始まりの街 32
アーク爺が現れてからの騒ぎにクリスは呆気に取られてしまったが、今はヴィレリーの入れてくれたお茶を飲んで落ち着いている。このお茶は癖の強いハーブティーなのだが、なぜかするりと受け入れられる安心感のある味がした。
「このジジイには困ったもんだよ。自分で解決できないからって私に泣きついてくるんだ」
「何言ってんだ、俺が一人で解決しちまったらババアが寂しくて泣いちまうだろ?」
二人にとっては何気ない会話なのかもしれない。そう思うとクリスはふふっと笑みがこぼれる。その様子を見た二人は、少し気まずげに会話を止めた。
「クリスさんのこと私らで勝手に決めちゃったけど、クリスさんの思うことがあれば聞かせておくれよ」
ヴィレリーはそう言うとクリスに視線を向ける。クリスは、ためらいながらも自分の考えを二人に告げようと口を開く。両手で抱えたティーカップの暖かさが、クリスの気持ちを後押ししてくれるように感じられる。
「私は…、魔の適職が出てから魔法に関わる仕事がしたいと思っていました。それで、何が出来るかなって色んなお店に手伝いに行って世の中の事を学びたかったんです。
あと、図書館に行っているのは魔法について学ぶためです。学院に行かなくても、魔法のことが少しでもわかればと思って」
「なんで学院に行かないんだ?金も国から出るし、偉くなれるかもしれないんだぞ?」
「えーっと、それは」
後ろ盾のないクリスが学院に行くのは、下手をすればクリスにとって危険な結果を生む。それを回避したいからだと言えればいいのだが、そうなるとクリス自身がどれだけ魔法を使えるのかを疑問に思われ、結果、自意識過剰だと言われそうで告げるのは憚られる。
「おいクリス、この二人にならちょっとぐらい言ってもいいんじゃないか?
クリスのことを守るためにこうして色々考えてくれたみたいだし」
今まで黙ってこのやり取りを伺っていた未来がクリスにそう告げる。客観的な意見をくれるのはクリスにとってありがたい。
「未来から見て、この二人なら大丈夫だと思う?」
「あぁ、でも詠唱なしで魔法が使えるとかは異常すぎるからダメだな。ちっさい魔石でも供給して見せてみたら?」
そう相談に乗ってくれる未来の意見を取り入れ、クリスはヴィレリーに小さな空の魔石を貸して欲しいと告げる。
「いいけど、魔石の供給でもしてくれるの?」
「はい、ちょっと見てて下さい」
不思議そうな顔で魔石を手渡すヴィレリー。それもそうだろう、大抵の人はこの作業に1時間以上かけるのだから。こんなところで魔力供給など始めたら、普通は話しが滞ってしまう。
「じゃあ行きますね」
「…ッ!」
クリスの掛け声の後、二人が息を呑むのがわかる。クリスが広げた手の中には、一瞬で濃い紫に色づいた魔石が鎮座しているのだから。
「一瞬…」
「おいおいババア。魔力供給ってのはこんなに簡単なもんなのか?」
「そんな事ある訳ないだろ!何年生きてんだこの軽石頭が。こんなの見せられたのは初めてだよ!」
ヴィレリーはどうやらアーク爺に対してはより一層口が悪くなるらしい。クリスは口を一文字に結んで二人のやり取りを見ていたが、キリがないと思い声を掛けた。
「本では、1時間以上掛かるものだと読みました。
私にとってはこれが普通だったので、本で読んだときはびっくりしました。
だから、下手に学院に行ったら、その…、偉い人に目をつけられて、自由が無くなったらと思うと、怖くて」
最後の方はクリスの“もしかしたらの怖い想像”である。でも、それでクリスの気持ちを二人が汲んでくれればと思い正直に告げてみた。
「確かに、これは危険だね」
「そんなにか?領主様に言ってちょっと目に掛けてもらえるように言えば…」
「馬鹿かい!領主様じゃどうにもならない位上の貴族に目を付けられたらなんも出来んだろ?
正直言って、これだけの事が出来れば攻撃魔法なんぞ使えなくても魔導師になれるだろうよ。
特に戦場では魔石が大量に消費されるからね、連日色んな戦場に送り込まれて補給部隊として一生を終えるだろうね。
これで攻撃魔法が使えた日には、もう自由は無いと思った方がいい」
きっぱり告げるヴィレリーの目は少しつり上がっていて怖い。しかし、その目の色がこの話の信ぴょう性を高めている。クリスは生唾を飲む。
「このことは隠しておいた方がいい。自由に生きたいなら特にね。
クリスさんも自由を望んでいるからこうして黙ってたんだろ?」
クリスはこの言葉にすかさず頷いて肯定してみせる。
「なら、学院はやっぱりやめた方がいい。
なに、学院に行かなくったって魔法に関係した仕事はできるし、いざとなれば冒険者になれば十分食っていけるだろうよ!」
今までの重い雰囲気を吹き飛ばすようにヴィレリーはカッカと笑う。クリスもその姿に安心し、「な?言って正解だっただろ?」と未来も嬉しそうだ。
「で?クリス、お前の隠しているのはこれだけか?」
これで話しはある程度済んだだろうと思ったのだが、アーク爺がクリスに半顔を向ける。
「ん?」
「図書館で色々調べているらしいじゃないか。領主様の屋敷の人からの噂が耳に入るんでね。
こっそりやってる事があるなら、今のうちに白状しといた方がいいぞ?」
「あ…」
どうやら学校の先生と言う立場のせいか、この街の商店の元元締めと言う立場のせいか、領主様の屋敷での話しさえアーク爺の耳には入っているらしい。そして思い当たる事があるクリスは、これは逃げられないと分かっていながらもつい目を泳がせてしまう。
「ここは正直に言っておこう、クリス」
「魔法陣のことだよね?どこまで耳に入ってるのかな…て言うか、司書さんに見張られてたのかな…」
こんな孤児の娘など司書は気にしないだろうと思い、図書館では羽を伸ばして探し物をしていたクリス。しかし司書からしてみれば、孤児の娘だからこそ気にして時折観察するように様子を伺っていたのだが。
「あの、魔法陣を作ろうとしていました」
「はぁ?」
二人の間の抜けた声が響く。
「ライトの魔法陣を応用して、呪文のいらないライトの魔法陣を作りました」
二人の視線が妙に痛く感じられるクリスは、視線を床に向けて説教部屋に入れられた子供のような心境で自分の行いを懺悔する。
「スクロールを開くだけで発動して、きっちり3時間、光り続ける魔法陣なんです」
何を告げれば許されるのか、クリスは徐々に分からなくなっていき、しまいには自身で考案した魔法陣のセールスポイントを語り始める。
「呪文を察知する部分を省いたおかげで魔法陣が簡略化されて専用のインクの使用量が減り、魔法陣作成にかかる費用が若干抑えられるようになりました。しかもスクロール自体も小さくなって持ち運びに便利になりました」
もう伝えられることはない。そう思いゆっくりと視線を上げるクリス。その目の前にはぽかんと間抜けな顔をした二人の顔があった。
「あの?」
「え?」
「怒ったり、しないんですか?」
二人が黙っているのは自分に対して怒っているのではと勘ぐっているクリスは、恐る恐る尋ねる。二人はそのクリスの問いにお互いの顔を見合わせてふっと肩の力を抜いた。
「いや、ちょっと呆れただけだ」
「そうね、クリスさんの頭の中はどうなってるのか、ちょっと覗きたいけど怒ってはないわ」
その言葉にクリスは安堵するが、それでも今後自分の行いで二人に迷惑をかけるかもしれない事を正直に告げる。
「そりゃ大丈夫だろ?ここは魔導具屋だ、隠れ蓑にはちょうどいい」
「隠れ蓑ってあんたね…。でもそうさね。クリスさんが魔法の勉強するにはここはもってこいだろ?
何かあっても、旅の魔法使いから仕入れましたってことにすればなんとかなる」
明るく告げられる二人のその言葉は、クリスを咎めることなく受け入れてくれるようで、嬉しく感じられた。
「はい、よろしくお願いします!」
まだまだ隠していることはある、とても言えない事もある。未来の事や、自分の使える魔法の事などは自分の胸にしまっておく他ないだろう。それでも、自分を理解してくれようとする人がこの街にいることに、クリスは喜びを感じていた。
とっくに冷めてしまった手の中のハーブティーは、その香りだけを店内に漂わせている。
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明日からGWですね。
この「魔導師はちょっと」は明日20時の更新を持ってしばらくお休みさせていただきます。
次に更新するのはGW明けになるかと思いますが、また飽きずに読みに来ていただけたら嬉しい限りです。




