始まりの街 27
今回はちょっとテイストを変えてみました。
夏真っ盛りのクーリアの街。クリスは公園の日陰にあるベンチで溶けたように佇んでいる。
「はぁ〜もう無理だ。私にあの仕事は向いてない!」
「そんなの初めから分かってただろ。意地を張って仕事引き受けたのはクリスじゃないか」
「そうなんだけど…。こんなにも役立たずだなんて、悔しい」
珍しくお手伝いで引き受けた仕事が上手くいかなかったようだ。未来が人には向き不向きがあるからな、クリスは知的労働が似合ってるぞと励ましている。
そこへ一人の男の子が近づいてきた。
「クリス、悪かったな。無茶な仕事させて」
「ん?大丈夫ですよ。他の子は皆んな役に立ったんですよね?私だけが力不足ですみませんでした」
「…。他の子って、みんな男だったんだ。女で手伝ってくれたのはクリスだけだから、母さん喜んでたよ」
どうやら、男ばかりの力仕事にクリスが参戦した形らしい。
「ミトの家、お店大きくするんですね。ミトも将来は大店の若旦那ですね」
「大店なんて大げさな。俺の代で店を畳まないようにってプレッシャーの方が強い」
クリスのからかうような言葉に、ミトと呼ばれた少年は首をすくめて返事をする。
ミト・グランタはクリスと同じく学校に通う男の子、クリスより一つ年上だ。家は商家で、小麦や砂糖など食品を多く取り扱っている。この日は、ミトの実家が店を新しくする為の引っ越しがあり、クリスはその手伝いをしていたのだ。
「クリスは力仕事向いてないんだな。何でも得意そうだから意外だった」
ミトの苦笑まじりの指摘に、クリスはリスのように膨れる。悪い悪いと言ってミトはクリスに水筒を渡した。
「ありがとうございます。私はもう力尽きてますが、ミトはまだ作業手伝ってるんですよね?サボってて大丈夫ですか?」
「別にサボってる訳じゃないんだけど…。
母さんが、定期的にうちに手伝いに来ないかって。クリスのこと気に入ったみたいなんだ」
ミトはクリスに視線を合わさずにそう告げる。心なしか、耳の端が赤い。
定期的な手伝いというのは、そのまま将来うちで雇うという誘い文句だ。しかも店を大きくする繁盛店からのお誘いということは、将来の安定が約束されたようなものだった。教会の孤児にとっては夢のような話だ。
「あー…。そう言うことですか。
ありがとうございます。嬉しいお誘いなんですが、あんまり将来お店で働きたいって考えてないんですよ。
折角のお誘いですが、ごめんなさい」
クリスの申し訳なさそうな、でもきっぱりとした返事にミトが不機嫌そうに顔を歪める。
「クリスは、色んなお店の手伝いしているみたいだけど、将来のことちゃんと考えてるの?」
簡単に振られてしまった腹いせか、少し冷たい口調で質問を投げかける。
クリスは、少し困ったような顔でミトの目を見つめて、ゆっくりと口を開いた。
「みんなには言ってないんですが、私は魔の適職があるんです」
「ッ!」
「魔石への魔力供給もできるので、仕事を探さないと行き倒れるなんてこともありません。
私は、魔法に関する仕事がしたいんです。だから、今は色んな仕事を通して、自分が魔法を使って出来る仕事を探しています」
一つ下の女の子とは思えない、穏やかででもしっかりとした意志を感じさせるクリスの言葉と揺るがない視線にミトはたじろいだ。
「魔の適職って…。でも、学院は行かないのかよ?」
「そうですね、学院に行った方が魔法を学ぶには手っ取り早いと思います。でも、学院には行きません」
自分で何とか出来るから、そんな強い気持ちが読み取れるクリスの瞳に、ミトは言葉をなくす。
困って、どうしたら良いか分からない様子のミトに、クリスはふっと笑ってこの話しは内緒にしてくれると嬉しいですと口元に人差し指を当てた。
ミトを見つめるその瞳は日陰にいてもなお透き通る金色で、その金を縁取る表情が妙に大人びていて、ミトはドキリとした。そして一呼吸分の間を開けて、あぁ言わないと約束をしてくれた。
「でも、たまにはうちに手伝いにきてくれると助かる」
「はい、力仕事は勘弁してくださいね」
そんな会話をして、ミトは駆け足で帰っていった。
「本当に良かったのか?クリス」
「だって、お店で働いてたら今みたいに図書館に行ったり実験したり出来なくなっちゃうよ?
楽しくないじゃん」
「クリスが実験を楽しんでくれていたとは意外だね。ま、私も店に毎日縛られるより、最低限の生活と魔法があればそっちの方がいいな。最悪は冒険者でもしよう!」
「やだよ、体力ないの知ってるでしょ?」
むくれ面で未来の言葉を受け止めるクリスだが、先ほどの話しを断ったことによる後悔の色はない。
「しかし、ミトとか言うやつもしかしてクリスの事好きなんじゃないかー?」
「えぇ、やめてよ。ミトは大店のご子息って立場になるんだよ?貴族との繋がりだって作れる立場なのに、何が嬉しくてこんな孤児を好きになっちゃうの?」
冗談も程々にしてと呆れ顔のクリスに、未来はそれもそうだなと高笑いする。
未来などクリスの3倍は生きているはずなのに、前世の清らかさが祟ってそっち関係の話しにはいまいち鈍いのであった。
◇
「珍しいな、アルが俺を誘うなんて」
「たまにはな。そう言えば知ってるか?」
「ん?」
街の小さな酒場、喧騒に埋もれないくらいの、ようやく聞こえるくらいの声でアルマンはダグノフにも酒を進める。簡単なつまみを注文するアルマンに向けて、ダグノフは話しの続きを視線で促す。
「グランタ商会の女将さんが、クリスちゃんを嫁に寄こすように教会に寄付金を渡そうとしたって」
ダグノフの手が止まる。エールを口に含んでいたら吹き出していた事だろう。
「だっ!」
「まあ落ち着け。そうお金で人を売るような事はしてないって、教会側は断ったらしいけどね。
まずは本人としっかり話しをしてくださいって司祭が話したら、じゃあ説得しますって逆に燃え上がっちゃったらしいぞ」
「それは、落ち着いていられる話じゃないだろ!?」
「でも、クリスちゃんからしたら美味しい話だろ?孤児から大店の若女将だ」
アルマンはじっとりした瞳でダグノフを見据える。何が落ち着いていられないんだ?とダグノフに尋ねるように。そもそもアルマンはどのようにしてこの情報を手に入れたのか、斥候として優秀なこの男の底は知れぬ。
「確かに、そうだが…」
客観的に見れば大出世、孤児になってしまった女の子なら誰もが憧れるような内容だ。
「ダグはさ、クリスちゃんの事どう思っているわけ?」
「俺は…」
いつまでも、相談に乗ってくれる小さな女の子。自分よりも小さいのに、しっかりしていて頼りになる。ずっとそんな存在であると勝手に思っていた。
ダグノフは考える。クリスが大店に嫁ぐのは喜ばしい事なのに、なぜ自分はこんなにも焦っているのかと。
「ま、俺が伝えたかったのはそれだけ。
料理きたら食べていいから。じゃな」
アルマンは、本当にその事だけを伝えると店を後にした。気付けばアルマンのグラスだけが空である。
押し黙り、料理もエールも喉を通らないダグノフを一人店に残して。
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