかった事アピールした方がよかったんじゃ無いか?」と言っているが、クリスは聞かなかったふりをする。
「ま、クリスさんが明るいからね、今日は節約させてもらうよ」
そう言うとヴィレリーは店中のライトを消したのだが、それでも店の中はいつもと変わらないくらい明るかった。クリスは深いため息を見ながらそんな店内を見渡した。
「で、どうしちゃったの?それ」
「ディータさんに頂いた教科書を参考に、魔力を取り込むタイプの魔法陣を書いたんです。
そしたら…」
「魔力注ぎすぎちゃったって?」
「はい…」
「ふふっ、傑作だね。
そんなうっかりさんはクリスさんだけよ。
魔力を取り込むタイプの魔法陣なんて、普通一人で発動させないんだよ」
「ん?そうなんですか?」
「あぁ、あの手の魔法陣はね、魔導師が何人も集まって発動させるんだ。
例えば、国中で日照りが続いた時とか、王家が取り仕切って雨乞いの儀式を行うだろ?
あれは、雨を降らせる魔法陣に10人近い魔導師が魔力を注いで雨を発生させているのさ。
大規模な魔法を長時間続けたい場合に使うもんだ」
クリスはヴィレリーの説明を疲れた顔で聞く。そして、この状況がヴィレリー以外にバレた場合に、どう言い訳するべきかと考えを回らせた。
「あの…このライト、誰かに何事かと聞かれたら、ヴィレリーさんの名前だしてもいいですか?」
「はぁ、全くこの子はいつの間にこんなに厚顔に成長しちゃったのかね。
昔は素直で可愛い子だったのにねぇ…」
ヴィレリーの名前を出しておけば、この街の人間は深く掘り下げてこないだろうと踏んだクリスは、ヴィレリーにそうお願いする。しかし、ヴィレリーはどこか悪戯げな微笑みでクリスを見つめながらそう答える。
「お願いですからぁ…」
「じゃあほい、これ」
両手を合わせ頭を下げるクリスの前に、ヴィレリーが中位の魔石を差し出してきた。恐らく、今回の件をヴィレリーになすり付ける代わりに、この魔石を満タンしろと言う事だろう。
「…分かりました」
「ふふっ世の中は甘くないんだよ、クリスさん。
ま、上手く立ち回ると甘い汁が吸えるんだけどね」
キャラに似合わずウインクするヴィレリーの顔を、クリスはしかめっ面で眺める事しか出来なかった。
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