始まりの街 22
今回は21時更新になってしまいました。
「クリスちゃーん!」
大通りを歩くクリスを呼ぶのはパン屋の看板娘カリーナのものだ。彼女の明るい声に、クリスは自然と笑みを浮かべながら返事をする。
「カリーナさんこんにちは。今日も大人気ですね。」
クリスの言葉通り、カリーナが店番を努めるパン屋は人が途切れることの無い人気店だ。彼女の父である店主が焼くパンが美味しい事もあるが、半分は彼女目当ての客である。
今も店には何人か客が入っているようだ。
「店番良いんですか?抜け出して来ちゃって。」
「大丈夫よ、今は母さんに声をかけてあるから。それよりクリスちゃんいお礼が言いたくて!」
なんでも先日クリスのうっかりからカリーナに教えることとなったガーリックトーストの売れ行きが好調らしい。
暑い日でもガーリックの香りで食欲が進むとか、お酒のおつまみになるとかで普段パンを買いに来ない人も買って行ってくれるらしい。さらに料理好きなカリーナの父が様々な香辛料を試しているようで、中でもガーリックトーストに黒胡椒を合わせたものは酒飲みに堪らないと近所の酒場から出前を頼まれるらしい。
それは良かったですと、当たり障りのない返事をしながらカリーナの話しを聞くクリス。だって仕方がないではないか。クリス本人はその食べ物を食べた事がなければ、見たことさえないのだ。なんのコメントも出来ない。
「それでね、クリスちゃんにお礼でこれ。食べてちょうだい。」
そう言って包みを手渡したカリーナ。驚きつつもお礼を言って中身を見てみれば、そこにはスライスしたトーストに何かがまぶしてあり、硬く焼かれた、そんな食べ物が入っていた。もしかしたらこれがガーリックトーストだろうか。
「これは?」
「これはね、父さんがアレンジして作った、ガーリックトーストのお砂糖バージョンよ!」
どうやらガーリックトーストではないらしい。子供であるクリスを気遣ってか、甘いものをお礼として渡してくれたようだ。
この世界、庶民の甘味といえば干した果物やジャムであり、噂程度に貴族が“ケーキ”や“クッキー”などの焼き菓子を食べていると聞く位だ。パンはスープと一緒に食べるものと言う概念を打ち破り、粉物でできた甘味は貴族の真似事をしているようでなんとも魅力的なものに感じられるだろう。
あのガーリックトーストからこんな商品まで開発してしまうとは、カリーナの父はなんと勤勉な人物だろうか。
「ところで、なんでガーリックトーストなんて知っていたの?教会ではパンをああやって食べるの?」
聞かれたくない質問が来てしまった。別の世界の知識なのだなどとは言える訳もなく。
「あれは、確か本で読んだんだと思います。だから、実物は、見たことなくて。」
食べた事もないんですと口にする頃には声は掠れるほど小さなものになっていた。疑われはしまいかとドキドキしていたが、クリスちゃんは勉強家なのねーと呑気に返事をするカリーナにホッとする。
「なぁなぁクリス、カリーナに防腐剤あるか聞いてみよーぜ。」
ここぞとばかりに未来がクリスに声を掛ける。防腐剤とは、試作中の糊に使う為のものだ。あれから貼って剥がせる糊を探したが都合のいいものが無く、未来の知識を頼りに小麦粉やトウモロコシの粉で簡単な糊を作ってみたのだが、糊を塗ったところがカビやすいと言う欠点があった。「だから有機物は嫌いなんだ。」とは未来の言葉。なんでも、植物や生物が腐ったりカビたりするのには、目に見えない菌や生物が作用しているらしいのだが、未来はそれを敵視しているらしい。
未来のいた世界には、腐ったりカビたりするのを防ぐ作用のある薬があると言っていたが、それがどうやって作られているのかは知らないとのこと。
それなら、食品を扱っている専門家に聞いてみるのが一番だと言う事で、カリーナに心当たりがないか聞くことにしたようだ。
「あの、」
「カリーナァー!!」
クリスの声に、明るく弾けるような男性の声が重なる。声のする方に目をやればいつか見たことのある姿があった。それはダグノフのパーティメンバーであるエーミエルとアルマンだった。
「あら、今日は依頼なかったの?」
「今日は休養日なんだよー、俺とアルが買い物当番になっちゃったからこうして街に出てきたのさ。
でもそのおかげでカリーナに会えたんだから、最高についてるね!」
エーミエルはいつもの明るさにさらにキラキラを足した感じの笑顔でカリーナに話しかける。キラキラしているけれど、その鼻の下の長さはいただけない。一歩引いた表情でクリスはエーミエルの様子を伺った。
「クリスちゃん、久しぶり。」
半眼のクリスに声をかけたのはアルマンだった。こちらは落ち着いた雰囲気の笑顔である。
「こんにちはアルさん。カリーナさんのパンを買いに?」
初めて教会であった後にも何度かアルマンに会ってはいたが、“アルマンさん”と呼ぶと必ずアルでいいよと訂正されるので、最近はアルさんと呼ぶようにしている。距離感が不思議だと感じるが、未来がこいつには下手に逆らうなと言うので言われた通りにしている。ただ、アルさんと呼んだ時のダグノフの目はとても怖い。
「あぁ、最近美味しい商品があるって聞いたからね。」
「そうなのよ!このクリスちゃん考案なのよ!」
クリスとアルマンの会話にカリーナが加わる。エーミエルはニヤニヤとカリーナの顔を見つめている。
「へぇ、それは是非食べないとな。ダグノフの分は買わなくていいか。」
「そ、そんなことは言わずに、みなさんで召し上がってください。」
アルマンは時たまダグノフに厳しい。パーティの人間関係はよく分からないが、クリスはなるべく皆んなに仲良くしていてもらいたいとは思っている。だから、焦ってそう声を上げる。
「ふふっ、クリスちゃんをからかわないでちょうだい、アルマンさん。そんなこと言うなら皆んな仲良く食べないって選択もあるのよ?」
カリーナがいたずらな瞳でアルマンにウインクする。アルマンは参ったと言いながら頭を掻き、皆んなの分買っていくよと言ってくれた。クリスはホッと胸を撫で下ろし、カリーナの人馴れした対応に感謝する。
「そう言えばクリスちゃん、何か言いかけていたみたいだけど?」
こうやって人に気を使えるところも、彼女のいいところだ。
「はい、実はものを腐りにくくしたり、カビにくくするような、そう言うものを探しているんですが、何か知りませんか?」
エーミエルとアルマンが来たので、この質問はまた今度になるかと思っていたがそうはならなかった。すごく急いで探している訳ではないのだが、早く聞けるのならそれに越したことはない。
「腐りにくく?私より父さんの方が詳しいと思うけど。私が知っているのは、塩で漬けてお肉やお野菜を長持ちさせたり、砂糖を多めにしたジャムが痛みづらいとか、そんな事くらいよ?」
やはりこの世界の食品加工技術とはこの程度のものか、未来もなんとなくそんな答えだろうとは思っていたが、改めて聞くとやはり残念な気持ちになる。
「クリスちゃんは、食べ物を保存したいの?」
「いえ、食べ物ではないんですが、小麦から糊を作っていて…」
「食べないんだったら、魔法薬の一つに性質を長持ちさせる薬があるよ。」
「えっ!」
さらりと話しに加わったのはアルマンだった。そして、魔法薬の一種に心当たりがあるらしい。それはどう言うものなのか、クリスはアルマンに尋ねる。
「俺の使う魔法薬に、植物性の劇薬とかの品質をそのまま保つようにする薬があるんだ。手作りの毒とかも、劣化せずに使えるようになるから毎回作り直さなくてもいいし、便利なんだよね。」
ちょっと高いけど、1本あれば結構長く使えるしと続けるアルマンはいい笑顔だった。いい笑顔でクリスにとってはまたとない情報を与えてくれるのだが、クリスの背中には冷たい汗が流れる。この人、毒とか作ってるの?と。
「あ、ありがとうございます。参考になります。ちなみに、どこに行けば買えますか?」
「今度少し分けてあげるよ。クリスちゃんが思っているものと違ったらもったいないでしょ?」
さらに笑顔でそう言うと、今度空いている日は?じゃあその日に小瓶を持ってきてねとどんどん話しを進めるアルマンに、クリスは冷や汗の引かないまましどろもどろに答える。そして、最終的には薬のお礼として4人の住んでいる家に一度料理を作りに行く事が決定して話しが終了した。
「クリスちゃん大人気ね。」
カリーナでさえ若干引いた笑顔でそう言いながらパンを買いに行く冒険者2人を見送る。エーミエルは何を聞いていたのやら、クリスちゃんのご飯楽しみーと呑気なものだった。
「カ、カリーナさん。トーストありがとうございます。」
やっとの事でそう言ったクリスの顔は硬い。糊に関しては一歩進んだようだが、なぜか嬉しくない。重い足取りで教会に帰るクリスを唯一励ましてくれるのは、甘いと聞くトーストだけだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、ポイント評価ありがとうございます。励みになります。
明日は20時更新できるよう頑張ります。




