始まりの街 14
クリスは逸る気持ちを抑えて、それでも駆け足になりながらクーリアの街中を進む。手には先日ディータにもらった紹介状を携えて、息を弾ませながら目的の魔導具屋を目指していた。
「ごめんください!」
クリスはここヴィレリーの魔導具屋で魔力供給の仕事をさせてもらう為にその店の扉を開いた。
教会では10歳を過ぎた子供達は皆、学校のない日にお手伝いと称して街で働いてもいいことになっている。と言うか、教会を巣立つ12歳までの間に独り立ちに必要な資金を貯めるのだ。
もちろん、巣立ちに際しては教会からも幾ばくかのお金は渡されるが、それだけでは心許ないし冒険者など装備や道具が必要になるような職業もあるため、それらの購入費の為にも働くことを推奨している。
更にいえば、このお手伝いで働き具合を見てもらい就職先を見つけるという意味合いもある。学校とお手伝いは子供達の将来の為に必要な機会なのだ。
「おやまあ、かわいいお客さんが来たこと。」
明るいとは言えないが、暗くて不便するとも言えない絶妙なさじ加減の明るさの店内には、物が所狭しと置いてある。これは全て魔導具かそれに関係する物なのだろう。革と薬の混ざったような香りが鼻につく。
「あの、魔法士のディータさんが紹介してくれて。
私クリスと申します。ヴィレリーさんですか?」
クリスは緊張しながらもそう挨拶をした。なるべくはっきりとした声で、第一印象は大事!と気合を入れた。それに対し店主の、おそらくヴィレリーと思われる老婆は、皺が刻まれた瞳で深くクリスを見た。
「あら、あなたがクリスさんね。ディータから話しは聞いているよ。
ようこそいらっしゃい、私がヴィレリーよ。」
どうやらディータはヴィレリーに事前に話しをしていてくれたようだ。さすがはディータだと、クリスの中のディータ株はどんどん上がっていく。ヴィレリーは偏屈だと聞いていたが、なんだか穏やかなその様子にクリスの緊張が解れる。
「紹介状をお持ちしました。」
そう言って店の奥に入り、ヴィレリーに紹介状を手渡した。ヴィレリーは紹介状を広げ中身を読むとクリスに向き直る。
「学院には行かないんだね?」
確かめるようなその視線に、クリスは頷きで答える。
「そうかい。まぁ、今行かないと決める事もないと思うけどね。
生活に困ったり、王城で働きたくなったら学院に行くという道もあると覚えておくといいわ。
それで、クリスさんはお小遣い稼ぎに魔力供給をしたいのかしら?」
「はい、お願いします。」
ヴィレリーの話し方はどことなくシスターハンナを思い出す。厳しさと優しさのある、そんな声音でクリスへと言葉を送る。文字は読めるのよねと確認しながら、ヴィレリーは一枚の紙を取り出した。
「うちで依頼を出している魔法士は数人いてね、みんなに同じ金額でお仕事をお願いしているの。
クリスさんもそれに従ってくれるかしら。」
どうやら魔力供給にかかる依頼費をまとめたものらしい。クリスはその紙を神妙に受け取り中身をあらためる。
「小さい魔石への供給は1つ5ペーリよ、中くらいのもので100ペーリ、大きいものは魔石により価格が変わるけど、最低でも1000ペーリ」
すっと息を飲み込み、そこから吐き出せない。小さい魔石5ペーリはわかる。この前ディータに渡された魔石が確か小さいものだと言っていた。だが、それより大きくなると途端に値が上がるのには驚いた。教会で皆がやっているお小遣い稼ぎの程度を超えている。
「ちゅ、中くらいってどのくらいの魔石なんでしょうか?」
おずおずと尋ねる。素直に気になったのだ。魔石1つに魔力供給で100ペーリなんて、どれだけ大変な仕事になるのだろうと。ここクーリアでは、100ペーリあれば夫婦で1週間過ごせると言われているのだ。それが魔石1つで賄えるなんて、普通の労働以上に大変なものなのだろう。もちろん、一瞬で供給できる小さい魔石に5ペーリも貰えるだなんて、クリスのような孤児には夢のような話しだ。
そしてヴィレリーが取り出して見せてくれたのは拳程の大きさの魔石だった。
「小さい魔石は、Dランク以下のモンスターから取れるのよ。Cランクくらいから中くらいの魔石を落とすようになるの。
小さい魔石は家庭用のコンロとか、家庭用のお風呂のお湯を沸かすもの為の魔導具とかで使われるのよ。中くらいだと、食堂や宿とか、商売をしているような場所で使われるわね。」
ヴィレリーが渡してくれた中くらいの魔石を観察しながらその話しを聞く。確かに、中くらいの魔石からは魔力がしっかり詰まっているような、そんな感覚がする。
「大きい魔石については一応紙に書いてみたけど、この街で使っている人は領主様しかいないわ。領主様に付いている魔導師様が定期的に供給を行なっているらしいから、私たち街にいる魔法士が供給をするようなことはないの。」
ゆっくり顔を上げてヴィレリーの話しに頷いた。中くらいで拳程、大きいものだとどのくらいだろうか。大人の頭ぐらいある魔石を想像して、それは供給するのは大変そうだと思いを巡らせる。
(クリスなら大きいのだって一発だよー)
とか言う未来の声は無視する。今クリスは魔法の世界の入り口に立っている、その神秘的な雰囲気を堪能したいのだ。
「クリスさんは魔法に関わるのが初めてなのよね?」
それならと、まずは2〜3日に1個、小さい魔石への魔力供給からどうかしらと勧められそれを了承した。1ヶ月後にまたいらしてと言うヴィレリーに感謝の言葉を述べ、魔導具屋を出た。
街を駆けるクリスの手には、10個の空の魔石を詰めた麻袋が握られている。
◇
「ご無沙汰しています、おばあさま」
「おや、ディータかい。何か入用かい?」
ディータは、そのヴィレリーの不躾な態度に苦笑しながら店内を進む。
「クリスさんはこちらへは?」
ディータはクリスがちゃんとこの店にやって来れたのか、心配になったようだ。もちろん、この偏屈な老婆がクリスに対してどんな接客をしたのかも気になっている。
「あぁ、礼儀正しい子供じゃないか。ハンナの教育がいいのかね。
あとは、魔力供給がちゃんとできればこっちとしては文句ないよ。」
クリスはどうやら彼女から合格をもらえたらしい。当たり前だ、しっかり挨拶ができて、人の話しを聞ける彼女だったからこそ紹介状を渡したのだ。ヴィレリーと言う人間は“ちゃんとした”人間が好きなのだ。
「その点は大丈夫でしょう。私が渡した小さい魔石を、クリスさんは一瞬で満タンにしましたから。」
「一瞬?」
ヴィレリーは怪訝な顔をする。それはそうだろう。小さい魔石一つを満タンにする為に、早い人でも丸1時間捧げるのが普通で、細切れにして1〜2日かけて補充する人もいる。中くらいの魔石ともなれば5日くらいかけるのが普通なのだ。
それが一瞬。ヴィレリーは物の例えだろうと思っているはずだ。きっと、渡した魔石の半分が補給されていれば御の字とでも考えていたのだろう。全て補給されて返された時の驚く顔が見てみたい。そうディータは思った。
「しかし相変わらず小さい魔石は5ペーリなんて、やりたがる人はいないでしょう。」
小さい魔石は需要がある。しかし、小さいと言っても人によっては供給に2〜3日かかり、それでたった5ペール。割に合わないのだ。もう少し魔法士への取り分を上げてあげてもいいのではとディータは常々思っている。
「いいんだよ。お小遣い稼ぎの学院の生徒とか、副業程度でやってくれりゃ。
こっちは魔導具で稼いでるんだ。」
指摘されたことに苛立ったのか、ふんっと鋭く息を吐く。ぞんざいに言い切られてしまい、ディータはやれやれと肩をすくめる。確かに、5ペーリだってクリスにとってはありがたいお金だろうし、クリスのように魔力供給が異常に得意な人間が、大店に目をつけられればろくな事にはならないだろう。
その点、この老婆は偏屈だが人を売るような真似はしない。しかも、自分が紹介したのだ。クリスの身が不利になるような噂もしないだろう。
「クリスさんをお願いしますね。」
パーティのダグノフが気に掛ける少女、確かに自分も1度しか話したことはないが世話を焼きたくなる。そんな少女だった。老婆にその子の事をお願いして、ディータは店を後にする。
「店に来たなら何か買っていきな!」
どうやらそう上手くはいかないようだ。一番安いライトのスクロールを手に取った。
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