始まりの街 33
クリスがヴィレリーの魔導具屋を手伝い始めて半年が経った。これからクーリアの街は春祭りを迎え、クリスは11歳として教会での最後の一年を過ごす。
クリスが他の店の手伝いをしないことについて、始めの頃はアーク爺に何件か問い合わせのような苦情が入ったらしい。しかし「ヴィレリーに任せている」と一言告げると、どんな相手もすぐに引っ込んだ。
「アーク先生よりも権力あるんじゃない?お母さんもヴィレリーさんを怒らせちゃダメって言ってたし」
とは、ルーシーの言葉だ。日用雑貨店を営んでいる彼女の親の言葉ならそれはある程度正しいのだろう。街一番の大店の女将だったと言われる彼女は、どうやら街で一番恐れられる有名な経営者と言ったところか。
そんなルーシーもこの春には学校を卒業するため、日用雑貨店で本格的に働くために忙しく両親の元で学んでいるようだった。
ヴィレリーやアーク爺のお陰もあって、クリスはのびのびすくすくと好きな事が出来ている。もちろん、学校の勉強とヴィレリーの店の手伝いは手を抜かずに一生懸命に取り組んでいる。
「クリスさん!この在庫は来週まで持つかしら?」
「それは明日の朝届く予定です。昨日販売元に連絡をしておきました」
元々は魔石への魔力供給だけを行なっていたヴィレリーの魔導具店だが、今では店の全ての事に関わらせて貰っている。店番に商品の在庫確認、発注などその内容は多岐に渡る。
「クリスさんが来て少し暇になっちゃったから、新しく商売始めちゃった」
と、どこかの物件の契約書を見せてきたヴィレリーは嬉しそうだ。根っからの商売人なのだろう、幾つになっても儲けられそうなネタに食いついてはさらっと成功させているようだ。
「あいつから商売をとったらすぐに死ぬからな」
そう言って苦い顔をするのはアーク爺。ヴィレリーのその商売根性に若干呆れているようだが、昔からの付き合いのせいか暖かい目で見守っている。もちろん、そんな風に感じているのはクリスだけで、本人に言えば強く否定するだろうし、ヴィレリーに言えば気持ち悪いと顔をしかめるだろう。そんなやりとりさえ今では心地よく感じるクリスである。
キキィ…
魔導具屋のドアが軋みながら開き、お客が店に入ってくる。
「いらっしゃい、ディータさん!」
「クリスさんこんにちは。この前のスクロールはまだ在庫ありますか?」
この魔導具屋で働き始めて驚いたことが一つある。それは、このディータという真面目な青年がヴィレリーの孫だということだ。なるほどだから紹介状なども書いてくれたのかと理解もできたのだが。
もしかしてこのディータも、ヴィレリーのように黒い性格を隠しているのかと疑った瞬間もあったが「あいつは昔っから真面目で面白くない」とヴィレリーが鼻を鳴らしてつまらなさそうにそうこぼしたので、きっと裏表なくあの真面目な性格なのだろう。
「はい、1時間、2時間、3時間のものがそれぞれありますけど、どうしますか?」
「では3時間のものを」
「洞窟にでも入るんですか?」
「いいえ、夜の森でウェアウルフが出るらしく、今度数組のパーティで森に入るんです」
商品とお金のやりとりをしながら依頼の内容を聞き出す。どうやら夜の森でこのライトのスクロールを使うらしい。
このスクロールはクリスが未来とともに相談して作ったものだ。クリスのことが色々とバレた後、ヴィレリーとも話し合って3時間光り続けるのものの他に1時間光るもの、2時間光るものと種類を増やし、それぞれ価格に差をつけてヴィレリーの魔導具屋で取り扱うようにした。
今ではその珍しさと使い勝手のよさもあり、冒険者を中心によく売れている商品だ。
「夜の森は、ウェアウルフがいなくても怖そうですね」
「ふふ、大丈夫ですよ。私たちは結構強いですからね」
未だCランクのディータ達パーティではあるが、後少しでBランクに昇格だと噂されている。この辺りでは評判の強いパーティと言ったところか。
「ダグがクリスさんに会いたがっていましたよ?
この前護衛任務で王都に行った時、お土産を買ったみたいで」
帰り際のディータがさらりとそう告げる。お店の手伝いをヴィレリーの店一本に絞った時、ダグノフからの相談も終わりにしてしまった。ダグノフからは渋られたが、これからはヴィレリーの店に集中したいと言ってなんとか納得してもらったのだ。
「そうなんですか?嬉しいです。私は明後日もここにいるので、そう伝えてください」
ダグノフからの相談は正直もうやめ時だとも思っていた。愚直に取り組むダグノフの成長は著しく、1年で立派な青年に成長したようにクリスには思えていたから。そんなダグノフが今もクリスに気を使い、こうしてお土産を買ってきてくれるのは本当に嬉しいことだ。
「お土産何かな?甘いものだと良いな!」
「そんなこと言って、未来は味とか分かるの?」
「クリスの嬉しい気持ちが伝わってくるからな、私も嬉しくなるんだ」
げんきんな未来の発言だが、クリスもお土産の内容は気になる。
クリスは自分の危険が減るようにと、アーク爺にお願いしてパウンドケーキのレシピを領主様を通して様々なところに売ってもらったのだ。その結果、クーリアの街とその周辺の都市ではこぞってパウンドケーキのようなものが売られうようになった。中には干した果実を入れたり、お茶の葉で風味を付けたものを作り、各お店で差別化を図っているようだ。
きっとダグノフが行ったという王都でもパウンドケーキのようなお菓子が売られているだろ。お土産がそれだと良いなとクリスは思う。自分の作ったお菓子が、どのようなアレンジを加えられて自分の元に帰ってくるだろうか、想像しただけで楽しい。
魔石への魔力供給にスクロールにケーキのレシピ、この半年でクリスはものすごいお金を手に入れた。特にケーキのレシピはびっくりするぐらいの金額が手に入り、驚いたクリスはついつい手に入れた金額の半分を教会に寄付という形で渡すことにした。打算的な考えが無いと言えば嘘になるが、それよりは純粋に、お世話になった気持ちを形に表して返したかったのだ。
◇
花祭りの日、クリスは黄色い花飾りを胸に飾り魔導具屋で店番をしている。今日はこの後いつもより早く店を閉め教会の人たちと一緒に夜の宴に参加する予定だ。
夜の宴は初参加となる。教会では、10歳を過ぎて学校に通うようになってからで無いと参加することが認められていなかったのである。
「宴って何するのかな?」
「そりゃ、踊ったり歌ったり、告白したりキスしたりじゃなーい?」
本気なのか冗談なのか、未来はあっけらかんと答える。もう、ふざけないでよとクリスは怒るが、
「だって、私は前世今世通して宴なんて参加したことないんだから、知るわけないだろ?」
と、なんだか寂しいことを言うのでクリスの怒りはすぐに収まる。
「そうだね、楽しいと良いな」
「そうやって想像してわくわくするのも宴の内だろ?すでに楽しいじゃないか」
なんだ、未来もたまには良いことを言うじゃないかと思いクリスはそうだねと同意する。
「クリスさん、もうお客さんも来ないし、もうお店閉めて良いから、教会に戻りなさい」
もう一つの自身が経営する店から戻ってきたヴィレリーは、クリスにそう告げた。着替えて、簡単な食事を取る時間を考えると、早めに帰った方が良いという考えからだろう。クリスは素直にその言葉に従い、ヴィレリーに挨拶を告げ店を後にした。
宴は、街の広場に出された料理を街の皆で囲み、楽しく食べて飲んでと言う気楽なものだった。「こりゃ商店街の納涼会だな」という未来の言葉を確かめる術はないが、その言葉の気楽さに納得はする。
そして、話題はヴィレリーの元で商売を学ぶクリスが、来年どうするかと言うものになった。
「それで、クリスちゃんは学校卒業したら何をするの?」
「うちに!うちで働かないか?しっかり給料も出るし、やりがいもあるし、(俺がクリスに毎日会えて)楽しいぞ?」
同じ学校で一つ上のルーシーとミトは、以前はクリスを手伝いに誘っていた気安さから直接そう尋ねてくる。どうしたものかと答えを探すクリスに、アーク爺が割って入ってくる。
「なに、クリスには魔の適職があるんだ。それだけ勉強もできるんだし、魔導師にでもなるんだろう」
いつも通りの不躾な、少し怖いと取られそうな語調だが、クリスにはこれがただ茶々を入れているのだと分かる。それに、クリスに魔の適職があることは、街のほとんどの人が知らない。ここでアーク爺がこう言うということは、何か考えがあってのことだろうか。
「な?クリス。魔導師でも目指すか?」
アーク爺は改めてクリスに問いかける。その目は、楽しそうに笑っている。クリスもついつられて笑いそうになるのを我慢する。周りの街の人たちは、はっと息を飲んだように静かになった。遠くの人の声と、音楽だけがそこに流れている。
「いえ、魔導師はちょっと敷居が高いので…」
アーク爺の笑みが一層強くなる。もちろん、これが笑みだと思えるのは今ここではクリスだけだ。他の人には凄みが増したように見えるだろう。そして、“敷居が高い”なんてクリスが思ってもいないことはアーク爺がよく知っている。魔導師になって自由がなくなるのが嫌なのだ、だがそれを言ってもほとんどの人は理解しない。だから、こう言う他ないのだ。
「私、魔導具師になります!」
この1年、ヴィレリーの店で魔導具に触れるようになり、自身もスクロールを作るようになる内に、魔導具に対する興味がましたのは事実だ。それに、魔導師はクリスの能力がバレたら危険すぎるし、冒険者は体力がなくてなれないし、学院も出ていないのに魔法使いは名乗れない。ならば、姿を隠せる魔導具師はクリスにとって打って付けだった。
なんとあのヴィレリーは学院を出ておらず、魔導具は全て仕入れに頼っていると言う。魔導具屋を開くには、魔導ギルドに入る必要はなく、商業ギルドに入っていれば開けるのだと言う。それを聞いた時、クリスの未来は決まった。
魔導具師になる。これが、クリスの出した答えだ。魔法に関わりながら、自由に生きる。クリスはその答えを、笑顔で皆に告げた。
「そうか」
アーク爺は深く頷くとクリスに近づいてきて頭をぐしゃりと撫でた。アーク爺にはあるまじきそのスキンシップに、街の人々は驚いていたがクリスの答えには納得してくれたようだった。というか、アーク爺が認めた答えに反論できる強者はいない。
クリスの周りは徐々に賑わいを取り戻し、また元どおりの宴となった。
初めて口にした自分の将来の道を、クリスはもう一度口の中で小さく呟き、その余韻を楽しんだ。
「魔導具師か、楽しそうだな」
「うん」
「もっと色々作れるように、頑張ろうな」
「うん」
未来もクリスの将来には賛成のようだ。
もう暗くなった西の山脈に目を向ける。きっとそこには、花弁を閉じた黄色い花が一面を覆っているのだろう。クリスは、明日その花が再び咲く姿を思い、それは鮮やかで綺麗なんだろうなと考えていた。
お読みいただきありがとうございます。
お伝えしていた通り、明日からはしばらく更新お休みとなります。
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