始まりの街 24
23話からの続きです。
初めてのパウンドケーキは成功した。表面は綺麗に焼上がり、火の通りを確認するために半分に切って見たのだが、何ともいい香りをさせた黄色い断面が顔を見せる。
「わぁ、美味しそう!」
「ふむ、なかなかいい出来栄えだな。」
クリスの声に喜色が混じる。未来も異世界でのお菓子作りがうまくいって満足げである。
では早速と2つ目、3つ目のパウンドケーキを作ってみるが、2つ目の焼き作業の間に3つ目の生地づくりをしていたら気を抜いてしまったようで表面を焦がしてしまった。
食べれないというほどではないものの、折角なら美味しく綺麗なものをみんなに食べてもらいたいと思っていたクリスは反省して3つ目のパウンドケーキを集中して焼く。
こうして、夕飯の準備に他の子供たちやシスターが来るまでの間に何と4本ものパウンドケーキを焼き上げた。
「クリスお姉ちゃんすごい!!」
「美味しそう、いい匂いがする!」
「早く食べたいよ!」
「クリスさん、こんなにたくさんありがとうございます。大変だったでしょう?
さぁ、皆さん。これは夕飯の後に頂きましょう。」
子供達の嬉しそうな声にクリスの疲れが吹き飛ぶ。そしてシスターハンナの気遣わしげで、どこか嬉しそうな声にクリスの心がムズムズと喜ぶ。ちなみに、この件でちょっと怒られたらしいシスタークララは端の方で神妙な顔をしているが、頬が緩んでいるのが隠せていない。
そして、夕食後にみんなで食べたパウンドケーキは甘くほろほろとした食感で、子供達もシスター達も皆夢中で食べたのだった。
◇
「これ、いつもお世話になっているお礼です。受け取ってください。」
普段は生徒から物など受け取らないアーク爺だが、鼻を鳴らしながら「あぁ」と言って受け取ってくれた。
クリスは昨日作ったパウンドケーキを、普段お世話になっているからとアーク爺とヴィレリーに渡す事にしたのだ。生徒とのやりとりに気難しいアーク爺は、シスターハンナが是非にと言っておいてくれたお陰で何とか受け取ってくれた。アーク爺は甘いものが好きだといいなと思いながら、早めに召し上がってくださいと言葉を足しておく。まぁ、アーク爺には娘さんもお孫さんもいるから食べてもらえないという事は無いだろう。
次はヴィレリーだ。
「これ、作ったんです。よければ召し上がってください。
いつもお世話になっているお礼です。」
ヴィレリーのおかげで割りの良い仕事を回してもらっているのだから、クリスは感謝している。ヴィレリーからすれば、割りに合わない仕事を丁寧に定期的に引き受けてくれるクリスに感謝しているところであるが、そんな弱みは見せないヴィレリーである。
「あらあら、良いのかしら?嬉しいわ。これ、開けてみても?」
笑顔で尋ねるヴィレリーにはいと答える。そして包みを開けたヴィレリーは目を丸くする。
「あら?これはもしかして焼き菓子?どうしたのこんなもの、教会に古いレシピでもあったのかしら?」
どうやら驚いているようだ。それもそうだろう、焼き菓子を作れる庶民など少なくともクリスは聞いたことがない。
「えっと、どこかの本で読んだんです。」
タイトルは忘れましたけど、と笑ってごまかす。どこかで噂になった時に辻褄が合わないといけないので、シスタークララに話したことと合わせておく。
「貴重なものを頂いちゃったわね、ありがとう。大切に食べるわ。」
そう言って包みを直してパウンドケーキを脇に置く。
「ところでクリスさん。無理にとは言わないんだけど、これ試してみないかしら?」
「…え?」
そう言ってクリスに手渡したのは中くらいの空の魔石だった。クリスは一瞬固まり、目を開いてヴィレリーを見据える。彼女はどの程度、クリスのことを分かってるのか。それとも言葉通りに、ただ試して欲しいだけなのか。
「いつも供給をお願いしている人が1ヶ月程王都へ行ってしまうらしいの。そこで、クリスさんがもし出来るならと思ったのだけど、どうかしら?」
理由はわかった。出来るかどうか知りたいと言ったところだろうか。いや、出来るのだが出来てはいけない気もする。
「1週間預けるから、その間に供給できるだけ供給してもらえないかしら?それで100ペーリお支払いするわ。」
何ともお得な条件にゴクリと唾を飲む。未来も「やってみようぜー」と気楽に賛成している。1週間で100ペーリは破格だ。クリスはゆっくり頷き、やってみます。と神妙に伝える。
よろしくねといつもの麻袋に魔石を入れ、今預けている小さい魔石は多少遅くなっても良いわと言い添えてクリスに麻袋を手渡す。
クリスは高価なものを手にした時のようなぎこちない動きで店を後にし、教会へ帰っていった。
◇
「しかしとんでもないもの受け取っちゃったなー。」
魔石への魔力供給といえば教会の聖堂である。静かなその空間で拳大の魔石をじっと眺める。
「良いじゃないか、いつかチャレンジしたいと思ってただろ?遅いか早いかの違いだけだって。」
「学院にも行ってないのに、あんまり目立ちたくないなぁ。」
「今更だろ。それに魔法陣が完成したらヴィレリーに見てもらうんだろ?どうせ。」
「そうだけどさ…。」
ぶつぶつと納得いかないような顔で不満を言うが、魔力供給をしないと言う選択は無いらしい。
「しかしあの婆さんも食わせもんだよな。1ヶ月くらい魔力供給しなくても大丈夫なんじゃ無いの?」
「どうなんだろうね?魔石売ってるお店は見たことないから需要とか分からないんだよね。」
クリスの生活圏に魔石を魔石のまま売っているお店がなく、どのくらい売れているのか、どのくらい市場に出回っているのかが分からないため今回の件は何とも言えない。ヴィレリーの魔導具屋では魔導具と魔石がセットで売られているし、冒険者ギルドのような場所は入ったことが無い。
「分からない事を考えても仕方ないな。じゃ、早速やってみよう。」
未来のその声に賛同し、クリスは魔石を両手で包んでいつものように魔力を込める。いつもよりもグッと魔力が持っていかれる感じがして焦るが、ペースを乱さぬよう慎重に魔力を込めていく。小さい魔石ならばとっくに満タンである頃合いだが、全くそんな気配はなく、どこまで続くのだろうかと顔が強張る。
それでも10分から15分ほどで、魔石は濃い紫色に色づき満タンになった。
「これ、結構かかったな。」
「いつまでも終わらないから焦っちゃった。ちょっと怖かったよ。」
「でも出来たな。普通の人だと、これを毎日1時間、5日かけて満タンにするんだろ?」
「はえぇ、私にはそんな事出来ない。」
魔力が高すぎて感覚が狂っているクリスである。する必要ないんだよと笑いながら未来は突っ込むが、クリスは魔力供給で疲れてしまったのか、返事がない。
「疲れちゃった?魔力切れしそう?」
「いや、魔力は多分まだあるけど。長い間集中して魔力出し続けるのに疲れちゃったかも。」
「魔力の放出量をあげて短時間で済ませられれば解決するかな?もう一回試したいな。」
疲労感は滲ませるものの、何とも贅沢な悩みを話し始める二人である。
そして紫色に色づいた魔石を、祭壇のガラスから溢れる太陽の光に当てて確認する。
「小さい魔石より力がこもってる感じがするね。」
「魔力を取り出せたら、また魔力供給試せるのにな。」
「それはどうやってやるんだろうね?そう言う魔導具あるのかな?」
「そんな無駄な魔導具はないだろうな。効率よく長く使えるように工夫するものだろ、普通は。」
そんな事を話し合いながら、中くらいの魔石への初めての魔力供給は無事に成功となった。
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