始まりの街 11
クリスの住むこのクーリアの街は、北東に王都が、西側には多くのモンスターが住むと言われる山脈が控えている。
だからと言ってクーリアが王都をモンスターから守る砦としての機能を備えているかと言えばそうではない。モンスターはこの街に降りてこないし、郊外の畜産農家もモンスターの被害を受けることはない。ただ、その山脈を越えようとした者、山頂を目指した者は必ずと言える程、生きて帰ってこないのである。そのせいか、いつしかあの山脈にはモンスターが住んでいるのだと言われるようになった。
そして、この山脈は春が近づくと所々に黄色い花を咲かせる。クーリアの街では、その黄色く色づいた山肌を見て、春の訪れを感じるのである。
「女神の加護があらんことを」
今、クリスの目の前では3人の兄さん、姉さん達が巣立ちを迎え、司祭から祈りの言葉を受けている。一人は街の小さな商店に就き、一人はお針子として、そして最後の一人は冒険者として、この教会から出て行く。
先日行われた春祭りでは、教会の子供達がこの3人の為に集めた布を使ってマントを作った。その時は春祭りに合わせて花で飾りをつけたのだが、今日3人が身につけたそれは、花が外されたシンプルなもので、普段着ていてもおかしくない装いとなっている。
教会を出ても、ここで育った弟妹を忘れないで、寒い時でも風邪をひかないで。そんな思いが込められたマントに身を包んだ3人は、緊張と不安と希望で引き締まった顔をしていた。
ありがとうございましたと、口々にシスターに礼を述べた3人は目を赤くしているものの、泣くまいと口をキッと結んでは込み上げる気持ちに耐えていた。
クリスも、再来年の春にはこうして巣立つのだと考える。教会に来た頃はこの教会の中で生活するのに精一杯で、外の世界のことなど考えもしなかった。なのに最近はダグノフからの相談のこともあり、外のことを考え、自分の将来のことも朧げではあるが考えなくてはいけないなと感じていた。
「ありがとな。」
ふと、クリスの頭に手が触れる。どうやら撫でられているようだ。重い頭を持ち上げれば、そこには冒険者として巣立つ兄さんがいた。
「クリスのおかげで、少しは長く生きられそうだ。」
苦笑しながら、なんとも複雑なことを言う。クリスは眉毛を八の字にして困った顔をしてしまう。
「調べてくれた宿の料金と、美味しくて安い飯屋。これから行ってくるからな。
クリスのおかげでダグに剣の稽古もつけてもらったし、冒険者登録したら早速草原に行ってみるよ。」
役立ててくれるのならそれに越したことはない。そして、少し長くなんて言わずに、ずっと生きていて欲しい。
「私が巣立つ時、お礼として奢ってください。」
そんな気持ちを込めて戯けてみせる。兄さんは口をへの字にしたが、約束ですよと念を押せば分かったと言って握手してくれた。
「私も生活に必要なものはクリスの教えてくれたお店で買うね。」
「いつか独り立ちして自分の店を持てたら、クリスを雇わせてくれ!」
そう割り込んで来たのはお針子となる姉さんに商店の兄さん。二人とも笑顔が眩しい。肩をぶつけ合いながら朗らかに話す3人に、クリスは笑顔を向けた。
◇
教会の祭壇の前、少し空いた場所にクリスと、もう一人の男の子が司祭に呼ばれて集まった。そこにはシスターハンナもいて、少し仰々しい雰囲気がある。
クリスは視界に丸い水晶のようなものを捉えていた。
「では、今年10歳になる二人に適職診断を行います。」
司祭がそう告げる。
この国では、10歳になると多くの子供が適職診断として魔導具を使った診断を受ける。ただし、これにはかなりのまとまったお金が必要となり、貧しい家庭の子や村に住む子などは受けないことが多い。
例え受けたとしても、貧しさ故に診断通りの職に就ける訳でもなく、親の畑を継いだり、伝手でどうにか職にありつくと言うことが多いので、受けても仕方がないというのが実態かもしれない。
本来、孤児として育つクリス達も診断を受けられないはずなのだが、それでは寂しいじゃないかと、先代の司祭が2世代ほど前の古い適職診断の魔導具を用意してくれたのである。
最新式の魔導具は、細かな職業に振り分けることが可能らしいが、この古い魔導具は「商・農・技・学・戦・魔」と6種類に振り分けることしかできない。
例えば技に適職があると出ても、それが建築家なのか、鍛冶屋なのか、はたまた料理人なのかは分からないのである。要は、気分だけの適職診断である。
それでも子供達のこれからが良いものになるように願い、こうして10歳のお祝いのように適職診断をしてくれるこの教会の司祭は立派な人と言えるだろう。
(やっかいなのきたなー)
教会の厳かな雰囲気に似合わず、間の抜けた言葉を発する未来。その声を、必要以上に真面目な顔で乗り切るクリス。気を抜いたら表情が崩れてしまいそうだ。
「それではクリスティーネさん、この石に手を置いてください。」
どうやら最初はクリスのようだ。クリスは頷いて魔導具に近づく。
(ねぇねぇ、魔って出ると思うけど、そうしたらどうする?
魔法学校とか行くことにならない?)
正直黙っていて欲しい。ここで手を置かないなんてことはできないだろうし、緊張感のかけらもないこの声に、足の運びがおかしくなりそうだ。
(はぁー、そもそも魔って出たらどうなるか知らないのはマズかったなー)
「それでは診断します。」
温度差のある二人の声にクリスは目を瞑ってやり過ごす。
まぶた越しに目の前が明るくなった事がわかった。そして、周りの人間がハッと息を呑む音が聞こえる。
「これは…」
「初めてですね。」
司祭とシスターハンナの声が聞こえ、目をゆっくりと開く。そこには紫色に光る水晶があった。
「どうやらクリスティーネさんには魔の適職が認められました。」
(そうだよねーあるよねー、女神のプレゼントだしねー)
煩いと言ってしまいたい気持ちをグッと抑え、クリスは司祭に向けて深く頷く。
「魔の適職が認められたということは、クリスティーネさんには少なからず魔法が使えるという事です。
魔法が使える人は多くありません。なので、大抵は学院へ行き、3年間魔法を学ぶこととなります。これには、学院に通っている間の生活費と、学費と言って学院に払うお金も国が負担してくれます。」
司祭は、ゆっくりとクリスに語った。司祭の言葉はしっかりとしているが、その瞳には戸惑いが感じられた。本当に魔の適職は少ないのだろう。
「学院へ行かないと、何か問題はありますか?」
未来が学院に行くことに前向きではなかった事を思い出し、クリスはそう司祭に尋ねた。
「いえ、適職診断をしない人もいる訳ですし…、罰則などはありません。
ただ、学院に行った方が将来が安定しますし、国からの保証も手厚いですよ。」
そういう事らしい。クリスは下唇に指を当てて考えるふりをして、未来に相談する。
(通った方がいいのかな?)
(いや、学院なんて行かなくても魔法使えるし。何より、おかしいくらいの魔力持ちだから、学院に行ったら目を付けられて下手したら自由がなくなるぞ。)
未来は学院を必要ない、さらには足枷にしかならないと考えているみたいだ。だが、クリスにはもう少し考える時間が欲しかった。何と言ってもこれはクリスの人生なのだから。
「考える時間を、もらってもいいですか?」
不安げに司祭に問う。少し微笑んで、ええもちろんですと司祭が答える。
そして、もう一人の男の子の適職診断に移った。彼はどうやら農に適職があるようだ。確かに彼が選んで買ってくる野菜はどれも新鮮だったと思い出す。
その日の夕食後、クリスは司祭に話しかけた。
「その、学院に行くのはやめようと思います。」
意外にも悩む時間は少なかった。その言葉に司祭は安心したような表情を浮かべてクリスの目線に合わせてしゃがんだ。
「そう言ってもらえて、安心しました。
クリスティーネさんが学院に行き少しでも攻撃魔法が使えてしまえば、きっと王城の魔導師として迎えられるでしょう。
それは名誉なことかもしれませんが…、それはつまり、真っ先に戦場に出される戦闘員になるということです。
貴族として王城の魔術師に迎えられれば、大切にされ裕福な生活が送れると聞きます。しかし、孤児のように後ろ盾の一切ない者は、確かに稼げるようですが、扱いは人間兵器や、魔力タンクといったように、あまり人扱いされないという噂も聞くのです。
こんな事を言ったと知れれば、国の偉い人に怒られてしまいますね。」
そっと口元に人差し指を当てしーっと穏やかに笑う司祭の言に、クリスは笑えない。自分はどうやら判断を間違えなかったようだ。
この時ばかりは、やっぱりなーよかったなークリスーと騒ぐ未来に感謝する。
「学院に通わなくても魔法を身につける方法はあるらしいので、調べてみるといいかもしれませんね。
調べるのはクリスティーネさんの得意とするところでしょう。」
お茶目な笑顔に、クリスも微笑みを返す。
自分の人生だ、自分で見つけてやろうと密かに心に決める。
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