↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌舞伎町ドラッグ・ギャンビット  作者: Aramaki_mai
第4部 匿名の暴力
PR
58/68

第58話 見覚えのある男

挿絵(By みてみん)

宮下は、黒瀬と名乗る男から届いた文を読んで、レナへ電話をかけた。


昨夜、ミオが連絡先を知りたがっていると聞いていた。教えていいと答えたのは自分だが、仕事を紹介してほしいという男が出てくるとは思わなかった。


「今、男から連絡来たんだけど。黒瀬って知ってる?」


『名前は知らない。昨日、ミオと一緒にいた人じゃないの』


声を聞いた途端、宮下はあの男の顔を思い出した。こちらが胸に手を当てて止めても、男は睨み返して押し通っていった。レナの腕を引き、ミオと一緒に連れ出した男だ。


「そいつ、仕事の話を聞きたいって」


『はあ? 何それ。自分がやるのはいいんだ』


「本当にやりたいわけじゃないだろ。ミオちゃん、ほかに何か言ってなかった?」


『タクヤさんに話があるって。どうせ、もう私を誘うなとかでしょ。昨日からずっとそれだし』


レナは笑わなかった。宮下も合わせて笑わず、少し待っていてと言って電話を切った。


伊織とのやり取りを開き、昨日の新宿で邪魔をした男から、仕事について聞きたいと連絡が来たことを伝えた。仕事を受ける気はなく、こちらのことを探っているのかもしれないとも付け加える。


返事は短かった。


『連れてきて。俺が話す』


宮下はその文を読み直した。自分だけで会って、昨日の続きをする気はなかった。伊織が相手をするなら、少なくとも面倒をこちらへ残されずに済む。


待ち合わせを決める前に、もう一度レナへ電話した。


「そいつ、呼ぶことになった。伊織が直接話すって」


『いいよ。もう邪魔しないでって、ちゃんと言って』


「ミオちゃんに話すなよ」


『言わない。私がタクヤさんに話したことも、言わないでね』


「分かってる」


宮下は電話を切り、黒瀬への返信を書いた。午後五時なら、まだ時間があった。


*


玲司がカフェの椅子から立つと、葵は飲みかけのコーヒーを置いた。


スマートフォンの地図には、二人がいる店の位置が出ていた。通話もつないである。葵がイヤホンを片耳へ入れたのを見て、玲司は自分の端末を上着の内ポケットへしまった。


「何か言って」


「もう行くぞ」


葵はイヤホンを指で押さえ、頷いた。すぐ目の前にいる相手に電話越しで聞かれていると思うと、どうにも落ち着かなかった。玲司が出口へ向きかけると、葵に呼び止められた。


「ここで待ってるから」


「分かってる」


返事をしてから、玲司はもう一度葵を見た。葵はコーヒーには手を戻さず、端末を持ったままこちらを見ていた。


外へ出ると、店の冷房に慣れた腕へ夕方の空気が触れた。角を曲がれば待ち合わせのコンビニだった。道の向こうを歩いている人も、信号の音も、来たときと変わらない。玲司は内ポケットへ触れそうになった手を下ろし、歩道の先へ目を向けた。


宮下は店の前にいた。白いシャツの上に黒い上着を着て、玲司の顔を見ると、片手を上げた。


「黒瀬君?」


「はい」


「昨日はどうも」


玲司は足を止めた。宮下は笑っているが、昨日のことを忘れていないのは分かった。こちらから話を切り出そうとすると、先に男が車道の方を指した。


「車あるから。乗って」


黒いレクサスのセダンが、少し先に停まっていた。宮下がそちらへ歩き出したので、玲司も数歩ついていき、開いた後部座席のドアを見て止まった。ドアのそばに一人、車内の奥にも一人、知らない男がいる。運転席の男はこちらを見ず、前を向いていた。


「車で行くんですか。ここで話せませんか」


「ここじゃ落ち着かないでしょ」


「いや、そんな長い話じゃないんで」


宮下が戻ってきた。歩道にはコンビニから出てきた客もいたが、男は気にせず玲司のそばへ立った。


「仕事の話、聞きたいんじゃなかったの」


玲司は車内の男を見た。相手は膝に置いていた手をどけ、隣の座席を示す。座るよう勧められているだけなのに、礼を言って断れる感じがしなかった。


「宮下さんに、話が――」


「だったら乗れよ」


宮下の笑顔が消えた。玲司が一歩下がろうとすると、ドアのそばにいた男に腕をつかまれた。


「待って。俺、移動するとは――」


背中を押され、声が途中で途切れた。低い屋根に頭をぶつけそうになり、身をかがめたところを車内へ押し込まれる。奥に座っていた男へ体がぶつかり、謝るより先に肩を押し返された。


後ろからもう一人が乗り、ドアを閉めた。玲司は二人の間で身を起こしたが、両側の肩が触れている。宮下も助手席へ乗り込んでいた。


「どこに行くんですか」


前へ身を乗り出そうとした玲司を、隣の男が座席へ戻した。宮下は運転する男へ短く声をかけただけで、質問には答えなかった。


窓の外で、コンビニの看板が後ろへ流れていく。ついさっき通ってきた角が遠ざかり、玲司は思わずそちらを見た。


葵は聞いているだろうか。車と言った。ここで話したいとも言った。電話がつながっていれば、今のやり取りも聞こえたはずだった。


「ポケット、何入ってんの」


隣の男の手が、上着へ触れた。


「携帯と、財布だけです」


玲司が答えても、男は手を引かなかった。体をよじると、反対側の男につかまれる。上着を探られ、財布とスマートフォンを取り上げられたあとも、ほかに何か持っていないかと服の上から確かめられた。


「おい、これ」


男がスマートフォンを宮下へ渡した。助手席で画面を見た宮下が、ゆっくりこちらへ振り向いた。


「これ、誰と通話してたの?」


画面を向けられた。通話時間の表示が、まだ動いていた。


「友達です。別に――」


宮下の指が画面へ触れ、通話が終わった。玲司は手を伸ばしかけたが、隣から肩をつかまれ、前へ届かなかった。宮下はスマートフォンの電源を落とすと、自分の上着へしまった。


「返してください」


「何しに来たんだよ、お前」


横から言われ、振り向いたところへ拳が来た。


頬を殴られ、頭が反対側の男の肩へぶつかった。口の中を噛んだらしく、舌へ血の味が広がった。何か言おうとしても顎がうまく動かず、玲司は膝の上へ手を落とした。


その頭へ、布の袋がかぶせられた。


顔に触れた布を払おうとすると、腕を押さえられた。暗がりの中で吸った息が、自分の頬へ戻ってくる。車内にはまだ男たちがいるはずなのに、誰がどこを見ているのかも分からなくなった。


「動くなって」


すぐ耳元で言われた。玲司は唾を飲み込み、腫れ始めた唇を閉じた。葵にもう一言だけ伝えたかったが、電話は宮下の上着の中だった。


*


葵がカフェを出て、コンビニへ向かっている途中で、通話が切れた。


車で行くという声を聞いて、コーヒーを残したまま席を立った。鞄を右肩へ掛け、外へ出るあいだにも、どこに行くのかと尋ねる玲司の声が聞こえていた。その問いに答えないまま、宮下が言ったのだ。


誰と通話していたのか。


玲司が友達だと答えたあと、何も聞こえなくなった。


葵は走りながらかけ直したが、電話はつながらなかった。角を曲がった先にあるコンビニの前にも、玲司の姿はない。入口から出てきた客を避け、車道を見渡したが、車はいくつも通り過ぎていくだけだった。


もう一度かけた。端末を耳へ押しつけて待ちながら、停まっている車の窓を見て歩く。どこにも宮下らしい男は見えない。左肩が走った拍子から痛み続けていたが、それを押さえるために電話を下ろす気にはなれなかった。


地図を開くと、玲司の位置は大通りの途中で止まっていた。その場所へ目を向けても、いるはずの車が分からない。画面を見直したところで、位置を知らせた時刻が更新されていないことに気づいた。


「何で……」


葵は歩道の端で足を止めた。玲司が電話を持っていれば、何か返してくる。話している途中に切られたのだ。何度かけ直しても、玲司には届かないのかもしれなかった。


葵は110と押そうとして、一度違う数字に触れた。打ち直して電話をかけ、相手が出ると、息を整えないまま話し始めた。


「友達が、車で連れていかれたかもしれないんです。電話で、ずっと話を聞いてたんですけど、途中で切られて」


場所を聞かれ、コンビニの店名と、目の前の交差点の名前を伝えた。玲司の名前を言い、宮下という男に会いに来たことを説明する。車の色も番号も見ていない。声だけ聞いていたのだと答えると、自分が何も見ていなかったことが急に恐ろしくなった。


聞かれたことに答え、通話を終えると、今度は久世へかけた。


「葵か」


声を聞いた途端、喉が詰まった。何から話すか決めていなかったせいで、出てきたのは玲司の名前だけだった。


「黒瀬がどうした」


「連れていかれた。宮下って男に会ってて、車に乗せられて……電話、取り上げられたと思う」


「警察には連絡したか」


「今、した。110番に。私、近くにいたのに」


久世は現在地を確かめ、宮下とは誰なのかと聞いた。


「レナに仕事を紹介してる人。相沢レナっていう、私の友達。高額バイトに応募してて」


葵は通り過ぎる人たちの顔を見ながら、端末を握り直した。


「レナが行くかもしれないから、もう誘わないでって、玲司が宮下に言いに行ったの」


「黒瀬は、その宮下と一人で会ったんだな」


「うん。私は近くのカフェで、電話つないで聞いてた。車で行くなんて、思ってなかったから」


久世は少し黙ったあと、連絡先や待ち合わせについてのやり取りを送るよう言った。近くの捜査員にも連絡するから、そこで待てと続ける。


「私、捜さないと」


「行き先が分かるのか」


葵は大通りを見た。信号が変わり、停まっていた車が動き始める。その中に玲司がいないと言い切ることさえできなかった。


「……分かんない」


「一人で動くな。電話には出られるようにしておけ」


「早く見つけて。お願い」


久世の返事を聞きながら、葵はコンビニの壁へ背を寄せた。膝が震えていることに、そのとき初めて気づいた。


通話を終え、言われたものを送ったあとでレナにも連絡した。宮下の居場所を知らないかと書いて送ったが、返事はなかった。電話にも出ない。葵は画面を閉じられず、少し待ってから、もう一度玲司へかけた。


*


車が止まってからも、玲司は顔を上げられなかった。


さっきまで道路の継ぎ目を拾っていた揺れがなくなり、外でドアの開く音がした。隣から腕を引かれ、座席の上を移動させられる。どこまで頭を下げれば車から出られるのか分からず、額が硬い縁へ当たった。


「足、出せ」


地面へ下ろした靴の下で、小石が鳴った。立とうとしても体がうまく伸びず、両脇から引かれるまま歩いた。途中で足先が段差に引っかかり、転びかけたところを上着ごと引き上げられた。


もうコンビニの近くではない。車に乗っていた時間は長く感じたが、どれくらい離れたのかも分からなかった。布越しに油のような臭いがして、人の声が壁に響いた。


「連れてきた」


宮下の声だった。


腕を放され、玲司は床へ膝をついた。顔の袋を引き抜かれると、蛍光灯の明かりが眩しく、しばらく目を開けられなかった。


古い机が壁際へ寄せられていた。端の剥がれた車検の案内の下に、空の棚が並んでいる。窓の向こうには薄暗い作業場が見えた。整備工場の事務所らしかった。


その奥のソファに、若い男が座っていた。


男はスマートフォンを脇へ置き、床にいる玲司へ顔を向けた。額へかかった髪を払い、少し身を乗り出す。その顔を見た途端、御徒町の駐車場で葵が殴られたときの音が頭によみがえった。


伊織だった。


宮下に、レナをもう誘うなと言うつもりだった。ここへ来るまで、何度もその言葉を考えていたのに、玲司は口を開けなかった。


「ああ、あのときの」


伊織は玲司の顔を見て、笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。