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歌舞伎町ドラッグ・ギャンビット  作者: Aramaki_mai
第5部 反撃と代償
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第64話 そっちの方が面白い

挿絵(By みてみん)

伊織はホテルのソファで、冷めたポテトを食べていた。紙箱の底には短いものばかり残っている。向かいの椅子に座る柴崎が電話を切らないので、二、三本まとめて口へ入れ、テーブルの上のコーラを取った。


「それで、もう帰ったんだな」


柴崎は返事を聞いてから、また何か尋ねた。来客を待っているはずなのに、ホテルへの道を教えている様子ではない。伊織がストローを噛んで見ていると、ようやく通話が終わった。


「池袋の部屋、荒らされたぞ」


「警察?」


「知らねえ男と女だ。お前を捜してる。薬のことも聞かれたってよ」


伊織はカップをテーブルへ戻した。


「三人いたんじゃなかった?」


「いたよ。三人ともやられた。女の方も相当強かったらしい」


「何それ。薬、飲んでなかったの?」


「一人は飲んでた。それでもだ」


伊織は紙箱へ伸ばしかけた手を止めた。御徒町で自分を殴りにきた女の顔が浮かぶ。こちらにつかまれても膝を入れて抜け出し、殴られれば殴り返してきた。逃げ出す連中ばかり見ていた日に、あの子だけは違った。


「女って、若い?」


「若くて、小柄だと。帰る頃には左肩を押さえてたらしい。知ってる奴か」


「葵って子かも」


柴崎は聞き覚えがないという顔をした。伊織は、御徒町で喧嘩になった相手だとだけ答えた。


あの男には、もう関わるなと言っておいた。もう関わらないと約束して、帰してくれと頼んでいたくせに、女の方には伝わらなかったのか。それとも、聞いたうえで来たのか。


後者なら、ずいぶん馬鹿にされた話だった。伊織はストローの先を指でいじりながら、それでももう一度顔を見たいと思った。一緒にいた男が誰なのかも気になる。


「薬は取られた?」


「昼に俺が引き上げた分は無事だ。部屋には残してなかった」


「じゃあ、よかったじゃん」


「どこから部屋を聞いたのか分かってねえんだよ。こっちのことを調べてる奴がいるんだぞ」


柴崎が端末を置く音が強くなった。伊織は顔を上げたが、聞きたいのはそこではなかった。


「俺に連絡くれれば会うのに」


「会ってどうすんだよ」


「来てから考える」


柴崎は返事をせず、残った紙箱を自分の方へ引き寄せた。伊織がまだ食べると言うと、中をのぞいてから戻してくる。底には塩と、小さな欠片しか残っていなかった。


「で、今日来る人は? 遅くない?」


「もう着く。お前が早く来ただけだろ」


柴崎によれば、盗品の売り先を紹介してくれる男だという。伊織は、大きな金の話があるから聞いておけと呼ばれていた。詳しく尋ねても、本人が来てからだと言われ、食事だけが先に終わっていた。


「この間の分、売れなくなったとかじゃないよね」


「別の話だ。金塊をこっちへ持ち込んで売ってる連中がいる。その代金を近いうちに海外へ持っていくってよ」


「いくら?」


「億はいくらしい」


伊織はソファの背から体を起こした。


「それ、先に言ってよ」


「話が本当ならな」


柴崎が言い終わる前に、ドアが叩かれた。


*


入ってきた男は、伊織を見ると入口で一度止まった。紺色のシャツに黒い鞄。髪を後ろへ撫でつけていて、柴崎よりいくらか年上に見えた。


「二人か」


「話を決める奴がいるって言っただろ」


柴崎が答えると、男は伊織へ目を戻した。その視線が顔から足元まで動いたので、伊織も同じように見返した。


「俺じゃ嫌?」


「いや。若いなと思って」


「あんた、何歳からこういうことやってんの」


男は笑おうとしたが、伊織が笑っていないのを見ると口を閉じた。柴崎が窓際の椅子をテーブルへ寄せ、座るよう促した。


男は鞄を足元へ置いて腰を下ろした。伊織は邪魔な紙箱をカップの横へ押しやり、空いた場所へ肘をついた。


「金の話、聞かせてよ」


男は柴崎へ、どこまで話したのか確かめた。柴崎が短く答えると、ようやく伊織にも向き直った。


「海外から金塊を入れて、日本で売ってる連中がいる。俺は、その売り先をつないでる。今回の分も、もう金になってる」


「それを、また海外に持ってくの?」


「そう。持っていく奴も向こうで用意してる」


伊織は、男の足元の鞄を見た。あれに札束を詰めたら、いくら入るのだろう。金塊なら重そうだが、札なら自分でも持てる。先日の盗品がいくらで売れるかと聞いたときより、金を手にした場面がはっきり浮かんだ。


「で、何でそれ、俺らに教えんの」


「ただで教えるとは言ってない」


男の返事が早かった。伊織が柴崎を見ると、柴崎も男の方を見たままだった。


「電話でもそればっかりだったな。先に、何があったか話せよ」


「あいつら、売り先を見つけるまではこっちに頭下げてたんだよ。急いでくれ、まとめて扱えるところを捜してくれって。こっちが話をつけて、金が入った途端に、約束の額は払えないって言い出した」


男は袖口を引っ張りながら、柴崎へ身を寄せた。


「払えないんじゃない。払いたくないんだ。もう売り先が分かったから、次から俺はいらないってことだろ」


「それで、俺たちに取り返させたいのか」


柴崎に言われ、男は鼻で笑った。


「俺が削られた分なんて、ほんの一部だよ。お前たちが店から持ってきてる物、何回売ればそこまでいく?」


柴崎の表情が変わった。伊織が顔を向けても、柴崎は男から目を離さなかった。


「人の取り分を減らす奴の文句を言いに来て、お前もこっちを安く使うつもりか」


「だから、金になる話をしてるだろ」


「お前は話すだけだ。取りに行くのは俺たちだぞ」


男が口を閉じた。空調の音が聞こえる中、伊織はカップを持ち上げた。氷が溶けて、コーラが薄くなっている。さっきまで欲しかったポテトは、もうどうでもよかった。


「金塊を売ったとこ、あんたもいたんだよね」


伊織が尋ねると、男は頷いた。


「話をつないだだけじゃない。金の受け渡しまで付き合った。それなのに、俺に渡す分だけ惜しみやがる」


「海外に持ってくっていうのは、誰に聞いたの」


「連中から直接だよ。出国する前に金を用意したいからって、売るのを急がせたんだ」


伊織はカップを置いた。


「それで、今度は俺らにくれるの?」


男は口元を緩めた。


「欲しいなら、取ればいい。取れた金から、俺にも渡してくれれば」


「取れなかったら?」


「そのときは俺ももらえない。それなら、文句ないだろ」


男は柴崎へ言った。柴崎はすぐには答えず、椅子に深く座り直した。


伊織は男が来る前に聞いた額を思い返した。あれだけあれば欲しかった車も買えるし、仲間を連れて何日でも遊んでいられる。金が足りるかと柴崎に聞く必要もない。だが、そういうことを考えている間も、目の前の男の話し方が気になった。


さっきから、相手の顔色をうかがいながら金をねだっている。自分の取り分を減らされて、これだけ腹を立てているのに。


「自分じゃ取りに行かないんだ」


男の笑いが消えた。


「俺はそういう仕事じゃない」


「そんなに怒ってるなら、殴って払わせればいいじゃん」


「伊織」


柴崎が口を挟んだ。


「相手は店員じゃねえんだぞ。金を取られて、それでおしまいになる連中じゃない。誰がやったか捜して、取り返しに来る。捕まったら、殴られるだけじゃ済まねえよ」


男も、そういう連中だと頷いた。その顔を見た途端、伊織は笑ってしまった。


「それを俺らにやらせようとしてんだ?」


「だから、金はあるって言ってるだろ」


男の声が大きくなった。伊織は口元へ手を当てたが、笑いを隠す気にはならなかった。どれだけ腹が立っても、自分では手を出せない。そういう相手の金を持ってきてほしいと、この男は頼みに来たのだ。


「伊織、聞いてんのか」


柴崎の声が低くなった。


「聞いてるよ。取ったら、取り返しに来るんでしょ」


「お前、面白がってんだろ」


伊織は手を下ろした。


「うん。そっちの方が面白い」


柴崎が黙った。


先日の店では、最初の一人が倒れると、誰も近づいてこなくなった。奪った品物は金になり、テレビでも騒いでいた。楽しかったのは確かだが、殴り返してきた葵の顔ほど、その店員の顔は思い出せない。


今度の相手は、追いかけてくるかもしれない。その連中が自分たちの金だと怒鳴っても、目の前で持っていったらどうなるのか。どこまでやれば、向こうから来なくなるのか。想像しているうちに、まだ何もしていない手に力が入った。


柴崎は伊織をしばらく見てから、男へ向き直った。


「その金、本当に億もあるんだな。お前が見たんだな」


男が頷くのを、伊織は見ていた。柴崎はまだ、話を終わらせようとはしなかった。それが嬉しくて身を乗り出すと、柴崎もこちらへ顔を向けた。


「やるなら、俺の分も先に決めるぞ。お前が好きに使う金と一緒にすんな」


「いいよ」


「軽く返事すんな。冗談じゃねえからな」


「冗談にしてないって。欲しいんでしょ、金」


柴崎は睨んだまま、欲しいよ、と答えた。伊織は今度こそ笑い、二人を見比べた。


「じゃあ、取ろうよ。俺らで」


男が足元の鞄へ手を置いた。


「俺の分も忘れるなよ。話だけ聞いて、あとで知らないなんて言うなよ」


「忘れないよ。あんたに恨まれたら、また誰かに俺らのこと話しに行くんでしょ」


男の手が止まった。柴崎が短く笑うと、男はそちらを見て、笑い事じゃないと言い返した。


伊織はカップと紙箱をまとめ、テーブルの端へ寄せた。仲介役がまだ何か言おうとするのを待たず、空いたところへ両肘をつく。


「それで、いつ持ってくの。その金」


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