始まりの街 26
初めてライトのスクロールを使ってからすでに1ヶ月以上が経過していた。クリスは探していた糊も無事に作ることができた。貼って剥がせると言う程優秀な訳ではないが、粘着力が弱く剥がしても紙を傷つけにくいものが出来たのだ。
ではここで早速新しい魔法陣作りに挑戦と行きたいところだが、「そんなことをするのは愚か者の証拠、愚の骨頂!」という未来の言により、まずは既存の魔法陣を描いた上で考察をする事になった。
「紙と、インクと、ペン。あとはライトのスクロール、これだけあれば大丈夫かな?」
「線を引く道具と円を描く道具も作っただろ?
今の所分かっている材料はこれだけだからな。上手くいかなかったら図書館に行って足りなかったものを探せば良い」
いつもはダグノフの相談を受ける部屋に今はクリス一人である。落ち着いて作業のできる場所が欲しいと言う事で、司祭にお願いして今日1日借りている。
目の前に並べられた紙とインクとペン、これらはヴィレリーの魔導具屋で購入した。中くらいの魔石を満タンにしてヴィレリーに届けに行った時、約束通り100ペーリを受け取った。ヴィレリーはどのくらい出来たかしらとその場ですぐに確認したが、その後目を丸くしたまましばらく固まっていた。
そんなヴィレリーをよそに店内を物色したクリスは、紙とインクとペンをカウンターに並べ、先ほど受け取った100ペーリの殆ど使ってそれらを買い取ったのだった。「あの時のヴィレリーの顔は見ものだったな。」とは未来の感想である。お世話になっているのに何とも失礼なことか。
「このライトのスクロールを真似してかけば良いんだよね?」
「ああ。円が書きづらいから、慎重にな」
クリスはまず何も書かれていない紙の上に、魔石の入っていない細い線のペンで下書きをしていく。
未来と作ったコンパスのようなもので紙に印を付け円を描く。物差しのような木板2枚を使い、三角や、平行線、四角を描き、模様にしていく。
1枚目は途中でバランスが悪くなり、線と線の先が思う角度で合わなくなってしまったので失敗となった。そして未来と話し合い、2枚目を描く時はここに印を付けようとか、この手順で書いていこうと決めた。
2枚目はさらに慎重に描き、描き終えた頃には1時間を超えていた。
「これはなかなか疲れるね」
「これ一枚で15ペーリで売られるんだろ?割りに合わないな」
「もっと上手く描く方法があるってことなのかな?」
「そうかもしれないな。庶民には印刷とか縁がないけど、魔導具作成とか貴族の間では印刷技術とかあるのかもな」
何その印刷技術ってとクリスはボヤいたが、話しが長くなりそうなので詳しい説明は求めなかった。未来のことだからこの作業が終わって落ち着いたらきっと説明してくれるだろう。未来は指導とか、情報の共有の仕方が意外にも上手なのだ。
「じゃ、インクつけて書いていくぞー!」
未来に促されていよいよ本番である。魔導具専用のペンを紫色のインクに浸す。瓶の角でペン先の余分なインクを整えて、紙の上に色を落とす。
あまり伸びがいいとは言えないインクは、何度もなんどもインクを付け直さなければならずイライラとしてしまう。インクを手で擦ってしまわぬよう、左から右へ、複雑な部分は紙を回しながら、息を詰めて丁寧に慎重に描いていった。
「こんなもんかな」
朝から初めて1枚目の失敗を重ね、完成したと思えたのはもう昼食前の時間だった。乾ききっていないインクがないか角度を変えて光の反射具合を確かめる。細い線の下書きが全て見えなくなっていることを再度確かめてクリスはようやく笑顔で上出来と呟いだ。
すぐにでも発動させてみたい気持ちと、発動させればすぐに焦げ付いてしまうもったいなさを天秤にかけて悩んでいるクリスに、未来が声を掛ける。
「これは昼食の後に発動させてみよう。もし欠陥があって火事でも起こしたら大変だからな。慎重に、結界とか張ってからやろうぜ」
確かにそうだ。しかし結界とは何だろうか、耳慣れない言葉に疑問が浮かぶ。後で説明するよと言われれば、頷く他ない。クリスは午前中酷使した目を両手で多い、温めながらん〜と力いっぱい伸びをした。
◇
「じゃ、結界について説明するぞ。
結界というのは、目に見えない壁で守られた空間みたいなものだと思ってくれ。具体的にいうと、これからクリスには魔力でできた小さな部屋を作ってもらう。ちょっとやそっとの衝撃じゃビクともしない、そんな壁をイメージして部屋を作ってくれ」
「そ、そんなこと急に言われても…」
「しのごの言わずにやるんだよ。はい、クリスが入るくらいの四角い部屋を思い浮かべて…魔力を込める!」
「ッ!」
たまにすごい無茶振りをする未来がここで出てきた。クリスは何を言っても無駄だと分かっているので、とりあえず言われた通りにやってみる。そしてやったら出来てしまうのが女神様がプレゼントしてくれたこの体のすごいところである。
「これ、出来てるかな?」
「出来てるんじゃないか?外から石でも投げてもらいたいな」
ダグノフあたりにと続く言葉には呆れた。なぜ最初から全力の攻撃を受けようとしているのか。子供に突いてもらうぐらいでも良いじゃないかと思うクリスは甘いのか。
「じゃ、この中で魔法陣を発動させよう」
「うん、分かった。
“暗闇を照らせ ライト”」
自分の作った魔法陣だ、じっくり観察したいとクリスは瞬きせずに魔法陣を見つめる。魔法陣は以前使用したものと同じように、光を発してジュッと焦げ、そしてライトを発した。
「おぉ。成功だな、クリス。おめでとう」
「わぁ、明るい」
クリスは目の前の事にいっぱいいっぱいで、コメントが雑である。
「追加の道具は要らなさそうだな。じゃ、他の実験もしてみるか」
そう言って、あらかじめ相談していた実験を始める。もう一度魔法陣を描くほどの手間はかけられないので、円に象徴を一つ書き、それ単体で発動させるのである。もちろん、クリスの周りには結界を張っている。クリス自身にも、自分が強くなるようなイメージでと未来に言われ、そのように魔力を込めて防御力を上げている。
「魔法陣て本当に円が繋がるか、象徴が書きあがった段階で発動するんだな」
「月の象徴はライトみたいな明かりがつくんだね。でもすぐに消えちゃった」
「これを長持ちさせるために“待機”の象徴を使うんだよな。あと、術者に付いてくるように“追跡”か」
「まずは待機を足してみようよ。待機1つでどのくらい長持ちするかを調べた方がいいよね?」
「あぁ、シスターに砂時計を借りにいこう」
こうして、陽が傾き夕食の時間になるまで何度も魔法陣の実験が繰り返された。
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