始まりの街 12
10歳になって何か生活が変わったかと言えば、クリスは学校に通うようになった。
今までは、教会で掃除に洗濯、料理に買い物といった日常に必要な事を学んできたのだが、これからは週に3日、1回につき2時間程度の勉強が始まる。
ここで文字を習い、読み書きと簡単な計算を学ぶのだ。クリスはすでにこの学校で学べる範囲は理解しているのだが、慣例として通うようにしている。それに、学校に通うことにより得られるメリットもある。
今までの教会の兄姉達は、ここで真面目に学ぶことによって近隣の大人達から評価を得て、就職先を見つけてきた。計算が出来るといえば商店が、力があると噂が立てば運搬業が、目に掛けて声をかけてくれる。
だから、すでに勉強が出来るからと言って通わない訳にはいかないのである。
「これからお世話になります、クリスです。
よろしくお願いします。」
「ふん、お前が噂のガキか。
教会のガキども等は勉強ができる奴が来るとか言ってたが、せいぜい頑張るんだな。」
初めてこの学校の先生こと、商店街の元・元締めアーク爺さんに挨拶した時の事、不躾な態度にクリスは身を竦めた。
独学で勉強なんてしてるから、学校をバカにしているとでも思われてこんな嫌味な態度を取られたのかと内心焦った。
しかし、暫く学校に通ううち、これがアーク爺さんの通常で、こう突っぱねた態度を取ることで誰にでも公平に接しているのだと理解した。
何より、アーク爺さんは教える事に長けていた。今まで文字や数字に触れてこなかった子供達に、根気よく、何度も繰り返して教えてくれる。
「何度言ったらわかるんだ、ったく。」
口では呆れて棘のある言い方をするが、子供達が分かるまで付き合ってくれるその姿は、なるほど元締めをしてきただけのことはあるなと感じさせるものがあった。
クリスに対しては、勉強ができるせいで教えることがなくつまらないと感じるのか、いつも「ふん」と鼻を鳴らして挨拶するだけであったが。
クリスは、ここで就職先を見つける為に頑張るべきかは悩んでいたが、いざという時何もないよりは、ここで良い印象を持ってもらった方が絶対に良いと考えて勤勉に努めていた。
◇
もう一つ、クリスは10歳になり始めたことがあった。
これは、学校のように皆が一様に始めたことではなく、クリスが自ら始めた事だ。
「紹介…、しかし、なんでまた?」
今も続いているダグノフの相談会で、クリスはダグノフにとあるお願いをしていた。
「私、適職診断で魔が出たんです!
だから、魔法を使う人に話しを聞きたくて。」
いつも世話になっているクリスの願いなら叶えてあげたい。そう思うダグノフであったが、パーティメンバーの魔法士を紹介して欲しいというお願いにダグノフはすぐに了承できなかった。
「学院に通わなくても、魔法関係のお仕事ができるなら知りたいし、どうしたら魔法が学べるかも知りたいんです!
お願いします!」
何度も頭を下げるクリスにダグノフはなんだか申し訳なく思ってしまう。結局、魔法士に話してみると告げ、その日は終了した。
しかし、ダグノフはなかなパーティの魔法士ディータに声を掛けられなかった。なんとなく、クリスをパーティに紹介したく無かったのだ。
たっぷり1週間は悩んだ。その間に2回は討伐に出かけたし、5回ほどパーティで酒場に行ったりもした。その間悶々としていたダグノフは、ついに3回目の討伐の時にエーミエルに声をかけられた。
「ダグ、また悪い女に掛かったのか?」
”また”とはなんだ“また”とは。一度もかかったことは無いぞと思いながら、それでも声をかけてくれた事に少しホッとしたりもした。ここで話してしまおう、もう悩まなくていいと。
「すげぇじゃん、魔の適職なんて滅多に出ねぇぞ!」
「それで私と話したいという事ですね。
ダグがお世話になっている教会ですし、私としては構いませんよ。」
孤児だから報酬などは期待しないでくれ、どんな話しをしたいのかはダグノフ自身も分からないから、どの位の話しになるかは分からないと正直に伝えても、ディータはあっさり了承してくれた。
良かったと思う反面、ついに紹介するのかと残念に感じる部分もあって複雑な気分だった。
「今日はわざわざお越しいただいてありがとうございます。
クリスと申します、よろしくお願いします。」
数日後、クリスの元にダグノフのパーティ全員が訪問した。ディータだけだと思っていたのだが、エーミエルは俺がいなきゃ始まらないだろと訳のわからない事を言い、アルマンは何も言わず当然のように付いてきていた。日程を教えた記憶は無いのだが。
「ご丁寧に、ありがとうございます。私が魔法士のディータです。
私で役に立つことがあれば、なんでも聞いてくださいね。」
笑顔で返すディータから、なんとなく“兄貴面したい”という雰囲気が伝わって来る。年下に頼られるのが好きなのだろう。それはダグノフ達に対しても同じ。
「俺はエーミエル、剣士だ!」
お前は呼んで無かったがなと心の中で毒づくも、クリスが笑顔で挨拶を返しているのを静かに見守る。
「君がダグの先生だね、よろしく。俺はアル。」
アルマンがこんな風風に人好きのする喋りを見るのは見せたのは初めてなな気がする。というかちょっと待て、先生ってなんだ聞き捨てならない。どこまで知っているんだ?
「おいアル。」
咎めるように言葉を向ける。ディータとエーミエルはなんの事だという視線を向ける。
「この子だろ?ダグに金貯めさせてるの。」
「おまっ、どこまで知っているんだ!」
何を今更、と言うような飄々とした表情で言葉を続けるアルマンにダグノフは目を剥く。どう言う事だとディータとエーミエルは頭を傾げていた。
「どこって、きっと最初からだよ。
ダグが単独で討伐するようになってから気にしてたんだから。」
手をひらひらと振りながら答えるその内容に、ダグノフは恐怖を覚える。
「なかなか紹介してくれないからさ、会いたかったんだよね。クリスちゃん。」
クリスに向かって手を伸ばすアルマン。俺のことはアルでいいよと軽く告げていた。ダグはその手を防ごうとするが、なぜかアルマンの前に出れない。
「え、えぇ。よろしくお願いします、アルさん。」
クリスは笑顔でアルマンの手を握り返していた。そつなく挨拶に応じるクリスに少しモヤっとするダグノフだが、クリスの心の中では未来が「こいつは敵にしちゃいけない奴だー!クリスー愛想笑い愛想笑い!!」と騒ぎ立てていることなど知る由もない。
クリスはこうして、自分なりに魔法と向き合う術を模索するのであった。
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