始まりの街 30
夏が終わりに近づくにつれ、クーリアの街は活気付いていく。
西の山脈以外ではモンスター関連の被害が少ないこの街では、郊外に畑が広がっている。夏にたっぷりと太陽を浴びた穀物や野菜は、王都や近隣の街へと出荷されて行くのだ。その為、旅の行商人が多く訪れ、街は連日お祭りのような賑わいを見せる。
「最近、うちの手伝い来てくれないじゃん」
「えぇっと、それは…」
賑やかな大通りの音が遠くに聞こえる。クリスは、むくれ面のミトに足止めを食らってしまっていた。学校の終わり、教室となっているアーク爺が管理する家の玄関で待ち伏せをしていたらしいミトに、明日の手伝いをお願いされた。クリスは用事があるからと断ったのだが、ここ最近は連続で3回ほど断っており、そのことがミトの気分を損ねたらしい。
確かに、ミトからの手伝いの誘いを最近避けている節はある。ミトからの誘いというか、グランタ商会に関わらないようにしていると言った方が正しい。
直接誰かに何かを言われたわけではないのだが、以前教会内であるやりとりを目撃してしまったのだ。
◇
「なんでクリスさんを送り出してあげなかったんです?」
少し怒ったような、シスタークララの声が聞こえる。話し相手は誰なのか、そしてクリスとは自分のことだ。バレないように身をすくめて様子を伺った。
「なぜあなたがその件をご存知なのですか?そもそも気になっていたんです。なぜグランタさんの奥様がケーキの存在を知っていたのか」
「っ!そ、それは…、子供たちが他所で話したんじゃないんですか?子供は噂が好きですからね?」
「それは確かに否定しません。しかし、噂が好きなのは子供だけでしょうか?」
暫くの間が怖い。クリスは廊下の陰で息を殺す。どうやら話しの相手はシスターハンナのようだ。未来は弾んだ声で「修羅場ってやつだー」と一人盛り上がっている。
クリスは頭を捻る。私を送り出すとは?グランタの奥様とは?この話しは一体どう言った意図のあるものだろうかと。
「それでも!クリスさんにとっては悪い話ではなかったと思いますよ?グランタ家に入り、お店を手伝えるなんて、望んで出来ることではありません!」
「確かにそうかもしれませんが、手順が違うでしょう。寄付金をチラつかせて、本人には話しも通さないなんて。そんなクリスさんの心を無視した行いは、女神様の元で行うべき事ではないのです」
毅然としたシスターハンナの言葉に、またも二の句がつげないシスタークララ。クリスはなんとなく話しの内容が分かってきて、余計に姿を現しにくくなってしまう。
「今回の件は不問にしておきます。しかし、今回と同じような事があれば、それなりの罰があると思っていてください。ここにいる子供たちは孤児と言われていますが、私や司祭からすれば、女神様からお預かりした大切な子供達なのですからね」
クリスは無性に泣きたくなってしまう。未来は「はぁ〜カッコいい〜」と陥落したようだ。
そして、一人の早めの足音が聞こえ、どこか遠くへ行ったのが分かった。暫く後、もう一人の足音が階段を上るのを確認し、ようやくクリスは深呼吸をした。
「私って、売られる可能性があったの?」
「売られるなんて人聞きの悪い。寄付金で養子にでも出されるって事だろ?まぁ似たようなものかもな」
「グランタってミトの家か。お母さんが気に入ってたって言ってたけど、ケーキのレシピが欲しかっただけなのかな」
「ま、レシピだけあれば十分稼げるだろうからな。ケーキのレシピと計算の出来る働き手が寄付金で手に入ると思ったら、安いもんじゃないか」
「なんか凹むなー、寄付金ていくらだったんだろ」
気にするところはそこか?と未来には呆れられたが、クリスはこの事について少し考える。
教会は貧しいとまでは言えないが、豊かであるとも言えない。ある程度のまとまった寄付金があれば、当分の子供達の生活が少しは豊かになるのは確かだ。
中には良縁に恵まれ子供に恵まれない夫婦の元に移って行く子供もいるが、そう言った子供は5歳くらいまでの子がほとんどだ。クリスのように10歳で声が掛かるのは異例と言える。
ではなぜ今だったのか?それは未来の言うように働き手として旨味があることと、レシピを知っているからか。
ではなぜ教会はそれを断ったのか?それはクリスのことを思ってか。そうなのだとしたら素直に嬉しい、クリスは将来を自分で切り開きたいと願い、今まさに努力している最中なのだから。
「これは誰にも相談できないやつかな」
「そうだな、私たち二人の胸にしまっておこう」
クリスのつぶやきに未来が答える。教会のおかげでクリスの身は現状維持が決まっているらしい。それをわざわざ引っ掻き回す必要もないだろう。
幸いにもクリスひとりではない。未来と一緒に共有できる悩みだ。クリスはそのことをありがたく思いながら、廊下を歩き始めた。
◇
「じゃあいつなら手伝いに来てくれる?」
「えっとぉ…」
クリスは以前教会であったことを思い出しながら、今置かれている状況を改めて考える。これは、グランタ商会の奥様が一枚噛んでいると言うことか?それならばあまり近寄りたくはない。しかし、友達であるミトを傷つけないいい断り文句はないものかと。
「母さんが何か言ったみたいだけど…」
「っ!」
返答に困っていると、ミトから気になる言葉が発せられる。ミトはあの事を知っているのか、その上で声をかけているのであれば、何かしらの意図があってのものなのか。
「俺、そんなの気にしてないから!クリスは気にせず手伝いに来てくれれば大丈夫だから!」
「…」
クリスは思わず気が抜ける。あの事を知った上で、“俺は”気にしていないとはなんとも無責任なことか。つまりはミト自身、クリスのことなど何も考えてくれていないと言うことではないか。
「クリスー!こいつ馬鹿だぞ?こんな奴だったか?」
未来がうるさく騒ぎ立てる。未来はすぐに人を馬鹿扱いする癖があるが、今回ばかりはクリスも同意したくなる。「もうちょっと周り見えてる人だと思ったんだけどなぁ」と気まずげに未来に告げるが、本当にそうだったのか思い出せない。
「わ、私は気になるかなぁ…、なんて、ははっ」
いつも気を付けている言葉遣いが乱れる。ゆっくりと、逃げるように一歩後ろに下がる。その様子に気づいたのか、ミトがすかさずすがるような視線を向けてくる。
その時。
「おい!クリス!」
クリスは肩が跳ね上がるほど驚き、声の方に顔を向ける。不機嫌面のアーク爺が腕を組んでクリスを睨みつけている。「前門の虎後門の狼ってやつか!?」と未来だけは楽しそうだ。
「な、なんでしょうか?」
もう気持ちがいっぱいいっぱいで震えそうになる声を必死で隠し、アーク爺に返事をする。
「ヴィレリーが呼んでるぞ。急ぎの用があるんだろ、さっさと行け!」
命令するような口調でクリスに告げる。その命令にはいと姿勢を正して従い、クリスは駆け足でヴィレリーの店へと向かおうとする。
アーク爺とのすれ違いざま、クリスはアーク爺にグッと腕を掴まれ、小声でこう告げられた。
「もう他の店でも手伝いはしなくていい。ヴィレリーには話しを通してある。詳しいことはヴィレリーに聞け」
クリスは小さく頷くと、ヴィレリーの店までの通りを走り出す。行商人が多く行き交う大通りに、クリスの姿はあっという間に消えていった。
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