始まりの街 25
「ごめんくださーい。」
指定された日、指定された時間、ここは初めて来る場所である。
「いらっしゃい、どうぞ入って。」
そう言ってドアを開いて招き入れてくれたのはアルマンだった。今日はアルマンから約束の魔法薬を受け取り、そしてそのお礼としてアルマン達パーティの為に夕食を作るのだ。
「お邪魔します。」
「キッチンはこっちね。食材は置いてあるの何使っても良いから。」
「おや、クリスさんいらっしゃい。今日は楽しみにしていますよ。」
家の中にはディータもおりクリスに声をかけてくれる。案内された家の中はそこそこの広さで、キッチンもそこから見えるリビングのような場所も綺麗にされていた。これは、毎回掃除のお手伝いをしにやって来る教会の子が丁寧に仕事をしているからだろう。そう思うと、仕事を斡旋した手前クリスはホッと安心する。
「では、スープとメインとサラダで良いですか?何か食べたいものはありますか?」
「あー、エーミエルは豆が嫌いなんだ。ここに食材は置いてないが、もし持ってきてたら使わないでやって。
あと、ディータはトマトのスープが好きだよ。」
アルマンは何を考えているか分からないところが多いが、気を使える男のようだ。仲間の好き嫌いをしっかりと把握している。
「他にありますか?アルさんとダグノフさんは?」
「俺は好き嫌いないし、ダグはクリスちゃんの作ったものなら何でも食うよ。」
アルマンは何でも食べられるらしい。ダグノフに関しては、満足のいく答えをもらえなかったが、何を作っても良いと言う事だろうか。つまりは失敗しなければ大丈夫だろう。
ディータはその会話を苦笑して聞いていた。
「ダグは、魚の匂いが嫌いですよ。臭みがなければ大丈夫ですが。」
ディータがこっそり教えてくれる。魚か、今回は肉料理を作るつもりだったから問題ないが、また機会があるようなら気をつけようと心に留める。
「では、早速始めますね。」
野菜を細かく切って鍋に入れる。湯むきしたトマトを刻み、水を足し、刻んだベーコンを入れてミネストローネを作っていく。ベーコンから出た塩味が野菜の旨味を引き立てる。ここにいるのは冒険者なので、ボリュームが出るようにショートパスタを加える。
これは教会でもよく食べる料理の一つだ。今回のように、こんなにたくさんの具は入らないが、それでもこれを食べてダグノフが教会を思い出してくれたら嬉しいと思いながら作った。
サラダは簡単に野菜をちぎり、お手製のドレッシングを用意した。未来が教えてくれたオニオンドレッシングだ。オリーブ油と塩とビネガーの単純なものではなく、オニオンとガーリックの風味を加えている。教会で作ると子供達には不人気だが、ここは大人ばかりなので多少癖があっても楽しんでくれるだろう。
最後にメインだが、ミンチにしたオーク肉を練って卵とミルク、飴色玉ねぎを加え、ハンバーグを作る。これはクリスが料理当番に入るようになってから教会で人気となったメニューの一つだ。両面にしっかりと焼き目をつけて、鍋に蓋をして中までしっかりと火を通す。4人分だが、胃の空き具合がわからないのでたくさん作る。
焼けたハンバーグを皿に移し、肉汁の残った鍋に赤ワインといくつかの調味料を足して煮込み、ソースを作る。
「良い匂いだね、クリスちゃんは料理得意なの?」
リビングでディータと話しをしていたアルマンが匂いにつられてやって来る。
「教会での料理当番もありますから、料理はできますよ。
お口に合うと良いんですが。」
素直にそう口にする。きっと、ハンバーグやオニオンドレッシングは珍しい料理に分類されるだろう。だから本当に口に合うかが分からない。
「こんなに良い匂いさせてるんだから、大丈夫だよ。」
アルマンはそう励ましてくれる。後からやってきたディータも、良い匂いですねと笑顔を向けてくれた。
「では、これがスープとサラダです。ドレッシングはこの瓶に入れたので、食べる前にかけてください。
これがメインのお肉です。食べる前にこの鍋のソースと一緒に煮込んでもらえれば熱々が食べられますよ。」
そして完成した料理を前に、アルマンとディータに説明をする。食べているところを見たいとは思うが、暗くなる前に教会へ帰らなければならないし、夕飯の時間だって決まっている。アルマン達も一緒に食べられないのが残念だねと言っていた。
「そう言えば、ダグノフさんとエーミエルさんは?」
「あぁ、あの二人なら武器屋に行ってるよ。メンテナンスに出してたから、帰りに簡単な魔物でも狩ってるんじゃないかな?」
冒険者の日常とは何とも物騒なことか、クリスはそういうものかと思い頷いた。
約束の魔法薬をアルマンから受け取ったクリスは、ここに居ない二人にもよろしくお伝えくださいと言い、教会へ帰っていった。
◇
「ただいまー、腹減ったー。」
「すまん、遅くなったな。」
そういってエーミエルとダグノフがパーティの家に帰って来る。
「あれ?良い匂い。今日料理作ったの?」
エーミエルが鼻をヒクヒクさせながらキッチンへやって来る。いつも出来たものを買って来るか食べにいくかの夕飯が、今日に限ってはキッチンで作られた跡があった。
「あぁ、クリスちゃんが作ってくれた。」
「ッ!?」
アルマンがさらりとそう告げる。その瞬間のダグノフの顔が険しいものに変わる。
「へぇ今日だったんだな、クリスちゃんが来るの。」
何気ないエーミエルの言葉に、ダグノフが険しい顔のままそちらを見やる。
「どういうことだッ!」
ダグノフが強い口調でアルマンに尋ねる。どうやらダグノフだけがこの事を知らされていなかったようだ。
「クリスちゃんから“お願い”されたことがあってね、そのお礼に料理を作ってもらったんだ。」
含みのある表情でアルマンがダグノフの質問に答えるが、その答えにダグノフが顔をさらに歪める。
「お願い?クリスが?」
「そう、お願い。俺にね。」
一触触発の空気が流れるが、ディータが止めに入る。
「こら、アルからかわないで下さい。
ダグも、クリスさんの作った料理食べないんですか?」
そんなことを言われてしまえば怒りを抑える他ない。クリスの作った料理は何としても食べたいダグノフは、何とかその怒気を抑える。
「では、クリスさんの作ってくれた料理、火をかけ直すので少し待っていてください。」
そう言ってディータは手のかかる仲間を仕切り、クリスに言われた通り料理の仕上げを行う。まるでこのパーティのおかんである。料理が出て来るまでの間、リビングではアルマンとダグノフの間に重い空気が流れていた。
「うんめぇ!」
「えぇ、これは美味しいですね。このドレッシングなんてガーリックのアクセントが効いていて手が込んでいますよ。」
「教会の料理当番って言うより店出せるレベルだな。」
皆口々に感想を言い合う中、ダグノフだけは無言でガツガツと食べている。
「ダグ、料理は逃げませんからゆっくり食べなさい。」
ディータは見兼ねて注意をする。が、ダグノフが手を緩めることはない。
「ま、うまいから仕方ないな。」
エーミエルは何ともあっけらかんとしたものだ。
皆クリスの料理が気に入ったようで、おかわりを繰り返し、クリスが多めに作った料理はあっという間になくなっていた。
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