始まりの街 21
革と薬の混ざったような香りがする狭い店内、ここはヴィレリーの魔導具屋。
「おい、クリスに無理させてるんじゃないか?
最近魔石が手に入りやすくなったって聞くが、あの子が手伝い始めた時期くらいからじゃないのか?」
アーク爺がトゲのある声で店主に尋ねる。
「やだね、何言ってんだい。
こっちは“普通”にお願いしてるだけだよ。」
人聞きの悪いと鼻を鳴らす店主のヴィレリーだが、クリスに頼んでいる魔石への魔力供給がとても“普通”とは言い難いことを自覚している。もちろん、そんな事をこのアーク爺に伝える気はないのだが。
「クリスは平気そうにしているがな、健気な子だから、悪いババアが何させてるか心配してんだよ。」
「なっ!私がババアならあんたは死に損ないさね。
何もさせてないって言ってるじゃないか。」
「あんまり無茶な事させると、商店の奴らに恨まれるぞ。クリスを狙ってる店は多いからな。」
そう言うことか。わざわざヴィレリーの店まで来て悪態をついているだけかと思ったが、この男はヴィレリーに忠告しに来たのだ。あまり外に出ず、周りの噂も気にしないヴィレリーがクリスの事で知らず知らずに周りに敵を作らないようにと。
「はんっ、何言ってんだい。あの子がその辺の店に収まるなんて笑い種じゃないか。
学院に行かないようだから魔導師にはならなさそうだけど、それでも貴族に仕えた方がよっぽどためになるよ。」
「お前がそんなに人を評価するなんざよっぽどだな。
やっぱり無茶させてるんだろ。」
二人は半眼でにらみ合う。
「ごめんくださーい」
そこへ噂の本人が店を訪ねてきた。店の建て付けの悪いドアをキキキときしませながら、アーク先生も居たんですねと二人に笑顔を向ける。
「あ、あら、クリスさん。今日は魔石の受け取りじゃないわよね?」
少し上擦った声でヴィレリーが声を掛ける。それでも先ほどの“悪いババア”は露ほども感じさせない良い役者ぶりである。
アーク爺は呆れ顔をヴィレリーに向ける。
「探しているものがあって。
貼って剥がせるような糊ってないですか?」
店の中を、普段は目を運ばないような隅にある棚の商品にまで目をやる。この店は魔導具屋だが、魔法関連という事で錬金術で作られたような薬品も置いてあるのだ。
「糊?くっ付いたら剥がれないような強力なものはあるけど、剥がせるのは…ないかしら?」
頬に手を当てて考え込むように答える。
「そうですか。ありがとうございます。
んーやっぱり作るしかないかなぁ。」
「おい、また変な事考えてんのか?」
アーク爺が声を掛ける。変な事ですかねと頬をぽりぽりしながらクリスは困った顔をする。
「ちょっと試したい事があったんです。
うまくいくようだったら、ヴィレリーさん相談に乗ってください。」
どうやら二人にはまだ内緒らしい。と言うか魔法陣に手を加えるなどそうそう人に言えるはずもない、とクリス自身も自分のやろうとしている事のおかしさを認識している。
「変なことばっかりしてると、働き口無くなっちまうぞ。」
実際そんなことはない。まだクリスが学校に通い始めて数ヶ月だが、既に教会を出たらうちの店に来て欲しいと考えている店が何軒かある事をアーク爺は知っている。
当の本人は何になりたいと決めるわけでもなく、いろいろな仕事に果敢に挑戦しては皆に気に入られて帰ってくる。
そんな事実があるから、アーク爺はここでクリスの仕事に対する意見を聞いておこうと思ったのだ。
「そしたらヴィレリーさん、ここで雇ってくれますか?」
事も投げにこんな事を言うクリスに、二人の顔は固まる。
「あ、あら、そう言ってくれるのは嬉しいけど、ここはこんなに狭いでしょ?それに、私だってもう歳だし。
クリスさんが満足できる程長くお店を続けられないわ。
それよりもクリスさんが望むなら領主様への紹介状でも書くわよ。」
「なっ!」
先程はババアを否定したヴィレリーだが、クリスの邪気のない発言に自分の認識を改めたらしい。そして、普段なら絶対口にしないような事を口にする。
どうやらヴィレリーには領主への伝手があるようだ。これには流石のアーク爺も驚きの声を上げる。
「そこまでヴィレリーさんにお世話になりっぱなしなのは気が引けちゃいます。
やっぱり、ヴィレリーさんに雇ってもらうのは迷惑ですよね、変なこと言ってすみません。」
クリスだけはヴィレリーの発言の稀有さに気が付かず、いつも通りの物腰だった。
ではまたと言って魔導具屋を後にするクリスを、二人は嵐が去った様な心境で見送った。
「おい、領主様への伝手なんていつ作った?」
「はんっ、あんたに言うギリなんさ無いね」
「つか、あの子はそこまで出来るのか?」
「クリスは言わないけどね、魔法の勉強はしてるみたいだよ。生活魔法ぐらいは出来るんじゃないかい?」
ヴィレリーは普段のクリスの態度や言動から、クリスの魔法の知識が増えている事を感じ取っていた。
生活魔法は魔の適職があれば誰でも使えるようになる。但し、学院へ行けばの話しだ。それが、学院にも行かない10歳の子が使えるなど、異常な事なのだ。
アーク爺はぐっと生唾を飲み、クリスの出て行ったそのドアを見つめた。
「商店の奴らには、諦めてもらうほかないな。」
クリスはその辺の店には収まらない。そんな認識をヴィレリーと共有したアーク爺であった。
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