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始まりの街 20

ダグノフは教会を見上げる。手にはいつものように角兎(ホーンラビット)を持ち、懐には紙とペンを入れている。

早いもので、この相談会ももう1年になる。あの頃困っていた自分。その生活が嘘のように改善された。それもこれも、あの少女、クリスのお陰だ。ダグノフはこの自分が狩った肉で、あの子がお腹いっぱいになればいいと考えていた。


「やっぱり、そうなんですね。」


珍しくクリスから質問を受け、その答えを告げればクリスは意味ありげな表情を浮かべて頷いていた。

ダグノフにとってこの子の考える事はよく分からない。難しい事を考えている時もあるし、ダグノフには気づかないような事を考えていることもあるようだ。だが、分からないと言う括りで見ればどちらも同じ事、ダグノフは下手に突っつかないようにする。説明されても自分が困ってしまうから。


「じゃあ、何か見分ける方法とかあるんですか?

 ライトのスクロールだって安くないじゃないですか。それが、2時間保つ時と1時間半ぐらいで終わってしまうのなら、2時間保つ方がいいですよね?」

「確かにそうだが。スクロールを購入しているのはディータだから、俺は見分ける方法とかは知らないんだ。」


もっとしっかり返答できれば、とは思うが答えられないものは仕方がない。下手に誤魔化すよりも知らないと告げた方がいい、素直である事は時に身を守るのだと、長い冒険者生活の中で身につけた知恵だった。


「いえ、お話しが聞けてよかったです。ありがとうございます。」


そう言って丁寧に礼を告げるクリスに、ダグノフは感心する。こうやって丁寧に対応されると気持ちがいいものだ。それを自分よりもずっと若いのに身につけているなんて、と。


いつだったか、クリスに丁寧な言葉遣いについて教えてくれと頼んだことを思い出す。クリスは敬語や丁寧さを感じさせる仕草について、色々と調べてくれていた。そして、ダグノフとのいくつかのやり取りの中で、クリスからこう言われたのだ。


「ダグノフさんは使ってる言葉が少なすぎです。」


そうなのだ。教会に来て、子供たちと話す分には兄貴気分で喋れるし、仲間との会話は、長い付き合いでお互いのことが分かっている事もあり、簡単な言葉で済んでしまう。それ以上に、ディータなどは察しが良いため、ダグノフが言葉にしなくても色々先回りしてやってくれることがある。

しかし、依頼主や他人に対しては、「おう」とか「わりぃ」しか喋っていなかったのだ。これは自分では気がつかなかったし、ディータももう少し丁寧な方がいいですよとは言っていたが、まさかダグノフがこんな少ない言葉で全てをやりくりしていただなんて知らなかっただろう。


だから敬語云々の前に、挨拶とお礼をちゃんと分けて話せるようになる事を目標にしばらく生活することにしたのだ。

朝、冒険者ギルドの受付に会ったら「おう」ではなくて「おはよう」、人に感謝するときは「わりぃ」ではなく「ありがとう」もしくは「助かった」、自分が悪い事をしたら「わりぃ」でもいいけど、「すまない」とか相手によって変えてみるなど。

クリスは丁寧な言葉遣いだから、どこでこんな冒険者風の言葉を覚えたのか正直気になった。クリスは、冒険譚とか読むから、それで知ったのかもしれませんと言っていたが、ダグノフは本を読まないので分からない。


クリスに教えられた言葉を使い始めた時は戸惑ったし、なんと言うべきか分からず結局「おう」「わりぃ」と言う事もあった。だが、クリスにちゃんとやっている、変わっていると伝えたくて、ダグノフなりに日々その日を振り返って自分がちゃんと言葉を使い分けていたかを確認をしながら過ごした。

この変化にすぐに気がついたのはやはりディータで、いいですねと褒められた。そして、こう言う言葉遣いもありますよといくつか教えてくれた。今までは口うるさいと感じていたその気遣いに、気付けばありがたみを感じるようになっていた。


そもそも丁寧な言葉遣いをクリスに相談したのだって、ディータが主に依頼主対応をしていたのだが、ちょっとした瞬間にダグノフが依頼主の反感を買うこともあり、それを申し訳なく感じていたからだった。

そして、気付けば依頼主に勉強しているようだねと肩を叩かれ、次も頼むよと言われるようになった。この時は自分の努力を認められたようですごく嬉しかった。

この子にはたくさんの目に見えないものをもらっている。本当に出会えてよかったと、女神への感謝を心の中で唱える。


「今日の相談は確か住むところの話しでしたっけ?」


物思いに耽るダグノフはクリスの言葉で我に返る。


「あぁ、クリスの言う通りに安い物件を探してみたんだ。

 そしたら、他の奴らも気になったみたいで、パーティで部屋を借りないかと話しになってな。

 物件自体は安くはないんだが、4人で金を出し合えば少し広い部屋が借りれそうで。

 3つほど迷っている物件があって、それについて相談したい。」


冒険者を初めて7年。今更家を持つのかと言う気持ちもあるが、きっかけがあったのだから変化を受け入れてみるのは良い事のように思う。それをこの1年で学んできた。

冒険者になり、パーティを組み始めた頃は皆で宿の大部屋を借りていた。少し日銭が稼げるようになると、それぞれ個人で部屋を借りるようになり、一人、また一人と大部屋を抜けていった。理由はそれぞれで、大部分が自分の時間が欲しい、と言う名の“遊びたい”と言うものだった。


男ばかりで、料理も洗濯も得意でないから家を借りると言う選択も出てこなかった。ダグノフは教会の当番でやっていたから出来なくはないのだが、依頼から帰ってきて料理を作る気にはなれなかった。

それがクリスへの相談により、部屋を借りても料理せず外で済ませれば良いと言うことに気づき、洗濯は洗濯屋と言うのが引き受けてくれる事を知り、掃除については教会の子が週に2回お小遣い程度の金額で通ってくれるように話しをつけてくれたと言う。

トータルで見ると毎日宿を借りるよりも家を借りた方が安く済むし、宿暮らしでは持てなかった大きめの荷物も購入できると知った。


「4人で住むなら、部屋数は4つにリビングがある物件が良いですよね。あとは、冒険者ギルドに近いとか。

 これなんて良いじゃないですか、月1400ペーリ、一人350ペーリで住めますよ。」


教会からも大通りを通って行けますしね。と続くクリスは、掃除の手伝いに来る子の事を思っての言葉だろう。クリスが来てくれたら嬉しいと思うのだが、どうやらクリスは“売れっ子”らしい。

家が1400ペーリ程で借りられるのには、これを知った時正直驚いた。毎日80ペーリで28日過ごすよりも圧倒的に安上がりだ。知らなかったとはいえ、勿体無いことをしていたと思う。


「そうだな。他の奴らもそこが良いと話していた。クリスの意見も聞けて良かった。」


ダグノフは、人から分かりづらいと言われる笑顔をクリスに向ける。眉根を緩め、頬が和らぐのだ。クリスはそれに気付いたのか、笑顔でお役に立てて嬉しいですと言ってくれる。

クリスに出会えたから350ペーリも払える自分がいる。あのまま休みの日に単独討伐を続けていればいつか大怪我を負うか、下手をすればこの世にいなかったと思う。

また困ったら相談させてくれ、そう告げてダグノフは教会を後にした。

お読みいただきありがとうございます。

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