始まりの街 19
この日クリスは再び図書館に来ていた。
以前“魔導具解体ショー”と称してライトのスクロールを使用したのだが、その時未来には思うところが色々とあったようで、その謎を解きたいと図書館で本を探す事をクリスに願ったのだ。
図書館利用料は安いものではなかったが、魔石への魔力供給でまとまったお金を稼げているのは未来のお陰と言うところもありクリスは特に不満もなく図書館に行く事を了承した。
「でも、考えてる事とか、分かった事とか、私にも教えてね!」
未来はクリスの知らない事を知っているし、見えている景色も違う。クリスはそれを素直に尊敬しているが、私ももっと知りたい、未来だけ知っているのは悔しいと思うのも正直な気持ちだ。だから、今回のライトのスクロールの件もしっかり説明してもらい、クリスも対等に、とは言わないまでも未来に自分の意見を言えるような位置には居たいと考えていた。
「良かろう良かろう、学べよ若者。」
なんだか踏ん反り返ったような、偉そうな未来の声が聞こえてきたが、ここでいちいち反応しているようでは前には進めない。グッと文句を言いたいのを堪えて、約束だからね!と強めに告げる。未来は嬉しそうにはははっと笑っていた。
◇
「あの何度も繰り返し描かれていた“待機”の象徴は、まさに魔力タンクだったんだと思う。この、呪文を示すあたりに多く描かれているだろう?ここに多くの魔力が必要だったんだ。
この魔法陣の構造を読み取ると、呪文が放たれた事を魔法陣が知るために、何度も何度もその呪文が放たれていないかを探していることがわかる。
ほら、この象徴は“探査”のものだ。本に載っているのと一緒だろ?そしてこの探査の魔法は常時起動で、呪文を察知したらライトの魔法が発動するようになっている。」
何冊かの本を読み、とある象徴を見つけた未来は説明を始めた。他にも、”太陽”の象徴が使われていないのに描かれているのは、呪文が放たれていなかった場合に回避する為の回路になっているのではないかと仮説を立てていた。
未来の言っている事は難しいが、なんとなく雰囲気は伝わった。これを自分で探れと言われるとそれは絶対できないのだが、その事実が少し悔しくてムッとしながら尋ねる。
「探査の魔法を常時起動してたら、魔法陣の力って無くなっちゃうんじゃないの?」
「その通りだ。おそらくこの探査の魔法は、少ない魔力で動くように単純な作りになっているのだと思うが、それだって作りたてのスクロールを発動するのと、買ってから1年寝かせたスクロールを発動するのとでは、ライトの威力が変わってくるだろうな。」
未来に認められたようでクリスは少し眉間のシワを緩める。しかし、徐々に威力の弱くなるスクロールに冒険者達が文句を言わないのかが疑問だ。
「この常時起動してる探査を省ければもっと綺麗でスッキリとした魔法陣になるんだろうが、どうしたものか。
何か鍵となる動作か言葉を付けないとなると、魔法陣を完成させた瞬間光り始めるしなぁ。」
未来は何やら先のことを考えているようだ。自分ならどう作るか、その方法をひねり出そうとしている。
「じゃあ完成させないでおいて、使う時に完成させるとか?」
口を尖らせ眉を八の字にして、クリスなりに絞り出した意見を告げる。魔法陣を不完全の状態にする方法は2つあり、一つは円の一部を繋げずに切っておくこと。もう一つは円に2本の線を継ぐこと。ここでクリスが言ったのは、1つ目の方法を取り入れて、あとから円を繋げるのはどうかと言うものだろう。
「それだとスクロールを使う時に魔法石入りのインクが必要になるだろう?無駄に荷物が増えるし、使いたい時にすぐ使えないじゃないか。」
正論で否定される。クリスもこの意見には無茶があったと分かっているので、そうだよねと簡単に返事をする。
魔法陣は魔石の入ったインクで描かれている。だから魔法陣は魔石の色である紫で染められている。未来としては、インクと言うよりも前世で言うところの日本画の岩絵具のようだと思っていた。魔石がラピスラズリのような色合いだから、その気持ちが強いのかもしれない。
「呪文だと結局、待機の魔法使うんでしょ?なんか、一動作でシュッと!こう、シュッと発動出来たら…」
大人びていると言われるクリスも、未来の前だと子供らしくはしゃぐ傾向がある。静かな図書館の片隅で腕を左右に振りながらシュッシュとしていた。
これはクリスの魔法を使うイメージなのか、未来はクリスのその様子に笑いを咬み殺す。そして、シュッシュとしていた腕がふわりと本のページを持ち上げた。
「…ん?剥がす…2本の線を継いでおいて、それを剥がしたら…。
でもどうやって?一枚紙を上に貼ったところで下の魔法陣は完成しているし、んー」
どうやら何か案が浮かびそうな未来は、クリスにその本のページペラペラさせてと指示を出し、クリスはそれに従い1枚のページを左右にペラペラし始めた。はたから見たら完璧に本に飽きて遊んでいる子供だ。
「ねぇ、ちょっといつまでこんなことさせるの?
恥ずかしいんだけど。あと、これで本が破けたら私弁償しなきゃいけないんだよ?」
なかなか止めていいと言ってくれない未来にしびれを切らし、クリスが文句を告げる。あと少し、あと少しなんだよーと未来の苦しそうな声が聞こえるが、止めていいとは言ってくれない。
クリスは諦めて、自分も未来と一緒に考えてみることにする。
「2本線を剥がすようにしたいって考えなの?」
「そうなんだけど、魔法陣の上に紙を乗せて2本線描いても、その紙の下で既に魔法陣完成しちゃっているだろ?」
「剥がせる2本線、インクが粘土みたいだったら、グッと押し付ければ線を貼り付けるのにね。」
「それは面白そうだが、あのインクの素材は他のものに変えられないんだろ?粘土にならないんだよな、きっと。」
魔法陣を描くために使われるインクはそれ専用のインクらしく、他に替えがきかないと言う。ではそのインクは何かと言われれば、それは錬金術師が特別な調合で作っているようで、成分の一部も知ることはできなかった。
未来は、膠とか胡粉じゃないかとこっそり思っているのだが、ファンタジーの世界なのでまた特別な素材を使っているのかもしれない。未来も分からないことはたくさんあるし、領分じゃないところは下手に手を出さないのだ。
「でも、そうやって貼れたらいいよなぁ。」
「じゃあ、紙に書いた2本線を、上から当てるって言うのはどう?」
クリスはパッと思いつき、本を使って説明する。魔法陣をこの面に描くでしょ?その面に接する側に2本線を書いて、上から貼り合わせて、と。
「ぉぉぉぉおおおおおッ!クリスぅ!すごいぞ!!それだ!!」
未来の太い声がクリスの頭に雷を落としたように響く。クリスは目を瞑りその頭痛から耐えた。
それからは、待機と探査を省いたライトの魔法陣はどう作るか、冒険者向けなら最低でも1時間光らせた方がいいなど、前向きな話し会いが行われた。少なくとも、未来はとても前向きな態度で話していた。
「ところでこの世界って、糊あるの?」
最後に落とされた未来のこの発言にクリスは戸惑った。貼る、と言うと紙を壁に貼る画鋲か、膠糊が思い浮かぶが、画鋲は紙を2枚貼り合わせるのには向かないし、膠糊は頑丈すぎて剥がせない気がする。
「未来の想像している糊って、どんな糊だった?」
ここから、二人の糊作りが始まった。
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